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第十六話 二週間の成果

「『精霊よ、火と成りて彼の者を打ち砕け! ──火の玉(ファイアーボール)』」


 千秋が呪文を唱えると頭上に火の玉が現れ、手に持つ杖を振り下ろす動作に合わせて高速で敵に飛んでいく。

 千秋の魔法を合図に冬海は弓に矢を番えて警戒し、龍牙は槍を構えていつでも飛び出せるようにする。

 しかし、そんなのは関係ないとばかりに敵は『火の玉』を右に走りながら避けると、厄介な後衛から潰す事にしたのか速度を落とさずにこちらへ近づいてくる。


 そうはさせないと俺は敵の前へ立ち塞がり、振り下ろした大剣に合わせて長剣を斬り上げる。

 そのまま俺と敵は斬り結ぶと、立ち位置を変えて走りながら剣戟を響かせる。


「は、速くて魔法で狙えない……!」

「私も矢を放てません……!」


 激しく動き回る俺達に対して、千秋達は標準が定まらないようでもどかしそうな声を上げている。


「ちぃっ!」

「どうした! その程度か!」


 敵の振り下ろしに長剣を斜めに構えて受け流し、お返しにと腰を狙った突きは素早く戻された大剣の腹に防がれてしまう。


「ほらっ! 隙ありだ!」

「っく!」


 突きを防がれ体勢を崩した俺へ目掛けて、敵は大剣を陰に足払いを繰り出してくる。

 それに間一髪気が付いた俺は大きく後ろへ飛び下がる事で回避する。


「今ですぅ!」


 俺が後ろへ下がった瞬間、狙い澄ましたかのように冬海が連続で三本の矢を放ち、別々の方向から同時に敵へ矢が向かっていく。

 矢は簡単に敵にあしらわれてしまうが、その隙に龍牙が走り敵の近くまで踏み込んでいた。


「はあぁっ!」

「甘いっ!」


 龍牙の気合いの声と共に突き出された槍が敵の胴体を貫こうとするも、敵はそれすらも読んでいたように紙一重で躱すと、すかさず龍牙の懐へ潜り込みその勢いのまま肘打ちを繰り出す。


「がっ!?」

「龍牙君!?」


 龍牙は何とか槍を戻して防ぐも上手く衝撃を受け流せなかったようで、苦悶の声を漏らしながら俺達の方へ吹っ飛んできた。

 それを見た千秋は慌てて龍牙に近づき治療を始めたので、状況を分析した俺は時間稼ぎをするために冬海へ指示を送る。


「冬海! とにかく沢山矢を放て! 威力は気にするな、数で押せ!」

「わ、わかりました! ──いきますっ!」


 俺の言葉に頷いた冬海は、威力を度外視して矢をどんどん放っていく。

 瞬く間に矢の雨と化した空間にも敵は全く動じず、矢と矢の隙間を縫うようにゆっくりとこちらへ近づいてくる。


「そ、そんなっ!?」


 構わず接近してくる敵に冬海は焦りの表情を浮かべており、このままだと龍牙の治療が間に合わないと思った俺は、時間を稼ぐために矢の雨へ突っ込んでいく。


「は、春斗さん! 危ないですよ!?」

「俺に構うな! 良いから矢を放て!」

「わ、わかりましたっ!」


 俺の行動に冬海が驚き矢を放つのを止めようとするも、俺が再度指示を送ると戸惑いながらも返事をして矢を放つ速度が上がっていく。

 矢の雨をくぐり抜けながら再び躍り出た俺に、敵は不敵な笑みを浮かべると大剣で薙ぎ払ってくる。

 その攻撃を俺は後ろへ下がる事で間合いから逃れ、その隙に下半身に力を込めて一気に跳び上がると敵へ接近する。

 冬海から放たれる矢に頬を切り裂かれながら長剣を振り下ろすが、すでに構え直していた敵の大剣が振り上げられ鍔迫り合いになる。


「ぐっ……!」

「やるじゃないか! だがそれは悪手……だ!」

「っ!」


 空中で踏ん張りが効かない俺は徐々に大剣に押し込まれていき、やがて力任せに吹っ飛ばされてしまう。

 その慣性に逆らわずに空中で身体を捻り、飛んでくる矢を躱すのと併せて一回転して体勢を立て直すと、手を着いて着地し摩擦で勢いを殺しながら千秋達の処へ戻ってきた。


 俺の時間稼ぎが上手くいったようで、千秋の『水の治癒(ウォーターキュア)』によって戦線に復帰した龍牙が俺の隣へ並び槍を構える。


「ごめん、春斗。僕が足を引っ張ったせいで」

「気にするな、これから活躍してくれればいい」


 俺達の軽口に余裕の表情で静観している敵に舌打ちしたくなるのを堪え、俺と龍牙は駆け出すと左右へ別れて敵を挟むように近づいていく。

 千秋達は大技を放つ準備をしているようで、目を閉じて集中している。


「はあぁっ!」

「さっきの借りは返させて貰いますっ!」


 俺達の攻撃を待ち構えていた敵は、俺の右からの逆袈裟斬りを身体を斜めにして躱し、龍牙の薙ぎ払いには下から大剣を斬り上げて弾く。

 槍が弾かれ無防備になった事に驚愕した表情を貼り付けた龍牙へ敵は袈裟斬りをしようとするが、逆袈裟斬りした慣性に逆らわずに回し蹴りを繰り出す俺の姿を見ると攻撃を諦めて後ろへ飛び退く。


「はぁ……はぁ……春斗ごめん」

「っふう……気にするな、次いくぞ」


 額に滲んだ汗を拭いながら龍牙の言葉に返答をして、長剣を構え直してもう一度敵へ飛び出そうと足に力を込める。


「春斗! 龍牙君!」

「いきますよっ!」


 千秋達の言葉に俺達は弾かれたように左右へ散って射線を作る。

 俺達の動きに大技がくる事に気が付いた敵も逃げ出そうとするが……一歩遅かったな。


「いくよー! 『精霊よ、巳と成りて我が障害を燃やし尽くせ! ──火の蛇(パイロヒドラ)』」

「『雷の矢(サンダーアロー)』充填完了──【雷の霰(ヘイルパラライズ)】」


 二人がそう唱えた瞬間、千秋の頭上にはとぐろを巻いた火でできた蛇が出現して敵を睨みつけ、冬海の弓にバチバチと稲妻が迸ると番えた弓が黄色く光りはじめる。

 やがて、千秋の杖が振り下ろされるのと同時に冬海が上へ矢を放つと、圧倒的な速度でぐんぐん空へ昇っていき頂点に差し掛かろうとした刹那、突如矢が弾け飛んだ。

 弾け飛んだ矢は無数の稲妻に分裂すると敵目掛けて降り注ぎ、稲妻の群れが敵を貫くと同時に敵を睥睨していた『火の蛇』が火を吐きながら突進していった。


 轟音が辺りに響き渡ると砂埃が舞い敵の姿を隠してしまい、俺は腕で顔を庇いながら目を細めてその様子を観察する。


 ──これで倒せたらいいのだが……。


 姿が見えない敵に内心で不安に感じていると、杖に身体を寄りかからせて辛うじて立っている状態の千秋が、いってはいけない事を呟いてしまった。


「はぁ……はぁ……や、やったかな!?」

「はぁ……千秋……さん……それは……はぁ……いけません……はぁ……」


 疲労困憊で足が震えているにも関わらず、律儀に千秋へ突っ込む冬海の姿に俺は思わず脱力する。


「──まさか、短期間でここまで強くなるとはな。やるじゃないか」


 砂埃の中から聞こえてきた先ほどまでと変わらない声に、咄嗟に長剣を構え直して警戒をした瞬間、砂埃が大剣で薙ぎ払われ敵の姿が露になる。


 疲労した様子はなく鎧に所々焦げ付いた痕があるが、傷らしい傷は頬に着いた一筋の血以外には見当たらない。


「そ、そんな……私の一番の魔法を使ったのに……!」

「私も【雷の霰】を使ったのですよ……自信をなくしそうです」


 息を整えて少し話す余裕ができた千秋達が、殆ど無傷な敵の姿に揃って肩を落としていると、そんな彼女達の様子に豪快に笑うと声を掛けてくる。


「いやいや、正直オレも肝が冷える場面が多かったぞ」


 全く堪えてなさそうな言葉に千秋達は疑わしげな眼差しを送っているが、敵はそんな事等お構いなしに親指で頬の血を拭う。


「まあ、そんな気を落とすなって。色々と細かい指摘はあるが、それだけできれば充分上出来だな。──合格だ」


 そう告げると敵──ロドリグは俺達に笑みを見せるのだった。











 ──俺達が異世界アルヴァニオンに召喚されてから二週間の月日が経った。


 三日目から訓練、魔法講座、一般常識を学んでいくサイクルで過ごしていき、たまに息抜きに城下町へ出かけるぐらい。

 殆どの時間は訓練等をしており、そのお蔭か俺達は瞬く間に成長していったのだ。

 その甲斐あってかそろそろ俺達に実戦を経験させようという事になり、実際に俺達がどれぐらい動けるか確かめるためにロドリグと闘っていたという訳だ。






「──はぁ、ロドリグさん強すぎるよ」

「わはは、まだまだお前達ひよっこ共には負けないぞ」

「っちぇ……」


 戦闘後に筋肉痛にならないようにストレッチをしていると、不意に千秋が不満そうに呟きを漏らし、その言葉に反応したロドリグが余裕の表情を浮かべて笑う。

 ロドリグは今まで俺が出会った中でもかなり強い部類に入るからな、前の世界でも充分に前線で活躍できるだろう。


 一応今の俺は身体に封印術式を掛けて必要以上に身体能力が露見(ろけん)しないようにしているのだが、正直ロドリグなら俺が全力で戦っても普通に苦戦しそうで困る。

 まあ、封印しているお蔭で今の所俺の強さにそこまで大きな違和感を感じていないようだが。


 ロドリグにバレていない事に内心で安堵の息を漏らしている内に、どうやら今回の戦闘の評価に入るようでロドリグは俺達を見回している。


「そうだな、まずは千秋からだな」

「はい!」


 ロドリグの言葉に千秋は元気良く返事をして、褒められるのかとワクワクした雰囲気を出している。

 そんな千秋の様子に苦笑いするとロドリグは駄目出しをしてきた。


「千秋は大技に頼り過ぎだ。もっと細かな魔法を撃って敵を牽制しなさい」

「えぇっ! 褒めてくれないんですか!?」


 千秋は自分が褒められない事が残念なようで一生懸命腕を広げて主張していて、その姿にロドリグは顎に手を当てて暫し考え込む。


「そうだなぁ……ああ、魔法を撃つタイミングは良かったぞ」

「……へ? それだけですか?」

「そうだな」

「そんなぁ……」


 自信があったのか笑みを浮かべていた千秋だが、褒められない事がわかると肩を落としていた。


 千秋は固定砲台みたいな立ち位置になっているから、できれば牽制魔法をどんどん使って欲しいとは俺も思っている。

 千秋が現在使える魔法は大体の属性の初級魔法が幾つかと、先ほど使った『火の蛇』にもう一つの切り札の二つの中級魔法の筈だ。

 しかも、中級魔法もまだ完全に使いこなしているとは言えず、使った後は疲労で無防備になってしまう。

 そうなると千秋の護衛に人数を割かなきゃいけなくなるので、それは困るのが本音だ。

 もちろん、これから充分切り札を使う時もあるだろうが。


「次は冬海だな。冬海は今回は一番良かったぞ。春斗の指示があったとは言え、しっかり矢を放ってオレを牽制していたし、大技のタイミングも良かった」

「ほ、本当ですか! ありがとうございますっ!」


 俺が千秋の魔法について考えてると、ロドリグが冬海の評価に入り冬海の援護を褒めていた。

 ロドリグに褒められて冬海は頬を赤らめながら嬉しそうに笑い、小さくガッツポーズを取っている。


「俺も今回は凄く良かったと思うぞ、冬海の援護に助けられたし」

「は、春斗さん……!」


 俺も冬海を褒めると感激したのか冬海の目が潤みはじめ、俺の手を取ると満面の笑みを浮かべた。


 冬海の援護は本当に的確で助かる。

 いまだ弓に熟れていないからかたまに誤射する時もあるが、概ね狙った所へ矢を放つ事ができる。

 しかも、矢を放つ速度も少しずつ上がっていっているので、冬海が成長するとロドリグにとっても強敵になるだろう。

 冬海は千秋のように魔法を唱えるのではなく、弓や矢に魔法を篭める事で素早く魔法を放つ独自の戦術をこの二週間で創りだしている。

 先ほど使った【雷の霰】も冬海オリジナルの魔法で、これでいまだに未完成の技だというのだから末恐ろしい……。

 ちなみに、この魔法と弓を組み合わせた戦法の名前は考えている途中らしい。普通に『付与魔法』とかでは駄目なのだろうか?


「冬海はこのままの戦術で問題ないな、次は龍牙だ。今回はアテナルや魔法を使えなかったらか、あまり良い所がなかったな」

「ははは……すみません」


 次にロドリグは龍牙の評価に入るが割と辛辣な採点に、龍牙は愛想笑いをするも自分の行動を思い返してがっくりと項垂れている。


 今回は龍牙は吹っ飛ばされたし、槍も弾かれたからな。

 ロドリグが告げた通り、龍牙はアテナルが有無で大きく戦闘能力が変わる。

 アテナルがあると敵から魔力を奪いながらしぶとく持久戦に持ち込む事ができるのだが、今回俺達の純粋な実力を測るために訓練用の武器を使っていたので龍牙はその力を発揮する事ができなかったのだ。

 また、龍牙は冬海の戦術からヒントを得てアテナルに炎属性の魔力を篭める槍術を開発している。

 いまだに自力が足りないのか篭められる時間は少ないが、その爆発力と併せて龍牙の切り札に充分なるだろう。

 ちなみに、俺もベリシュヌに氷魔法を篭めようとしたが、何故か魔法を篭める事ができなかった、残念。


「龍牙はアテナルがない状態での戦闘能力上昇が課題だな、最後は春斗だ。春斗は一つ一つの動きはいいのに自分から表に出ない事だな。千秋達のフォローに奔走するのも良いが、もっと積極的に攻めてくれ」

「わかりました」


 最後にロドリグから告げられた内容を頭の中で反芻しながら頷く。


 目立たないように考えていたら、いつの間にか守りの戦闘スタイルになっていたんだよな。

 本来の得物では割と攻めの姿勢だと思うのだが、あまり前に出ると俺の身体捌きに違和感を持たれるのではないか、と一歩引いた立ち位置でいたのだ。

 俺もこの二週間で初めての長剣にある程度熟れてそれなりに使えるようになったので、次はこの世界の魔法を上手く戦闘に組み合わせるかが課題かな。

 それに、魔法なら身体捌きに関係なく使えるから前に出られるだろう。


 次の戦闘スタイルの目標を決めていると、ロドリグはそれぞれ自分の課題に考え込んでいる俺達を見回して手を叩く。


「よし、汗を流して飯を食べた後はいよいよ実戦に行くぞ」


 一旦考える事は止めて視線を向けた俺達に、ロドリグは笑みを浮かべるとそう告げるのだった。


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