第1話「巻川悲劇と真央手蛭」
――5月。
16歳、身長163cm。家から徒歩15分の私立高に通う男子高校生。趣味:家庭菜園、特技:なし。
生まれつきの跳ねっ毛がチャームポイントだなんて母は言うが、16年間生きてきて母以外の人間に同じ事を言われた事は無い。勉強、そこそこ。運動、それ以下。
昨年末のクラス会で友人が僕を一文字で表した言葉は、「凡」だった。
第1話「巻川悲劇と真央手蛭」
「おーっす悲劇!」学校へ向かう通学路の途中、後ろから誰かが僕の肩を叩いた。
「……下の名前で呼ぶなってば」僕は怪訝そうに振り返る。
「いーじゃねーか。本名じゃん」その男の正体はクラスメイトの山代秋太だった。
「絶対、その名前のせいで悲惨な人生送ってんだと思うんだよなー、俺は」
「関係ねーってば。元気出せよ悲劇ちゃ〜ん」
「……やめろってば」
僕は頭の上に置かれた秋太の手を払いのけようとしたが、その反動で僕は足を滑らせて散歩中の犬の尻尾を踏んで吠えられて電柱に頭をぶつけて鳥のフンの襲撃をモロに喰らった。
「……う〜ん。お見事」秋太はその様子を3m後ろから感心して眺めていた。
「おいおい、元気出せってば〜!」秋太は、学校の水飲み場で制服を洗っている僕を見て駆け寄ってきた。
「うるさい」
「怒んなって〜! さっきの写メ友達に回しまくったのは謝るからさあー!」秋太は先程の光景を即座に友人達に送信しまくっていた。
「ん〜……、今日購買のプリンおごってくれたら許すかも」
「買う買う! 買ってやっから!」
「オッケー。許す」
「あ」秋太が遠くを見て何かに気付いた。
その目線の先にいたのはこちらもクラスメイトの緑音結だった。
「おいおい悲劇、心のマドンナちゃんの登場じゃんか〜」
「う、うるさいなっ!! あっち行ってろ!」
そう、僕は密かに緑音に好意を寄せていた。もちろんそんな事は秋太以外に知ってる人はいない。
「おい秀平! 悲劇が緑音に告白すんぞ!!」
「えっ、ウソ! どこどこ!?」
後ろの方で秋太が誰かと話していたようだが小声だったので聞き取れない。
「おはよう。巻川くん」こちらに気付いた緑音は、その元々整った顔を100万倍可愛くした笑顔(当社比)で僕に挨拶してくれた。
「こーっくっはく! こーっくっはく!」
秋太はただのバカだ。
「あっ、緑音……おは――」
「うわっ……クサッ…………」緑音はあり得ない程眉間にシワを寄せて僕の頭を見ていた。
……鳥のフンが、残っていたのだろうか…………。
――この時の緑音の表情は死ぬまで忘れられないトラウマとなった。
後ろでは秋太と秀平が転げ回って爆笑している。
「はああ〜…………」僕は自分の机に座って大きなため息をついた。
どうしていつもこうなるのだろうか。僕は自分の人生が嫌になる。とにかく、何をどうしたらこうなるのかと言うぐらいツイていない。この不幸度はギネスものだ。
「出席を取るぞ〜」担任が教室に入って来て朝の点呼を取り始めた。
「甘屋〜、磯野〜」
やはり、『星の下』という言葉があるのだろうか。
世の中の人間の『運』はどう見比べたって平等じゃない。僕は不幸の星の下に生まれてきた人間なのだろうか。
――……そう、人間には、生まれつき幸運である者とそうでない者がいる。
ガラッ
点呼の途中で一人の男子生徒が入ってきた。真央くんだ。僕は彼と仲が良いわけでもないし殆ど話した事も無い。
ただ、派手なツンツン頭に鋭い瞳。いつも三角フラスコの中の赤い飲み物を飲んでいるという奇妙な出で立ちから、前々から気にはなっていた。
――ま、ほとんと関わる事は無いだろうが……。
――幸運である者は全てが上手く回り、そうでない者は全てが上手くいかない。
そして間違い無く、僕は後者だった。
真央くんが歩く先に、1つのビー玉が転がっている。
――そう、僕は不幸者。
そしてその日の僕は、いつにも増してツイてなかった。
真央くんが床のビー玉に足を滑らした。
それまで右手に握り締めていた三角フラスコが、僕を目がけて飛んできた。
フラスコの中身が飛び出し、僕に向かって飛んでくる。
それが僕の口に到着した後、遅れてフラスコ本体が僕の顔に直撃した。
ガシャアアアアアアアン
「……飲んだ?」床に尻餅をついた僕の体の上に乗った真央くんが、僕の顔を見てそう聞いた。
「はい……?」僕は、フラスコの中身を全て飲み干していた。
真央くんが、僕の首筋に噛み付いた。
これが、魔界の王、真央手蛭との最初の出会い。
――5月。僕は五月病だ。