開戦のスターマイン
――燃えるように輝く閃光、火花。遅れて体に伝わってくる音と、そして衝撃波。
――ああ。これは花火であろうか。目の前の光景を眺める誠は、そう思う。だが、それは決して花火などではなかった。
それは、人を楽しませるための炎ではなく、それは、――人を殺すための炎であった。がれきの破片をまき散らしながら破裂するそれは、人を殺す意思のもとに放たれた爆発であり、それを表すかのように、上がる火柱が暗雲に覆われた世界を禍々しく照らしている。その爆発は、戦いが始まることを示すようだった。
――そう、戦いの開戦を知らせる花火のように――
※
「ウソ……だろ。ホントに戦うのかよ……」
誠は、絶望にも似た呟きを漏らす。目の前に広がるのは、荒れた大地を浄化するかのようでいて、禍々しい輝きをもった炎の海。
その中心で拳を掲げ、声高らかに叫ぶのは、人間界から魔王を倒さんと魔界にやってきた人間たち。大剣を持った剣士、ジーク。白髪の男、カイト。魔法使いの女、パル。そして、金髪の女、ジュリア。それに対抗するのは、魔界の統治者、魔王を守るために砦を築き、人間たちの侵略から抵抗をはかる悪魔たち。サキュバスの少女、ミクサ。ツギハギの少女、ナナミ。死神のウェスパー。
彼らは誠の隣で、これより始まるであろう戦いに臨む戦士として、己の士気を高めていた。その目にもはや日常はない。さきほどまでの柔らかな笑顔はなく、己の死をも覚悟した戦士の眼差しをしていた。
「ま、待って……」
誠は震えあがる声で、仲間を呼ぶ。
「あ?なんだよ、手短にしろよ」
その声にナナミが反応する。
「あ……いや……」
「なんだよ。話がないなら呼ぶなよ」
「ちがっ。待って!待って。……本当に戦うの?」
誠の心は不安でいっぱいだった。今までは、このようなことを妄想すると、いつも戦場を駆け巡る自分というものが頭に浮かんでいた。だが、この異世界にやってきて、命が危険にさらされる場面を経験し、思うことがある。
――自分は何もすることができないのだ、と
自分に戦場を支配する力が与えられるわけでもなく、やり直しさえ効かない。自分はちっぽけで何もすることができないのだと。誠は下を向く。そして、自分の弱さを思い知らされる。
「ふっ。なんで下なんか向いてんだよ」
「で、でも……」
「大丈夫。わたしたちは死ぬつもりなんかないわ」
だが、そんな誠を優しく見つめるのはミクサ。彼女はナナミと顔を合わせて何か心を通わせるように頷く。
「そ、それはどういう……!?」
「まぁ見てな」
と、ナナミが息を吸い込み、口を大きく開ける。
「行くぞ、お前ら!!」
そう叫ぶと、ミクサとウェスパーに向けて声を放つ。
「戦いを始めるぞ!!」
そうして相対する四人組、人間たちとの戦いに臨む覚悟を決める。
「陣地展開」
ナナミが拳を地面に突き立て、力を込めるように歯を食いしばる。すると、彼女の周りの地面に無数の魔法陣が展開された。
「な、なんだこれっ!?」
その魔法陣は、円形の陣を描いており、そこから伸びるように青白い光が放たれる。それは、ファンタジーでよく見るような魔法陣のようで、六芒星を描いた模様をしており、それを覆うように無数の言語が書かれていた。読めないはずの文字であったが、何を言わんとするのかを何となくは理解できそうであった。光輝く魔法陣のもと、ナナミは魔法を使うための詠唱を唱え始める。
「我は死の管理者。死によって歴史を紡ぐ特異なる存在。死体召喚師の権限のもと、汝らを召喚する」
「――死者蘇生」
すると、ナナミの詠唱に応じるように、彼女の周りに展開された魔法陣の輝きが、渦を巻きはじめる。それはリングのように一筋の流れを描き、魔法陣の周りを、陣と平行になりながら回転を繰り返す。音を放ちながら回転するリングは、徐々にその大きさを縮小させ、それに反比例するように魔力の渦を高めさせる。やがてそれは、周りに煙を生みながら、魔力を最大にまで高めていく。
そして、――死した人間の兵士を召喚したのだった。
「な、なんだ……?」
誠は召喚された彼らを見渡す。死体のように青ざめた肌をしており、彼らの体を覆う鎧やローブはどこか汚れをもっている。彼らの目には自由意志はなく、だが、戦いをするのだという一点の意思をもった目で、真っすぐに敵である人間たち四人組に向けられていた。
「こ、これは……?」
誠は彼らを見ながら、ナナミに問いかける。
「彼らは、あたしが召喚したアンデッド兵たちだ」
「あ、アンデッド兵?」
「ああ、すっかり言うのを忘れてたが、あたしは『死体召喚師』っていう悪魔なんだ」
「アンデッド……メーカー……」
聞いたことのない悪魔だった。現代日本人兼引きこもりとしてこういったファンタジー知識をいくらかもっていた誠であったが、そんな悪魔の名前は知らなかった。だが、聞いたことはなかったが、おおよその予想をすることができた。今見ている光景と名前の響きからして、死んだ人間を生き返らすことができるのだろう。
「それは死んだ人間を生き返らすことができるってことか?」
「ああ、そうだ。あたしは死んだ人間、兵士に限るが、彼らをこの世界に蘇生、召喚することができるんだ」
「それがアンデッドメーカーの能力ってやつか」
「そうだ。……中には人間界で名を馳せた『英雄』なんてのも召喚することができるんだぜ」
「す、すげぇ」
「でも召喚できる人間はランダムで選ばれるからそうやすやすと召喚できるもんじゃないんだけどな」
「そ、それでも十分だろ。だって……!」
誠は召喚された兵士を見てみる。彼らの数は優に百を超えている。それに、剣と盾を持った兵士から魔法使いのような恰好をした者まで、その姿は様々であった。
「――だって! こんなにも多くの数の兵士がいるんだ。奴等にだってきっと対抗できる」
こちら側の戦力は、分かっていた段階では、回復が得意と言っていたミクサと、戦力には期待できない死神のウェスパーだけであった。それで兵士100人分の力を持つ彼ら人間4人組に勝てるとは、正直思えなかった。だが、ナナミの持つ能力により、その不安は解消された。この数がいればきっと奴等にだって勝てる。
「確かに相手は兵士100人分の力を持っているかもしれない。でも、そうだとしたら、こっちは兵士100人、それでも足りないなら200人、1000人。いくらでも召喚すればいい」
ナナミは拳を空高く振り上げる。
「行けっ!! 戦闘開始だ!!」
その声に応じて、アンデッド兵たちが叫び声を上げながら戦いに挑む。
「戦いに応じよ」
「戦いに応じよ」
「「「戦いに応じよ」」」
彼らは、合唱するように自身らを鼓舞すると、一斉に突撃を開始した。
「われらは100で一つの剣」
「戦いとは、それすなわち数のぶつかり合い」
「強さとは、数の積み重ね」
「「「行け、進め、屠れ」」」
剣を持った兵士たちが人間四人組のもとへと進軍を始める。炎の海を躊躇うことなく進んでいく。
「いっけえええええ!!」
戦場にアンデッドメーカーの叫びがこだました。
※
「――なぜ、作戦の根幹を崩すようなことをした」
大量のアンデッド兵に囲まれる中、それらを丁寧に一人一人いなす様子ながら、言葉を荒げてパルに抗議するのは白髪の男カイト。
「あ? なんか問題でもあったのかよ」
その声に不機嫌な様子で答えるパル。彼女は杖から生み出した炎によって手近なアンデッド兵を焼き尽くしている。
「問題だと? あるに決まってる。当初予定されていたのは暗殺作戦だったんだぞ。だからこそ私も今回の作戦に同行したんだ。なのになぜ爆発など起こした」
「あーはいはい。さすがはエリートサマは作戦だのなんだのこざかしいのが好きなようね。……もう暗殺作戦なんかできっこないっての。ヘンなコウモリ型の悪魔に見つかってたんだってアタシらは」
「だったら……! だったら、撤退するべきだろう!」
「そんなモンするわけねーじゃんよ。それにアタシは最初からこういう力をぶっ放せる展開を待ってたんだよ。恨むなら、こんなアタシらとつむまなきゃダメになった自分の人生を恨むんだね。……落ちぶれエリートサ・マ」
焼けたアンデッド兵の頭部をねじ切って、醜悪な笑みを浮かべながらカイトを挑発する。
「貴様ッ……!」
パルの挑発に眉間の血管を浮き上がらせて激怒するカイト。
「はーい。二人ともそこまでよ。何を言っても現実は変わらない。私達が今やらなきゃいけないのは目の前の悪魔を倒すことよ。力は貸してあげるから、全力で戦いなさい。もう撤退もできない。正面突破で西南砦を壊しましょう。楽しみね。うふふ」
そんな二人を金髪のジュリアがなだめる。
「ちっ。……仕方ない。徹底はやめだ。やるしかない。……どのみちこの砦を突破できなきゃ俺のキャリアはそこで終わりだ。やるぞ」
「はっ。いいじゃんいいじゃん。そういうことだよ。クソッたれな王サマを見返してやれよ!!」
彼らの戦いもまた、始まったのであった。




