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第四話 英雄の追憶

「──よし、とりあえずはこんなものか」


 俺の言葉を合図に、千秋達は身体を伸ばしながらソファから立ち上がった。

 あの後、今日のおさらいと今後の方針等を話し合ったのだ。

 会議をした結果、決まった事は一般常識を学ぶ事に魔王に備えて鍛える事。

 それと、本や文献を調べて魔王の弱点を探るという事だ。

 とりあえず、当面はこれで問題ないだろう。後はどのタイミングで俺がこの国を出るかだが……まあ、それも追々考えていくか。


「じゃあ、僕達はここで」

「お休みなさい、春斗さん」

「また明日!」

「おう、お休み。千秋は一人で眠れるか?」

「もー! どうして私だけ一言多いの!」


 そんな事を考えつつ、部屋へと戻る龍牙達──千秋はむくれていたが──を見送る。

 そして、各々が自分の部屋に入った事を確認した俺は、扉を閉めてから安堵の息を漏らす。

 まさか、また異世界召喚されるとは思わなかった。

 しかも、今回は千秋達とも一緒に召喚されてしまうし。


「考えるのは後にしてまずは〈沈黙〉を……ん?」


 部屋に展開していた〈沈黙〉を解除しようとした瞬間、再びノックの音が響き渡る。

 唐突な訪問に警戒しながら扉を開くと、そこにはさきほど別れたばかりの千秋が立っていた。


「どうした千秋? 何か伝え忘れた事でもあるのか?」

「ううん、そうじゃなくて。話があるの、中に入ってもいい?」

「あ、ああ。それは構わないが」


 いつもと違う雰囲気を漂わせる千秋。

 そんな様子に面食らいつつ、真面目な顔をした千秋を部屋の中へと招き入れる。

 そして、俺は千秋とソファに向かい合って座る。


「それで、話ってなんだ?」

「うん、あのね……」


 暫しの間、千秋はどこか迷うように目を泳がせていた。

 しかし、やがて決心したのか千秋は真っ直ぐこちらを見つめると、俺にとって衝撃的な事を尋ねてきたのだ。




「──春斗って、前にも今日のように特殊な体験をした事ない?」

「……気のせいじゃないか?」


 予想外な事を聞かれ言葉に詰まってしまうが、ポーカーフェイスを意識して咄嗟に言い繕う。

 しかし、そんな俺の様子をジッと見つめていた千秋は、暫くすると(かぶり)を振る。


「嘘。今、春斗は言葉に詰まったもん」

「そんな事ないぞ? 千秋の勘違いだろ」


 再度そう告げるも、千秋は強い眼差しでこちらを射抜いてくる。

 ……はあ、誤魔化しきれないか。


「なんで俺が前にも経験したと思ったんだ?」

「うーん……違和感を感じたきっかけはネリアちゃんと会った時かなー」

「それって殆ど最初の方じゃないか」


 まさか、そんな初っ端から見破られていたとは……俺ってそんなにわかりやすかったのだろうか?

 そんな俺の様子を見て、落ち込んだと思ったのか千秋が慌てたように補足をする。


「で、でも冬海ちゃん達は気づいてないと思うよ?」

「そうなのか? なら、どうして千秋は気が付いたんだ?」

「えーと、ね。その前に確認したい事があるんだけど、春斗が不思議体験をしたのは中学生三年生の時だよね?」

「ふ、不思議体験って……」


 言っている意味は伝わるが、一気にメルヘンチックになったな。

 なんだろう。兎を追いかけていると穴の中に落ちて、そのままお茶会をしたりトランプの兵団に会いそうだ。

 俺の経験はあの物語みたいにフワフワしていないんだが……いや、ああいう物語の元は結構グロかったりするんだっけ。

 ともかく、その問いに俺が頷いて肯定を示せば、千秋は頬を緩めながら目を細める。


「やっぱり。春斗の雰囲気が夏休み前後で違ったから直ぐにわかったよ」

「嘘だろ? 可能な限り以前の雰囲気に似せていたから気が付かれないと思っていたんだが……」

「ま、まあ私が気づいたのは殆ど勘なんだけど、一度疑ってみると色々と違った所もあったよ」

「なるほどな……それで、どうして俺が異世界召喚されたって確信したんだ?」


 そんな俺の問いに対して、千秋は顎に手を当てて思い出す仕草をする。

 暫くすると考えが纏まったのか、千秋は俺へと目を向けて口を開く。


「やっぱり確信したのは謁見の間でのやり取りかな」

「ああ、あそこか。あの時の千秋達は雰囲気に呑まれていたし、気が付かれないと思っていたんだがな」

「確かにあの時は気づかなかったけど、ネリアちゃんと話しているとそういえばって思ったんだよね」

「ネリアと?」


 ネリアと俺の関連性が見えないのだが?

 そんな俺の疑問が顔に出ていたようで、千秋は一つ頷くと指を立てて理由を述べる。


「そ。ネリアちゃんってさ、私達と違って気品があるじゃない? それで、春斗も謁見の間の時には気品があったなって思い出してね」

「つまり、俺も同じような経験をしたから気品があったんじゃないかって思った訳か」

「そういう事。どう、私の推理は当たってる?」


 ドヤ顔を作ってそう尋ねてきた千秋。

 確かに、千秋の言っている事は概ね正しい。

 前の異世界では、パーティーに出席するためにマナーを学ばさせられたし、他にも礼儀作法を教えられたりもした。

 それについては特に文句はないのだが、まさか千秋にバレるとはな。

 ……ここまでバレたのなら仕方がない。素直に負けを認めよう。


「ああ。千秋の言う通り、俺は異世界召喚された経験がある」

「やっぱり! ……ねぇ、春斗。その出来事を詳しく聞いてもいいかな?」

「まあ、ここまで知られたしな。話してもいいが、他の人達には内緒にしろよ?」

「え、なんで?」


 不思議そうな声を上げる千秋を見た俺は、思わずため息をついてしまう。

 まあ、これは俺の個人的な感情なので、千秋が不思議に思うのも無理はないか。

 あの世界での思い出は、血生臭い出来事が結構多いから、誰かに教えるつもりはなかった。わざわざ話す事でもなかったし。

 そんな風に考えながら、千秋の疑問に答えるために口を開く。


「……本当は千秋にも話したくなかったんだ」

「えぇ、そうなの!?」

「だから、本当に誰にも言うなよ?」

「……うん、わかった!」


 その念押しに真剣な表情で千秋が頷いた事を確認してから、俺はあの時の出来事を思い出していくのだった。











「──千秋が言った通り、俺が召喚されたのは中学三年の夏休み初日だ」

「え、夏休みの初日から?」

「ああ。家で寛いでたら突然魔方陣が現れてな。俺が戸惑っている間に、いつの間にか謁見の間のような場所にいたんだ」

「えっと、そもそも春斗はどうして召喚されたの? やっぱり魔王を倒すため?」


 首を傾げてそう尋ねてきた千秋。

 その問いに対して、俺は首を横に振る事で応える。


「違う。俺を召喚したのは、戦争をするためだったんだよ」

「せ、戦争!?」

「そう、他国からの侵略に対抗するために俺を召喚したって訳。召喚した国は小国だったしな」

「そんな……」


 そう呟くと、千秋は愕然とした表情を浮かべた。

 確かに、初めて聞いた時は俺も驚愕した。突然喚んだかと思えば、戦争に協力しろなんて告げられて……。


「とまあ、突然そんな理不尽な事を言われた俺は、真面目に訓練をしなかった」

「え、じゃあこの後はどうなったの?」

「……ある時な、教育係の騎士が俺に言ったんだ」

「なんて?」

「『お前の世界ではどうだったか知らないが、この世界で生き残るためには力が必要だ。──この世界で生き抜くために戦え』って」


 その時の出来事は、今でも鮮明に思い出せる。

 強烈な意志が篭った輝く瞳に、自信に満ち溢れた表情。

 あの言葉のお蔭で、俺は今日まで生き残れた。腐らずに生き抜く事ができた。

 ……改めて、あいつには感謝しか湧いてこない。

 次に会った時は、もう一度お礼を言っておこう。


「ほぇー。なんかかっこいい騎士だね!」

「そうだな。まあ、そんな感じでそれから真面目に訓練をした俺は、成長していったんだ」

「という事は……」


 そのまま表情を曇らせた千秋に頷きを返す。

 そう。ある程度国内で魔物を討伐したりして実戦経験を積んだ後、とうとう国王に呼びだされたのだ。


「ああ。千秋の察しの通り、戦争が本格化し始めてな。俺達を前線に投入する事になったんだ」

「俺達?」

「当時一緒に組んでいたパーティーも前線に行く事になってな。教育係をしていた騎士に、国の宮廷魔術師。そして、協会から派遣された僧侶に俺の四人だったな。パーティーは」

「そう、なんだ」


 もちろん、戦争だから人を沢山殺した。

 その事は千秋も察しがついていると思うが、これは詳しく言わなくてもいいだろう。


「それで、俺達が思ったよりも強かった影響か、どんどん敵国を撃退して王国の支配下に置いていったんだ」

「つまり、国が大きくなったって事?」

「ああ。そのまま周辺の国を吸収していった王国は、やがて世界で一番国力があった帝国と並ぶほどになった」

「その帝国にも勝っちゃったの?」

「いや、流石に帝国を倒す事はできなくてな。結局、両国で停戦条約を結んで戦争が終了したよ」


 そこで一度言葉を区切り、思わずため息をつく。

 そんな俺の様子を、不思議そうに千秋が眺めている。

 確かに、ここで戦争は終わった。

 しかし、この話にはまだ続きがあるのだ。


「どうしたの春斗?」

「……話は変わるが、戦争をしていた際、俺達は負傷者の治療や復興等を積極的にしていたんだ」

「負傷者って、やっぱり戦争で?」

「戦争で傷ついた兵士や巻き込まれた市民達だな……話を戻すぞ。それで、そういう事をしていたからか、市民は俺達の事を勇者や英雄として扱ってくれたんだ」

「それって凄い事じゃん!」


 そう驚きの声を上げた後、俺の方へと感心したような目を向けてくる千秋。

 いや、勇者や英雄として(たた)えられて恥ずかしかったから、そんな風に見つめられても困る。

 街を出歩く度に市民から尊敬の眼差しを送られ、かなり居心地が悪かったし。

 それに、問題はこれだけじゃない。


「その凄い事が王国にとって都合が悪かったのか、俺を暗殺しようとしたんだ」

「あ、暗殺っ!? 大丈夫だったの!?」

「ああ、無事に撃退できたよ。戦場での修羅場に比べれば余裕だったし」

「良かった……」


 思わずといった様子で立ち上がった千秋に、肩を竦めてそう返す。

 その言葉を聞いた千秋は、ほっと胸を撫でおろしてソファへと座り直した。

 暗殺者と言っても、俺からすれば気配がダダ漏れだったからな。

 暗殺者を返り討ちするのは簡単だった……まあ、素直に心配してくれたのは嬉しかったけど。


「話を戻すぞ。それで、暗殺者に狙われた俺は国を出る事にしたんだ。後は適当に旅をしながら元の世界に帰る方法を探して」

「その方法を見つけて戻ってきたって事?」

「そういう事……納得したか?」


 俺の話を聞き終えてから、顎に指を添えて悩む仕草をする千秋。

 そんな千秋に俺が声を掛ければ、彼女は数瞬して弾けるように顔を上げる。

 そして、千秋はどこか期待するような眼差しを俺へと送りだす。


「ね、ねえ春斗。春斗が使った元の世界に帰る方法を使えば、もしかして私達も地球に帰られる?」

「いや、恐らく無理だと思う」

「なんでっ!?」


 千秋はそう叫ぶと、勢いよく身を乗りだした。

 それに対して、俺が手を前に突きだして千秋の顔を受け止める。

 暫しの間、千秋がむーむー唸っていたが、やがて渋々といった様子でソファに戻っていく。

 まあ、千秋が期待するのも無理はない。俺も同じ立場だったら問い詰めていただろう。

 ともかく、まずは千秋に納得してもらうために理由を告げる。


「帰る方法……まあ、魔術なんだが。その魔術を使えないのは理由がある」

「理由?」

「そ。この魔術を使うためには世界に認めてもらわなきゃいけないんだ」

「世界に?」

「簡単に言うと、歴史に残るような偉大な功績を残す事だな」

「むむむ……」


 いまいちピンとこないのか、腕を組んで唸り声を上げる千秋。

 そんな千秋の姿に苦笑いが漏れつつ、俺は指を立てて続きの事を話す。


「難しく考えなくていい。とりあえず、その偉大な功績を残さなければ、元の世界に帰れないと考えておけばいい」

「元の世界に帰れない、か」


 そう呟くと、千秋は表情を暗くした。

 恐らく、改めて俺から元の世界に帰る事ができないと告げられ、異世界召喚された実感が出たのだろう。

 気持ちはわかるし共感もできるが、千秋に対して俺にできる事は少ない。

 そんな事を考えながら、俺は落ち込んだ様子を見せる千秋へと近づいていく。

 そして、そのまま千秋の頭に手を置く。


「ま、暫くは俺を頼れ。愚痴ぐらいなら聞いてやるからさ」

「春斗……」

「それとも、千秋は俺に慰められなきゃ何もできない赤ちゃんなのかな?」

「そ、そんな事ないもん! 私はやればできるレディーなんだから、そうやって子供扱いしないで!」

「え、レディー? あの千秋が?」

「何その馬鹿にした表情!? 私だって成長してるんだからね!」


 ソファから立ち上がって俺の手を振り払った千秋は、そう告げると腕を組んでそっぽを向いた。

 千秋を励ますためにわざと挑発してみたが、俺の予想以上に効果があったらしい。

 まあ、これで千秋の気が晴れるなら問題ないか。


「レディーの千秋さん、もう寝る時間ですよー」

「くぅ! 絶対馬鹿にしてる!」

「してないしてない」

「してるって! そうやって頭を撫でてきても誤魔化されないんだから!」

「千秋は立派なレディーだよ」

「えへへ……あれ?」


 ガルルと唸って睨んできていた千秋だったが、俺が頭を撫ではじめればふにゃりと表情が緩んだ。

 それから暫く千秋の頭を撫で続けていると、何かがおかしいのか千秋は不思議そうに首を傾げた。

 それより、誤魔化されるのが早すぎないか? さっきから数秒しか経っていないのだが。

 鶏は三歩歩くと忘れると言うが、千秋の場合はそれより酷いな。

 そんな風に考えつつ、俺は機嫌が良くなった千秋を部屋に送り届けていく。


「じゃあお休み千秋。良い夢を見ろよー」

「春斗もお休みー!」


 ブンブン手を振る千秋に手を振り返した俺は、そのまま部屋に戻ると〈沈黙〉を解除した。

 術者本人にしか聴こえない硝子が砕けるような音が鳴り響き、崩れ落ちた結界から魔力の粒子が降り注ぐ。

 そんなどこか幽玄的(ゆうげんてき)な光景を尻目に、俺は上着を脱いでベッドに横たわる。


「今日は色々あって疲れたな……あ、あいつに会わないまま召喚されちゃったな」


 出会った時から変わらないあいつの生真面目な性格を考えれば、いつまでも俺の事を待っていてもおかしくはない。

 どうしよう、なんだか不安になってきてしまった。

 ま、まあ流石に何日も待つ事はないだろう。一時間ぐらい経てば諦めてくれるよな……諦めてくれるだろうか。


「うん、その時はその時だ……よし、寝よう」


 簡単に思い当たる不穏な未来から必死に目を逸らしながら、俺は現実逃避気味に意識を沈めていくのだった。


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