第四十二話 ツバキは穀潰し
「ふぁぁ……朝か」
結局、近くまで魔物が来る気配がなかったので、俺は気持ちよく朝まで眠る事ができた。
起き上がって辺りを見渡すと、クリスティアがテントにいない事に気が付く。
流石メイドと言うべきか、朝早く起きて朝食の準備をしているらしい。
「おはよう、クリスティア」
「おはようございます、春斗様」
ここまで漂ってくるいい匂いにお腹を空かせながらテントを出て、俺は鍋をかき混ぜているクリスティアに声を掛けた。
俺の事に気が付いたクリスティアは、振り向き微笑を浮かべて返事をする。
俺の方へ顔を向けているのに、料理の手際が良いままなのは素直に凄いと思う。
改めて、クリスティアが旅に付いてきてくれて良かったと感じるな。
「ツバキは起きてるか?」
《……すぴー》
「寝てるのか……ふぁぁ」
「ふふっ。料理ができましたので、春斗様はこちらへ」
口許に手を当てて笑いを零すクリスティアの案内に従い、昨日使った岩に腰を下ろす。
いまだに取れない眠気に目を擦っている俺を尻目に、クリスティアはテキパキと配膳を済ませて料理の用意が整っていく。
「クリスティアは有能だな」
「恐縮です。……では、朝食を摂りましょう」
「おおっ、いつの間に」
「──いただきます」
「お。もうその言葉を使ってるのか」
両手を合わせてそう呟いたクリスティアを見て、昨日話した事を早速取り入れている様子に俺は思わず感嘆の声を上げた。
昨日の晩御飯の時、クリスティアから俺の世界の事を聞きたいと言われたので、いただきますを初めとした挨拶から横文字等を教えて置いたのだ。
ちなみに、その時にロリコンの意味を知ったクリスティアは、龍牙の事を思い出して可笑しそうに笑っていた。
まあ、アリアちゃん──龍牙に結婚を申し込んだ女の子──の申し出を受けたら、龍牙のロリコン説は覆せなくなるからな。
「はい。私は、春斗様の事を殆ど知りません。ですから、少しでも知りたいと思っているのです。……それに、春斗様に教授していただいた事は全て私の糧にするつもりです」
「そ、そうか。そうはっきり言われると照れるな」
瞳に強い光を宿してそう告げたクリスティア。
これはクリスティアなりのアプローチなのだろう。
昨日も隙あらばさり気なく身体をくっつけていたし、俺の背中にクリスティアは胸を押しつけていたし。まあ、役得だった事は否定しない。
従者としてその態度はどうかと思うが、俺達の間柄は旅仲間だから問題ない……ないのだが、正直理性がいつまで持つかが不安だ。
……俺みたいな奴をヘタレと言うべきなんだろうな。
「どうかしましたか?」
「いや、なんでもない。俺も食べるか、いただきます」
不思議そうに首を傾げているクリスティアに気にしないように告げ、俺は手を合わせてから美味しそうな料理に舌鼓を打つのだった。
《──ふぁぁ……よく寝たのじゃ》
「やっと起きたか、ツバキ」
「おはようございます」
料理を食べ終えて再び街道を歩いて暫くした時、欠伸を漏らしながらツバキが声を上げた。
とっくに陽は上がっているのに起きるのが遅いツバキに、呆れが篭った挨拶をした俺は可笑しくないと思う。
クリスティアもどこか呆れたような表情をしていたし。
《うむ、おはようなのじゃ。では早速妾のご飯を》
「は? 武器なのに飯を摂るのか?」
《違うのじゃ。妾にとってご飯とは、血を吸う事なのじゃ!》
人間だったらドヤ顔をしてそうな雰囲気で告げるツバキだったが、残念ながらその期待には添えそうにない。
いや、そもそも血を吸う事が本当に飯になるのか疑問に思う。
「血なんてないぞ? 魔物も現れてないし」
《なんじゃと! ならば早う魔物を探すのじゃ!》
「おい、ベリシュヌを揺らすなよ!」
講義するようにベリシュヌを激しく揺らしてくるせいで、鞘がカチャカチャ音を立てていて五月蝿い。
ベリシュヌの時から思っていたが、ツバキが目覚めてからその我が儘さに拍車が掛かっている気がする……いや、間違いなく我が儘になっている。
この腕白な子供を相手しているような懐かしさに、俺は呆れ半分微笑ましさが半分を感じる。
孤児院に遊びにいった時は、ツバキのような子供は結構いたからな……もちろん、大人しい子もいたけど。
《妾が立派な女子として血を吸うのは決定事項なのじゃ!》
「だから、敵が出るまで待ってろって」
「春斗様」
「おい、だから揺らすなって、どうしたクリスティア?」
鞘の上からベリシュヌを抑えている俺へ、クリスティアは首を傾げて声を掛けてきた。
その言葉に俺が顔を向けて尋ねれば、クリスティアは考え込むように顎に手を当てる。
「今のツバキは、いわゆる穀潰しですよね」
「ま、まあそうだな。こいつ寝てただけだし」
《ぐっ! お主も中々はっきりと言うのう》
「つまり、これが春斗様が仰っていた『にーと』という存在なのですね!」
「そうなるの、かな?」
《ぐはぁっ!》
瞳を輝かせながらそう告げたクリスティア。
その言葉に曖昧に頷く俺に対して、ツバキは心に矢が刺さったような声を上げている。
まあ、クリスティアの言葉はある意味間違っていない。ツバキはずっと寝ていたし。
とは言っても、ツバキの場合敵が現れるまで役に立たないので、仕方ないと言えば仕方ないと思うけど。
「我が儘に振る舞って春斗様を困らせ、自分の要求が通らなければ駄々をこねる。……この穀潰し!」
《す、すまんの……》
おずおずと小さな声で謝るツバキに対して、クリスティアは眉を吊り上げて怒りを顕にする。
いやまぁ、クリスティアの口許が僅かに綻んでいるので、本気で怒ってない事がわかるが。
「声が小さいです。もう一度」
《ごめんなのじゃ!》
「誠意が足りません!」
《主君を困らせる駄目な武器で申し訳ないのじゃぁ!》
「そうです、貴女は駄目な武器なのです。敵がいないと何もする事がない存在なのです。つまりツバキは、普段は役に立たない穀潰しという事になり──」
《もう許してたもう……!》
涙声で許しを乞っているツバキの様子に、クリスティアは笑顔で毒を吐いている。
ここ数日でクリスティアのツバキ弄りは恒例になっており、恐らくこれもただのじゃれ合いだろう。
クリスティアに毒を吐かれているツバキには同情してしまうが。
「はぁ、その辺にしておけよ──おっ」
「どうかいたしましたか?」
「魔物がいるな……しかも、誰か襲われている」
「本当ですね」
街道脇の草原でゴブリン達に囲まれてある人が目に入り、俺の言葉を聞いたクリスティアもそれを見つけたようだ。
普段なら、関係ないので無視している所なのだが、よく見ると囲まれている人達はまだ幼い。
未来ある子供がこんな所で殺されるのは嫌だな……仕方ないか。
「おい、ツバキ。お前のご飯だぞ」
《うぇぇぇん……許してたもぅ……ぐすっ……ごはん?》
「ほら、ゴブリンがいるだろ」
《……ぉぉぉぉおおおっ! そうとなれば妾の出番じゃ! さあさあさあっ! 早く行こうなのじゃっ! もう穀潰しとは言わせないのじゃぁぁっ!》
先ほどまで舌足らずな声で泣いていたのに、血が吸えるとわかれば急に元気になるツバキ。
そんな現金なツバキの姿に、思わず苦笑いをしてしまう。
「わかったから少しは大人しくろって。クリスティアはどうする?」
「ご一緒させていただきます」
「了解。……じゃあこれを着けてくれ」
「これは?」
俺が〈異次元容器〉から取り出したものを見て、クリスティアが首を傾げて尋ねてきた。
鞘を激しく揺らすツバキを黙らせながら、俺はその取り出した仮面を着けていく。
「何って、顔がバレたら困るだろ? ──だから変装をするのさ」
その言葉に、クリスティアは驚いたように目を瞬かせるのだった。




