第四十四話 褒められ慣れないツバキ
「──着いたな」
「着きましたね」
《大きいのう》
高い壁に囲まれている街を見て、俺達は各々が感想を零した。
あの冒険者達が襲われている時以外特に何事もなく、俺達は無事に街にたどり着く事ができたのだ。
途中で冒険者達にも合わなかったので、彼等も街に無事に着いたのだろう。
それにしても、この街は造りがしっかりしているな。門番も練度が高そうに見える。
「とりあえず、この街……名前なんだっけ?」
「『アッハム』ですね」
「そのアッハムに入るために列に並ぶか。ツバキは暫く大人しくしてろよ?」
《わかっておるのじゃ》
複数ある列の内、旅人や冒険者が並んでいる列に俺達も向かう。
列の右側では馬車等が並んでいて、地球の車道と歩道を思い出すな。
そんな事を考えながらクリスティアと雑談をしていると、周囲の人達から見られれているのに気が付く。
いやまぁ、見られている原因はわかるけど……。
「見られていますね」
「クリスティアは目立つからなあ」
「そんな……私が美人だなんて」
「言ってないからな?」
恥ずかしそうに頬を染めるクリスティア。
いや、クリスティアが美人なのは認めるし、そのせいで目立っている面もあるだろう。
でも、ここまで注目されているのは、クリスティアの服装がメイド服だからだろ。
俺としては当然旅用の服を持ってきていると思っていたのだが、なんとクリスティアはメイド服しか持ってこなかったのだ。
とりあえず、念のためにローブを羽織らせて誤魔化しているけど、微妙に見えるメイド服と相まってシュールな光景だな。
実際に、周囲の人も俺達を貴族と思ったのか、絡まれないように離れているし……うん、まずは服屋さんに行こう。
内心で街での予定を決めている間に列が動き、俺達が検問を受ける番になった。
「アッハムにようこそ。この街へ来た目的は?」
「俺達は旅をしているんだが、休憩をするためにこの街に寄ったんだ」
「なるほど。……では、これに手を乗せてくれ」
門番の指示に従い門の脇に鎮座している水晶に手を置いた。
俺が手に乗せてから暫らくすると水晶は青く輝き、それを見た門番は笑顔で頷く。
「うん、犯罪はしていないようだな。そちらの女性も」
「了解しました」
俺に続いて水晶に手を乗せるクリスティアを尻目に、この魔道具の内容を頭に思い出していく。
この魔道具は『千里の暦』という名前で、簡潔に表すと対象の犯罪歴を調べるというものだ。
国に裁かれた犯罪者に特殊な魔法を掛けると、水晶が赤く光るようになるらしい。
特に犯罪をしていない俺は当然赤くならず、青い輝きをしたという訳だ。
「そちらの女性も問題ないようだな」
「はい、入門料です」
「確かにちょうど受け取った。では改めて──ようこそアッハムへ!」
クリスティアから入門料を受け取った門番は、俺達を見回して笑顔でそう告げるのだった。
「おぉ……!」
「これは……凄いですね」
《美味そうな匂いもするのぉ!》
無事にアッハムに入る事ができた俺達は、そこに広がる光景に圧倒されていた。
人々が忙しそうにあちこちを徘徊していたり、人を呼び込もうと様々な屋台が美味しそうな匂いを漂わせていたり。
しかも、人々の顔は老若男女楽しそうな笑顔をしており、街の活気と相まってこちらまで楽しくなりそうだ。
前の異世界では戦争のせいで街に殆ど活気がなく、戦争が終わって旅をしている時も復興等が多かったので、どこか辛気臭い雰囲気が漂っていた。
しかし、この街の様子を見る限り、少なくともローザイト国はある程度平和だという事がわかる。これは依然旅が楽しみになってきたな。
「よし。気を取り直して行くか」
「まずは宿からでしょうか?」
《冒険者ギルドで討伐依頼を受けるのじゃろ?》
「どっちもやりたいが……とりあえず、服屋さんだな」
「服、ですか?」
不思議そうに首を傾げるクリスティアに頷くと、彼女は顎に手を当てて考え込む素振りを見せる。
暫く考えると理解したのか、クリスティアは目を見開くとそこで何故か瞳を輝かせはじめる。
「なるほど! これは街『でーと』と言うやつですね! 春斗様と逢瀬……」
頬に両手を当てて恥ずかしそうに身体をくねらせているクリスティアを見て、俺はその見当違いの考えに思わずため息が漏れてしまう。
凛々しい顔の美人が頬を染めているクリスティアの姿に、街の住人の目に入り好奇心を宿した瞳で見てくる……注目されているな。
「ほら、馬鹿やってないで早く行くぞ!」
「ここは春斗様に下着を選んでもらうべきでは……春斗様は清楚系の白が好きそうですいやでも黒の攻める下着も」
「早く行くぞクリスティア!」
「は、はい!」
再度の強い呼びかけでクリスティアの意識が戻ったので、痛む頭を抑えながら服屋へ向かうために近くの人に声を掛ける。
「あの、この辺に服屋はありますか?」
「ああ、それならあっちにあるよ。そっちのお嬢ちゃんは彼女かい?」
「まあ、そんな所です」
「あら! 凄い別嬪さんなんだから、男ならしっかりとした甲斐性を見せな!」
「はい。ありがとうございました」
気の良さそうなおばちゃんにお礼を告げてから、クリスティアを連れて言われた所へ向かっていく。
周囲からの羨望の眼差しや嫉妬の眼差しを努めて無視している間に、無事に俺達は言われた服屋に着く事ができた。
「いらっしゃいませー」
「すみません、彼女に合う服はありますか?」
「どれどれー……こ、これは!?」
どこか投げやりな感じで接客をしていた店員の女性は、クリスティアの顔を見ると大きく目を見開いた。
そのまま女性はカウンターを飛び越え、素早い動きでクリスティアに駆け寄り手を握る。
「あ、あの……?」
「いい! いい、実に素晴らしい! 冷たい印象を与える表情に、抜群な身体つき! これは久々にいい玩……お客様が来たよ!」
「……今、玩具と言いかけましたか?」
「……言ってないよ」
「本当ですか?」
困惑した雰囲気からジト目に変わったクリスティアの視線に、女性は気まずそうに目を逸らしていた。
俺もさっき玩具と言いかけたのを聞いたな……まあ、俺に実害がないから放っておくけど。
それに、クリスティアが着せ替えの玩具になるのは、俺にとっても歓迎だし。
「と、とにかく! 私に任せれば貴女を男どもを虜にする事など訳ないよ!」
「いえ、私は春斗様に褒めていただければ──」
「それでは早速行ってみよう! まずはこの胸を強調する服なんてどうかな? この胸の谷間を見せつければ男どもを引っかける事は訳ないね! それかこの清楚系な服装でお嬢様風にする事で──」
「──は、春斗様……!」
「……頑張ってな」
目を逸らして告げた言葉に、ショックを受けたように固まるクリスティア。
そのまま固まるクリスティアを試着室に連れていく女性を尻目に、俺は店内に飾られている服等を見渡す。
店内は綺麗に整頓されており、服も男性から女性まで幅広く取り揃えられている。
まあ、あの店員の趣向が出ているのか、女性ものの方が圧倒的に多いが。
暫く店内の服装を見渡していると、空気を読んで黙っていたツバキが俺に声を掛けてくる。
《主君も中々酷いのう》
「あれは必要な犠牲だったんだよ、ツバキ」
《なんと! 必要な犠牲だったのか。それなら仕方ないのじゃ》
「そんなわけないだろ」
《なんじゃと!? わ、妾を騙したのか!》
余りにもあっさりと信じ込んでしまったので、つい俺が前言を撤回するとツバキは愕然とした声を上げた。
もしもツバキが人間だったのなら、今は頬を膨らませていじけているだろう。
そんな幼い姿が容易に思い浮かぶツバキの様子に、俺は微笑ましく思い自然と笑みが浮かぶ。
《妾を騙して主君は鬼畜なのじゃ! 外道なのじゃ!》
「すまんすまん。ツバキの反応が可愛かったから仕方ないんだよ」
ツバキが激しく抗議していたので、俺が素直に可愛い事を告げる。
すると、抗議の声を上げていたツバキが突然黙り込んだのだ。
《わ、妾が可愛い……!》
「ツバキ?」
《可愛い……可愛い……妾が可愛い……ふへへ》
静かになった事を不思議に思い耳を傾けると、何やらツバキはぶつぶつと呟き嬉しそうに笑っていた。
そういえば、ツバキは先代達とはビジネスライクと言うべきか、そんな打算的な関係だったと聞いたな。
そんな状況だったツバキにとって、雑談を交わしたり誰かに褒められるという事に慣れていないのだろう。
そう考えると途端にツバキが愛らしく感じるな……まあ、前から反応は可愛いかったけど。
「ツバキー?」
《っは! し、主君! 先ほどのもう一度言ってたもう?》
よほど褒められる事が気に入ったのか、我に返ったツバキは俺にそう告げてきた。
そんなに気に入ったんだな……褒めても俺には損がないから言ってもいいけど。
それに、ツバキの反応が可愛いから弄るのは楽しいってもある。
「うん? ツバキは反応が可愛い」
《ふへへ……もう一度お願いじゃ》
「ツバキは話し方が凛々しいな」
《はぅあ!》
「能力が開花した時にドヤ顔してそうなツバキが可愛い」
《ふきゅん!》
「やたら自己主張が激しいのに、クリスティアに言い負かされているツバキが不憫で可愛い」
《うにゅっ!》
「血を吸いたいと五月蝿いツバキが面倒くさ可愛い」
《あふんっ!》
俺が褒める度に──段々と適当になっているが──変な鳴き声を上げて悶えるツバキ。
最初の反応からある程度予想はしていたが、ツバキの予想以上の悶えっぷりが面白い。
ツバキにとっては、とりあえず可愛いと言っとけば悶えそうだな。
なんていうか、ツバキって残念な属性がついていて……いや、これはこれでありか?
暫くそんな面白い反応するツバキを弄りながら、俺は内心でそんな事を考えていた。
そして俺はツバキとじゃれ合いつつ、クリスティアが戻ってくるのを待つのだった。




