第十四話 空間属性
「──お主達の適性もわかった所で、いよいよ魔法を教えようと思うぞい」
俺達が席に着くとアデラールは顎をさすりながらそう告げた。
アデラールの言葉に千秋達もいよいよかと緊張した顔付きになりながらも、どこか期待するようにアデラールを見ている。
俺もこの世界での魔法事情には非常に楽しみで、恐らく傍から見たら俺も目を輝かせているだろう。
興奮し過ぎて逆に冷静になっている冬海を除く俺達の期待している様子に、アデラールは微笑みを浮かべると指を立てて俺達を見回す。
「さて、魔法を使うには一つ欠かせない者があっての、それは呪文を唱える事じゃ」
「呪文を唱える?」
いまいちピンときていないのか千秋は首を傾げて疑問符を浮かべており、その姿を見た冬海は愕然したかと思えば席を立ち上がって、千秋へ勢い良く指を突きつけてまくし立てていく。
「し、信じられません! 呪文ですよ、魔法の定番の!」
「え、えっと……ごめんなさい」
冬海の言葉に押されたのか千秋がやや引きながら謝ると、とりあえずは納得したのか冬海は頭に手を当てて呆れたように首を横に振っている。
いや、そもそも呪文等に詳しい方が充分に可笑しいだろ。
千秋は冬海とは違ってぬいぐるみ収集や、甘いもの巡り等の健全な趣味だったので、呪文を知らなくても無理はないと思う。
それに、男子の俺達はともかく、女子の冬海が呪文を知っている方がよっぽど変わってる筈なのだが……。
まあ、冬海だし仕方ないという一言で納得してしまった。俺も随分と汚されてしまったな。
すでに汚染された冬海への理解に内心で涙を流している内に、いつの間にか冬海達も話を聞く体制に戻っていた。
実際に使った方が早いと思ったのか、アデラールは俺達に魔法を見せる事にしたようだ。
「まずは実物を見てからの方がわかりやすいかの『──灯れ』」
『おお……!』
アデラールが指を立てたままそう唱えた瞬間、ロウソクの火と同じぐらいの大きさの火種がアデラールの指の先端に灯った。
初めて目にしたファンタジー現象に千秋達からどよめきの声が上がり、冬海に至ってはすでに腕を構えて呪文を唱える準備を始めている。
そんなある意味純粋な冬海の姿を見ていると、不意に俺が初めて魔術を習った出来事が頭を過ぎってしまった。
──改めて考えると、俺も充分冬海の事をからかえないぐらいはっちゃけてたなあ……。
当時の自分の残念さに内心で頭を抱えながら、あの時の出来事を思い出していくのだった。
『──今日はお前に魔術を学んでもらう』
『魔術……?』
騎士の言葉で真面目に鍛錬を始めてから幾分か時が過ぎた頃。
今日も真面目に鍛錬を開始しようと思っていた矢先に、騎士が唐突にそう告げたのだ。
この世界に魔術があるなんて初耳だった俺は、目を瞬かせてオウム返しに問い掛けるとその疑問に騎士は頷く。
『そうだ。新たな攻撃手段を身につけるために魔術を習ってもらうぞ。では私に付いてこい』
『え? ちょ、待って──』
そう一方的に告げると騎士が行ってしまったので、慌てて訓練道具を投げ捨てると俺はその姿を追いかけていった。
騎士に追いつき俺達が向かった場所は、先ほどまで鍛錬してた所と殆ど変わりない訓練所だった。
いつもと変わらないような場所に首を傾げていると、騎士は振り向いて訓練所の壁を指さしながら俺へ目を向る。
『あいにくとお前の魔術講師は予定があっていないので、私が教える事になっている。さあ、あの壁に魔術を撃ってみろ』
『いや、あのさ……』
騎士にそう告げられたが、俺は戸惑う事しかできない。
いきなり魔術を使えといわれても、さっきまで魔術の魔の字も知らなかった訳で。そんな根性論ではな……。
まあ、魔術と言われて心が踊らないといったら嘘になるけど。
とりあえず、やるだけやってみようと無意識に笑みを浮かべながら、俺は壁へ手を向けて呪文っぽいのを叫んでみる事にした。
『よし。炎よ! 燃やせ!』
しかし、案の定何も起きず訓練所が静寂に包まれた。
騎士は何言ってるんだこいつという目で俺を見てきており、その眼差しに先ほどの醜態を思い出してして思わず頭を抱えてしまう。
──うがー! やっちまったー! 何か凄く恥ずかしい事をしてしまったぁ!
自分の醜態に俺が見悶えている内に、何かを思い出したのか騎士は手を叩き頭を下げてきた。
『──おお! すまない、お前の適性を調べる事を忘れていた』
『……適性とかあったんだね』
等といった一悶着があり、無事に適性を調べてもらった俺は改めて訓練所の壁へ手を向ける。
とりあえず、安全な水属性の魔術から使ってみようかと思い、騎士の手順に従いながら手に魔方陣を創っていく。
この世界の魔術は漫画等に出てくる呪文を唱えてドンドン撃つようなものではなく、どちらかというとプログラムに近い概念がある。
まず、大前提で魔術には魔方陣が必要不可欠であり、その魔方陣からどれぐらい無駄を省いていくかが魔術の課題になっている。
例を述べると、今俺が使おうとしている〈水の玉〉。
この術は水の初級レベルの魔術なのだが、魔術初心者の俺が使うと魔方陣の大きさが直径二メートルは優に越えてしまう。
しかし、魔術に精通している達人が同じ魔術を使うと、なんと魔方陣の大きさが約直径十センチになるらしいのだ。
これは、俺の方が無駄に魔術を使っていから達人の魔方陣より大きかったという訳だ。
つまり、簡単にいうと無駄がない小さな魔方陣を創る事を目指すのが魔術という事。
ちなみに、この世界にも呪文があるらしいのだが、この世界では呪文は自転車の補助輪みたいなもののようだ。
魔術を使う時に呪文を唱えれば、殆ど失敗しないで使う事ができる。
しかし、魔術の範囲や大きさや質等は全く決められないので、呪文を唱えるのは初心者ぐらいらしい。
まあ、見知らぬ場所──敵地や古代遺跡等──で魔術を使えるか確かめる時には、確実に発動する筈の呪文を唱える事もするようだが。
先ほど騎士に教えてもらった事を反芻している間に、魔方陣が無事に創る事ができたのでそれを壁に向けて撃つ。
『いけ、〈水の玉〉!』
呪文を唱えなかったからか魔術が安定せず、遅々とした不安定な軌道で〈水の玉〉が壁へ向かっていく。
あまりにも危なかっかしい動きにこれで良いのか目を向けるも、騎士は腕を組んで頷くだけ。
初めてなんだから呪文を教えてくれても良かったのだが、そんな悠長にする暇等ないと騎士に一喝されたせいでいきなり魔方陣を一から創る事になったのだ。スパルタ過ぎて俺は泣きそうだよ……。
まあ、騎士なりの気遣いだとはわかっているので指示に従っているのだが。
──あー、遅いな……壁が遠いのがいけないんだよなあ。もっと壁に近かったら良かったの……え?
〈水の玉〉が中々壁に当たらなくて不満に思っていた直後、一瞬の浮遊感を感じた後には何故か俺の目の前は壁があったのだ。
壁が急に動いたのかと慌てて振り返ると、先ほどまで俺がいた場所で騎士が目を見開き驚愕を顕にしている。
『な、なんで? ど、どうなって──ふぎゃ!』
不可思議な事態に右往左往している内に、目の前に〈水の玉〉が迫っていた事を忘れてしまい、そのまま俺の顔に激突してしまった。
──何が起こったの……さ……。
俺は吹っ飛んで壁にぶつかり、慌ててこちらに駆け寄ってくる騎士を視界に映しながら意識を失ってしまった。
意識を取り戻した後に突然俺の居場所が変わった原因を調べてみたら、どうやら俺には空間属性の適性がある事がわかったのだ。
しかし、空間属性の基本である空間固定等はできたのだが、初めに使った空間転移はあれから全く使える気配がなかった。
騎士によると空間転移をした後の俺の魔力が枯渇状態になっていたので、もしかしたら空間属性にリミッターが掛かってしまったのではないかと推測したようだ。
空間属性のポテンシャルに喜びながらも、リミッターが掛かっているという事に残念な気持ちになり、気を取り直して魔術の訓練を再開するのであった。
ちなみに、魔術訓練は俺の中で黒歴史に入っている。
『はっはー! 奴を凍らせろ! 〈氷の槍〉!』
『なっ! 気でも狂ったのか!?』
テンション高く騎士に魔術を撃ち出したり、
『フハハハ! 俺に不可能はないのだ! いけ、〈風の刃〉!』
『な、何故私に撃つのだ! 私に恨みでもあるのか!?』
初級魔術なのに偉そうに騎士へ魔術を撃ったり、
『ふぉぉぉぉっ! 魔術愉しぃ! 〈空間圧縮〉! 〈空間圧縮〉! 〈空間圧縮〉!』
『あ、危なっ! お、おい!? その攻撃は危険と教えただろ! ふっ! その魔術は殺傷能力が高いのだから考えて撃てと! はぁっ! それにその魔術はお前にはまだリスクがあると言っただろ! ぜやっ!』
『な、なんだと!? 空間を斬るなんて貴様人間か!?』
『教官に魔術を放つ貴様は人間なのか!』
『ま、まて、早まるな! その手に持った剣を手放せ!』
『問答無用!』
『ぐはぁ!?』
空間属性という厨二に心を踊られ手当たり次第騎士にぶっぱなしていたり……。
峰打ちされた後は我に返り、一目散に騎士へ土下座して誠心誠意謝罪をしたな。
結局、許してもらえず訓練の厳しさが倍になったが。
……その訓練のお陰で無事に生きている現状に喜ぶべきか嘆くべきか。
とまあ、そんな事がありながらも魔術訓練は続いていったのだ。
──いやあ、あの時は俺も若かったな。
結局、あの後訓練しても空間転移する事ができず、そのまま戦争に参加していたからすっかり忘れていた。
それに、思い出したら騎士に改めて罪悪感が湧いてしまい、次に会う時にはかなり優しくしようと思った。千秋の訓練を見た後だとなおさら……。
空間属性は確かに便利だったが、俺は氷属性や風属性の方が好きだったから倉庫以外には殆ど使わなかったな。
この世界では水属性と空間属性をメインに使っていこう。
それに、空間属性をしっかり掌握できれば転移魔術の条件を緩和できるかもしれないという考えもある。
前の世界での初めての魔術講座を思い出し、思わず冬海のテンションの高さに納得してしまう。
次から気が向いたら冬海の厨二に付きやってやろうと内心で苦笑いを浮かべながら、『灯れ』の魔法解説を始めたアデラールの言葉に耳を傾けていくのだった。