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ポンコツ魔神 逃亡中!  作者: 鏑木ハルカ
第9章 クジャタ編-2
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第94話 不死者の拳豪

バトル回です。

 全力ではないが、十分も駆け足で進めば目的地の山に辿り着く。

 この山に正式な名前はなく、クジャタの住民などは『野盗の住む山』などと物騒な名で呼んでいたりする。


 実際、町から適度に離れていて、監視の目も緩く、食料になる植物や動物が豊富なこの山は根城にはちょうどいい。湧き水だってあるし。

 しかも、しばらく南に降りれば街道が通っており、獲物を物色しやすいという立地条件。

 そのため何度か討伐隊が組まれて追い払われていたのだが、その都度新たな野盗が住みつくという堂々巡りが繰り広げられていた。


 だがその堂々巡りも、一人の傭兵が住み着いた事で大きく変化する――リニアの復讐相手だった格闘家だ。

 奴は一人で討伐隊を追い払い、そこに確固とした根城を築くに到った。そのあまりの強さに、クジャタは討伐を半ばあきらめ、賞金を懸ける程度の処置で状況を見ながら泣き寝入りする羽目に陥ったのだ。

 幸いと言っていいのか、奴はほとんど山から出ず、街道の往来の安全は確保されたままだったので、アロン共和国も軍を出すほどには危機感を持たなかったのである。

 旅行者に無体を働くのも、奴の力を傘に着た下っ端が主で、奴自体は戦えれば満足な性格だった。もちろん、それだけでも充分迷惑なのだが。


 どうしても勝てない敵が山に居座っていて、いつか腕の立つ冒険者が立ち寄り、討伐してくれる……そんな他人任せな諦念に、クジャタは捕らわれていたのだ。


 そこへ俺とリニアが現れ、町の目論見通り、野盗を殲滅してしまった。

 半ば諦めていた盗賊の討伐情報に、クジャタは驚愕し、慌てて調査団を派遣。そこで激しい戦闘の痕跡を確認し、あちこちにばら撒かれた野盗の遺体も確認した事で討伐の完了を認定するに到った。

 そこでリニアに報酬が支払われたのではあるが……


 調査と言っても、実際は恐る恐る山に入り、野盗の死骸を確認しただけでクジャタの調査団は戻ってきただけだったのである。

 選定されたメンバーに臆病な役人が多かったせいか、調査団は激しく腰が引けていた。すぐにでも帰りたいという心境が調査に影響を及ぼし、首魁の遺体は碌に確認せずに戻ってきたのだ。

 結果、野晒しにされていた首魁がレブナント化してしまい、そして現在に到る……と。


「ま、死体を処理しなかったリニアも悪いし、確認しに行ってそのまま帰っちまったクジャタも悪い訳で……」


 目の前に(そび)える山を前にして、俺はそうボヤく。

 リニアはまぁ、俺の奴隷でもある訳だし、その尻拭いをするのは主人の役目だろう。


 それにあの格闘家は、俺が見た中でもピカイチの技術を持つ戦士である。回避技術を極めたリニアと、戦技を極めたあの男との踊るような一戦は、俺の心の中でも一二を争うベストバウトになっている。

 身体能力を極めた俺も、一度戦ってみたいという思いが無いとは言わない。むしろ再戦の機会を得たからこそ、ここにいるのかもしれない。


「へへ、柄にもなく胸が躍る、ってね」


 闇影を持つようになってから、俺も人前で戦えるようにはなっている。

 だが、だからこそ痛感する思いもあるのだ。


 ――俺は……カツヒトやシノブと違って、技という物が無い。


 彼等の持つ武器スキルによるものが多いとはいえ、結局俺の剣は力任せの不格好なモノだ。

 シノブのように可憐に、華麗に型を決めると言う事が出来ない。

 これは俺にとって、実は結構なコンプレックスになっている。いや、そこまでは行かなくとも、羨ましいと思う程度には妬ましいのだ。


 カツヒトにしても、槍を使って敵を倒した時、それはもうビシッと……まるで特撮ヒーローのように残心が決まるのを、この間の野盗の戦いで目にしていた。

 それは武器スキルと共に積み重ねてきた戦闘の経験から来るものだろうが、俺にはそれがまったく無い。

 まるで筋肉をごてごて付けた俳優と、武道を嗜んだアクションスターの殺陣を見ているかのような、動きの違いが浮き彫りになるのだ。


 今回の格闘家の復活。これは俺にとって実はいい修業の場なのではないか? そう考えてしまったのだ。

 運良く行けば、これで刀スキルとか手に入るかもしれない。そんな目論見もあった。 


 ヒョイヒョイと山道を登り、道を遮る枝や木は薙ぎ払う。

 途中、手足の千切れたゾンビが襲い掛かってきたりもしたが、そういう低級アンデッドは闇影の一撃で真っ二つになっていく。


 やがて、山の頂点を超え、反対の北側の中腹まで到達したその時――俺の目の前に目当ての相手が立ち塞がったのである。





 あれから数か月の月日が経っている。

 その間放置された肉体は腐り果て、無残に『中身』を晒す事になっていた。

 骨まで見える傷口。それは死体が獣に漁られた証だろうか。


「カアァァァァ……、ヒュアァァァ……」


 呼吸の必要はすでに無いにも関わらず、その敗れた喉から呼気らしき音が漏れ聞こえる。

 それは呻き声にも似た不気味な響きを周囲に轟かせていた。おそらくは生前の呼吸法を無意識に行おうとしているのだろう。


「よう、無様な格好になったな。俺の事、覚えてるか?」

「テ……き……タタか、う……」


 目の前に立ちはだかった俺を見て、ぎこちない動きで構えを取る格闘家。

 その動きを見て俺は首を傾げた。ハイレブナントは生前の知性の一部とより高い身体能力を持つアンデッドと聞いていたのに、こいつの動きはやたらと鈍い。

 これで記憶にある、あの動きをできるのかと疑問に思った時、男の足元の地面が瞬時に爆ぜた。


 瞬き一つする間に、眼前に迫る拳。

 いつの間にか男に間合いを詰められていた。俺だって油断していた訳ではないが、この速さは尋常じゃない。


 いや、速さだけなら俺はおろかリニアにすら届いていない。

 これは単純な速さではなく、意識の隙間を突く動きと言うのだろうか? 認識はしていても、まるで金縛りにあったように、こちらの体の動きが鈍い。相対的に敵の動きが早く感じるのだ。


「こ――れが、本職の動きか!」


 恐らくは直撃を受けても俺にはダメージはないだろう。だが、意図的に受けるのも、今回に限っては無粋という物だ。

 俺はこいつの動きに見惚れた経験がある。ならば今、その動きは存分に堪能すべきだろう。


 反射的に体を捩り、顔面を撃ち抜きに来た拳を紙一重で躱す。

 アンデッド化した事で、相手は身体のリミッターがことごとく外れている。しかもハイレブナント化でさらに強靭な動きを得ていた。

 それはすでに、人類の限界を超えた拳打だった。


 目の前の空間を根こそぎ抉り取るような一撃を避け、俺は反撃に闇影を振るう。

 正式に武術を習った経験も無いので、半ば棍棒のような扱いの不格好な横薙ぎ。こんな一撃でも、全力で拳を振り切り体勢を崩した男には、回避するのは難しいはず。

 だがそれも、男は難なく躱して見せた。

 

 まるでドリルのように身体を旋回させ、より深く地表近くに沈みこむ。

 その落差に俺の闇影は空を切った。


「人間の動きじゃねぇ……って、当たり前か!」


 相手はアンデッドだ。だがそのベースになるのは鍛え抜いた体術である。

 体勢を立て直す前に、再び振り下ろしの一撃。これも今度は横に、独楽のように回転して避けられた。

 しかもその回転の動きを殺さず跳躍し、俺の頭に蹴りまで放って来たのだ。


 人間では不可能な動きで、人間が使う最高峰の技を放つ敵。やりにくいなんて物じゃない。だが、これがまた、実に楽しい。


 自然と俺の顔にも嗤いが浮かぶ。

 俺はバトルフリークとは縁遠い存在だ。基本的に臆病で、事なかれ主義。だが善良で余計な事に首を突っ込みたがる。そんな性格を自覚している。

 それでも運動を楽しめないほど、インドア派という訳でもない。

 まるでスポーツチャンバラをやっているかのような錯覚に襲われ、子供の頃に見たカンフー映画の登場人物を目にしたような感覚に包まれる。


 斬り、躱し、打ち込み、逸らす。

 力任せな俺の攻撃と、技を極めた男の攻撃が激しく交錯する。


 どれくらい男と剣を交えていたのだろう?

 いつの間にか周囲の木々は薙ぎ倒され、地面は抉れ、岩が砕けるという有様に成り果てていた。

 陽はあまり傾いていないので、せいぜい1時間程度だろうか?


「そろそろ、ケリを付けないと仲間が町で待ってるはずなんでな……悪いが、決める!」


 1時間――存分に男の技を堪能した俺は、決着をつけるべく、全力の一撃を男に見舞う。

 攻撃力は闇影によって激減しているが、敏捷度まで落ちる訳ではない。その一撃はハイレブナントであろうと躱せぬはずだった。


 衝撃波すら巻き起こし、迫り来る一撃。それを男は、事も無げに正面から受け流して見せた。


「な、にぃ――!?」


 続いてクルリと回転する視界。

 背中に衝撃を受けて、ようやく俺は自分が投げられた事に気付いた。


 闇影で制御していたとはいえ、全力で決めに行って躱され、反撃までされた。その事実に驚愕した。

 そして、今まさに、追撃の踏み付けまで行われようとしている事実に、さらに狼狽する。


「って、マジかよ!」


 狙いは正確に――喉。


 腕を喉元に引き上げ、かろうじて受け止める。

 ガツンと重い衝撃と共に、再度背中が地面に打ち付けられた。強化された生命力があるので、ダメージは存在しない。


「ハハ……遊びでやってる俺とは違うって事か」


 よく格闘家が『どれだけ技術を鍛えても、人は技を持たぬ動物に勝てない』と言う。それは身体の基礎能力の差が、どれほど重要か思い知らされる言葉だ。

 でも実際、素手で動物を倒した人間は存在する。それも結構な数で。


 命のやり取りに置いて、能力の差が決定的な違いでは無い事の証左に違いない。

 力の差は技でひっくり返せるのだ。その証が、目の前にいる男だ。


 死者とは言え、そんな男にチャンバラ感覚で戦いを挑んだ。

 それが凄く失礼な事に、俺には思えた。彼にとって戦いとは遊びではないのだ。


「悪い事をしたな……ここからは、本気で行く」


 立ち上がり、意を決して闇影を棄て、拳を構える。


「俺の名は割木明だ。お前は? ってアンデッドじゃ答えられないか――」

「ヘルヴォ、ル……」


 まさか返事が返ってくるとは思わなかった。ヘルヴォルと言うのは男の名前だろうか。


「そうか、じゃあヘルヴォル……行くぜ!」


 男の技術は嫌と言うほど思い知った。先手を取らせたら何をしてくるか判らない。いや、後手に回ってもそれは変わらない。

 こいつの技量は、それほどの高みにあるのだ。


 ならば俺にできる事は何か? こざかしく相手の動きを見て後の先を取る事か?


 違う。そんな技術は俺には存在しない。

 ならば先手必勝で、俺にできる攻撃法……あの平原で、カツヒトとの訓練で学んだ、腰を入れた一撃。それを素手で放つしかない。


 激しい踏み込み、体重移動、腰の回転、肩の捻転。

 それらを全て連動させ、ヘルヴォルへと解き放つ。


「うおおおおぉぉぉぉおおおおおおっ!」


 雄叫びを上げ、撃ち込まれた拳を、男――ヘルヴォルもまた、掌底で巻き込むようにして攻撃を受け流そうとする。

 中国拳法で言う纏絲勁に近い動きだろうか。


 これを流されてしまえば、おそらく先程と同じく投げられてしまうのだろう。そうなれば俺に打てる手は残されていない。

 だからこそ、ここで流される訳には行かない。

 接触した瞬間、拳を内側に捻り込み、対抗する螺旋を描く。いわゆるコークスクリューと言うパンチだ。

 大きな円の奔流に、小さな螺旋を穿ち、俺の拳は――ヘルヴォルの元へと届いた。





 拳風が収まった後、俺の前に残っていたのはヘルヴォルの下半身だけだった。

 上半身は衝撃で吹き飛び、肉片一つ残っていない。この状態では、再びアンデッドとして復活する事はないだろう。


「問題があるとすれば……これ、どうしよう?」


 俺の正拳突きの衝撃は、ヘルヴォルだけでなく山の頂上部分を抉り取ってその先まで伸びていたのだ。

 あの方向だと、クジャタはおそらく無事だろう。南は砂漠くらいしかないのが救いである。


 とにかくここは知らぬ振りを貫き通すしかあるまい。

 そう決意をしてから、俺はヘルヴォルを埋葬しにかかったのである。


アキラに戦わせるの、難しい……

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