テンプレは通用しない
「は、はは…… どうすんだよこれ」
誠は地面に落ちている小石を蹴りながら、人っ子ひとりいないこの広大な大地でひとりたそがれていた。
「異世界転生っつったら中世ファンタジーじゃん。なんでこんな最悪な場所に転生するんだよ」
――そう。誠の転生先といえば、みんなの憧れ中世風ファンタジー!……と思いきや現実世界がマシに思えるほどの地獄だった。
人はなく、生物さえもまばらなこの不毛な大地。枯れた草木と、死に絶えた生き物の骨がそんな大地をモノクロに彩っている。頭上の空は暗雲に覆われ、ドラゴンの咆哮と謎の翼竜の甲高い不協和音が鳴り響いている。轟く雷鳴はとめどなく大地を揺らし、地上の安寧を許さない。
そこはまさしく『魔界』と呼ぶにふさわしい場所であった。
「異世界転生もういいです。ごめんなさい帰らせてください。リアル頑張りますんで」
思わず泣き言を言いたくなるようなテンプレ無視具合にうんざりする誠。しかし、絶望、もとい期待外れはまだまだ終わらない。
「こういった世界に来たら使えるようになるのが定番の『魔法』、そしてそれによる『無双』。……ムカつくことにできそうにないな、これ」
――そう、転生時のチート能力。それもまた、欠落していた。
さっきから知ってる限りの魔法の詠唱だのコマンドだのを試しているが全く使える気がしない。
「こんな場所に異世界転生するならチート能力のひとつでもなきゃやっていけないよ。もはや主人公ageとかのレベルじゃないよ。こんなんチート能力なきゃ即死亡。出会って三秒でなんとやらだよ」
思えば転生時に麗しの女神さまに、出会って三秒で魔力供給(はーと)なんてことをされた記憶もないし、そもそも転生時に女神に会ったなんて記憶もない。気が付いたらこの世界に飛ばされていたのだ。全く、不親切にもほどがある。
魔法を使えるようになったことを期待することはできなさそうだ。
「そりゃあ最近はチート能力なくてもやっていけるヤツも増えてきたけどさ…… それだったらもうちょっとなんとかならないのかねぇ」
どれだけやっても何の変化しない拳を見下ろして、悲しみに浸る誠。
だが、そんな愚痴をこぼしたところで、あるひとつの可能性に思い当たった。冷静に考えれば、チートなしの異世界に転生した、ほかの名もなきニートたちはどうやって生き残ってきたのか、どうやって無双できたのか。答えは単純。それは誠たち現代人にしかない技術のおかげだ。それは科学がもたらしたチートであり、それというのはすなわち――
「そうか!! 『スマホ』だ! スマホだよ! そういうことか。そういうことなんだな!」
ようやく答えに行きつき興奮する誠。焦りと期待で震えだしている手を何とか動かして、いつもスマホをいれているズボンの左ポケットに手を伸ばす。
「おお、震える手よ静まれ。そして覚醒の時だ。ポケットの怪物が目を覚ますぞ~って、うん?」
そこで、誠の頭を違和感が襲う。いや、だがそんなはずはない。きっとまだ大丈夫。左ポケットが空なだけだ。まだ右が残っている。
気を取り直して反対側のポケットをまさぐる。そこに最後の希望を託して。だが――
「――はい。終わりました。今度こそ終わりました俺の異世界生活。次回作に期待してください」
――スマホを現実世界に置いてきてしまっていた。
こうして誠の『現代の神器でチート』の夢は儚くも散ったのであった。
「もうダメじゃん。どうすんの俺……」
チートなし、スマホなし、荷物なし、ないないづくしで素っ裸の状態の誠の、いや、正確にはジャージと靴だけ装備した、始まりの町の勇者も真っ青な状態の、誠の異世界生活が始まろうとしていた。
――ここで、言い忘れてた最後のテンプレ四天王、ハーレム展開に触れるべきなのだが、強いて言う必要もないだろう。というかやるだけ無駄だ。そもそもこの世界において、いまだ人にすら遭遇していない。……はずなのであったのだが――
「おいおいおいおい。ふざけんなよ。こういうテンプレじゃねーんだよ望んでるのは」
誠は抑えきれない感情を、怒りを呟く。誠の視界の先にいる者に対して。そして、この理不尽な世界に対して。
今の誠にとってこの展開はあんまりだった。なぜなら、その展開というのは――
「誰がこんな『見知らぬヤンキーに絡まれる』展開やれっつったよ」
誠の視界の正面、岩壁に囲まれてない開けた場所。――そこから男女四人組の影が近づいてきたのであった。
人っ子ひとりいないはずの異世界で見つけた初めての人だ。普通なら、喜んで話しかけに行くだろう。すがってでも助けを請うだろう。だが、誠はそれをしない。それは、誠のコミュニケーション能力が残念であることに由来するのではない。それは、彼らの様子が普通ではなかったことに由来する。
彼らの目には敵意が宿っていた。そして、彼らの手には武器が握られていた。そんな彼らの殺気に押された誠。カラカラに乾きだす喉を必死に震わせて声を発す。
「ちょ、ちょっと待っ――」
だが、そんな言葉も首元にあてられた銀の刃によって遮られてしまう。四人組の中の一人、一番背が高く、屈強な肉体をした男が、背に装備した大剣を誠の眼前にかざしたのだった。その男は誠の顔を見つめると、低く、獣のような声を放った。
「お前に一つ、聞きてぇことがある」
――「お前、……『悪魔』か?」