第十五話 異世界アルヴァニオン
アデラールの講義が無事に終わり夕食を撮った後、俺達はネリアからこの世界の知識を学ぶために俺の部屋で待機していた。
ネリアは何やら準備があるからとどこかに行って部屋にいないので、現在この場にいるのはいつものメンバーだけだ。
ちなみに、クリスティアもアデラールの講義の後には他の仕事へ戻ってしまった。
別れの時に俺の方を一瞥したのは何か意味があったのだろうか……?
ソファで各々が寛いでいると、先ほどまで機嫌よく笑みを浮かべていた冬海が突然席から立ち上がる。
俺達の視線が集まるのを気にせず、冬海は何故か俺のベッドへ向かうと飛び込み転げ回りはじめた。
シーツが皺になると困るので急いで冬海の元へ近づくと、何やらぶつぶつ呟いている冬海の声が耳に入ってしまい、そのデジャブに諦観しながら耳を傾ける。
「ふふ、ふふふ……魔法ですぅ……明日からも魔法を学べるですぅ……楽しみですぅ──」
「はあ……魔法少女冬海ちゃん伝説が爆誕するのか?」
「うきゃああああああ!」
不気味な笑い声を漏らしながら魔法の講座を思い返している冬海に、俺はため息を一つ零すと冬海の耳元へ顔を近づけて魔法少女の事を告げる。
すると、突然耳元で声を掛けられた事に驚いたのか冬海は可愛い悲鳴を上げると俺から飛び退き、耳を抑えながら顔を真っ赤にして俺を涙目で睨んできた。
そんな冬海の様子に俺は笑みを浮かべながら追撃をする。
「ん? どうした、冬海ちゃん? 魔法が好きなんだろ? だったら魔法少女冬海ちゃんでも良いだろ?」
「や、やめてくださいぃ! 私は少女という歳じゃなんですぅ! いやー!?」
俺の言葉に冬海は耳を更に強く抑えると、いやいやと頭を振り一生懸命否定しようとしてくる。
そんな事お構いなしに、更に冬海を弄ろうとした所でノックの音が響き渡った。
これ幸いと俺の注意が逸れた隙に、冬海は機敏な動作でベッドから降りると扉へ一目散で向かっていく。
冬海をもっと弄りたかったが、これから弄る機会はいつでも訪れるだろう。
そんな事を思った瞬間、冬海が突然肩を跳ねさせて頻りに辺りを見渡している。意外と勘が良いな。
やがて、気のせいかと思ったようで首を傾げながら冬海が扉を開けると、そこには本を山ほど抱えたネリアが立っていた。
今にも本を崩しそうな危ない足取りをしているので、慌てて近づきネリアからそれらを受け取る。
それに気が付いたネリアは俺に輝かんばかりの笑顔を向けた後、俺に本を持ってもらった事に対して申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「お兄様! あ、わざわざ本を持っていただき申し訳ありません」
シュンと落ち込む姿を見せるネリアに、俺は本を一旦片手で抱え直して、そんな彼女の頭を優しく撫でる。
頭を撫でられた事に目を瞬かせているネリアに俺は優しく微笑みかけた。
「気にするな、ネリア。俺はお前の兄なんだからな」
「ぁ……は、はいっ!」
俺の言葉に感激したように目を潤ませたネリアは俺に勢い良く抱き着こうとしたが、本を持っていたから無理だと理解して諦めたようで、一瞬悲しげな表情を浮かべると部屋に入っていった。
ネリアに続いて本を抱えた俺も部屋に入り、冬海が扉を閉めてくれたのでそれに礼を告げてから机の上に本を置く。
本の内容に興味津々な千秋達が好奇の視線を机の上に向けていると、ネリアは手を叩いて俺達の注目を本達から集めた。
俺達が目を向けたのを確認してから、ネリアは俺達を見回すと楽しそうに告げるのだった。
「さあ、皆様。お勉強の時間です」
「うへぇー」
「……締まらないぞ、千秋」
「──そうですね。まずはこの世界の名前から教えましょうか」
「え!? 名前あったの?」
ネリアから告げられた内容に千秋は素っ頓狂な声を上げた。
確かに、今まで気にした事もなかったから驚くのも仕方ない。
俺達の世界でいう地球……とは違うのか? 違うか。
地球はあくまでも惑星の名前だからな、世界とは違う。
そういえば、俺が前に召喚された世界にも名前ってあったのだろうか?
気にしてなかったから聞いていなかったな、次に向こうの世界に行った時には尋ねてみるか。
千秋の何気ない一言で新たな目標を人知れず決めている間に、ネリアは顎に指を当てて首を傾げながら説明を続けた。
「そうですね……千秋達の世界では名前がないようですが、少なくとも私達はこの世界を『アルヴァニオン』と呼んでいます」
「アルヴァニオン……凄そう」
アルヴァニオンという大層な名前に、千秋はゴクリと唾を飲み込み額に冷や汗を一筋流していく。
千秋が慄いている姿に龍牙も釣られて、これから戦いに赴くような表情を作りはじめた。いや、お前等……。
千秋達の大袈裟な反応を見たネリアは、苦笑い一つすると手を軽く横に振る。
「そこまで警戒しなくても大丈夫ですよ。ただの名前ですし」
「そ、そうなの……?」
「はい、だから安心してください」
「良かったぁ……」
その言葉に千秋は再三確認を取っていたが、ネリアの再度頷くと警戒を解いて安堵の息を漏らした。
そして、龍牙もかいてもいない汗を拭う仕草をして清々しい表情を浮かべていた。こいつら遊んでないか……?
ちなみに、魔法とは関係ないからか先ほどまでとは人が変わったように、冬海は真面目な顔をして講義を受けている。
千秋達の様子にネリアはため息をつくと気を取り直して講義を再開した。
「では、続けますよ。アルヴァニオンには大小様々な国がありますが、今日はこの国『ローザイト』について教えますね」
「ネリアさんの名前にもなっている国だね」
龍牙の言葉にネリアは頷き説明をする。
「はい、王族は国の名前から家名を取る決まりになっていますから。そのローザイトの特徴なのですが──」
ネリアから教えられた言葉を纏めるとこうだ。
この世界は俺達の世界と違い大きな一つの大陸になっていて、形は横に長い楕円形でローザイト国は方角でいう南にある。
ローザイト国は他国に比べて比較的穏やかな気性が特徴らしく、各国との交流も活発であるようだ。
この世界にはアデラールを見てわかる通り様々な種族が存在しており、大まかにわけると六種族になる。
まず一つ目は、ネリアやロドリグのような『人族』。
人族はこの世界で一番の人口を占めていて数が一番多い。
数が多い反動かこの世界では一番寿命が少なく、七十から百二十ほどだといわれている。
魔法適性は千差万別で、一属性から千秋みたいな全属性が表れる事から正しいことがわかる。
ちなみに、異世界人である俺達もこの人族に入るらしい。
二つ目、アデラールのような『森人族』。
別名エルフともいわれていて、漫画等と同じで殆どの森人族が森に住んでいるようだ。
寿命がこの世界で一番長く、平均で二百歳を超えるらしい。
魔法適性は火属性が殆どない代わりに、水や土属性に高い適性を持つようで、それらの属性と弓や短剣を使って戦闘をする。
噂ではエルフを越えたハイエルフ等といわれる存在もいるというが……。
三つ目、獣と人が合体した『獣人族』。
獣人族は名前の通り、人でいう耳の所には何もなく頭の上に獣耳が生えている。
獣人族の中にも様々な種類がいて、犬や猫はもちろん、リスや狐なんて獣人もいるらしい。是非会いたいな。
また、この種族は非常に仲間意識が強いようで、獣人族の種類が違くてもお互いに助け合っている。
魔法適性は一部を除き、あまり高くない代わりに近接戦闘に高い適性を持つ。
獣人族は全盛期が長く、死ぬ直前まで若々しい姿を持つのも特徴だ。
しかし、その一方で老いがくると一気に老け込んでしまう。
四つ目、鍛治でお馴染み『岩石族』。
別名ドワーフともいわれており、殆どの岩石族がローザイト国と獣人族が主にいる『リィオンダ』という国の間にある都市に住んでいる。
手先が非常に器用で鍛治は当然として、裁縫や細工や大工なんかもお手のものらしい。
また、無類の酒好きで気に入った人には宴会に誘ったりもするようだ。
魔法適性は火属性や土属性に高い適性を持つが、他の属性はあまり適性を持たない。
しかし、この岩石族には他の種族にはない特徴がある。
それは、『金属性』という原始属性をとても発現しやすいという事だ。
この金属性を持つ人は先祖返りと呼ばれ、鍛治に高い適性を持つだけではなく魔剣を作る事もできるようだ。
普通の原始属性は同じ属性を持つ人を見つけるのは至難だと講義で教えられた通りだが、この金属性は例外らしく多いという訳ではなく、探せばいる事にはいる程度には見つかるらしい。
この例外により原始属性は後天的に身に付くのではないか、という考えもあるらしいのだがそれは置いておこう。
五つ目、エルフとよく似た姿の『砂漠族』。
別名ダークエルフともいわれており、この大陸にある巨大な砂漠に住んでいる。
砂漠族は砂漠にいる魔物を手懐ける事ができるらしく、その魔物達と共存しているようだ。
魔法適性は大体人族と同じだが、風属性や土属性に適性が高いようで、それに伴って水属性や氷属性はあまり適性がない。
また、砂漠族はとても素早いので暗殺者スタイルで戦う事が多いらしい。
最後に、俺達の敵となる『魔族』。
この種族は知られている事が少なく謎に包まれている。
現在わかっている特徴は、人族の上位互換のような強さで魔法に高い適性を持つ事。
それと、原始属性を異常に発現しやすいという事の二つだけだ。
「──といった種族達がこの世界にはいます」
そうネリアが締め括ると部屋は静寂に包まれた。
最後に告げられた魔族の内容に、改めて戦う事を思い出したのか千秋達の顔はこわばっている。
そんな千秋達の様子にネリアは安心させるように微笑みかける。
「と言ってもまだ先の話ですし、皆様もそこまで固くならなくても大丈夫ですよ。ゆっくり準備していきましょう」
「そう、だね。まだ先の話なんだよね」
ネリアの言葉に千秋は未来より今を思う事にしたのか顔が少しほぐれ、龍牙も両手で頬を叩くと気持ちを切り替えたようだ。
ちなみに、冬海は既に意識を切り替えていたのか、様々な種族に目移りしていて目を輝かせている。
まあ、沈まれるよりはいいが、冬海は緊張しなさ過ぎな気も……今更か。
俺達の様子に緊張が解けたと感じたようで、ネリアは笑みを浮かべて頷くとおもむろに懐から懐中時計を取りだす。
時間を確認するとネリアは懐中時計を仕舞い込み、俺達に申し訳なさそうな顔を見せるとソファから立ち上がった。
「皆様、もう時間も遅い事ですし今日はこの辺にしましょう」
「ふあぁー……確かに眠くなってきたね」
ネリアの言葉に訓練の疲れが出てきたのか、龍牙は目に涙を滲ませながら欠伸を漏らしている。
千秋も今日は疲れたようで頭を揺らして船を漕いでいるが、冬海はまだ表情に疲れが出ていない。
「そうですか? 私はまだ平気ですけど……私もそのうち眠くなるでしょう」
「そうだな、俺も今日は疲れたよ」
主に千秋の訓練や冬海の魔法講座で……。
今日の出来事を思い返すと、俺は自然と遠い目になってしまった。
とりあえず、お風呂は夕食を摂る前に入っていたので後は皆眠るだけだ。
全員で扉へ向かい廊下に出るとすでにクリスティアが無表情で待機しており、突然の事に俺達は驚き動きが止まってしまう。
固まった俺達を冷淡に眺めると、クリスティアは優雅に一礼をした。
「本を回収しに参りました、プルネリア様」
「ええ、ご苦労様です」
「勿体ない御言葉です」
クリスティアはもう一度俺達に礼をした後、部屋に入り本を取りにいってしまった。
クリスティアがいなくなるとどこか安堵の雰囲気が流れ、千秋達はお互い顔を見合わせている。
「ク、クリスティアちゃんって忍者みたいだね」
「くノ一ですか……ありですね!」
「ははは……いや、怖かった」
どうやら千秋達は気配なく現れたクリスティアに大層驚いたようで、クリスティアの真の姿を話し合っている。
その様子を離れた場所で見守っていると、俺の隣にいるネリアから笑い声が漏れて目を向ける。
そこにはネリアが口許に手を当てながら楽しそうに目を細めていて、俺はその姿に疑問を感じて首を傾げて声を掛ける。
「どうした、ネリア?」
「ああ、いえ……クリスティアはただのメイドですのに、皆様が楽しそうに予想しているものですから」
「ああ……なるほど」
確かに、千秋達の会話は段々と可笑しな方向に向かっていき、今では怪盗等とありえない職業が出てきている。
怪盗姿のクリスティアか……む、無表情だから怖いな。
無表情で宝石を盗むシュールな光景が頭に思い浮かび、慌ててそれを打ち消す。
俺がくだらない想像をしている内にクリスティアが戻ってきたので、ここで解散する事になった。
まずはネリアとクリスティアへ別れの挨拶を交わす。
「じゃあネリア、クリスティア。お休み、特にネリアは勉強ありがとうな」
「お休み、ネリアちゃん! クリスティアちゃんも!」
「お休みネリアさん、クリスティアさん」
「お休みなさいです!」
「はい、皆様もお休みなさい」
俺達の挨拶にネリアは微笑みかけると挨拶を返して帰っていくが、動く様子のないクリスティアに疑問の表情を浮かべて声を掛ける。
「クリスティア? どうしました?」
ネリアの問い掛けにもクリスティアは答えず、暫し目を伏せたかと思えば俺達へ戸惑いがちに目を向ける。
「──よいゆめを」
そう囁くように呟いたクリスティアは、足早にネリアの方へ向かっていってしまった。
クリスティアからの挨拶に俺は思わず唖然として千秋達に顔を向けるが、千秋達も呆然としていたので今のが夢じゃないと理解できた。
──今、俺達に挨拶を……。
クリスティアの挨拶に想像以上に動揺していると、千秋達も再起動したのか興奮した顔で口を開く。
「ねえ、クリスティアちゃん挨拶したよね!?」
「そうだね、僕達全員が聞いたなら間違いないと思う」
「クリスティアさんが挨拶するなんて! っは、これはもしかしてデレ期というやつでは!」
各々が感想を述べているがいい加減時間も遅いので、俺は千秋達に声を掛けて部屋に戻るように告げた。
俺の言葉に千秋達は眠気が戻ったのか、目を擦りながらそれぞれ挨拶を交わすと部屋に戻っていった。
俺も部屋に戻りベッドに横たわると先ほどの事を思い出す。
──少しは心を開いてくれただろうか。
クリスティアの挨拶を思い返している内に眠気が襲ったのか、気が付けば俺も深く意識を沈めていくのだった。