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ポンコツ魔神 逃亡中!  作者: 鏑木ハルカ
第9章 クジャタ編-2
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第93話 不始末の結果

 傭兵団10人の更に前に、俺達4人が進み出る。

 前方から迫るのは何かに追い立てられている獣達。その目には既に冷静な判断力という物は期待できない畏怖が宿っていた。


 たった4人で数百という獣を受け止めるのは事実上不可能。

 ならば、その流れを逸らすしかない。


「まずは群れの前方にこわい棒を投げて、馬車への直撃コースを逸らそう。爆風を踏み越えてきた連中だけ私達で処理すればいい」


 俺達の中で唯一、部隊指揮経験のあるシノブが、大雑把に作戦を立てる。

 後方の傭兵達や馬車との距離はそれほど開いている訳ではない。遠距離攻撃で流れを制御するのは悪い手じゃないはずだ。


「アキラとリニアは前方にできるだけ多くの水を撒いてくれ。上手くいけば、こわい棒が地面を掘り返したらぬかるみになって足止めできるかもしれない。それに泥を飛散させれば目潰しにもなる。カツヒトは爆発で誘導。アキラは――惨劇を起こさないように注意するように」

「俺の信用、低いな……」

「そ、そんな事はないぞ! アキラが控えてくれなかったら、私だってこんな状況は足がすくむ!」


 迫ってくるのは山に住む動物達だ。

 イノシシはもちろん、クマや牛といった大型の獣だって多数存在している。

 そのプレッシャーは人間の部隊の比ではない。そもそもこんな状況で部隊を率いる経験だって、普通は無いだろう。


「また真横で爆発されるのは勘弁してほしいな。また誘爆したら目も当てられない」

「あの時みたいなヘマはしねーよ」


 カツヒトの言葉に俺は闇影を引き抜いた。

 盗賊に襲われた時は不意打ちを食らった結果、こわい棒を落としてしまい、その衝撃で爆発してしまったのだ。

 それに暴発と言えば、実験の時もそうだ。

 闇影を抜いておけば、投擲速度が音速を超えることなどあり得ないので、安心して投げ込める。


「まずはアキラとリニアからだ、頼む!」

「ほぃ、来た! 【魔法力増強(ブーステッドスペル)】、【創水(クリエイトウォーター)】!」


 隣にいるリニアが始めてみる魔法陣を描き、【創水】を放つ。その発動速度はいつもよりはるかに遅く、そして生み出された水はいつもより多かった。

 俺はその効果に疑問を抱き、彼女に問いかける。


「おい、リニア。その魔法なんだ?」

「え? 【創水】ですけど?」

「違う、その前に使った奴だ」

「あー、あれですか……あれは魔力を増加させる魔法です。発動まで3倍時間が掛かるけど、2倍の効果を生み出すっていう――まぁ、使い勝手のあまりよくない魔法ですね。こんなのでも、貧弱な魔力しか持たなかったわたしには貴重な手段です」

「へぇ……」


 確かに3倍の時間を掛けて2倍の魔力では割に合わない。素直に3回魔法を唱えた方が効率がいいかもしれない。

 だがリニアの魔力は当時、それこそ雀の涙ほどしかなかったのだ。

 この魔法で底上げしてやっと人並みに手が届いたのかもしれない。


「今回は足止めの沼地を作るのが目的ですからね。700リットル程度しか水が作れないのではお話にならないので、使ってみました」

「なるほどな」


 俺は感心しつつ、リニアが初めて見せた魔法陣を凝視する。

 後で言えば正式に教えてくれるだろうが、やはり魔法と言うのは失われた中二心をくすぐるものだ。

 特にこういうブースト系魔法となれば、興味は尽きない。


「あ、あれ……?」


 だが唐突に、リニアは戸惑いの声を上げて、首を傾げる。

 その隙にも魔獣は凄まじい速度でこちらに迫ってきていた。今更唱え直す余裕は、すでにない。


 リニアもその事実は把握しているので、強引に魔法を発動させる。

 そう言えば、あいつに渡した指輪……魔力強化付与って、どれくらい強化してくれるんだろうか?


「く、【創水(クリエイトウォーター)】!」


 いつもと違う、戸惑いの混じった声で発動させる。だが、発動した魔法の効果はいつもと違う、大きな変化があった。

 リニアの魔力で生み出される水の量は700リットル。それが倍にされても、せいぜい1400リットル程度しかない。

 これは結構大量に思える所だが、2リットルのペットボトル700本分と考えれば、実は大した量じゃない。


 だが、リニアの前方に生み出された水の量は、そんなものでは済まなかった。


「――ふぉ!?」


 奇声を上げるリニアと、雪崩を打って前方で流れ落ちる大量の水。

 群れの目前で巨大な水球が生み出され、それが瀑布のように降り注いだのだ。


 その量、優に10万トン近く。俺の強化された高い知力が、目の前の水の量を瞬時に計算してくれる。

 降り注ぐ水量は、概算で軽く9万トンにも及んでいた。

 後で知った事だが、9万トンと言うのはタンカー船に匹敵する量だった。それが一気に降り注いだのだから、堪らない。


「な、なんでー!?」

「ブキィィィイイィィィ!」

「ブモッ? ブモォォォ!」

「がうー、がうー!!」


 突如降り注いできた大瀑布に動物達が驚愕の鳴き声を上げ、そしてそのまま押し流される。

 もちろんその水量はその場に留まらず、俺達に向かっても押し寄せてきた。

 動物たちがやってきたのは、山。つまり高台である。

 そして水は低い方へ……この場合、俺達の方へ殺到してきたのだ。


「うおおおぉぉぉぉおおおお!?」

「な、なんだこれはぁ!」

「ひょっとして指輪のせい!? ご主人のバカァー!」

「またアキラか!? お前という奴はぁぁぁ!」


 悲鳴を上げて押し流される傭兵達、俺を罵倒するリニアとカツヒト。最前線に立っていたシノブは、悲鳴を上げる間もなく波に呑まれていった。

 紫水晶を積んだ馬車は横倒しになり、キオさんとクリスちゃんが必死にその馬車にしがみ付く。

 もちろん俺も激流に呑まれ、見事に流されていったのである。

 その姿はまるで水洗便所で流される排泄物のごとく……





 どれくらいの時間、流れに呑まれて流れていたのか。気が付けば俺は石を積み上げて作った壁に引っかかっていた。

 この壁は見覚えがある。クジャタの町の外壁だ。


「つまり俺は数時間かけて進んだ道を、あっさり押し戻されたことになるのか……」

「おーい」

 俺は壁に突き刺さった枝に襟首を引っ掛けたまま、プラプラと揺れながらそんな事をつぶやいた。

 周りを見てもシノブやリニアの姿はない。ついでに動物の姿も傭兵達やキオさんの姿も無かった。カツヒトは……まぁ、どうでもいいか。どうせ生きているだろう。


「山のそばで流されたって事は、町より高い位置で流された事になるから、元の場所に戻る可能性が高くなるのかな?」

「おーいってばよ!」


 リニアの魔法があり得ない威力を発揮したのは……おそらく俺の送った指輪のせいだ。

 彼女が生み出した水の量は9万8072トンと少し。ちょっとしたタンカー船クラスの水量だ。


 リニアの魔力は704で、【魔法力増強】で2倍して、この数字になるには、えーと……強化値117と少し?


「ん、117?」


 そう言えば、リニアに渡した指輪、強化で上昇した数値が117だったような?


「魔力強化という付与効果がはっきり判らなかったけど……つまり、付与した強化値の数値を、更に魔力の強化値にしてしまうアイテムだった訳か?」


 俺はてっきり精々倍か、それとも強化値の117を加算する程度と思っていた。

 この分だと、リニアの生命力もすさまじい事になっていそうだ。


「これは早く修正しないといけないな……」

「聞いてんのかよー」


 とにかく、クジャタの城壁に引っかかっているのは俺しかいない。

 状況を(かんが)みるに、どうやら早くもはぐれてしまったようだ。こうなってくると、前もって合流場所を相談しておいて正解だった。さすが俺である。


「とにかく、まずは合流しないといけないな。幸いあの場所から最も近い町はこのクジャタだから、みんなここに集まってくるはずだ」

「おい、聞いてんのか、そこの兄ちゃん!」

「なんだよ、さっきから煩いな。俺は今後の活動方針を決める大事な考え事があるんだ」

「そういうのは降りてから考えろよ!?」


 足元から話しかけてくるのはこの町の衛兵の一人だった。

 俺は高さ10mくらいある外壁の半ばに吊り下げられた状態で引っかかっていたので、足の下2mくらいの所から話しかけられていたのだ。


「降りられないんだったら助けてやるぞ?」

「いや、いい。これくらいの高さなら飛び降り――この、ふぬっ!?」


 ちょうど肩甲骨の間くらいを枝が引っ掛けているので、腕が届かない。

 俺が懸命に背中の枝を外そうとしていると、衛兵は弓を構えて俺の枝を見事に撃ち抜いてくれる。

 その反動で俺は枝から解放され地面へと落下するが、そこは見事に着地を決めてみせた。


「どうよ!」

「『どうよ』じゃねぇだろ。意地張んなよ」

「あ、スマン……ところで町の状況はどうなんだ?」


 不幸な事故で巻き起こった大洪水により、俺は町まで押し流されてしまった。

 と言う事は、町もそれなりの被害を被った事になる。


「ああ、いきなり意味不明な鉄砲水に押し寄せられてな。城壁が堅固だから事無きを得たが、民家の被害が結構出てる」


 話によると、押し流されるほどの被害はなかったが、床上浸水した建物が結構出たらしい。

 俺は衛視に詰所に案内され、そこで服を乾かさせてもらう事にした。

 身元はギルドカードの他に、昨日到着した時に取った台帳があったのであっさりと判明している。


「まったく、流れてきた方角からすると、山の方だから多分あいつのせいだな……迷惑な話さ」

「あいつ?」

「ああ、あんた等は昨日ここに来た商人の護衛だったか。巻き込まれて災難だったな。ほら、あの山に野盗が住みついてたろ?」

「それは知ってる。でも討伐されたって聞いたぜ?」

「その討伐した奴がよぅ……死体を放置してやがったみたいでな」


 あの時、俺とリニアは旅の令嬢を助けようとして一緒くたに吹っ飛ばしてしまった。

 リニアの仇討ちを済ませた後、そのミスがバレないうちに、そそくさとその場を後にしたのだが、よく考えてみれば死体の始末をしていない。

 あれからすでに数か月は経っていて、放置された死体がそろそろアンデッド化してもおかしくはない頃合いか。


「まさか、アンデッド化してるのか?」

「おう、それも厄介な事にハイレブナント化しやがった」


 ハイレブナントとは死体がアンデッド化してなるレブナントの高位種である。生前の知性を一部引き継ぎ、生前の技術と生前以上の身体能力を併せ持つ高位アンデッドの類だ。

 あの格闘バトル馬鹿がアンデッド化したと言う事は……わりとトンデモナイ事態なのかもしれない。


「何度か討伐隊を送ったんだが、あっさりと返り討ちになってな。しかも討伐隊までアンデッド化して襲い掛かってくる始末だ。今回の洪水騒ぎを見ると、魔法まで使えるようになったらしいな。まったく、ただでさえ強いってのに、魔法まで使えるようになりやがったか」


 スマヌ、衛兵。その洪水騒ぎは俺の連れせいだ。というか、アンデッドも元は後始末しなかった俺達のせいである。

 それはそれとして、騒動の大元は理解したが、それでなぜ動物が山を下りて暴走しているのかが判らない。


「そういえば、山の近くで動物たちの暴走を見たんだが……?」

「ああ、それな。連中、誰も近寄らなくなったものだから定期的に動物の血肉を貪ってやがるんだ。そう言うタイミングになると山の動物達もが恐れ(おのの)いて逃げ惑い、暴走して山を降りてくるんだよ」


 つまりあの暴走は、山のアンデッドが動物を襲い始めたから起こった現象だった訳だ。

 この俺に迷惑を掛けるとは、なんとも身の程を知らない奴だ。


 とは言えあの技術……回避に特化したリニアと五分にやり合った華麗な技の数々は、今でも目に焼き付いている。

 それがハイレブナント化して、さらに磨きがかかっているとしたら?

 俺は格闘オタクじゃないけど、これはなんだか、見ないと損な気がしてきた。


 本来、この始末はリニアが付けるべきなんだろうが、ここは俺が出向いてケリを着けてやる……と言う事にしておこう。


「なぁ、おっちゃん。すまないが少し頼まれてくれるか?」

「んー、なにをだ?」

「多分、しばらくしたらここに仲間が戻ってくると思うんだ。はぐれたら近場の街で合流って言ってあるから。だから、そいつらに俺を待っているように伝えてくれ」

「あ? あんたはどうするんだよ?」

「俺か? 俺は少しばかり出かけてくる。ちょいと、傍迷惑な馬鹿を懲らしめに行ってくるよ」

「そいつは構わないが……傍迷惑な馬鹿って、まさか山に行くんじゃあるまいな?」

「それこそまさかだよ。俺はそこまで調子に乗ってないさ」


 実際はその通り山に向かうんだけどな。あの盗賊の……格闘家の強さは、この町の連中なら身をもって知っている。

 そしてそれがハイレブナント化したとなれば、その強さは想像を遥かに超えるだろう。

 俺達の誰かがあいつを始末しない限り、おそらくは倒せる存在なんていない。ならば、俺が一肌脱いでやろうと思っただけだ。

 決して水に流された私怨では無い。いや、おそらく半分くらいは俺のせいではあるが。


 俺はようやく乾いた服を羽織り直す。

 山まで、俺の足なら10分も掛からない。行って、登って、始末して、戻る。一時間もあれば充分だろう。


 そういって俺はクジャタの町を出て、人目が無いのを確認した後、全速力で駆け出したのである。音速で。


タンカーの漏出事故画像などから、9万トンなら結構な洪水になるんじゃないかと思ったので、町まで戻してみました。

説明役も必要ですし。

あと指輪は+10程度なら2割増しくらいの強化になって丁度良くなりますw

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