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n=1から始める魔界方程式  作者: 辛味庵
一章 始まりの魔界
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再会の淫魔

──目が覚めたらそこには美少女が立っていた。

 なでしこ色のウエーブがかかった髪を揺らし、その茶色の瞳を涙で濡らしながらこちらを見ている。その少女の赤く血色のよい唇から透明感のある声音が発される。


「よかった、目が覚めたのね」


 見ると、少女は安堵の表情を浮かべている。


「あ、あれ? どうなってんだ……?」


 周りを見渡すと、誠は薄明りに照らされた部屋の中、ベッドに横たわっていた。


「ここは塔の中よ。外を歩いてたらあなたが傷だらけで倒れていたからここまで運んできたの」

「と、塔……?」


 誠は先ほど出会った連中の会話を思い出す。そういえば彼らの会話の中にも塔がなんとかという話題が出てきていた気がする。


「それで、あなたは誰?」


 彼女は透き通った声でこちらに問いを投げかける。その声は凛とし、力強さがあった。その雰囲気に押され、答える誠の言葉も自然と引き締まっていく。


「俺は……九條誠」


 誠は彼女の視線をまっすぐに見つめ返し、自分の名前を名乗った。


「クジョウマコト…… そう、クジョウマコトっていうのね」


「──私はミクサ。ミクサって呼んでね。あなたはマコト?って呼べばいいのかしら?」


 誠の名乗りを受けた彼女──ミクサも自らの名前を名乗る。


「ま、マコト!? あ、それで大丈夫、でふぅ」


 女の子に下の名前で呼ばれたのなんて初めてである誠は、思わず声が裏返ってしまう。


「それで、どうして傷だらけで倒れていたの?それにあんなところで。こんな人間界との最前線にいるなんて危ないじゃない」

「あっ、それは……」


 誠は答えに窮してしまう。そもそも誠だって好きでこんなところにいるわけではない。だが、異世界転生をしてこの世界に来た事なんてどうやって説明すればいいか分からない。


「なんというか…… よくわからないうちにこの世界?に飛ばされて来ちゃって、それでなんか変な連中に襲われて怪我してっていうか、その、あの…… こんな説明じゃ分かんないか……」

「え?どういうこと?この世界に飛ばされた?連中に襲われた?言ってる意味が分かんないよ」


 コミュ力も語彙力も、そういった会話に必要な能力すべてが抜け落ちている誠。まともな人間でさえ説明するのが難しい話を、誠にしろというなんて土台無理な話であった。


「あー、なんというか、とにかく何にも分からないんだよ。だから、……ごめん」


 無理なものは無理であった。誠はおとなしく降参することにした。


「記憶喪失、ってやつなのかしら…… うん、わかったわ。納得……はできないけど、でも受け入れることにするわ」


 と、記憶喪失であると無理やり自分を納得させた様子のミクサ。正確には記憶喪失ではないのだが、これ以上話を複雑にするわけにはいかない。ここは彼女の勘違いに便乗することにした。


「ありがとう、助かるよ」

「それに、あなたの体、普通じゃなかったもの。そういったこともありえるわよね、うん」

「確かに、傷だらけだよね。殴られたから」

「ううん、そうじゃなくて。いや、それもそうなんだけど、そういうことじゃなくて……」

「どういうこと?」


 おかしな態度をとるミクサに自分の体が心配になる誠。もしかして、自分のナニが小さいことがばれたのかと慌てて体を確認する。

 だが、そうやってうつむいて自分の体を見ることで、誠はある違和感に気づいた。


「あ、あれ──!?」


 誠が感じた違和感。それは、誠の体は先ほど出会った四人組の連中……というかもはやあのクソ魔法使い一人なのであるが、彼女に殴られてボコボコになっているはずであるということだ。

 だが、そんな記憶とは裏腹に、誠に刻まれたはずの傷はというと──


「き、傷! 治ってる!」


 ──そんなことが夢であったかのように治っていたのだった。


「とってもつらそうだったから、治療しといてあげたの!ちゃんと治せてるかな?大丈夫?」


 ミクサはそう言うと、そのつぶらで大きな瞳を笑顔の色で染めた。そして、こちらの具合を確かめるかのように首をかしげながら、上目遣いでこちらを見やる。そんな彼女の視線は、引きこもりニート兼思春期真っ只中の誠にはいささか刺激が強すぎるものであって──


「う、うん。ち、治療、してくれてありがとう。も、も、もう大丈夫怪我は治ったみたい。うん大丈夫……」


 ミクサに合わせる視線は自然とうつむいていき、彼女の尻尾を見ながら述べる、感謝の言葉は上擦ってしまった。異世界に来たからと言って急に美女耐性なんてつくわけがない。

ましてやこんな美少女だ。こんなの人並みの一般人ですら誠のような反応になるだろう。


 ──それにしても、ホントにかわいいな


 誠はちらとミクサのほうを眺める。改めて見てみても、やはり文句のつけようがないかわいさだった。

 見れば見るほど彼女の魅力に引き込まれていく。相対するものを思わず笑顔にするような愛らしい顔立ち、それを引き立たせるかのように、なでしこ色の髪からのぞく二本の角。

 

「こっち来てから嫌なことしかなかったけど、やっぱ異世界、サイコーじゃん……」


 思わず、心の声が現実の声となって漏れてしまう。だが、それも仕方のないこと。それほどまでに彼女が魅力的なのだから。

 ──いや、待て。待て待て。何か無視できないものが頭の中を通っていった。

 彼女の尻尾とは何だ。角とは何だ。そんなものを突然見させられても、はいそうですかとはなりえない。

 だが、そうとしか言いようがなかった。どこからどう見てもミクサには角が生えていて尻尾が伸びている。

 それはまるで噂に聞く彼らの容貌そっくりであって──


「ちょ、ちょっと聞いてもいいかな……?」


 そして誠は覚悟を決めて問うことにした。誠は大きく息を吸い、言葉を紡ぎ出す。


「き、君は……もしかして『悪魔』……なの?」


 誠の問いに、ミクサは誠の目をまっすぐに見つめ返す。その表情からは何を考えているのか分からない。

 ミクサから目を離し、思わず目を瞑ってしまう。だが、そんな誠に彼女は答えを返す。


「──そう。私は、悪魔。……悪魔『サキュバス』よ」

「さ、サキュバス? サキュバスってあの……?」

「『あの』がどれかは分からないけど、たぶんあなたが考えてるやつで合ってると思うわ、うん……たぶんだけど」

「……だ、だから頭からつ、角が生えているの?」

「あっ、これは……」


 誠の質問にミクサは反射的に顔を赤くして恥ずかしがるような仕草をとる。


「あんまりきれいな形じゃないから恥ずかしい」


 そう言うと、彼女は自らの頭に生えた角を手で隠してしまう。


「そ、そんなことない!」


 誠は必死になってミクサを慰めようとする。


「ない、けど…… そんな風に角が生えている人を初めて見たからびっくりしただけで。……素敵、だと……思います」


「あっ、あううう……」


 そんな誠の言葉に今度こそ彼女は真っ赤に染まった顔を隠すように手で覆う。


「あっ……と。えーっと」


 誠はミクサの頭に伸ばしかけた手を葛藤するようにあわただしく往復させる。こういう時になんと声をかければいいのか分からない。

 本当になんで異世界にきたニートたちはあんなにコミュ力が高くなるのだろうか。誠には絶対に無理であった。うらやましい限りである。


 ──それにしてもサキュバスか……


 『サキュバス』といえば、寝ている男の夢に忍び込み精を奪い取る悪魔。男の理想の女性に化けて、あの手この手で誘惑してくるというのを聞いたことがある。


「あ、あの。さ、サキュバスってどんな悪魔なんですか?」

「え、そ、それはどういう意味?」

「あ、いや。サキュバスっていえばなんか、夢に出てきて、まぁ、その、襲ってくる的なのを聞いたことがあるから」

「それは。他のみんなはそうだけど。わたしはそういうのはあんまり得意じゃなくて」

「と、いうと?」

「みんなはそうやって『精』を吸っているけど、わたしは『生』を吸うのが得意なの。つまり、そういう……みたいなことじゃなくて傷を治したりが得意っていう感じで……」


 言いながら、そういうことを想像してしまったのだろう。言葉の途中で顔を赤らめながら、ミクサは誠の質問に答える。

 だが、ミクサの言っていることは分かった。つまり、サキュバスという種族で見れば、誠の思っている通りの性質を持っているみたいなのであるが、彼女に限って言えば、そういったことよりもむしろ治療などの回復系のことを得意としているようである。


「なるほど。だから俺の傷を治してくれたのか」

「うん。そういうこと」

「で、でもどうやって?」

「そ、それは……」


 ミクサはまたも顔を赤くし、これ以上紅潮しようがないんじゃないかというくらい顔を沸騰させる。


「それは、その……」


 ミクサはゆっくりと指を口元へと持っていく。そして、ポンと指を唇へとくっつけたのであった。

 ──それが意味していることといえば。


「え、あ、え、う、嘘でしょ……!?」


 思わず誠は自分の唇に手を伸ばす。まさか、ミクサの唇が誠の唇と重なっていたとは。


 ──落ち着け! 落ち着くのだ俺!! 


 ミクサがキスしたと決めつけるのはまだ早かった。あくまで仕草をしただけだ。誠ははやる気持ちを抑え、彼女に確認の意を唱える。


「そそそそそれってつまり、俺たちってキスしたってことで──」


「へ?あ、え、え、え、違う!キキキスじゃないよ!違う違う」

「え?違うの?じゃあなんで唇に手を!?」

「それは、その……『吸った』のよ!傷口を!そう!吸ったのよ。だから手を唇にやったの」

「あっ。そういうことなのね……」


 ──なるほど。キスではなく傷口を吸ったという意味での仕草であったのか。

 気付かぬ間に童貞卒業(?)をしていたと浮かれていた誠であったが、期待外れの展開に思わず落胆する。


「……ん?いや待てよ。確かにキスじゃなくて落ち込みそうになったけど、それはそれでありなんじゃね。これ。だってこんな美少女が俺の体をチューチューしてたってことだろ?あれ?むしろオイシくね?」


 訂正しよう。落胆などしていなかった。思春期こじらせ真っ只中の誠にはまたとないご馳走であった。


「やばい、怪我したとこってどこだっけ。俺もそこにチューチューしないと。そうすれば間接キスだ。はやくはやく──」


 誠は興奮冷めやらぬまま、ミクサに治療されたところを必死になって探し当てる。だが、そんな誠の耳に獣の唸るような音が鳴り響いた。


「ふえっ!? すすすすいません調子乗りましたごめんなさい」


 誠は斜め45度の完璧なお辞儀をかましながらミクサの方へと振り向く。だが、そんなお辞儀をかまそうとした誠の顔が、何か柔らかい物体とぶつかる。


「ふげっ!」


 その物体は、卵のようにすべすべで、ボールのように丸みを帯びていて、母なる自然のように豊かであった。

 そんなまさしくおっぱいを暗示しているかのような物体は、まさしくおっぱいなのであり、言ってしまえば誠が謝罪がてらにおっぱいにぶつかったということであるのだが、問題はそこではなかった。

 そう、問題というのは、そのおっぱいがミクサのではなかったということだ。

 ミクサのそれは残念ながらボールほどは大きくないし、母なる自然ほどに豊かではない。しかし、それがむしろ彼女の魅力を引き出しているのだが、今はそれは置いておこう。

 そのおっぱいの持ち主というのは、一瞬前まで誠とミクサしかいなかったはずの部屋の中に突然に現れて、誠の眼前で仁王立ちをしていた。その者はビキニを着ており、ツギハギの体をしており、そして、──野獣のような眼光でこちらに怒りを示していた。


「おいお前、どーいうつもりだァ?」


 彼女は誠の髪をわしづかみにし、自らの眼前へと持ちあげるように引っ張った。


「あ、や、え……っと」


 突然の出来事に、パニックに陥る誠。そんな誠の様子を受けて、ビキニを着た、ツギハギの体の、野獣のような彼女は、──否、ビキニを着た、野獣のような、

 ──ツギハギの体をした『悪魔』は、こう言った。


「てめぇ、『人間のスパイ』、……じゃねぇだろうな?」


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