第四十六話 冒険者ギルド
「ここが冒険者ギルドか」
「立派な建物ですね」
大きな建物を見上げながら思わず漏らした俺の呟きに、クリスティアは同意するように頷いた。
俺達は宿屋で今後の事を幾つか話し合った後は、武器屋を覗いて装備を整えてから冒険者登録するために、冒険者ギルドの前に来たのだ。
現在、俺達は武器屋や防具屋に置いてあった初心者が使う装備に身を包んでいるので、傍から見たらこれからギルド登録をする未来ある若者に見えるだろう。
まあ、クリスティアの雰囲気からどこかの貴族のボンボンだと思われている可能性もあるが。
ちなみに、見た目が目立つツバキは宿屋に置いてきた。
とりあえず紙に伝言を書いておいたから、ツバキが起きても──紙を読めるのかはわからないが──大丈夫な筈だ。
「では、行くか」
「遂に始まるのですね……春斗様の英雄譚が!」
「それはない」
満面の笑みで告げるクリスティアの馬鹿げた言動に突っ込みつつ、ギルドの扉を開けて建物内に入っていく。
中に入ってまず思った感想は、意外と綺麗だという事だ。
てっきり冒険者という荒くれ者の印象から汚い酒場のような印象を持っていたのだが、俺の予想に反して地球で見慣れた役所のような場所になっている。
そんな事を思いながら左へ視線を巡らすと、今度は想像通りの酒場のような食堂が目に入る。
どうやら境界線のようなもので区分けされているようで、見た感じその線を跨いで綺麗に役割がわかれているようだ。
荒くれ者と役所が混同する施設か……結構シュールだな。
クリスティアもこの光景には驚いたのか、珍しく口を僅かに開けて間抜けな表情をしている。
「冒険者ギルド……見るのは初めてでしたが」
「観察もいいけど、登録をするぞ」
「……っは! 申し訳ありません、少々意識が飛んでおりました」
俺の言葉に我に返ると、いつもの澄ました表情に戻るクリスティア。
その切り替えの早さに感心しつつ俺達は受付の方へ足を進める。
受付は五つあるのだがどれも列が長いので、一番列が短い右から二番目の所へ並ぶ。
「冒険者ギルド……俺が想像してたのと結構違って驚いたよ」
「はい、私も驚きました。受付がここまで綺麗だとは」
「衛生管理がしっかりしているのかもな」
「それに、受付の人達の対応も素晴らしいですね」
「そうだな……お、次は俺達の番だな」
暫くクリスティアと雑談を交わしている間に列が捌き終わり、俺達の前に営業スマイルを浮かべている受付の女性が現れる。
「冒険者ギルド・アッハム支部へようこそ。何をお求めでしょうか?」
「……エルフ?」
「はい。私は『森人族』ですが?」
思わず漏れた俺の呟きにも、笑顔を崩す事なく肯定した受付の女性。
そう。受付の女性の耳は、俺達人間より長いエルフだったのだ。
今まで女性のエルフをこの目で見る事はなかったが……なるほど、綺麗な顔立ちをしているな。
初対面の人にはクリスティアのように冷たい印象を与える顔つきだが、その見事な笑顔が柔らかい印象を上手く持たせている。
俗に言う高嶺の花という奴か、これは冒険者達から人気がありそうだ。
「すみません、エルフを見るのが初めてでしたので」
「いえいえ、気にしていませんよ。それでは、改めてご要件は?」
「用件は冒険者登録をしたいという事なのですが」
「冒険者登録ですね、かしこまりました……そちらの方も?」
「ええ、彼女も」
クリスティアの方へ目を向けて尋ねた受付の女性──仮でエルフ嬢としておこう──の問いに頷くと、彼女はカウンターの下から二枚の羊皮紙を取り出した。
そのままエルフ嬢から羊皮紙を渡されたので、一緒に渡されたペンで羊皮紙の内容を埋めていく。
どうやらこれは冒険者ギルドの契約書みたいなものらしく、名前等の簡単な情報に事故があってもギルドが責任を取らない等……。
まあ、冒険者ギルドに登録する人は多いと聞いたし、一々その人達を保護するのもきりがないのだろう。
「はい、確かに受け取りました。では、ギルドカードを作る間に当ギルドについて説明させていただきます」
「お願いします」
「はい。当ギルドでは特に難しい制度はありません。難しい内容だと理解できない人もいますので」
「残念な方々ですね」
笑顔でサラッと毒を吐いたエルフ嬢の言葉に、同意するように頷くクリスティア。
いや、そこは育った環境があるから仕方ないと思うのだが……まあ、契約書の内容が多いと疲れるというか、理解するのが大変なのは否定しない。
「よって当ギルドで伝える事は主に三つです。一つ目、使い潰されたくなければランクを上げましょう。二つ目、ギルドに歯向かうと全力で潰します。三つ目、依頼は早い者勝ちです。なお、当ギルドはあくまでも冒険者の背中を押すための組織ですので、過度な干渉はいたしません」
「く、黒い……」
日本にこんな制度があったら間違いなく非難轟々だ。
いや、言いたい事はなんとなくわかる。
低ランク冒険者はそれこそ文字通り掃いて捨てるほどいるし、新たに沢山の若者達がギルド登録しにきている。
ギルドとしてはそんな有象無象な人達を相手にするより、ランクが高い冒険者を優遇する……それが嫌ならランクを上げろ、と。
ギルドに歯向かうというのは、恐らくこの制度に納得がいかないで抗議する人がいたのだろう。
その抗議を正面から捻りつぶすために作った制度……よくこのギルド潰れないな。
いや、むしろ潰れないほどこの世界は冒険者に需要があるのか。魔物退治や護衛依頼等は無数にありそうだし。
「ご理解いただけたようでなによりです……この段階で抗議をしてくる方々もいますので、そういう方に丁寧に説得する無駄な時間がなくて良かったです」
「あ、やっぱり抗議する人もいるんですね」
「ええ、本当に。例を挙げますと──」
「納得がいかねえ!」
「──あのような方ですね」
疲れたようにため息をついたエルフ嬢が顔を動かし、俺がその視線を追った先にあった光景は、受付のカウンターに拳を振り下ろした大男の姿だった。
ロドリグと同じぐらいある背丈は女性にとっては威圧感を感じると思うのだが、大男を対応している受付嬢は穏やかな笑顔を浮かべたまま。
そして、大男の発言にギルドにいた人達の視線が自然と集まっていっている……いるのだが、何故皆楽しそうな表情をしているんだ?
「私の説明に何か不備でも?」
「そうだ! なんで俺が低ランクから始めなきゃいけないんだよ!」
「そのような規則になっておりますので」
笑顔のまま僅かに首を傾げた受付嬢を見て、大男は顔色を真っ赤にして何度もカウンターを叩いている。
「だから! 俺なら直ぐに高ランクになる事ができるって言ってんだよ! なんで俺が最低ランクのFランクからなんだよ! さっさとAランクにしやがれ!」
「当ギルドに納得がいかないのであれば、お引き取りください。貴方様お一人に時間を割くほど暇ではありませんので」
「──馬鹿にしやがってっ!」
笑顔から無表情に変貌した受付嬢の言葉に、大男は視線を鋭くして右腕を振りかぶる。
しかし、男の右腕が振り下ろされる事はなかった。
受付嬢が懐から取り出したペンを、大男の喉元に突きつけていたからだ。
「当ギルドへの暴力行為を確認しました」
「うっ……このや──」
「ふっ!」
「──ぐあぁっ!」
ペンを突きつけられた事に大男は一瞬怯むも、そのまま腕を受付嬢へ叩きつけようとする。
その瞬間、跳び上がって放つ受付嬢の回し蹴りが、大男のこめかみに炸裂した。
そのまま吹っ飛び床を転げ回った後、大男はピクリとも動かなくなった。
「──お見苦しい所をお見せしました」
「ひゅー! 流石足蹴姫は違うねぇ!」
「だから言ったろ、俺の勝ちだって?」
「くそー! 賭けは俺の負けかよ! 今回はお前に酒を奢ってやらぁ!」
「よっ! 流石リーナちゃん! 女性に手を上げる男なんてお呼びじゃないわ!」
「ちょっとエイミー、机に乗らない!」
「あたいとしてはあの男の金玉を潰して欲しかったね」
綺麗に着地した受付嬢が優雅に頭を下げた瞬間、ギルドの中でわっと歓声が響き渡り各々が感想を言いはじめた。
口笛を吹いて野次を飛ばす男や、賭けをしていたのか一喜一憂している人達。
それに、ギルドにいる女性冒険者達は拍手喝采をして、受付嬢を盛大に称えている。
……さっき街道で会った初級冒険者が、机の上に立って受付に手をブンブン振っているな。うん、天然というかアホの娘なんだろう。
「──このように、当ギルドに歯向かう者には容赦いたしませんので」
「き、肝に銘じておきます」
「賢明な判断です」
「……ふむ、参考になります」
笑顔のまま告げたエルフ嬢の言葉に、思わず顔が引き攣りながら頷く。
冒険者ギルドの対応を真剣な表情で見ているクリスティアを尻目に、俺はできるだけ目立たないようにしようと改めて決心するのだった。




