第6話「天使 円天点」
「! これは――……」
遥か上空、雲の中。
1人の男が双眼鏡で地上を見下ろしている。
「フフフ……遂に見つけたぜ……!」
男は興奮気味に笑いながら言い、双眼鏡を目から離した。
第6話「天使 円天点」
――俺の名は円天点。正真正銘の天使だ。
天使というものは非常に神聖なものであり、この世界の全てを支える基盤だ。俺は自分が天使である事に誇りを持っている。
ただ、残念な事に正義がいれば悪がいる。その代表があの真央手蛭という男。本物の魔王でありながら人間界で暮らし、人間界を恐怖と混沌に陥れているというゴミの様な存在だ。
そういう存在を滅ぼすのが我々天使の役目。フフ、ちょっと俺にはチョロすぎるがパパッと片付けるか。
えー、体内に魔界の血を持つ男…………。
「あ〜、だるー……」
朝、僕は15分の通学路を1人歩いていた。
「ん?」
僕の目の前を歩いている少女がハンカチを落とした。少女はそれに全く気付く素振りを見せない。
「あっ、ちょっと……」
僕はハンカチを拾い、少女に声を掛けた。少女はこちらを振り返る。
「はい。これ君のだよね?」
僕は少女の前にハンカチを差し出す。
「………………」少女はそれを黙って見つめる。
「ぺえっ!!」突然少女は僕に向かって唾を吐き、それを見事僕の頬に命中させた。
少女は奪い取る様にして僕の手からハンカチを受け取り、黙って歩いていった。
(え……えええ〜…………!!)
「ったく、朝から最悪だよ…………」
僕は頬をさすりながら再び歩いている。
(学校……休もうかなあ……。でもそしたら真央くん僕ん家来ちゃうし…………)
僕は深い絶望を帯びた溜息を吐く。しかし、僕の早朝分の悲劇はまだ終わってはいなかった。
視界が突然揺れ、急に地面が近づく。
僕は痛みと共に地面に倒れこんだ。いや、正確には背中から誰かに押し倒された。
気付くと僕の背中には1人の男が座り込んでおり、男は僕の腕をねじり動きを束縛する。
「魔界の王、真央手蛭! 観念しろ!! 天使、円天点が成敗致す!!!」
地面に顔を押し付けられている僕には確認出来なかったが、男は剣の様なものを取り出し、それを掲げた。
「え!? 何コレ! マジで!? いやいやいやいや――」
僕は必死に抵抗しようとしたが、腕を完全に決められていて身動きがとれない。男は無情に剣を振り下ろす。
――振り下ろす。振り下ろす。
あれ? 俺振り下ろしてんだけど……動かない?
「!!!」男は後ろを振り返った。
派手なツンツン頭に鋭い瞳。真央くんが男の腕を掴んでいた。
「まっ、真央くん!!」僕は叫ぶ。
「え? 真央? 真央はお前じゃ――」
話の途中、真央くんの拳が男の頬を捉える。
「ほぎゃあああー!!!」
男は軽々と吹き飛び、コンクリートの塀に頭から突き刺さる。
「何だお前は!! 言え!」真央くんが男の元に詰め寄る。
「いや、答える答える!! 答えるから頭抜いてー!!」
男はコンクリートの塀に突き刺さったままジタバタしている。
真央くんは男を足から引き抜いた。
「さあ、何だお前は!! 答えろ!!」
真央くんが男の顔を指差す。
「いや……えっと、天使…………」
「……………………」
「ママゴトは家でやってろクソガキがあー!!!」真央くんは再び男の頭をコンクリートの塀にぶち込んだ。
ぐったりと動かなくなった男に対し、真央くんは更に陰湿な攻撃(両手の親指の付け根をグリグリする、等)を加える。
「ちょっ――真央くん真央くん!! その人死んじゃうよ!!」
真央くんは一度攻撃を止め、そしてもう一度、男が何者なのか尋ねる。
「いや……あの、すいません、僕ほんと今天使っていう職業させていただいてまして…………」
男は塀に突き刺さったまま答えた。
「……………………」真央くんは黙って男の右足の靴と靴下を脱がす。
「え? いや……何? 一体何を…………」
「天使はもう良いって言ってんだろが糞ニートー!!!」真央くんは男の右足をコンクリート塀に向かって垂直に直撃させる。
「ぎ……ぎえええええええーっ!!!?」
今まで聞いた事も無い様な悲鳴がコンクリート塀の中から漏れ出してくる。
「嘘ーっ!? あんた何してんの!? 正気!!? 折れた折れた! 完全に折れたー!!!」
男は塀から飛び出ている足を暴れさせる。
――3時間後。
「いや……あの、もう公務員とかで良いですホント……僕公務員です、ええ…………」
顔中を血まみれにし、両手両足ボロボロになった男は涙ながらに語る(正座)。
「そうか……じゃあ、公務員が悲劇に何の用だ」
「いえ……今ちょっと私、税的なアレの調査をしてまして……そのアンケートというか……コミュニケーションというか…………」
「そうか。お前頑張ってるんだな。よし、行っていいぞ」
「えへへ……すいません。それじゃちょっとお先失礼します…………」
男は何度もこちらにお辞儀しながら少しずつ向こうへ消えていく。
「……………………」
(なんだったんだ…………)
僕は彼の痛めつけられようを見て、ああはなりたくないなと思っていた。
「七草先生ー。転校生です」
職員室。事務の職員が七草先生の元に転校生を連れてくる。
「……お前…………何かあったのか?」
七草先生は呆気にとられながら尋ねた。
「ええ……税的なアレで…………」
顔から足先まで、体中を包帯に包まれた男はそう答えた。
1年5組 円 天点
落ちこぼれ天使