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第一話 王女様

 はぁ……嘆く事は後で幾らでもできるし、まずは状況把握から始めるか。

 鞄は肩に掛けていたから一緒に転移されているな。

 ついでに千秋達の方を見てみるも、鞄は見当たらない。

 地面は先ほど感じた通り石畳のようで、教室で見た魔方陣も描かれている。

 ふむ、教室のとは魔方陣の模様が違う気がするが気のせいだろうか。もっとよく見ておくべきだったか。

 そして、俺達はこの石で造られている祭壇の中心にいる、と。

 とりあえず、周囲の状況はこんなものかな。


 視線を仰げば、ステンドグラスで彩られている天井が目に入る。

 そのステンドグラスには球体を掲げた女性と、女性の周りに天使のような存在が八人描かれてもいる。

 そして、ステンドグラスから降り注ぐ光が暖かい……ここは温暖な気候って事か?

 それにしても、全体的に見るとここは神殿みたいだな。


 地球にあった神殿を思い返しながら、俺は最後に問題の集団へと目を向ける。

 俺達を召喚したと思われる集団は、よほど嬉しかったのか歓声を上げていた。

 彼等の事はとりあえず置いといて、まずは瞳を閉じて祈るように手を組んでいる美少女を観察しよう。


 まず目に付くのは、腰まで伸びた黄金と見間違えるほどの見事なプラチナブロンド。

 それがステンドグラスから降り注ぐ光で、神秘的に輝いている。

 今は閉じていて見る事は叶わないが、サファイアのようにキラキラとした瞳。

 人々の理想を体現したかの如く、計算尽くされたように整っている人形然とした顔立ち。

 ここからだと正確にはわからないが千秋と同じぐらいの背丈だろうか。

 そんな滅多にお目にかかれない美少女が豪奢な衣装に身を包み、その美しさを際立たせている。


 そんな女神のような美貌を持つ少女を観察している内に、どうやら我に返ったのかローブの集団は居住まいを正していた。

 それにしても、誰も動きを見せないな……仕方ない、俺が代表して声を掛けるか。


「あの、喜んでいる所申し訳ないのですが、私達に何が起こったのか説明していただけないでしょうか?」


 俺がそう尋ねると、驚いたのか美少女は肩を跳ねさせ、千秋達は意識を戻したのか騒然としはじめた。


「も、申し訳ありません! ……では、改めて」


 慌てた様子でこちらまで駆け寄ってきた美少女は、そこで一呼吸置く。

 そして、スカートの裾を摘み優雅な一礼をした後──




「突然の召喚、深くお詫び申し上げます。また、重ねて無礼を承知でお願いがあります……どうか、この世界を救ってください──勇者様」


 ──美少女は嬉しさと申し訳なさが入り混じった複雑な笑顔を浮かべるのだった。











「勇者、ですか?」


 唐突に告げられた内容に、半ば呆然とした様子で龍牙が問い返す。

 その言葉に美少女が真剣な表情で頷く。


「はい。皆様をお呼びした詳しい事情はこれから説明させていただきます。……あ、申し遅れました。(わたくし)、ローザイト王国王女のプルネリア・ローザイトと申します、以後お見知りおきを」

「話を聞くのは構いませんが、場所はここで?」

「いえ、勇者様方には今から謁見の間へ来ていただきます。では、私に着いてきてくださいませ」


 怒涛の展開にまともな返答できない千秋達に代わり、俺が代表して美少女──王女様に返事をした。

 返事を貰えたことに僅かに頬を綻ばせた王女様は、直ぐにキリリとした表情に戻してそう告げる。

 そして、そのまま王女様は振り返り一歩を踏み出したのだが、思ったより緊張していたのか転びそうになったのだ。


「……あの、大丈夫ですか?」

「お、お構いなく! ……ええ、私は平気ですのでお構いなく」


 俺の生暖かい目線に気が付いたのだろう。

 王女様がゆっくりとこちらを見た後、頬を薄らと赤くして咳払いを落とす。

 王女様のドジを見て我に返った千秋達を促し、俺達は彼女の後を追いこの神殿から出るのだった。











 神殿を出ると陽の光が顔に当たり、思わず目を細めながら腕で光を遮る。

 どうやらここは中庭のような場所らしい。


 一面に柔らかそうな芝生が敷き詰められており、遠くの方には見事な噴水が目に入る。

 どこかに花畑でもあるのか、穏やかな風に乗って爽やかな香りが漂っている。

 なんていうか、凄くリラックスできる場所だな。天気も良いし、昼寝するのに最適な感じだ。


 そんな風に俺が考えていると、前を歩いていた王女様が振り返り、どこか誇らしげな笑みを浮かべて口を開く。


「いかがでしょうか、この景色は。他国にも負けていない自慢の場所だと自負しておるのですが」

「……うん、とっても素敵な景色だね!」

「ふふふ、気に入っていただけたようで何よりです。ここ庭園の奥には綺麗なお花畑もあるのですよ」

「え、本当ですか!? その話を詳しく──」


 口許に手を当てて微笑を零した王女様。

 それを聞いてどこか琴線に触れたのか、千秋が凄い勢いで王女様の方へと駆け寄っていく。

 そして、千秋が笑顔のまま色々話しかけていると、初めは驚いたように目を白黒していた王女様も、釣られて笑顔で何かを答えていた。


 千秋は凄いな。もう異世界に順応しているよ。

 前から千秋は人と仲良くなるのは早かったけど、まさかそのフレンドリーさが異世界を跨ぐとは……。

 いや、混乱して取り乱さられるよりは全然いいのだが、どこか納得がいかないというかなんというか。

 ある意味いつも通りの千秋の姿を見て、龍牙達も緊張がほぐれたのか苦笑いしているし。


「ははは、千秋はいつも通りだね」

「そうですね、千秋さんを見ていると冷静になる事ができましたし。それにしても、いつもと変わらない千秋さんって一体……」

「多分何も考えていないだけだと思うぞ」

「……それもそうですね」


 冬海と言葉を交わしている間に、随分と千秋達から離れていたらしい。

 いつの間にか遠くの方にいる千秋が、口に手を当ててメガホンの形を作り俺達へと叫ぶ。


「みんなー! 早くこっちへおいでよー! ネリアちゃんが待ってるからさー!」


 その言葉に俺達は慌てて千秋達を追いかけていく。

 はぁ、元気なのはいいけど少しは千秋も危機感を持ってくれよ。

 知らない間に王女様と仲良くなってネリアちゃんって呼んでいるし──




 ──ネリア、ちゃん?




 千秋の王女様の呼び方に思わず唖然とし、冷や汗が吹き出るのを感じる俺。

 チラリと見て龍牙達の様子を窺えば、心なしか表情がこわばっているような気がする。

 不敬罪で処刑されたりとかしないよな……ないよな?


 頭を抱えたくなるのをグッと堪えながら千秋達の元に着いた俺は、自然な笑顔を意識して声を掛ける……声の震えは誤魔化しきれなかったが。


「ち、千秋さん……? 貴女は今、このお方をなんとおっしゃりましたか?」

「へ? ネリアちゃんはネリアちゃんだよ? なんでそんな事を聞くの? 変な春斗」


 なんでってそりゃあ相手が王族だからに決まっているじゃないか!

 この世界の情報が殆どないから、俺達にとってどれぐらい危険なのかがわからない。

 だから、下手に目をつけられないように慣れない敬語まで使ったというのに……はぁ。


「ふふふ、お二人は仲が良いのですね」


 思わず頬が引き攣る俺とキョトンと首を傾げている千秋を見て、どう解釈したらそういう結論を出したのか王女様がそう告げてきたのだ。

 確かに、千秋とは仲が良いのは認めよう。

 しかし、こんなやり取りで仲良くなんて思って欲しくなかったな……。

 そんな事を考えつつ、王女様の呟きに返事をするために口を開く。


「ええ、千秋とは長い付き合いがありますので。私にとっては、千秋はペットのような存在です」

「ペ、ペット!? は、春斗! なんでそんな変な事言うの!?」

「そりゃお前さ、いつも問題ばかり起こしているじゃないか。後始末に奔走する俺の身にもなってくれよ。周りからは千秋の飼い主だと思われているし」

「うぅ……ご、ごめんなさい」


 今の言葉も事実だが、本音はさっきの仕返しだけどな。

 まあ、思ったより俺の言葉に反省しているようなので、一応千秋のフォローもしておくか。


「まあ、こうやって面倒を見ているのも千秋が大切な人だからだ。そう落ち込む事もないって」

「大切……! わ、私にとっても春斗は大切な人だよ!」

「──今、春斗さんは大切な人と言いましたか?」


 瞳を輝かせて告げた千秋の言葉に、何故か冬海が反応して横槍を入れてきた。

 鼻息荒く尋ねてくる冬海に内心で引きつつ頷きを返せば、彼女は興奮からか身体をくねらせ始める。

 うわぁ……冬海の悪癖が始まった。千秋に伝える言葉のチョイスを間違えたか。


 普段は真面目な性格で頼りがいがある冬海なのだが、彼女には少し困った癖がある。

 どういう癖かと言うと、恋愛物でありがちなシーンを目撃したり、恋愛本の佳境に入ったりすると妄想を始めるのだ。


「えぇと……彼女はどうしたのでしょうか?」

「彼女は恋愛物の本が好きで、時折このように一人で妄想に耽る時があるのです」

「は、はあ……」


 俺の返答を聞いて、王女様は驚いたように目を瞬かせて曖昧に頷く。

 まあ、王女様の気持ちはわからないでもない。突然興奮で頬を赤く染めたかと思えば、瞳を輝かせてうっとりと熱い吐息を零すのだから。

 それにしても、冬海は懲りないな。学校で妄想している時に我に返ると、自分がした事を理解して机に突っ伏したりするのに。

 そんなに恥ずかしいなら止めればいいと言った事もあるのだが、何やらこれが生きがいなんて意味不明な返事をして拒否したんだよな。


「おーい、冬海。冬海ー? ……冬海!」

「──月夜を背に春斗さんが儚く微笑みそれを見た千秋さんが胸を高鳴らせて顔を近づけていきやがて二人の影は重なり……はっ!」

「意識が戻ったか?」

「ひゃ、ひゃい……」


 噛みながら返事をした冬海は、羞恥からか顔色を真っ赤にして王女様を見る。

 王女様は冬海に見つめられて僅かに後ずさるが、直ぐに表情を取り繕うと戸惑いがちに口を開く。


「ず、随分と個性的なご趣味なのですね」

「……突然取り乱して申し訳ありませんでした」


 王女様なりのフォローのかい虚しく、冬海は涙目になって深く頭を下げた。

 まあ、王族の前であんな姿を見せるとな。王女様は特に気にしていないようだけど。


「冬海ちゃんは変わらないねー」

「……そうだね」


 そんな俺達を放って見守っている千秋達だが、お前が言うなと言いたい。

 今の所まともなのは龍牙だけじゃないか……これから先大丈夫なのか?


 これからの前途多難さを思い、俺は内心で深くため息をついてしまうのだった。


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