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黒殻の地で ②


「ったく、アレクシスのおっさんもしつけぇな」

 ヴァルハラの連中から見事に逃げ切ったあと、オレは愚痴を零しながら路地裏の道を歩いていた。通りに出たらまた見つかりそうだったので、遠回りになるがこのまま宿まで帰るつもりだ。

 オレも、初めの頃はヴァルハラへの入団を断固として断っていたのである。

 しかしあのおっさん、次に会ったときには断ったことをきれいに忘れているからたちが悪い。

 最近では隠れてやり過ごすか、曖昧に濁して逃走する、というのがパターン化してきた。

「あ~、やめやめ。あのおっさんのことなんて早く忘れちまおう」

 あまり考えると夢にまで出てきそうだ。

 現実でもお腹いっぱいなのに、夢にまで出てきたら目も当てられない。

 こんな日は景気づけに酒場に――いや、そんな金は無いから、宿屋で親父さんの 晩酌に付き合って少し酒を分けてもらおう。

 最近嫁さんと娘に逃げられた宿屋の店主は、話し相手に飢えているのだ。

 正直、あの愚痴につき合わされるのに安酒じゃ割りあわないが……背に腹は変えられん。

 そうと決まれば急いで帰るとするか。

 入り組んだ道を進み、宿まで十分ほどの距離まで近づいた頃――


 前方に嫌な光景が広がっていた。


 ぼろぼろの外套を身にまとった小柄な人物が壁を背に立ち、それを三人の男が囲むように立っていたのだ。

 男たちの険悪な表情を見れば、どんな状況なのか想像に難くない。

 あまり治安がよくないこの辺りは、こういうことは日常茶飯事なのだ。

 無視するのが一番いいと思うが、視界に入ってしまった以上、このまま帰るのは気が引けてしまう。

 はぁ……今日は厄日だな。

 そんな事を考えながら、オレは男たちに背後から近づいていった。

「あ~、ごほん!」

 男たちは一斉にこちらを向く。

 三人とも実に凶悪な面構えで、剣呑な目でオレを睨みつけてくる。

 おお、怖い怖い。

 ……まぁ、アレクシスのおっさんの迫力に比べれば大したこと無いんだけどね。

「なんだぁ、お前? こいつの知り合いか?」

「いやいや、通りすがりのただの冒険者だよ? なんか揉めてるみたいだから、どうしたのかなーって思ってさ」 

「関係ないならすっこんどれやぁ!」

 取り付く島も無い。

 せっかく笑顔を浮かべて話しかけてやったというのに、思いっきり怒鳴られてしまった。

 リーダー格であろうスキンヘッド――今日はハゲに縁があるな――がオレに近づいてくると、ナイフを取り出して脅してくる。

「……ガキ、回れ右してお家に帰んな。今なら見逃してやる」

「そういう訳にもいかないだろ、見ちまったからには知らない振りはできない性分でね」

 オレは対抗するように長剣を鞘から抜くと、正眼に構えた。

 それに反応して他の男達もナイフを取り出すと、オレに刃を向けて構える。

 一触即発の空気の中、オレは男たちから視線を外さず、絡まれていた人間に意識を向ける。

「……とりあえず、あんたは逃げなよ。ここはオレが引き受けてやる」

 そんな(格好いい)台詞と共に一瞬だけ視線を向けると――思わず二度見してしまった。オレの目には、無機質な壁しか映らなかったからだ。

 あれ、さっきボロ外套は?

 いつの間にか消えていた人物を探して視線を動かすと、三ブロック先の角にボロボロの外套の裾が僅かに見えた。

 おそらく男たちの意識がオレに向いた瞬間、気配を消して移動したのだろう。

 ふむ、実に素晴らしい逃っぷりである。

 男たちとオレはお互いに向き合ったまま仲良く硬直していたが――先に復活したのはオレの方だった。

 剣を鞘に収めると、友好的な笑顔を浮かべて男たちを見回す。

「まぁ、これで争う理由も無くなったな。それじゃ!」

 片手を上げて爽やかに立ち去ろうとするが、それは許されなかった。

「「「ふざけんなコラァ!!!」」」

 どうやら怒りの矛先がこちらに向いたようだ。

 男たちの怒声を合図に、オレはまた全力で駆ける羽目になったのである。




 ――そして、現在。

 オレは厳ついおっさん三人と追いかけっこを継続しているのである。

 どんだけしつこいんだよ、あのおっさんたち。邪魔されたのがそんなに気に触ったのか?

 ――というか、あの三人、ただ者じゃない。

 オレの全速力に離されずについてくるというのは、一般人にはまず不可能なことだからだ。

 冒険者であるオレは、人並み外れた身体能力を有している。

 これは、『聖痕』の恩恵によるものだ。

 この世界で生きる全ての人間が、生まれながらに体に刻まれている『聖痕』。これは、人によって刻まれる箇所は違うが、共通の特徴がある。

 成長するのだ。

『聖痕』が成長し肥大化するほど、得られる恩恵はより大きなものになっていく。

 どうやって成長させるのかといえば、実に簡単だ。

 モンスターを倒せばいい。

 逆を言えば、モンスターを倒す以外の方法で『聖痕』を成長させることは出来ない。

 モンスターに蹂躙される人間を神が哀れんで与えたとか、古代の文明がモンスターに対抗するために編み出した技術だとか色々言われているが、あまり興味が無い話だ。

 オレにとっては、モンスターに対抗できる便利な力くらいの認識で十分なのである。

 日常的に『ダンジョン』などでモンスターと戦う冒険者は、この恩恵によって自身の能力を強化している。

 そんなオレが未だに振り切れないとなると、あのおっさん達はただのチンピラではなく、同じ冒険者である可能性が高い。

 そうなってくると実にまずいことになる。

 なんせ、自慢ではないがオレには持久力というものが無いのだ。

 既に息が切れ始めているのがいい証拠である。

 対するおっさん達は実に元気だ。振り返らなくても、後ろからオレに飛んでくる罵声(ラブコール)でよく分かる。

 このままでは追いつかれるのも時間の問題だった。

「くそ……しゃあないか」

 こうなったら一か八か。切り札を使うしかあるまい。

 オレは角を曲がり、男たちの視界から外れた瞬間、胸にある『聖痕』に意識を集中させる。

「『浮遊(とべ)』!」

 詠唱と共に、思いっきり地面をけって垂直に飛んだ。

 次の瞬間、オレが感じたのは浮遊感だった。地面がみるみる遠くなっていき、建物の屋根の高さまで上昇する。

 ――おお、成功した!

 いまのは『浮遊』という魔法である。

魔法も『聖痕』の恩恵のであり、稀に才能をもった人間が発現する力だった。

 オレの魔法は発動率が非常に悪く、今の『浮遊』なら半々くらいの確立だったが、どうやら賭けに勝ったらしい。

 俺は屋根に素早く着地して身を伏せると、さっきまで走っていた路地裏を覗き込む。

 そこにいた男たちは突然いなくなったオレに戸惑い辺りを見回していたが、やがて見当違いの方向へ走り去っていった。

「ふぅ……なんとか逃げ切ったな」

「いまのは、魔法?」

 安堵の声を漏らすオレに横から声がかけられる。

 正直、かなり驚いた。

 まさかこんな場所に人がいるとは思わなかったオレは、声がした方へ慌てて振り向くと、そこにいたのはボロボロの外套を纏った小柄な人物だった。

 目深くフードを被っているため顔は見えないが、小柄な体型といい、先ほどの声といい、おそらく女だろう。

 ていうか、こいつ――

「さっき逃げたやつじゃねえか!」

 そうなのだ。あのチンピラ共に絡まれ、見事なエスケープをかましてくれたボロ外套だった。

 ボロ外套はフードに手をかけると、ゆっくりと取り払い顔を晒す。

 ――やべ、超可愛いんだけど

 フードを取ったその顔に、オレは思わず見とれてしまった。

 歳は十七・八歳くらいだろうか。

 銀色の髪に、同色の瞳。精緻に作られた顔のパーツが完璧に配置され、あまりにも整った容姿はどこか人形のような印象さえ持ってしまう。

 まぁ、胸が無いのはご愛嬌だ。

「あなたは、冒険者なの?」

「へ? あ、ああ。一応な」

 その言葉で現実に引き戻される。

 いかんいかん。こんな時こそ宿屋の親父の名言を思い出せ。

 美人を見たら、みんなクズだと思え!

 美人の詐欺師に騙された挙句、家族を失った男が酔っ払って吐き出した心の叫びである。

 心に染みる言葉だ。

「魔法使い?」

 美少女は首をかしげて質問を重ねてくる。その仕草も実に可愛い。

「まぁ、そうなるな」

 嘘は言っていない。

 発動率は低いが、魔力の容量と魔法の種類は中々のものだと自負している。

 実践では使えないがな。

 不確かな魔法より、剣を振ったほうが確実なのだ。

 オレの返事に目の前の美少女は少し考え込む仕草をした後、オレの目をまっすぐ見つめて言った。

「わたしと、パーティを組んでくれませんか?」

「喜んで!」

 美少女の誘いに、反射的にそう答えてしまっていた。

 我ながら、実に単純な男だと思う。


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