第91話 プレゼント
女性の身支度には時間が掛かる。
それは異世界でも同じことのようで、さすがに男の俺は2人の着替えを凝視する訳にも行かず、部屋の外に追い出された。
正確には恥じらいも無く着替えを始めた2人に、そそくさと退場せざるを得なくなっただけなのだが……
リニアは別に気にしなかったようだが、シノブが少し気にしていたのだ。
俺も昨夜は無様な姿を見せてしまったため、少しばかり照れくさい面もあり、何気ない振りを装いつつ席を外しておく事にする。
だが、このまま『何もなかった』振りをするのも、少しばかり甲斐性が無いだろう。
ここは昨夜の醜態を認めつつ、何か贈り物でもして誤魔化しにかかった方が後腐れはないかもしれない。
「そういえば、前にリニアに何か装備を贈るって言ってたしな。これがいい機会かもしれん」
シノブには剣と服、カツヒトには槍を贈ってある。
だが俺と一番付き合いの長いリニアには『身体強化』しかしてやっていない。
本人も冗談混じりで、『わたしにも何かください!』と言ってたし、この機会にチャチャッと作ってしまってもいいだろう。
「とはいえ、魔術師のリニアに武器は不要か。となると鎧……は、いらないよな?」
桁外れの俊敏性と極まった回避スキルを持つリニアは、鎧なんて着たらその売りが無くなってしまう。
か弱い小人族故に、彼女にとって必要なのは確かに防御力だが、そのために回避力を落としては、本末転倒になってしまうのだ。
俺は腕を組みながら自室……は、なぜかシノブ達が着替えているので、代わりにシノブ達の部屋に潜り込む。
元々膨大な容量の【アイテムボックス】を持つ俺達は、部屋の意味があまりない。荷物はすべてそこに突っ込んでいるので、部屋にはほとんど寝るだけの意味しか無いからだ。
これはシノブ達も同じで、彼女達の部屋もほとんど案内された状態のまま放置されていた。
そこで【アイテムボックス】の中身を吟味しながら、リニアに最適な防具を検索してみる。
中にあるのは非常食に使われる馬の死体とか、農具に釣竿、後は闇影にクロスボウなどの武具類。
俺は元々、防御をほとんど考えていなかったので、防具になりそうな物はほとんど入っていなかった。
「さすがにお礼に鍋の蓋を渡して、『これを盾に』とか言うのは男として不甲斐ないよな?」
鍋の蓋で剣を受けるとか、それはどこの剣豪だ? リニアには似合いそうかもしれないが。
そうなると、やはり女性に贈ると言う点を重視してアクセサリーにするべきだろうか。
幸いにも、こわい棒用に紫水晶なら大量にストックがある。
これを別の鉱石に錬成し直して防具にしてしまうのは悪くないかも知れない。
「アクセサリーとなれば、やはり定番の指輪だな。リニアは拳で殴る事も多いし、硬めの鉱石で指輪を作るのが、攻防一体で正解に近いと見た!」
紫水晶をリング状に錬成し、さらに物質変換してダイヤに作り替える。
このままではグラフェンと同じく非常に燃えやすいので、火属性耐性を付けて燃えないように加工しておいた。
そしてさらに付与属性として、生命力強化を付け、ついでに彼女の弱点の一つでもある魔力も強化する付与を重ねておく。
こうして出来上がったのがこちらだ。
◇◆◇◆◇
ダイヤの指輪+50
特殊付与:生命力、魔力強化、サイズ自動調整。
魔神ワラキアの祝福(?)により生まれた攻防一体の指輪。
ダイヤの原石をリング状に削って作った、豪奢な造りをしている。
◇◆◇◆◇
錬成値を+50に設定したのは、そこがちょうど100倍を超える値だからだ。正確には117倍。
指輪は元の防御力が1あったため、これで彼女の防御力をかなり補う事ができる。この強度はちょうど騎士甲冑と同程度なので、半端な攻撃など跳ね返せるだろう。
後はこれを何気ない振りをしつつ、スタイリッシュに渡すだけである。
しばらくして俺の部屋からシノブ達が出てきた。
シノブはいつものホットパンツとタンクトップをベースにした身軽な……と思ったらミニスカートなんて履いている。
しかもスカートの裾から覗く黒い下履きを見るに、スパッツ装備か?
「シノブ、珍しくスカートにしたんだな?」
「ん? ああ、その……私も女だから少しオシャレを、だな……」
少し頬を染めながらモジモジと服の裾を引っ張る様子は、なかなかに愛らしい仕草だ。
思わず頭を撫でてあげたくなるが、その前に渡すべきものを渡しておこう。
「えーと……あ、そうだ。リニア、前にお前用の装備を作るって言ってたろ?」
「そういえばそんな事言ってましたねー」
「これ、さっき作ったんだ。受け取ってくれ」
俺はズボンのポケットからダイヤの指輪+50を取り出して、リニアの手の平に乗せる。
サイズは自動調整してくれるはずなので、指に合わないと言う事は無いはずだ。
リニアは手に乗せられたリング状に削られたダイヤの指輪をマジマジと見ている。
シノブもまた、驚愕に目を見開いていた。
「こ、これは……ご主人、ついにわたしに求婚してくれるのですね!」
「ハァ?」
「アキラ、アキラ! 私は? 私にはないのか!?」
「シノブは前に剣をやっただろう?」
突如目の色を変えて迫るシノブと、妄言を垂れ流すリニア。
しかもリニアはこれ見よがしに『左手の薬指』にその指輪を嵌めて見せる。
「勝負ありましたね、シノブ。どうやらご主人は……いえ、アキラは私を選んでくれたようです」
「いやいや、まだだ! まだ勝負はついてないぞ。私も貰えれば立場は対等だ!」
「お前ら、ちょっとエキサイトしすぎだ!?」
どうも指輪と言う形状が問題だったようだ。
リニアはともかく、シノブの目の色が変わると言うのは珍しい。
「わ、私も指輪……」
欲しいとは自分から口にできず、涙目でこちらを恨みがまし気に見つめてくる。
このプレッシャーはなかなかにキツイ。
「判った判った。ちょっと待て」
あまりにもシノブが可哀想になったので、【アイテムボックス】から紫水晶を一つ取り出し、指輪に加工して渡す。
同じダイヤを使用したのは、二人の間にできるだけ区別を付けないように、と考えたためだ。
ただし、すでにシノブは俺の精錬品を二つ持っているので、これは指輪の形をしたオモチャに過ぎない。
いや、オモチャと言うには異常な技術が詰め込まれているけど。ダイヤの原石をリング状に加工するだけでも、本来なら有り得ない加工技術なのだ。
「悪いが既にシノブは剣を持ってるから、指輪には【錬成】をしてないぞ?」
「ウム、判っている!」
嬉しそうに受け取り、締まりのない笑顔で左の薬指に嵌めるシノブ。
なぜ二人共、そこに嵌めるのだろう……? いや、判ってるけど、判りたくないと言うか……
「なぁ、その指じゃないとダメか?」
「この指じゃないとダメなんだ!」
「そうですよ、ご主人様。指輪を貰って、ここに嵌める事に意味があるんです!」
二人そろって拳を握り締め、力説してくる。
俺はその迫力に押され、思わず仰け反ってしまった。
「うぉっ!? あーもう、判ったから。そろそろ用意しないと出発の時間だぞ」
「え、もうそんな時間なのか?」
元々早朝から出発する予定だったのだ。すでにあのホモ……もとい傭兵達は、表に出てそれぞれの作業を始めている。
正直このまま逃げ出したい気持ちが無い訳ではないが、さすがに依頼をほっぽり出して逃げる訳にも行かない。
「うう、昨日のこと思い出した……気が重いな」
「そうか? 私はスッキリしてるが?」
「ご主人、また添い寝してあげますから、今日も頑張っていきましょー!」
指輪を貰って上機嫌な女性陣に引っ張られ、俺一階へと階段を下りていくのだった。
一階ではすでに起き出していたカツヒトが、荷物の準備をしていた。
こいつは俺と同室だったはずなのだが、昨夜は帰ってきた気配が無い。
朝から旺盛な食欲を見せつけるカツヒトに、俺は恨みがましい視線を送る。
「よう、今朝はやけに早いな?」
「ん? ああ、おはよう、アキラ。正確に言うと早いんじゃない。一晩中食い散らかしていたのだ」
「それ、完全に迷惑な客だ!」
こいつに付き合ってひたすら料理を作らされた宿の主人が可哀想になってくる。
よく一晩中作ってくれたもんだ。
「宿の主人、生きてるかな……?」
「安心しろ。金は先に渡しておいて、食材を無制限に食い散らかしていただけだ。生野菜がこれほどうまいとは……」
「鬼か、貴様」
こいつは戦時中から輸送部隊の護衛をしていたので、意外と食糧には困っていなかったようだ。なにせ腹が減ったら荷物からチョロまかせばいいのだから。
そんな訳で意外とカツヒトは食い意地が張っている。
この長旅で雑な野営料理を続けられて、かなりストレスを溜めていたらしい。
「そう言えばさっき、シノブとリニアが下りてきたんだが……」
「俺が引きずられてきたんだから当然だな」
「指輪をしていたな――?」
目聡く彼女達の変化を見取り、ニヤリと厭味ったらしく含み笑いを浮かべる。
俺はそれに手を振って答えた。
「リニアのは前に言ってた装備品だよ。あいつの弱点である生命力と魔力を補助する能力を付与してあるんだ。シノブのは……オマケだな。特に性能は付いてない」
「それを薬指にねぇ?」
「どこに着けるかは、あいつらの自由だろ。俺が口出しする事じゃない」
冷やかすようなカツヒトの視線から、あからさまに目を逸らしつつ言い訳する。
俺だって女の子に好意を向けられて嫌がるような冷血漢じゃないのだ。その好意がこじれるようなら問題なのだが、あの二人は今のところ、実に仲良くやっている。
こちらに害が無い限りは、できるだけ好きにさせてやりたい所である。
「ま、いいさ。それで――俺の分は?」
「おい、カツヒト。まさかお前も……?」
「お前もってなんだ? 俺の分の装備は無いのかという話だったのだが……ほら、アキラから貰った物は、シノブが二つ、リニアが一つ、俺が一つだろ?」
「ああ、そう言う事か」
確かにこれまで、シノブがかなり優遇されている事は少しばかり気になっていた。
この世界で初めてであった同郷と言う事もあり、奮発しすぎた感があるのは自覚している。
だがシノブの貰ったアイテムの内一つ――服を強化した物は実際のところ鎖帷子程度の防御力しかないため、気休めと言うのが実情である。
「シノブの服は気休め程度だ。数に入れてやるのは可哀想だろ」
「鎖帷子程度だったか? そう考えるとそうだな……じゃあ、代金にこれやるから、何か作ってくれ」
そう言って皿の上に載っていたソーセージを一束、こちらに投げ渡してくる。
ちなみに半分は胃袋の中、半分はこっそりと【アイテムボックス】に送り込んでやがる。旅の途中で一人楽しむつもりだな?
「この程度で俺の【錬成】の恩恵に預かろうってか? 安く見るなよ」
「やっぱ無理か?」
「当たり前。それよりそろそろ出発の準備をしないといけないだろ。お前、部屋に戻らなくていいのか?」
「部屋の中には荷物は置いていないからね。俺の荷物はすでに【アイテムボックス】の中さ」
【アイテムボックス】持ちであることを公表しているシノブとカツヒトは、荷物の大半をそこにしまい込んだままにしている。
こういう点では、公表する事に利点もある。
「外面を取り繕わないといけない人間は大変だな」
「うるさいよ。知られたら知られたで面倒も多いだろ。カツヒトだってルアダンではスカウト合戦に巻き込まれていたくせに」
少なくとも数百キロを収納できるカツヒトは、商人連中からひっきりなしに依頼が舞い込んできていた。
表向き200㎏しか収納できない事にしているシノブですら、依頼が来るのだ。それほどに【アイテムボックス】という能力は垂涎の的である。
それをほぼ確実に持って現れる召喚者は、存在だけでトーラス王国に寄与していたと言っていい。
俺は初期能力では50㎏しか持てなかったので、餌に回されてしまったが……
「それより、もう傭兵達は外に出てるぞ。俺達も出発の用意をしないとな」
俺は馬車の管理を担当しているのだ。
出発前に、足周りをチェックする義務がある。
もっとも、必要以上に頑丈に作り直した馬車の足周りが、そう簡単に壊れるとは思えないけどな。