第三話 初めての友達
「──到着いたしました」
俺達の前で案内していた王女様は、こちらへ振り向いてそう告げた。
あれから、無事に謁見が終わった俺達が王女様に連れられた場所は、どうやら食堂のようだ。
部屋の中には文官らしき人等が食事を摂っている。
そして、王女様に気が付いた彼等は慌てた様子で席を立ち上がろうとするも、彼女に宥められて食事を再開していた。
「ほぇー、なんか凄く豪華な食堂だね!」
「ここはこの国の重鎮達が主に使う食堂ですので」
「だからこんなに煌びやかな内装なのですね」
興味深そうに辺りを見渡す千秋に、顎に手を当てて納得したように頷く冬海。
そんな好奇心を瞳に宿した千秋達の様子を見て、王女様は申し訳なさげな表情を浮かべて口を開く。
「本当は勇者様方を盛大にお祝いをしたかったのですが」
「そんな風に祝われると私達が困っちゃうよネリアちゃん! 私はここでも大丈夫だから、ね?」
「なら良いのですが……」
暫し残念そうな面立ちをしていた王女様だったが、千秋に説得されて渋々といった様子で納得していた。
それより、あの時千秋が言った呼び方は聞き間違いじゃなかったのか。
よりにもよって王族を渾名呼びか。なんていうか、千秋は度胸があるよな。
はぁ……改めて王女様を渾名呼びにした経緯を千秋に聞くとしよう。
「そういや千秋。どうして王女様の事を名前で呼んでいるんだ?」
「へ? どうしてって、ネリアちゃんが名前で呼んでほしいって言ったからだよ?」
「は? お、王女様が?」
キョトンとした顔で告げる千秋の言葉に、思わず王女様の方へと顔を向ける。
すると、王女様はどこか照れくさそうに頷きを返してきた。
「ええ、その通りです。私が千秋様にお願いしたのです」
「ほらね、春斗? 私の言った通りだったでしょ?」
とりあえず、腰に手を当ててドヤ顔を披露している千秋は無視しておこう。
そんな風に考えながら王女様に詳しく尋ねてみると、どうやらこういう事らしい。
元々、王女様は対等な友人を欲していたが、王族という肩書きのせいか友人を作る事ができなかったらしい。
そもそも、同年代の人達が来城する事は滅多になく、それに王女様の周りにいるのは従者等立場に縛られる人達のみ。
王女様自身も友人を作るのは無理だと半ば諦めていたようだ。
──そんな時に現れたのが俺達だった、と。
「巫女の予言に従い勇者様方を召喚する時、不謹慎ながらも私は嬉しかったのです。異世界人は私達の世界とは関係ない世界から喚ばれるので、もしかしたら身分に縛られず私と接してくださるかもしれない、と」
「ネリアちゃん……」
「ですから、私は千秋様に王女としてではなく、プルネリアという一個人として接してくださいとお願いしたのです」
そう心情を吐露すると、恥ずかしそうに微笑む王女様。
そんな照れている様子を見せる王女様に、千秋はどこか感じ入る所があったのだろう。
瞳を潤ませた千秋は勢いよく王女様へと抱きついたのだ。
「ネリアちゃん! ネリアちゃんは今まで独りぼっちだったんだね……うぅ、これからは私がいるから! ネリアちゃんとはずっと友達だから!」
「千秋様……!」
その言葉に感動したように涙を滲ませる王女様を見て、何故か千秋は不満そうな表情を浮かべる。
やがて、唐突な表情の変化に目を白黒していた王女様から離れた千秋は、不満げな表情のまま王女様の顔にビシッと指を突きつける。
「それだよそれ! ネリアちゃんはどうして私を呼ぶ時は千秋『様』なの? せっかく友達になったんだから、私の事は千秋って呼び捨てにしてよね」
「そそそそんな急には無理ですよ!」
「大丈夫、慣れれば一瞬だから。さん、はい!」
見ているこちらが気の毒に思えるほど、必死の様子で否定する王女様。
しかし、特に千秋は気にしていないのか、笑顔で王女様へと促している。
「何もいきなり呼び捨てにする事は──」
「春斗は黙ってて! これはネリアちゃんのターニングポイントなんだから!」
「──お、おう……」
千秋に怒鳴られてしまい、思わず頷いてしまった。
相変わらず、千秋はよくわからない所で急に真面目になるな。
龍牙達も王女様の答えに興味があるのか、どこか応援するような眼差しを送っているし。……あれ、これって俺が場違いなのか?
周囲との温度差に内心で首を傾げている間に、どうやら王女様も覚悟を決めたらしい。
優しい表情を浮かべている千秋を真っ直ぐ見つめた王女様は、顔色を赤く染め上げながらもゆっくりと口を開く。
「あ、その……」
「頑張ってネリアちゃん!」
「頑張ってください!」
「僕達も応援しているから!」
いや、何故冬海達も応援しているんだ。
「う、うぅ…………ち、ちあき」
「キャー! やったよネリアちゃんっ! ちゃんと言えたじゃない!」
「おめでとうございます。千秋さんも良かったですね」
「うんうん。良かった良かった」
王女様も千秋の名前を言えた事を実感したようで、咲き誇るような満面の笑みを浮かべていく。
「私、言えました! 千秋様を呼び捨てで呼ぶ事ができました!」
「こら、ネリアちゃん。また様が付いているよ」
「す、すみません。……ち、千秋!」
「そうそう。これで私達はもっと仲良しだね!」
「あ……は、はい! えへへ」
千秋に笑顔でそう告げられ、目端に涙を滲ませつつ嬉しそうに微笑む王女様。
そんな千秋達を見て冬海は感動したのか、ポケットから取り出したハンカチで目許を拭いている。
いや、確かに感動的な場面だとは思う……思うが、大袈裟な劇を見ているような気分になる。
そんな風にどこか釈然としない思いをしていると、千秋と手を取り合って喜ぶ様子を見せていた王女様は、俺達の方へと顔を向ける。
「あの、できれば皆様も私の事をネリアとお呼びください」
「おお、それはいい考えだよネリアちゃん! うーんと……よし、まずは冬海ちゃんから呼んでみよう!」
「はにゃ!? わ、私ですか?」
悩む仕草をしながら俺達を見回した後、冬海を見て千秋はそう告げた。
その唐突な千秋の無茶振りに、冬海は困惑気味な声を上げる。
しかし、王女様に期待の篭った眼差しで見つめられ、暫くしてから冬海は諦めたように頷く。
「わかりました、私も名前で呼びましょう。では、改めまして。私は東 冬海と申します。私の事は冬海と気軽に呼んでください、ネリアさん」
「わ、わかりました。よろしくお願いします……ふ、冬海!」
「うんうん、これで冬海ちゃんとも友達だね。ほら、春斗達も!」
俺としては、王族相手なので気軽に名前を呼びたくないのだが。
確かに、冬海とも自己紹介をできて王女様はとても嬉しそうだ。嬉しそうだけど。
……はあ、このままだと俺が名前呼びするまで折れてくれないだろうな。
いつの間にか、龍牙も王女様と自己紹介を交わし終わっているし。
「私は峯岸 春斗と申します。自分の事は好きに呼んでいただいて構いませんよ、ネリア様」
「ネリア様、ですか」
俺がそう告げると笑顔から一転、王女様は悲しげに表情を暗くした。
すると、王女様がじんわりと瞳を潤ませて今にも泣きそうなためか、この場の空気がどこか澱みはじめていく。
「元気を出してネリアちゃん! もう、駄目じゃない春斗!」
「そうですよ! ネリアさんがこんなにも悲しそうでないですか!」
「僕も今のはないと思うな」
そうは言っても、身分が高い相手にいきなり呼び捨ては難しいと思う。
むしろ、異世界に既に順応している千秋達が充分おかしい。
そんな事を考えながらチラリと目を向けると、王女様が捨てられた子犬のような眼差しを送ってくる。
それに耐えきれず俺は目を逸らそうとするのだが、凄い形相の千秋に睨まれて目を逸らす事もできない。
……やはり、俺も腹を括らなきゃいけないのか。
「……不敬罪にはしないでくださいよ、ネリア」
「ぁ……は、はい! もちろんです! は、春斗!」
俺が呼び捨てにした事に気が付いた王女様──ネリアは、喜色満面の笑みを浮かべた。
それから暫くして、ネリアと自己紹介を終えて雑談をしている間に、どうやら俺達の食事ができたらしい。
用意された料理は、基本的に俺達の世界の食べ物と変わりなさそうだ。
柔らかそうな白パンに、コンソメスープのようなもの。
美味しそうな肉──豚肉だろうか──が煮込まれたものも普通だし、サラダ等も特に奇抜な材料は見つからない。
材料についてネリアに尋ねてみた所、肉類や魚介類、調味料等も俺達が知っている素材が使われていた。
ただ、味噌や醤油についてネリアは聞いた事がないらしい。残念だが今は諦めるしかないな。
そんな風に終始和やかな雰囲気で食事が終わり、俺達はここで王女様と別れる事となった。
「本日はここで皆様とお別れです。案内には別の者を遣わせるので安心してください。では皆様、お休みなさいませ……」
ネリアと挨拶を交わしていた俺達は、遣いのメイドに連れられ食堂を後にするのだった。
メイドに連れられてたどり着いた場所は、どうやら客室のようだった。
俺達の部屋が四つとも付近に固まっており、互いの行き来が楽になっている。
一度自分の部屋を確認してから俺の部屋に集まる事が決まったので、案内してくれたメイドに礼を告げた後、千秋達と別れて部屋の中に入る。
「やっぱり城の客室だからか豪華だな」
部屋の大きさは少なくとも十畳はあり、中奥にはキングサイズのベッドが置いてあった。
他にも大きなクローゼットや黒い革製のソファ等もあり、それらを視界に入れつつガラスのテーブルの上に鞄を置く。
「よし、千秋達が来る前に部屋を調べるか」
部屋を見回した時に見つけたもう一つの扉を開けると、どうやらここはトイレのようだ。
便座は馴染みのある洋式の形をしていたので、恐らく水洗だろう。
試しにすぐ側にあったスイッチを押してみれば、案の定便座の水が流れていく。
「衛生面は問題なさそうだな。……さて、次はっと」
扉を閉めて部屋の中央で足を止めた俺は、身体の中にある魔力へと意識を傾ける。
そして、魔力を部屋中にゆっくりと拡散させていくも、特に魔力反応は返ってこなかった。
「魔力反応はなし、と。流石に現代みたいな機械類はないと思いたいが」
念のため監視されているか魔力を使って調べてみたが、魔術関係はともかく機械系統に俺は詳しくない。
もしも、壁とかに盗聴器が埋められていたらもうお手上げだ。
まあ、オーギュスト様の様子からその可能性は低いと思う。
後は、確認の意味を込めて魔術行使か。俺の使える魔術がこの世界で使えるとは限らないし。
「一応、今回は呪文も唱えておくか。〈風よ、彼の音を遮り給え──沈黙〉」
そう唱えた瞬間、部屋の中央に魔方陣が出現した。
複雑に絡み合った円形の魔方陣は、やがて淡く輝きながら部屋を半球状に覆う。
そして、そのまま魔方陣は空中で溶けるように消えていった。
今回、俺が唱えた〈沈黙〉は簡単に言うと外へと出る音を遮断する結界魔術である。
この魔術の優秀な所は、外から聴こえる音は遮断しない点だ。
そのため、ちょうど今のように千秋達が扉をノックする音もしっかりと聴こえる。
「っと、千秋達も来たな」
「おー。私の部屋と特に変わりないねー」
「僕の部屋とも同じだね。この辺りは客室って感じかな」
「部屋にはトイレもあって良かったです……後はお風呂があるかどうかですね!」
「あー! よくぞ気づいてくれました冬海ちゃん! 私、すっかりお風呂の事を忘れていたよ」
「風呂ならこの城のどこかにあるだろ。それより、そろそろ本題に入るぞ」
「わ、わかったから押さないでよー」
冬海の手を握って上下に振る千秋の背中を押し、皆をソファへ座るように促す。
三人がソファに座って真面目な雰囲気になったので、俺もソファに座って今後の相談を始めるのだった。