第97話 次の策略
再開です。
この章は少しばかり下ネタ成分が多いので、苦手な方はご注意ください。
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九死に一生を得たコーネロ達は、アキラ達より先にニブラスへ到着していた。
これは彼らがクジャタで大きく時間を浪費した影響でもある。
町に到着した彼らは、まず真っ先に闇医者の元へ駆け込み、応急処置しかしていない傷の手当てを行った。
やはり【再生】を使えるほど腕のいい闇医師は居なかったため、足に義足を繋ぎ、当座の自由を確保する。
「じゃが、あくまでその足は義足だし、失った血肉も戻ってこん。しばらくは安静にしておいた方がいいじゃろうな」
グノーメ族の闇医師はそう言って兄妹の義足を叩いて、警告した。
この老人は表向きは武器屋をやっているが、戦争当時は治療兵としてアロン共和国に従軍していた経験がある。
今は引退して悠々自適の生活を送っている所へ、コーネロ達が転がり込んできたのだ。
「まったく……ワシはすでに引退して武器屋になったというのに……」
「すまねぇな、パリオンの爺さん」
「まぁ、昔の馴染みじゃ、無碍にはできんて。しかしオルテス。言うておくが早いうちに真っ当な職に就いておいた方がいいぞ?」
「……部下の仇が討てたらな」
オルテスと言う男は、ダリル傭兵団をつけ狙う盗賊の首領だった。
前線から逃亡した兵士たちを掻き集め、盗賊団を結成したのは良いものの、コーネロ達と組むようになってから、立て続けに不幸に見舞われ、部下を多く失っている。
その仇を討つまでは、ダリル傭兵団を見逃す訳には行かない。
迷惑な話だが、彼の中ではそう決意していたのだ。
「俺とこいつ等はもはや一蓮托生。ダリルの野郎に一泡吹かせて、シノブっていう二人の仇を討たせて……そうしたら引退するよ」
「ま、無理にとは言わんがな。だが早い方がええぞ? 最近は魔神ワラキアも活発に動いておるからのう」
ニブラスの町がワラキアの災禍を受けてから、まだ一年も経過していない。
「魔神か……そういや、魔王も復活したんだって?」
「そうじゃな。しかも二人」
「この世界、どうなっちまうんだろうなぁ。勇者って連中も、前の時に一人死んでんだろ? 今度も倒せるのかね?」
「知らんよ。なるようになるじゃろ」
その時、オルテスとパリオンの世間話を聞くともなく聞いていたコーネロが、低い呻きを漏らす。
「ぐ……そ、それ、だ……!」
「おぅ、なんじゃ、いきなり?」
「魔神ワラキア……その名を利用しない手は、ない」
「あぁん?」
着けたばかりの義足がまだ馴染まず、足を一歩地に付けるだけで神経を掻き毟るような苦痛が走る。
だがそれを無視してコーネロは続けた。
「魔神ワラキアが進路に存在したら、連中も旅程を変更しない訳には行かないだろう? このニブラスにワラキアが出たと広めれば、どうなる?」
「そりゃ……普通の商人だったら迂回するよな。近付きたくもねぇ」
「ワシとしては止めてもらいたい所なんじゃがの。この町は旅行者で食って行っとるんじゃから」
「爺イは黙ってろ! そうだ、迂回する。そしてあいつ等ほどの大所帯なら、水や食料の補給は必須だ。ここでできないとなると……」
「ワシ、足を治してやったんじゃが……?」
悪巧みを行うオルテス達の前で、パリオンがグチグチと拗ねる。
そんな事を言いながらも、地図を用意してやる辺り、この爺さんは付き合いがいい。
ダリル傭兵団の仕事を受けた馬車は、央天魔王復活の際の騒動で一旦クジャタで足止めを食らっている。
その情報を、金に飽かせて繋いだ密偵から受け取っていた。彼らはこれからニブラスへ向かってくるのだ。
「お、すまねぇな、パリオン――近場の町だと……ここか?」
「そこへの街道は塞がっとるよ。ワラキアが起こした津波で埋まってしもうたんじゃ」
「なら、その次の町はここだ。そこへ到る街道は……ここの山を通る」
「地図ではかなり細そうだが……」
ちらりとパリオンに視線を送るオルテス。この辺りの地理に一番詳しいのは彼だ。
無言の圧力を受け、パリオンは小さく溜息を吐いた。
「確かに細いぞ。馬車一台が通るのが精々じゃろうな。だがそこは通らんじゃろ」
「なぜだ?」
「モンスターが出るんじゃ。茸人間、毒苔、人食い蔦……他にもいろいろ」
山と言う立地は人の手が入りにくい。
ニブラスが平時ならば、こまめに討伐の人員を送り込むのだろうが、あいにくこの町は今、非常に忙しい。
町の復興、街道の復旧、周辺村落の援助。
シーサーペント騒動で少し人が減っていた事もあって、猫の手も借りたい状況なのだ。
「なるほどな。だが、それでもワラキアよりはマシだろう。それにこれ以上の遠回りは、おそらく食料や水も足りなくなる」
「ワラキアの情報を流し、こっちの街道へ誘導する。俺達はこの山へ先回りして、ここで連中を襲撃すればいい。モンスターの多い山ならば、通過する商人が消えても不審には思われない」
「俺達がやったとは誰も知らず、モンスターから対象を守れなかったダリル傭兵団の名声は地に落ちるって寸法か」
「……ワシ、知っておるがの」
すでに居ないモノとされたパリオンが、再び愚痴る。
だがその言葉で、コーネロは彼の存在に思い至った。
「こいつの口も封じておくか……」
「おいよせ。こいつは俺の馴染みで、お前の命の恩人だぞ」
「だが、この先、爺ィの口から話が漏れるとも限らないんだぞ? 封じておくのが賢明だ!」
「……もしそれをやったら、お前達との縁もこれまでだ」
本気の殺意を持ってコーネロと対峙するオルテス。
彼は道を踏み外したとはいえ、守るべき矜持を持っているのだ。いくらなんでもその提案には乗れなかった。
「チッ、ならお前が責任もって黙らせとけよ!」
「ああ、そうしておく。パリオン、今回の事は口外無用だぞ」
「あぃよ。これだから裏の仕事は嫌なんじゃ」
その後、オルテス達は計画を詰めてから、パリオンの家から立ち去ったのである。
置いて行かれた謝礼の金が入った袋を見て、グノーメ族の老人は再び溜息を吐いた。売れない武器やでは生活が成り立たないため、こうしてたまに闇医師の仕事を受けるが、大抵はこういう厄介事も付随してくるのである。
◇◆◇◆◇
およそ半年振りに訪れたニブラスの町は、以前見た時より活気に満ちていた。
どうやらあの時落としたシーサーペントはあまり大きな被害を出さずに済んだようだ。
「これにはカツヒトも一安心」
「俺のせいにするな! この町から逃げたのはアキラのせいだろ!?」
大声で俺に反論するカツヒトだが,それを聞きつける者だっている。こいつは相変わらず視野が狭いのだ。
カツヒトの声を聴いて、キオさんが俺に向かって疑問を飛ばしてくる。
「おや、お二人はこの町を訪れた事がおありで?」
「あー、はい。以前少し」
俺は適当に濁して答えを返しておくが……さて、これはどうしたものだろう?
まず頭を悩ませるのがモリスと言う漁師と、その娘トリスの存在である。
あの事件の折り、俺は早々に漁船から飛び降りていたので、彼らの安否は把握していない。
別に行き摺りの関係なので気にするほどの意味は無いのだが、やはり心の片隅には残ってしまっているのだ。
「カツヒト……どうする?」
「そうだな、まずはモリスさんの所に挨拶に行こう」
「お前、俺達がなにやらかしたのか理解してるのか?」
「あ? あー、うん、そうだな……やっぱり様子を見に行くのは止めよう」
こいつの中では懐かしい顔馴染みに会いに行くだけのつもりだったようだ。
さすがにここでの騒ぎが俺の仕業と知っている二人だ。つまり、俺がワラキアであると言う事も知っている事になる。そんな二人の元においそれと顔を出す訳には行かない。
だがカツヒトはここでいらぬ事を思いついたようだった。
「そうだ、キオさん。この町の網元の所に顔を出してみてはどうです?」
「網元?」
「この町は漁で生活している人も多いんです。網元の所に行けば、魚なんか手に入ると思いますよ」
「魚……干し魚ですか。確かに、干し肉や野菜ばかりでは、舌が馬鹿になりそうですし、いいかもしれませんね」
ここ数日、クジャタからニブラスに到るまでは保存食の日々が続いていた。
もちろん馬に水をやらねばならないのだが、そこは歩く貯水池たるリニアがいるので問題はない。
だが食糧問題だけは、如何ともしがたかったのだ。
シノブとカツヒトが【アイテムボックス】を持っているとは前もって広めておいたので、時折牛肉や馬肉を振る舞ってはいたが、それも多過ぎては不審に思われる。
結果、最初の数日はバーベキューなどで場を凌げたが、結局は干し肉生活に戻らざるを得なかったのである。
「いや、今回の旅はいつもと比べてかなり楽でしたけど、やはり干し肉や干し野菜以外も口にしたいですしね。そのアイデアはいいですね」
「でしょう?」
「しかし本当に今回は快適なんですよ? いつもなら水や食料を乗せる分、荷は減りますし、馬車だってここまで快適な状態は保てません」
リニアが水を提供し、シノブとカツヒトが食料を保持できる。
過酷な旅で摩耗した馬車は、俺が即座で元の状態に戻す。
そのため、いつもなら何か所か故障でガタが来る馬車も、常に新品同様の快適さを保持しているのだ。
「もういっそ、私達と巡回商人やりませんか?」
「それは……さすがに遠慮しておきます」
脂汗を流しながら、俺はその誘いを断っておく。
せっかく安住の地を手に入れたというのに、それを捨てる気分にはならないのだ。
むしろ彼の方が心配である。
「キオさんこそ、腰を落ち着ける気はないのですか? その、クリスちゃんの事とか……」
「それは……やはり先立つ物が、ね。今回の遠征でかなり儲けは出る予定ですけど」
幼女と言っていい子供を連れての旅商人は、彼にとっても非常に負担の高い物だろう。
できるならば個人で店を持ち、落ち着いた生活をしたいはずだ。
彼のように一獲千金を狙って、ルアダンの町に出入りしている商人は多い。
「そうですか。貯まるといいですね、お金」
「ええ、もう少しで目標金額に届くんですよ。この旅が終わったら、私も店を構えようかと思ってます」
「その時はうちもご贔屓に」
「そうですね。アキラさんを引っ張り出したら、私が他の商人に恨まれるところでした。いや、これは危ない!」
快活に笑うキオさんだが……なんとなくフラグを立てている気がするので、それ以上は止めてくれ。
そんな会話を交わしながら、俺達はニブラスの町に到着したのだった。