絶頂する女
「強欲の魔女エリザに告ぐ。汝の怒りをわが身に宿したまえ――」
戦場に撃ち落とされた天災という名の雷撃。それは戦場を覆っていたパルの炎を無に帰すほどの破壊力だった。戦場は雷撃による帯電流によって支配されていた。
この戦場の支配権の象徴としての炎を消されたことが、何よりもパルを腹立たしくさせる。それが許せない彼女は再び戦場を支配する。次はさらに魔力を込めた魔法を使って。そして悪魔どもに言い散らしてやるのだ。
――自分が悪魔であったことを死んで詫びろと。
「――強欲の魔女の豪炎」
詠唱に呼応して、彼女の背後から地を這うように炎の龍が出現する。龍は唸り声を上げると、戦場全体を覆うように炎の波を伝播させる。その様子はまるで炎の海だった。大気中には炎の海からあふれ出た火種が舞い散るように踊っていた。それは、触るだけで火傷するほどの熱量を持っていた。
「クソッ。あっちィ――!!」
そんな炎の嵐は、戦場から離れた誠たちをも内包していた。
「おいッ。待て…… ウソ、だろ――!?」
その熱は中心へと行くほどより高い力を帯びており、戦場の中心にいる兵士は、燃えた蝋燭のように体を溶かしている。
「こんな体を溶かすほどの熱量を戦場全体にまき散らすことができるのかよ――」
絶望の顔で戦場を見るナナミ。その目の先には、勇敢に戦うも体が溶けて動かなくなった兵士の姿が映っている。
「おらッ、今のうちだ!!」
それを確認すると、ジークはこの機を逃すまいと手にした黒き大剣を構え、全力で攻撃にかかる。溶けていく兵士に向けて一閃、大剣をまっすぐに突き上げる。空に持ち上げられる形で喉元を突かれた兵士。喉元を突きさした兵士のことをハンマーのヘッド代わりにしながら、周囲の兵士を巻き込みんで回転させる。鈍器と化したその武器にぶちかまされた兵士は、死臭のする肉汁をまき散らしながら散っていく。
「はっ。さっきまでの威勢はどうした!? かかって来いよクソが。あぁん?」
連携を取れぬままなすすべなく倒れていく兵士。まるで台風のような猛攻をするジークの手によって、兵士の数が次々と減っていく。限りなく思えたアンデッド兵の数が、明らかに少なくなっていくのが分かった。
「マズイっ。このままじゃアンデッドの錬成が追いつかねぇ!」
ナナミは魔法陣を展開すると急いでアンデッド兵の追加を試みる。だが、戦場を覆う炎と人間たちの力によって、兵士の数はどんどん減っていく。
「せめて英雄クラスのアンデッドが召喚されてくれれば…… クソッ!もうそろそろ来てもおかしくねーはずなのに!!」
ナナミは、目に見える状況の悪化に歯噛みする。人間界で名を馳せたという数少ない英雄と呼ばれるアンデッド兵士を召喚するために数をこなし続ける。
「お、落ち着け。あの剣士の方はともかく、今のであの魔法使いの力は力尽きたはずだ」
誠は、状況を確認するためにぺカぺカから映される画像を確認する。その視線の先にはこの炎の惨劇を起こしたパルの様子が映っている。彼女は額に汗を浮かべて、苦しみの表情を浮かべていた。
「見てくれ。やっぱりあいつもこんだけの魔法を撃ったら平気じゃいられない。力を使い切った様子だぞ」
画面の奥、戦場の中心で、彼女は息を切らし立っているのもやっとの様子で、この炎に包まれた戦場に膝をついていた。
「ハァ、ハァ。やってやったぜ。クソが!! 全魔力を使ってやったぜ。どうだよクソアンデッドどもが!! 燃え尽きて死ね!!」
体に貯蓄されている魔力をすべて使ってこの魔法を繰り出したパルは、苦しそうに息を吸う。その目には目的を果たしたことへの満足感が溢れていたが、彼女のその心とは裏腹に体の限界の方が来ているのは明らかだった。
「魔力切れ……って感じなのか。とにかく、奴は全力を出し切ったみたいだ。悪いことばかりじゃない。まだ大丈夫だ、きっと」
「そうね。あの魔法使いはとても疲れているように見えるわ」
誠の言葉にミクサが同意する。
「……確かに。ヤツはもう燃料切れだ。クソッ。まさかお前に諭されるとはな、マコト」
自身が冷静さを欠いていたことを反省するナナミ。自分を戒めるように唇を噛んで、心を落ち着かせて深呼吸をする。
「とにかく、あの男二人組を止めれば――」
「ああ。この戦い、勝てる」
誠の考えにナナミは確信を持った顔で頷く。あの男二人さえなんとかできればまだ勝機はあるのだ。絶望に足を突っ込みかけた誠たちだが、落ち着いて状況を整理さえできればこの劣勢さえも跳ね返すことができる。だが――
「待って」
――冷静になって状況を確認したからこそ、見えてくるさらなる不安。
「さっきからあの女の人の姿が見えない――」
ミクサは迫りくる絶望の影を一早く予感する。だが、誠はミクサが言わんとすることが分からない。
「あの女? パルはあの画面にいるじゃ――」
瞬間、言葉にしながら誠は気付く。自らが見落としていた絶望を。この戦場において、開戦したきり姿を消していた金髪の女のことを――
「あっ――!」
誠はぺカぺカが投射する画面一覧をくまなく見回す。戦場を駆けるジークとカイト、炎の中心で力尽きる様子のパル。炎に焼かれて燃え尽きるアンデッド兵たち――
だが、そのどこにもあの金髪の女ジュリアの姿が見当たらなかった。
「クソッ。他の三人が派手に戦っているせいで気付かなかった。確かにあいつら四人組で攻めてきてたはずだ。どこにいる? もしかしたらもう核のところまで行かれてるかも――」
最悪のことを想定した誠は、思わず振り返って塔の最上階、核があるところへ振り向こうとする。その瞬間――
「ジュリアァァァ!!!!」
炎の中にいるパルが怒号を上げながら金髪の女の名前を叫ぶ。
「な、なんだ!?」
急に叫び出すパルの姿に驚いて、誠とミクサたちは彼女の映る画面を食いつくように眺める。と、
「はぁい。そんなに大きい声を上げなくてもここにいるわよ」
金髪の女ジュリアが何の前触れもなく画面のなかに現れた。
それはチープな怪奇現象番組の幽霊のような登場であった。だが、確かに言い知れぬ恐怖と不安がこみ上げてくる点ではまさしくそれと共通しているだろう。
彼女は底知れぬ恐ろしさと、母なる安心感を持たせるかのような落ち着きのある様子であった。そのアンバランスな雰囲気が、彼女の薄気味悪さを表していた。
「ジュリア! あたしに魔力をよこせ。あいつら全員ぶっ殺してやる」
「わかってるわ。そのために私はここに来たのだから」
ジュリアは両手をパルの方に掲げると、すっと目を閉じて意識を集中しにかかる。彼女の手の平から白い魔力の渦が発生する。そして、そんな魔力の渦はゆっくりとパルの体に近づくと、融合するように彼女の中に取り込まれていった。
「――ウソ……でしょ」
その光景を眺めるミクサの目は瞳孔が開き、絶望の色を広げている。
「な、なにがやばいんだ!?」
「他人に魔力自体を供給なんてできるわけがない! 魔法で味方を強化とかそういう次元じゃねぇ。なんなんだよあの女――」
ジュリアの魔力を受けとったパル。彼女の体に大きな変化は見られない。体は依然ボロボロに傷つき、衣服も破れたままだ。だが、彼女にまとわりついていた電流は消し飛び、あふれ出る白い魔力が彼女を薄く覆っている。彼女の目には自信が満ち溢れ、その負傷した体には似合わないぐらいの好戦的な目つきをしていた。
「あはぁ~。キタキタキタ。この体の中が満たされる感じ。サイコーね」
体にまとわりつく快感を撫でるように、手を妖艶に動かして自身の体をまさぐる。
「ああ、ああ。あああああ~~~~!!!!!」
彼女の喘ぎ声に呼応するように地面を這う炎が反応を起こした。噴煙を巻き上げる炎。それを起点として戦場を覆う炎が誘発されるように爆発の連鎖を起こす。
「やばい。伏せろッ!!」
ナナミが声を張り上げる。誠たちの頭を掴みかかると、乱暴に地面に押し倒す。そして――
――戦場が大量の爆発音に支配されたのだった。
※
黒煙を巻き上げながらマグマのように禍々しい朱色の炎を噴き上げる爆発。アンデッド兵は一人残らず死滅し、見るも無残な残骸をさらしていた。爆発の熱にあてられ、焼け落ちて黒く灰になった骨と、中途半端に残った肉片が仮面のように顔の骨にくっついている。眼球が燃えつきれずに、目の箇所からこぼれ落ち、それを必死に戻すかのように筋肉の燃えカスが引っ張っている。
そこはまさに地獄のような光景だった。
「ゲホッ、ゲホッ。大丈夫か、お前ら」
そんな中、ナナミが苦しそうに咳を上げながら体制を起き上がらせる。
「大丈夫、無事だわ」
「シュー」
だが、戦場の中心から離れていたナナミたちは、幸いにも全員生き残れていた。あまりのことに誠は返事さえもできずに自分の体を確認する。爆発の熱によって、体の至るところがやけどを負っていた。足は焼きただれ、黒みのある血が痛々しく皮膚を彩っていた。顔は灰と土煙によって黒く汚れ、体の中からは水分がなくなり、屈みこんだときに入ってきた砂利が口の中で遊んでいる。
それでも――
「生きている。まだ生きている」
それでも、手はつながり、足も生えている。心臓は鼓動を鳴らし、口からは吐息が溢れている。誠はひとまず生き残れたことに安堵する。規格外の相手と戦いながらいまだに生き残れている自分の運の強さに感謝する。だが――
「――あんたたちが、この地区を守っている悪魔だな」
そんな安堵もつかの間、すべてが無に帰った戦場を悠々と進軍したパルたちが、誠たちのもとへと姿を現した。大剣を肩に掲げるジーク。黒い靄を展開させているカイト。無防備にも等しい様子なジュリア。そして、肉体的にも精神的にも汚らわしいパル。彼らは皆目に怒りを宿し、こちらを睨んでいる。パルはこちらに近づくと怒声をあげた。
「お前ら全員、ぶち殺してやる」




