ツギハギな彼女とチグハグな二人
――その少女というのはまさに『豪快』であった。
髪は彼女のその性格を象徴するように真っ赤な紅色をしており、無造作にまとめられているのが印象的だ。黄色に光る鋭い眼光に、むき出しになった八重歯は、まるで獲物を狩る野獣のよう。
さらに彼女を覆う鎧は、よほど自分に自信があるのか、極端に面積が狭く、局所的にしか装備されてない。いわゆる『ビキニアーマー』と呼ばれるような装い。
そして、その露出された肌にはりめぐらされた縫い糸。その縫い目は繊細にはほど遠く、彼女のその豪快な性格を反映したように粗い痕になっていた。
――そう、彼女の体は『ツギハギ』だった。
「ちょ、ちょっとナナミ!」
そんな少女と誠の間に割り込むのは、おっぱいは控えめながらも魅力的な少女、ミクサである。
「そんないきなりなんてことするのよ!」
ミクサは、誠の髪の毛を掴んでいる少女の腕を振りほどこうと、必死に少女に抗議する。
「いきなりもクソもあるか!こんな訳わかんねーヤツ連れ込んで何考えてんだよ」
「マコトは訳わかんなくなんかないもん。それにそっちだって急にわたしの部屋に乗り込んできて何考えてるのさ」
「ぺカぺカのヤツが、ミクサがやべぇヤツを連れこんでるって言ってたから駆けつけただけだっての。……その様子だと彼氏とのイチャイチャタイムを邪魔しちまったみたいだな。ハッ、悪うござんしたね」
その少女は、誠を掴んでいる手を離すと、嫌味まじりに愚痴をこぼす。そんな彼女の傍らから、おそらくはぺカぺカと呼ばれたモノであろう、コウモリの形をした一つ目の小さな可愛らしい魔物が姿を現す。
「ピィー、ピィー!!」
そんなコウモリの魔物――ぺカぺカはミクサを茶化すように、その羽根で大きな口元を覆いながらケラケラと笑う。
「なっ。そそそんなんじゃないもん。彼氏じゃないし、彼氏なんていないし。……じゃなくて、その……ああ、もう。言いたい事忘れじゃったじゃん。もう、変なこと言うなアホぉ!」
ミクサのウブすぎる反応に呆れたようにため息をこぼす少女とぺカぺカ。対するミクサは、顔を真っ赤にしながら、誰にともなく言い訳のようなことをぼそぼそと呟いていた。
そんな二人の会話に入ることもできず黙ってみていた誠。童貞には彼氏だのなんだのの単語が出てくるだけでなんか胃がムズムズするが、とりあえずはミクサは彼氏がいないということが分かって安心である。
「……じゃなくて!」
否、安心している場合ではなかった。大事なのはミクサの彼氏の有無ではない。いや、もちろんそれも大事なのであるのだが……
「あの……ナナミ……さん。聞きたい事があるんだけど――」
「今、質問してたのはあたしのほうだろうが。つか、あたしの名前を勝手に呼ぶんじゃねぇ」
「ご、ごめんなさい」
質問をしようとした誠だが、ナナミの剣幕に押されて思わず謝ってしまう。
「んで、おまえは一体何モンなんだ。言ってみやがれ」
ナナミは再び質問を投げかけてきた。だが、その質問にどう答えるべきか悩んでしまう。先ほどまでの経験からどんな答えを述べたところで碌なことにならないのは目に見えている。
誠は答えをはぐらかすことにした。
「そ、それが、俺にもよくわからなくて」
「ああ?なんだその答えは、ナメてんのか」
そんな誠の答えにいらだったように彼女、ナナミは誠のことを今にも襲い掛からんと睨みつける。
「ひえぇ、すみません」
中途半端な態度が余計にナナミを怒らせてしまった。
「ちょ、ちょっとナナミ!」
そんな怒りの様子のナナミを止めるかのように再びミクサが割り込んでくる。
「なんだよ、ミクサ。まさかホントにこいつが彼氏だとか言うつもりじゃねーだろうな」
「なっ。も、もうそんなのにいちいち動揺しないんだからね。……とにかくマコトに変な言いがかりつけるのはやめて」
「はっ。こんなどう見ても怪しいヤツ、疑わないほうがおかしいだろ」
「マコトは怪しくなんかないもん」
ナナミの言い分になんとしても反論してくるミクサ。
「わーったよ。じゃあそう思う根拠を聞かせてくれよ」
だが、こんな意味のない言い合いを続けるのはバカバカしいとばかりにナナミは頭を荒々しく掻き毟る。そんなナナミの態度に不服そうにしながらも、ミクサは胸を張って答える。
「いいわよ。それはね……マコトは『記憶喪失』なのよ」
「はぁ? 記憶喪失だぁ?」
ミクサの言葉にナナミがすっとんきょうな声を上げる。
「そんな記憶喪失なんてほんとに信じてんのかよ」
「なっ。あ、当たり前じゃない。だってここのことがよく分かってないのよ」
「スパイだったら言うだろ。そりゃ」
ナナミは今度こそ呆れた様子で答える。
「だ、だったら傷だらけになってる人を放っておけっていうの?」
だが、ミクサはなんとしても食いつこうとして離さない。
「まぁ、それは時と場合による」
「うぅ。なによそれ。あっ。そうだ! あ、あと傷を治療してるときに確認したけど、マコトには魔力ポテンシャルがなかったのよ!こんなことありえないでしょ!ね!」
そして、ミクサは思い出したように、治療した時に感じた違和感を語った。だが、誠はミクサの言っている意味が分からなかった。
が、彼女の言葉を受けたナナミの顔が、呆れた様子から一転、真剣な顔つきに変わる。
「魔力ポテンシャルがないだと!?」
「そう、ないの、一切。こんなことありえないでしょ」
「確かに。いくら人間が弱いからってさすがに魔力ポテンシャルがない人間なんてのはいない」
「でしょ。だからマコトはスパイなんかじゃないのよ」
「いや、待て、こいつが人間でないのは分かったが、魔力ポテンシャルがないってことは、そしたらこいつは悪魔ですらもないってことだぞ」
「そ、それは……」
どうしたらいいのか分からないと言った風にミクサは困惑の表情を浮かべる。そんな二人の様子を見ていた誠は、割り込みに入る。
「ま、魔力ポテンシャルって?」
「あ?なんだよちょっと黙ってろ!」
誠の言葉にナナミが怒ったように反応する。
「ご、ごめんなさい」
どこまでも蚊帳の外な誠は、自分がそろそろ惨めに思えてきた。しょぼくれたように身を小さくする。
「おいおいなんだよそりゃ。そんなモコモコみたいに小さくなりやがって」
――モコモコとはおそらく魔界の小動物的なものなのだろう。そんな小動物のような儚さを溢れさせる誠。だが、その姿を見たナナミが、ふと我に返るように目を丸くした。
「いやいや。待て。そしたらなんであたしはそんなよわっちいヤツに警戒なんかしてんだって話だよな。ははは、はははは!」
すると、今まで考えていたことがバカバカしいとばかりに、大げさなほどの笑い声を上げる。
「え、え? どうしたのナナミ?」
そんなナナミの態度の急変に、そんな反応は予想してなかったと驚くミクサ。
「いや、よぅ…… よく考えたら、魔力ポテンシャルがない時点で、こいつがスパイであろうとなかろうと、そもそも脅威にすらなりえねーじゃねーかよ。魔力ポテンシャルがなきゃ魔法は使えねーし、こんなひ弱な奴が魔法なしであたしに勝てるわけないだろ。やめだやめだ。バカバカしい」
「え、ということは……?」
「ピィー!? ピィー?」
あまりの変わり身の早さに、ミクサと、それからずっとこのいきさつを見ていたぺカぺカも思わず声を上げる。
「あー。わーったよ。とりあえず、お前のことは棚に上げておいてやるよ」
ナナミは誠のほうに向きなおると、小さくかがんでいる誠の下へ手を差し伸べた。
「ほら。そんなカッコで縮こまってんなよ」
「あ、ありがとう」
誠はナナミの手を握りかえし、体制を起こす。
「……んで、なーんとなくは分かってるけど、改めて聞こうか。おまえ、名前は?」
そして、彼女は八重歯を覗かせて、優しい笑顔をこちらに向ける。
「……九條。九條誠。それが俺の名前」
「ん。よろしくな、マコト。あたしはナナミだ」
そして二人、握手を交わしたのであった。