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第四十五話 『草木の安息』

「──酷い目に遭いました」

「でもいい服が買えただろ?」

「それはそうですが……」

《ふへへ……妾は可愛いのじゃ》


 不貞腐れたようにしていたクリスティアは俺の言葉に頷くも、どこか納得がいかないのか眉を寄せていた。

 あの後、結局クリスティアは店員さんの着せ替え人形になり、様々な服を着せられていたのだ。

 普通ではありえない速度で素早くクリスティアの服を変えるその姿は、残像が見える手と相まってまるで魔法のようだった。

 まあ、俺としてはクリスティアの様々な服が見る事ができたので、とても眼福で満足している。恥ずかしそうなクリスティアの表情も見られたしな。


「それに、どの服も似合っていたから自信を持て」

「改めてそう言われると恥ずかしいですね」


 俺の言葉に照れくさそうにはにかむクリスティア。

 気に入った服を幾つか買った結果、クリスティアは無事にメイド服を脱ぐ事に成功したのだ。

 まあ、クリスティアはメイド服を脱ぐ事を抵抗していたが、そこは俺が強引に説得して服を変えさせた。

 今のクリスティアの服装は、活動的なパンツルックとでも言えばいいだろうか。

 そんな感じの服装なのでポニーテールにしている髪型と相まって、どこか今からピクニックに行くような姿に見える。

 普段の瀟洒な姿とは反対な見た目に、俺もギャップ効果を感じて思わず見惚れてしまった。


「その服装もいいけど、俺としては普段のクリスティアを見てるからな」

「私ももう少し露出が少ない方が……」


 やはり慣れない服装で恥ずかしいのか、クリスティアは忙しなく自分の髪の毛を弄っている。

 そんなクールビューティなのに活動的な服装をしているギャップがある姿に、周回の人達は男女関係なくクリスティアに見惚れていた。

 それに比例してあちこちで見惚れているカップルに制裁をいれている姿も見られる……あ、あそこの女性が男性に鳩尾を殴ってる。


「とりあえず、次は宿を探そうか」

「そうですね。……ところで、ツバキはどうしたのですか?」

「ああ、ツバキな」


 その提案に頷いたクリスティアは、首を傾げてツバキの事を尋ねてきた。

 その言葉に俺は腰に目を向ければ、先ほどから嬉しそうな笑い声を零しているツバキの声が耳に入ってくる。


《妾は綺麗で可愛くてかっこよくて……っは!》

『意識が戻ったか?』

《う、うむ。少々取り乱したのじゃ》

『少々……?』

《こ、細かい事は気にしないのじゃ!》


 街中なので念話で尋ねた俺の問いに、ツバキはぎこちなく返事をした。

 よっぽど褒められた事が嬉しかったのか、ツバキの声はいまだにどこか弾んでいる。

 いやまぁ、ツバキが嬉しいのは良い事だけど……流石にここまで喜ばれるとは思っていなかったな。


「春斗様?」

「ツバキはちょっと可笑しくなっただけだ。それより、宿を取りにいくぞ」

「了解しました」

《妾を勝手に可笑しい扱いするのでない!》


 脳内で激しく抗議してくるツバキを無視しつつ、俺はクリスティアを連れて宿屋を探すために辺りを見渡す。


「うーん……おっ。あれは宿屋の看板じゃないか?」

《無視をするでないのじゃ!》

「そうみたいですね」

「外観も綺麗だし、ここでいいか」

《お願いだから無視しないでたもう……?》

『不安そうにしてるツバキ可愛い可愛い』

《あうっ!》


 俺の讃辞に沈黙したツバキを尻目に、木製の扉を開けて宿屋に入った。

 宿屋の内装は外観を見た通り綺麗に掃除されており、この宿が当たりだった事がわかる。

 左を見ると食堂になっていて、どうやらここで食事を摂るらしい。

 そんな風に室内を見渡している俺達に、宿屋の受付をしている女の子が気が付き営業スマイルを浮かべる。


「いらっしゃいませ。二名様のご利用ですか?」

「ああ、そうだ。一人部屋を二つ──」

「二人部屋を一つで」

「──クリスティア?」


 宿屋名簿を取り出した女の子の言葉に頷きを返して、俺は二つの部屋を取ろうとする。

 しかし、俺の話に割り込んだクリスティアが部屋を一つに変更してきたのだ。

 何故部屋を一緒にするのかとクリスティアに顔を向けると、ちょうど俺を見つめていた彼女と目が合う。


「節約できる所は節約しましょう」

「まあ、言いたい事はわかるが……同じ部屋は嫌じゃないのか?」

「むしろ望む所です!」


 握り拳を作りガッツポーズを取ったクリスティアは、そのままキラキラとした瞳で俺を見つめてきた。

 いや、望む所と言われてもクリスティアを襲うつもりは全くない。

 なんていうか、俺に告白してからクリスティアが随分とアクティブになっている気がする。

 このままいけば、俺がクリスティアに襲われる日も近いかもしれないな……。


「はぁ……襲わないからな」

「そうですか……残念です」

「すみません。やっぱり二人部屋一つで」

「かしこまりました。登録名は?」

「シュンで」

「シュン様ですね」


 しょんぼりと肩を落としているクリスティアを尻目に、俺は女の子に向き直り改めて声を掛けた。

 その言葉に頷いた女の子が名前を尋ねてきたので、俺は旅用に使う偽名を告げる。

 その言葉に再び頷き名簿に書き込みはじめる女の子を眺めていると、クリスティアが不思議そうに俺を見つめている事に気が付く。

 そんなクリスティアに偽名の件は後で話す事を伝えるべく、手招きして近づいてきた彼女の耳元へ顔を寄せる。


「名前の理由は後で話すから、俺の名前は出さないでくれ」

「了解しました」

「シュン様の登録を確認しました。改めて、当宿『草木の安息』をご利用いただきありがとうございます。シュン様方の部屋は二階の一番奥となっております。ごゆっくりとお寛ぎください」


 俺の言葉に素直に従ってくれたクリスティアに感謝している間に、名簿に記入を終わらせた女の子が笑みを浮かべてそう告げた。

 そして、お金を渡して──宿の質に反して良心的な値段だった──女の子から部屋の鍵を受け取った俺は、頭を下げた彼女へ改めてお礼を告げてから、クリスティアを連れて階段を登っていく。


「二階の奥……ここだな」

「そうみたいですね」

「さて、中はっと……おお!」


 暫く廊下を歩いていると部屋の前に着いたので、鍵を開けて中に入る。

 そして目に入る日本のホテルとしても通用しそうな内装に感心する俺に対して、クリスティアは真剣な表情で部屋をくまなく見渡していた。


「ふむ……汚れもないですね。家具の材質も良いのを使っているようです」

「クリスティアは目利きもできるのか」

「職業柄そういうものを見る機会が多かったですので」


 その意外な特技に思わず感嘆の声を漏らした俺を見て、照れくさそうに微笑むクリスティア。

 クリスティアは大した事でないと謙遜しているが、普通にこういうものの目利きができるのは凄いと思う。

 クリスティアにその事を詳しく尋ねてみれば、どうやらあの城では目利き等できるのは当たり前だったらしい。

 メイド長辺りになると細かい傷等から正確な値段や、作られた年代や製作者等も特定できたとか……凄いな。


「──さて、雑談はこのぐらいにして。今後の事を話し合おうか」

「先ほどの件についてですね」

「偽名の件な……その前にツバキ?」


 落ち着いた色合いの机を挟んで向かい合わせに座りながら、ベリシュヌを机の上に置いて先ほどから静かなツバキに声を掛ける。

 俺の言葉に反応して、姿勢を正していたクリスティアも机の上のツバキに目を向けていく。


《……すかー……》

「寝ているな」

「寝ていますね……役に立たない武器です」

《……うぅん……妾は剣なのじゃぁ……包丁ではないのじゃぁ……》


 今後の事を話し合うというのに眠っているツバキに、憮然とした表情を浮かべて毒を吐くクリスティア。

 そんなクリスティアの言葉が届いたのか、先ほどまで気持ちよさそうに眠っていたツバキが、(うな)されているように寝言を呟きはじめた。

 包丁に使われるとかどんな夢を見ているんだ……ああ、クリスティアに料理として使われているのか。

 嫌がるツバキを無理矢理野菜の皮むき等に笑顔で使うクリスティアの姿が目に浮かぶな。


「ツバキは寝かせとけ。あまり役に立ちそうにないしな」

「……それもそうですね」


 クリスティアは俺の言葉に暫し顎に手を当てて考える仕草をするも、やがてあっさり頷くと呆れたようにため息をつく。


「じゃあまずは偽名の事からな。ちなみに、理由はわかるか?」

「そうですね……春斗様の情報をできるだけ少なくしたかったからですか?」

「まあ、流石にわかるか」

「そうですね。私がいなくなった事から関連付けて、王国は春斗様の生存を検討するかもしれませんし」


 そう告げると今更ながら付いてきた事を不安に思ったのか、どこか窺うように上目遣いで俺を見つめてくるクリスティア。


 クリスティアの懸念もわからなくはないけど、俺としては一緒に来てくれて助かっているという気持ちが強い。

 アッサムへ来るまでに見たクリスティアの戦闘の動きを見ると、少なくとも足でまといにはならないだろうと思った。

 本気のクリスティアをまだ見ていないから断言はできないが、もしかしたら今の千秋達よりも強いかもしれない。


 とまあ長々とクリスティアについて思考しているけど、正直あの美味しい料理が食べられるなら一緒にいてもいいというか……いや、むしろ一緒にいて貰いたい。

 なお、クリスティアに胃袋を掴まれているのでは、という身も蓋もない事情は考えない事にする。


「そんな顔をしなくても、クリスティアがいて俺は嬉しいからさ。感謝してるよ」

「は、春斗様……!」

「よし、じゃあ今後の事を考えていこうか」

「はい!」


 感激したように瞳を潤ませていたクリスティアにそう告げると、彼女は満面の笑みを浮かべて頷いた。

 そして、俺達はどのぐらいこの街に滞在するかや、買うものはどうするか等今後の計画を立てるべく、クリスティアと様々な事を話し合っていくのだった。

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