第五十二話 鍛錬と旅立ち
「──師匠! あたしを弟子にしてください!」
「お願いします!」
目の前で頭を下げるエイミーとユアン。
その言葉に何か感銘でも受けたのか、満足そうに頷いているクリスティア。
そんな彼女達の様子を尻目に、俺は昨日の事を思い返していた。
あの後、オークジェネラルが死んで烏合の衆と化した魔物達は、冒険者達に抵抗できる筈もなく全て討伐された。
それから冒険者達に見つからないように戦後処理を手伝い、俺達はこっそりと街へと帰還したのだ。
反対側にいた魔物の群れも無事に討伐され、アッサムには平和が訪れた。
と、ここで話が終われば良かったのだが……
「そう言われてもな。俺達には俺達の都合もあるし」
「そこをなんとかお願いします!」
「少しだけでもいいんです!」
表面上は渋ってみせたが、正直エイミー達の願いは引き受けるつもりだ。
危うい状態までエイミーを変貌させてしまったのは、俺の責任でもある。
だから、その責任を取るべきだと考えた。
まあ、今のうちにエイミー達に粉をかけて俺達を好意的に思わせる、という打算的な考えもあるが。
ともかく、頭を下げたまま俺の言葉を待つエイミー達に、了承を伝えるために口を開く。
「そこまで頼まれたら仕方ないな。少しの間だけだが、お前達の師匠になるよ」
「あ、ありがとうございます!」
「やったー!」
その言葉に感謝の意を示したユアンに対して、エイミーは満面の笑みを浮かべて両手を振り上げた。
そんな対照的な喜びの表現を見せる二人の様子に、クリスティアは顎に手を添えて考え込む仕草をする。
「ふむ……ユアンさん」
「あ、はい。なんですか?」
「貴方への訓練は僭越ながら私がさせていただきます。よろしいでしょうか、シュン様?」
「まあ、俺は構わないが」
「では、ユアンさん。早速ですが訓練を開始いたします」
「は、はいっ!」
俺へと頭を下げた後、クリスティアはユアンにそう告げた。
そして、そのままユアンの首根っこを掴んだクリスティアは、エイミーの方へ目を向ける。
「では、エイミーさん。訓練頑張ってください」
「うん、応援ありがとう!」
「あ、あのークリスティアさん? 僕はなんで首を掴まれているんでしょうか」
「貴方を教育するためです。それでは、シュン様。また後ほど」
そう告げると、クリスティアはユアンを引き連れて去っていった。
いや、引き連れたというより拉致と言うべきか。
なんというか、これからユアンは大変そうだな。
ともかく、期待に満ちた表情で見つめてくるエイミーに、俺は手を差しだす。
「改めて自己紹介だ。俺はシュン、エイミーの臨時師匠になる。短い間だけどよろしく」
「あたしの名前はエイミーです! よろしくお願いします!」
俺の手を握り返したエイミーは、元気な声を上げて満面の笑みを浮かべるのだった。
あの後、俺達は町外れの草原へと訪れていた。
人気のない所まで足を進め、ある程度街から離れた事を確認する。
「それで、どんな修行をするんですか?」
よほど訓練が楽しみなのか、エイミーは全身からワクワクした雰囲気を漂わせている。
そんなエイミーの様子に苦笑いしつつ、俺は彼女へと手を翳す。
「まずはこれからだ〈自戒の鎖〉」
「な、何これ──うぐっ。身体が、重い?」
俺が呪文を唱えた瞬間、エイミーの身体が魔方陣に包まれる。
唐突に出現した魔方陣に、エイミーは戸惑うような声を上げていたが、やがて身体に力が入らないのか膝をつく。
「これは修行用の魔道具だ。俺がこの魔道具に合図を出すと、対象の身体能力を封印する事ができる」
「よくわからないけど、とにかく凄いってことですよね」
ダミー用に持ってきていた魔道具を見せて説明すれば、エイミーは首を傾げながらも頷いた。
まあ、今までのエイミーを見れば理解できないだろうと思っていた。
これは、念のため魔術の存在を誤魔化すために即興で考えた策だからな。
ともかく、エイミーにも説明し終えたので、俺は来る途中で拾っていた木の棒を構える。
「まずは身体能力を封印された状態で俺の攻撃を避けてみろ」
「回避訓練って事ね……わかりました。いつでもいいです!」
震える脚で立ち上がったエイミーは、俺からゆっくりと離れながら叫ぶ。
その声に頷いた後、俺は駆け足でエイミーに近づく。
対して、エイミーは俺から離れようとしたのだろう。
しかし、思ったように身体が動かないのか、エイミーは尻餅をついた。
「はい、まずは一回」
「いたっ!?」
「ほら、逃げなきゃ攻撃されまくるぞ?」
「わ、わかってますよ!」
脇腹、左腕、右脚と木の棒でエイミーを突いていく。
その攻撃からなんとか逃げようともがくエイミー。
だが、立ち上がろうとしても上手く立てないようだ。
「これで十回死んだ事になるぞ? 俺に師事を頼んでおいてこの程度か?」
「わかってます……ぐっ!」
「無様でもいいから転がって避けろ!」
「は、はい!」
俺の叫びに、咄嗟に転がり回るエイミー。
その直後に木の棒が地面を抉り、俺からの攻撃を避ける事に成功した。
「いいか、敵の攻撃をよく見ろ。目を逸らすな、敵の動きを見極めろ!」
「はい!」
腕を振るいつつ告げた俺の言葉に、エイミーは真剣な表情で頷く。
何度も木の棒に攻撃され、痛みからか顔を歪ませるエイミー。
しかし、エイミーは決して目を逸らさず、俺の動きを見極めようとしている。
そのまま暫く訓練を続けていると、やがてエイミーは俺の動作を見切るようになってきた。
まだエイミーは完全に避ける事はできないが、俺の動作に機敏に反応しているのが窺える。
「敵の動きに惑わされるな! 本命の攻撃だけを避けろ!」
「はい!」
「そうだ! 敵の目を見て、次に来る攻撃を察しろ!」
「は、はい!」
フェイントを交えた攻撃をしていくが、エイミーは確実に対応してきている。
こうなる事を目標にしていたが、まさかここまで早くできるとはな。
やはり、エイミーには才能がある。それも天才と呼ぶべきの。
その危険を察知する嗅覚に、恵まれた身体能力。
間違いなくエイミーはこの先大成するだろう。
俺が施した〈自戒の鎖〉にも適応しつつあるし。
そんな事を考えつつ、俺は息を乱して大量の汗を流しているエイミーへと、一際速い突きを放つ。
「ぐぅっ!」
「まずはこんなもんか。エイミーには聞こえてないだろうけど」
鳩尾を狙った突きは吸い込まれるように当たり、エイミーは苦悶の声を漏らして倒れ伏す。
そのまま気絶したエイミーを尻目に、俺は今後の計画を練っていく。
とりあえず、ここ何日かはエイミーの回避訓練を徹底させよう。
その後にエイミーの動きを矯正して、それから攻撃のアドバイスだな。
ユアンの方はクリスティアに任せれば問題ないだろう。
「久しぶりに腕がなるな」
ふと前の世界で子供達を鍛えた事を思い出し、思わず笑みを漏らす。
そして、エイミーを背負ってアッサムへと戻る道すがらで、俺は今後の訓練に心を踊らせていくのだった。
エイミーの鍛錬を開始してから幾日か時が過ぎ。
俺の想像以上にエイミーはあっという間に成長していき、当分教える事はなくなってしまった。
クリスティアの鍛錬にも一区切りがついたので、俺達はエイミー達の訓練を終える事にした。
そして現在、旅の続きをするために俺達はアッサムの町外れへと赴いていた。
「師匠、今日までありがとうございました!」
「自己鍛錬を怠るなよ?」
「はい!」
俺の言葉に真剣な表情で頷き、エイミーは背筋を伸ばした。
うん、この分なら問題ないだろう。今も油断しないで周囲の気配をちゃんと探っているし。
とりあえず、俺がエイミーに教えられる事は殆ど教えた。
今のエイミーならば、直ぐにランクを上げられるだろうな。
「いいですか、ユアン。常に優雅でいる事を意識しなさい。そして、主の手足となりなさい」
「はい!」
チラリとクリスティア達の方へと目を向けてみると、何やらよくわからない会話を交わしていた。
冒険者としてエイミー達を鍛えた筈なのだが、どうしてクリスティアは従者教育のような発言をしているのだろうか。
その事について何故かユアンは疑問を感じていないようだし。
……うん、見なかった事にしよう。
「さて、俺達はもう行くから」
「師匠……」
「ほら、そんな悲しそうな顔をするな」
「ユアン? 何故貴方は安堵しているのですか?」
「き、気のせいです!」
ユアンにとって、クリスティアの鍛錬は辛かったらしい。
ジト目でクリスティアが睨むと、ユアンはあらぬ方向に目を向けていた。
そんなクリスティアの様子に対して、悲しげに涙を滲ませていたエイミーは、やがて袖で目元を拭うと決然とした表情を浮かべる。
「師匠! あたしは足でまといですけど、いつか……いつか、強くなったら師匠に会いにいきます!」
「そうか、期待してる。……そろそろ行くぞ、ティア」
「了解しました」
口を一文字にして涙を流すのを堪えているエイミー。
それに笑みを返しつつ、俺はクリスティアに声を掛けて獣人の国──リィオンダがある方向へと足を進めていく。
『ありがとうございました!』
不意に聞こえた声に振り向けば、エイミー達が揃って頭を下げていた。
その事に思わず笑みが漏れつつ、歩きながら俺達は会話を交わす。
「それで、ユアン方はどうだったんだ?」
「はい。彼ならば良い従者になれるでしょう」
「そ、そうか」
どうやら、クリスティアは冒険者として鍛錬したわけではなかったようだ。
ユアンの今後が不安になるな。変に影響されていなければ良いんだけどな。
「そういえば、先ほどユアンから手紙を貰いました」
「手紙?」
「はい、シュン様宛てのようです」
そう告げると、クリスティアは俺に手紙を渡した。
それを受けとり差出人を見てみれば、どうやらアイリーンからのようだ。
何故アイリーンからなのだろうか。アイリーンは俺との接点があまり多くなかった筈だが。
そんな人からの手紙……やはり、どうしても警戒してしまう。
でもなぁ、中身を見ない事には始まらないし……
「とりあえず見てみるか……ん?」
「どういたしました?」
「いや、ティアも見てみればわかる」
「では、拝見させていただきます。……『新鋭冒険者がこの街を旅立つのは残念です。またギルドで会いましょう』、ですか」
「まあ、要約するとそうだな」
微妙な表情で要点を纏めたクリスティアに、俺は頷きを返す。
何故アイリーンが俺達の旅立ちを知っているのか等はあるが、また会いましょうとはどういう意味だ?
今後の予定では、俺達がこの街に再び寄る事はない。
しかし、アイリーンはまたギルドで会うと手紙に書いている。
……意味がわからない。アイリーンは未来予知の能力でも持っているのだろうか?
「ま、今考えても仕方ない」
「そうですね。とりあえず、頭の片隅に留意しておく事にしましょう」
「それがいいな」
アイリーンからの謎の手紙を不安に思いつつ、俺達はリィオンダを目指していくのだった。
次話から第五章となります。




