10.休日なのにめんどくさい2
地方の人間からすると名古屋というのは憧れの地であり、夢の大都会だ。
俺達2人は名古屋駅前のセンタラルタワーズを口を開けて、アホみたいに見上げている。
「やっぱ高いなー、落ちたら死ぬのかな?」
そんな俺達を見て、1人冷静な千夏が肩を叩く。
「あんたたち田舎臭いわよ? それに落ちたら普通に死ぬに決まってるでしょ」
そりゃそうですよねー。
ちなみに名古屋駅は名駅と略すのだが『めいえき』と言うより『めーえき』と言ったほうが好ましい。
ちょっと羊さんやヤギさんみたいで可愛さ100倍増しだ。
少し歩くと我が県の愛され巨大キャラ『ナナちゃん人形』にたどり着く。
ナナちゃん人形の股下を覗くのは愛知県男子の恒例行事である。
「なあ、ナナちゃん人形って千夏の体型に似てねーか?」
「それわかる! 千夏ホントにモデルみたいなスタイルしてるもんね」
「はぁ? それ全然嬉しくないんだけど!」
まあ確かに千夏をナナちゃん人形に例えたのは悪かったかもしれない。
ナナちゃん人形に。
俺は心の中でナナちゃん人形にすまぬ! と謝罪しながら2人にどこに行くかを尋ねた。
「実際名駅って行くとこあんまりないよな。高校生の俺らが入れるような店も少ないし。それでどこ行くよ?」
「そうだよねー。とりあえず栄に行かない?」
たっちゃんの一言で名古屋一の繁華街の栄へ向かうことになった。
***
さすが週末の栄だ。
行き交う人々を躱しながらゆっくりと進んでいく。
人混みと喧騒が都会であることを再度認識させてくれる。
「栄に来たのはいいけど、これからどこ行くんだ?」
「サンシャイン栄に行こうよ!」
サンシャイン栄とはちょっとサンプラザ中野みたいだが決して人物名ではない。
観覧車のある商業施設である。
サンシャイン栄に着くとたっちゃんが観覧車に乗ろうと提案してきた。
「まあたまにはそうゆうのも楽しいかもな」
「じゃあそうしよ! ちょっと千夏いいかな?」
たっちゃんは何やら千夏に耳打ちをしている。
何をしてんだか。
それにしても相変わらず2人は仲いいよな。
そんなことを思いながら3分ほど並んでいると俺達の番が来た。
「んじゃ、行きますかねー」
「涼ごめん! ちょっとお腹痛くなっちゃって」
「大丈夫か? それなら辞めとくか」
「いやいや、折角並んだんだし2人で乗ってきてよ」
千夏と2人で観覧車とかどんな展開だよ。
係のお兄さんも早くしろよって目で見てるし。
俺がうじうじと悩んでいると、細くシュッとしたキレイな指が俺の腕を掴んで観覧車へと導いた。
「早く乗らないと迷惑でしょ!?」
千夏は俺と視線を合わせずに、2人観覧車に乗り込む。
「な、なあ? たっちゃん大丈夫かな?」
「大丈夫だと思うけど」
何故かいつものように茶化したり、冗談を言ったりしてうまく話せない。
無言の気まずい空気が俺達を包み込んでいるのだが、それ以上に距離が近くて、否が応でも照れてしまう。
千夏は鞄の紐をくりくりと指で弄りながら、俯いている。
「涼ってさ、今好きな人とかいたりするの? 美浜さんとか···?」
な、なんだよいきなり。
いつもの猿みたいな態度はどこに行ったんだよ。
今日の千夏はどこかおかしい。
「美浜さんがなんでそこで出てくるんだよ。今は好きな人はいない···かな」
「そっか、いないんだ!」
急に千夏がパァっと明るくなった。
これはあれですね。
俺に気があるんですかね?
いや待て、勘違いするな桜形涼。
犬猿の仲と称される俺達だしそんなことはないだろう。
だいたい好きな人を聞かれただけだしな。
「お前は好きな人いるのかよ?」
「ふふっ。 ひみつだよー!」
千夏は人差し指を口に当てて、屈託のない笑顔で答えた。
そんな仕草がいちいち可愛らしい。
美人とは得なもんだ。
そんなこんなで観覧車も一周して、下車する場所についた。
全然景色見れなかったじゃないですか!
降り口ではたっちゃんがちょこんと一人寂しく待っていた。
「たっちゃんすまなかったな」
「全然いいって! どうだった? 楽しかった?」
「ま、まあな! 超景色キレイだったぞ」
全く見れてないんだけどね。
「千夏はどうだったの?」
「大津通りの方とか見れてキレイだったわよ」
あれ? お前は普通に楽しんでたのかよ!
俺一人緊張してただけなのか?
くそっ、観覧車で『人がゴミのようだ』と言ってやりたかったのに。
「で、次はどこ行くんだ?」
「じゃあ次は千夏に決めてもらおうよ!」
たっちゃんに託された千夏は、んーっと考える。
「パルコとかかな?」
女子ってパルコ好きやなー。
俺がパルコの存在を知ったのは確か中1の時だった。
女子が『パルコ行ってきたんだー』とか話してて、ジャスコの親戚か何かかと思って、部活の遠征帰りに友達とパルコに寄った。
ゲーセンとかゲームとか売ってるのかな? と期待していたが、中身はオシャレなファッションの店ばかりですぐ様店を出た記憶がある。
中坊のジャージ姿で突入するには余りに不釣り合いな場所だった。
それ以来俺はパルコには行っていない。
「じゃあパルコに行こっか!」
たっちゃんと千夏を先頭に後ろをとぼとぼと着いていく。
行ったところで金もないし、特に服に興味があるわけでもない。
パルコに着くと千夏は大人系のファッションブランドの店に入った。
店内には香水の香りが立ち込めていて、鼻を刺激する。
「たっちゃんよ、なんでこうもオシャレな香りがするんだろうな? 匂いだけでオシャレと感じてしまう俺ってファッションセンスあるんかな?」
「いや、その質問自体すでにファッションセンスなさそうだけどね」
たっちゃんは笑いながら俺を見て、服を選んでいる千夏を見た。
「多分千夏も試着するだろうから、そのファッションセンスで見てあげなよ?」
さっきファッションセンス無さそうって言ってたじゃん。
俺が渋っているとたっちゃんは背中を押して、千夏の元に向かわせた。
「千夏! 涼が見てくれるって」
「いや、お前、俺そうゆうの全然わかんないんだけど」
「ま、まあ、参考程度に意見聞いてもいいけどね」
なんで上から目線なんだよ。
それに意見とか言えるわけがない。
『そこのフリルが』とか『透け感が』とかまったくわからん。
マリアには『ドンカン小西』とか呼ばれるレベルである。
自慢じゃないがスキニーとかレギンスとかの違いも不明である。
全部ズボンと言ってくれればきっと世界は平和になるのに。
「似合うか、似合わんかしか言えんぞ」
「涼には期待してないわよ」
そう言うと千夏は服を数点持って試着室に入った。
待っている間、手持無沙汰な俺とたっちゃんは『いっせせのいち!』と懐かしい遊びをしていた。
久しぶりにやってみると面白い。
これ考えたやつマジ誰なんだよ!
2人でキャッキャと楽しんでいると試着室のカーテンが開いた。
「ちょっとあんたたちうるさい!」
出てきた千夏は、首元にフリルの付いた白のブラウスに薄水色のスカートを着こなしていた。
まあこいつは何着ても大抵似合ってしまうのだろう。
ブラウスから薄っすらと透ける、程よいサイズの青の下着がアクセントを添えていた。
ふむ、これが透け感なのですね?
実にファッションは素晴らしい!
でも伝えるとキレられそうだからやめておこう。
「ど、どうかな?」
「いいんじゃないかな? ねえ涼?」
「そうだな、似合ってると思うぞ」
「じゃあこれにするね!」
千夏は満足そうに再び試着室に入っていった。
女子の買い物は長くなるかと思っていたが、そこは決断力の早い千夏だからか、あまり待たされずに済んでよかった。
千夏の会計も終わり、パルコを後にした。
そこから俺達は近くのファミレスで昼食を取ることにした。
「最後は涼の行きたい所に行こっか」
んー近くで行きたい所と考える一つしかない。
「じゃあ大須商店街で」
昼食を終えて大須商店街に向かった。




