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ポンコツ魔神 逃亡中!  作者: 鏑木ハルカ
第9章 クジャタ編-2
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第90話 薔薇色の夢、百合の目覚め

お待たせしました。再開します。

 ◇◆◇◆◇


 コーネロはその瞬間、何が起こったのか、まったく判らなかった。

 妹と二人、首尾良く相手の背後を取って、一気呵成に斬り付けた。そこまでは理解している。


 返ってきたのは、まるでゴムを斬り付けたかのような手応え。

 刃は1㎜たりとも皮膚を傷つける事は適わず、服の表面を滑る様に走った。かろうじて腰のベルトを斬り落とした事は覚えている。

 直後、足元で閃光が走り、意識が暗転した。


 今、コーネロは街道から外れた場所にある藪の中にいた。

 そこは奇しくも、彼らが潜み、馬車をやり過ごした場所でもある。だからこそ、人目に付きにくい。


「ぐ、ぅ……あ、足が……」


 意識の覚醒と共に湧き上がる、気を失わんばかりの苦痛。

 見ると右足がズタズタに裂け、膝から下が千切れていた。この足がクッションの役割を果たしたからこそ、彼は命を取り留める事が出来たのだが、それを知る術は彼にはない。


「くそ、俺の足……俺の足がぁ!」


 泣き叫びながらも、このままでは自分が死に到る事を理解した。

 コーネロは右腕の義手で服を裂き、何度も失敗しながらも足を縛り上げて止血する。


「覚えていろ、ダリル――この恨み、絶対……イライザ? そうだ、イライザは!?」


 そこで彼は自分のそばに居た妹の事に思い到った。あの爆発を至近で受けたのは自分だけではないのだ。

 周囲の藪に視線を巡らせると、妹が頭を下にして木の枝にぶら下がっていた。

 彼女の右足もコーネロと同じように引き千切れている。だが、天地逆に吊り下げられている分、彼女の出血はまだマシな様子だった。


 コーネロは地を這いながらイライザの元に辿り着き、彼女の足を止血する。

 そして枝を義手で叩き折り、イライザを地に横たえた。幸い彼女も命に別状はない……現状は、だが。


「イライザ! 目を覚ませ、イライザ!?」


 呼吸を確認した後、イライザの肩を揺すって目を覚まさせる。


「兄さん……ここ、は? 痛っ、あ、足が……」


 そこで彼女も自分の足を目にした。無残に千切れた、その足を。


「い、いや、私の足……ねぇ、兄さん、私の足が! いやあぁぁぁ!?」

「落ち着け、イライザ! 足は腕のいい術者に【再生】してもらえばいい! 今は生き延びる事を考えろ!」

「でも兄さん! 足よ? 髪と腕に続いて足まで……」

「それもこれも、ダリルのせいだ……あの野郎、本気でぶっ殺してやる!」

「それとシノブ達も……もう、許さないんだから……生きたまま手足をもいで、オークの苗床にしてやるわ」


 陰惨な妄想にふける事で苦痛と絶望を緩和しようという、精神的な防御行動なのだろうか。彼らは復讐の結果を口々に吐き捨てた。

 だが、そうしているだけでも時間は刻々と過ぎていく。止血したとはいえ重傷を負った彼らに残された時間は少ない。


「そのためには何としてでも……生き延びないと!」

「でも兄さん、どうやって……?」


 周囲には人の気配はない。

 それどころか、戦闘の後で辺りには血の臭いが咽るほど漂っている。これではモンスターや野獣を呼び寄せかねない状況だった。


「気を失っている間に獣に襲われなかったのは幸運と言えるな。とにかく、この場所を離れよう」

「この、足で……?」

「……くっ」


 お互い右足を欠損した状況では、あまり遠くまで歩けない。

 縛って止血したとはいえ、身体の下部に当たる足からはポタリポタリと血が滴り始めていた。


「時間が、無いな――」

「それもこれも、ダリルとシノブのせいよ!」


 イライザはかねてより、同じ女性としてシノブに激しい敵対心を抱いていた。派手で華のある自分と対極に位置する、可憐な容姿。それでいて超一流と言って差し支えの無い剣の腕。

 更には魔法まで使いこなす――才女。そんな少女に嫌悪にも似た敵愾心を抱いていたのだ。

 それがここ最近の苦境続きで、抑えが利かなくなりつつあるのだ。

 再び愚痴と中傷が二人の口からこぼれ始めた所で、遠くから彼らの名を呼ぶ声が聞こえて来た。


「おい、コーネロ! 無事か!?」

「オルテスか? ここだ! おーい!」


 オルテスと言うのは盗賊の首領をやっている男の名だ。

 彼らにとって、コーネロは大事な資金源でもある。その命はまさに生命線と言えるだろう。


「生きてたか――お前ら、足を!? くそ、フランク、ここだ! 足を怪我してる、急いで止血しろ!」


 フランクは盗賊団に所属する魔法使い。治癒術もこなせるので、賞金首と化したコーネロ達が掛かる事の出来る、唯一の医者でもある。

 こうして彼らは、一命を取り止める事が出来た。

 だが、その憎悪は、それまでより激しく燃え盛っていたのである。




 ◇◆◇◆◇




 そこは一面、薔薇が咲き乱れる庭園だった。

 その中に呆然と立ち尽くす自分。そこに駆け寄ってくるドレス姿の人物。

 ひらひらと舞い踊るドレスは豪奢で、非常に愛らしい物だ。

 なぜか薔薇の枝に掛かる事なく、全速力でこちらに駆け寄ってくる。


 その肉量は女性と呼ぶには、あまりにも大きすぎた。大きく、分厚く、重く――そして醜悪だった。それはまさに肉塊だった。


 胸元を大きく押し上げる、大胸筋。

 フワフワと風にそよぐ、胸毛。

 太陽の光をこれでもかと跳ね返す、テカテカした筋肉質な肌。


 その姿は紛れもなく、(おとこ)だった。


「こっち来るなああぁぁぁぁああああぁあぁぁぁ!?」





 俺は毛布を跳ね除けながら、バネ仕掛けのように飛び起きた。

 ダラダラと脂汗を流しながら左右を見回し……そこが自分の取った宿の部屋である事を確認する。


「……ゆ、夢か…………?」


 嗚咽を漏らすように、現状を口にした。そうする事で昨夜の事を夢であると認識したかったのだ。

 だが俺は知っている。この魔神ワラキアを恐怖のドン底に追いやった、あの出来事を覚えている。


「夢であって……欲しかった!」


 ギュッと手を強く握りしめると、そこに柔らかな感触が返ってきた。

 見ると、誰かの手を強く握りしめている。


 恐る恐る毛布をのけてみると、こちらの腰にしがみ付くように、シノブが眠っていた。

 反対側にはリニアも眠っている。


「……これは、まさか……ついにヤっちまったのか!?」


 いくらなんでもシノブの肉体年齢はともかく、精神はまだまだ幼い。そんな彼女に手を掛けるなんて、罪悪感が半端ない。

 リニアに到っては、スタイルはともかくその身長だけで犯罪である。こちらは精神はBBAだが。


 俺は慌てて自分の服装を確認する。しっかりとズボンを履いたままだった事に、盛大に安堵した。


「セーフ! ギリギリセーフ! 俺はまだ犯罪者になっていない!」


 喜びのあまりガッツポーズを取っては見たが、俺は実はすでに犯罪者である。色々と賞金も掛かっている身の上だ。今更感が半端ない。


「ま、まぁ、大量殺戮犯と小児性愛者(ロリコン)では前者の方がまだ救いが……あるのか?」


 どちらも救いが無いと思わざるを得ない気もするが、ここはスルーしておく。俺の精神的安寧のために。

 その時、俺があまりにも派手に動いたため、シノブが目を覚ました。


「んー、アキラ、起きたのか?」

「おはよう。なんでお前、俺のベッドで寝てるの?」

「逆だ。アキラが取り乱して私を放してくれなかったんだ」

「そうなのか?」


 よく思い返してみると、確かに昨夜はバーネットたちの魔手から辛うじて逃れ、宿に逃げ込んだところでシノブとリニアに出会い……


「そう言えば抱き着いて……それから?」

「そのまま力尽きたように眠ってしまったじゃないか。ベッドまで運ぶのに苦労……は、しなかったけど、放してくれなかったから着替えるのは苦労したぞ」

「そうだったか。スマン、世話を掛けたな」


 一晩中シノブの手を握って寝ていたのか。そう考えると少し気恥ずかしい気分になってくる。

 手の中に残る暖かな感触に、名残惜しいものを感じながら俺はベッドから降りた。


「昨夜はどうしてあんなに取り乱していたんだ?」

「ん? あー、それね……キミにはまだ早い」


 シノブには耽美かつ薔薇な世界の事はまだ早いだろう。なんだか腐った先輩がいたせいで多少汚染されているらしいけど、彼女はまだまだセーフなはずだ。

 それより、あまりゆっくりもしていられない。

 クジャタは水や食料の補給を済ませて、日が昇ったら出発する予定なのだ。すでに外は明るくなってきている。


「それよりもう日が昇っている。そろそろ出発するはずだから早く着替えないと」

「あ、そうだな。起きてくれ、リニアさん」


 まだ眠ったままのリニアをシノブが起こしにかかる。まるで、姉が妹を起こすように。

 シノブは年上のリニアを、『さん』付けで呼ぶ。それがまた女学園風な雰囲気を漂わせる。

 こういう光景こそ、心洗われる癒しなのだ。決してゲイバーで得られるモノではない。


「んぅー。ご主人がチューしてくれたら起きますぅ」

「……一つ聞くが、アキラ。毎朝しているのか?」

「一度たりともした事ねぇよ!」


 寝言ですらこちらを陥れようとするリニアに、俺は戦慄に近いモノを感じた。

 彼女には一度しっかりと説教を……と思った所で昨夜の光景が脳裏によぎる。

 なんだかんだで彼女は俺が落ち着くまで抱き留めてくれたのだ。なんだか、便乗してきた記憶が無い訳でもないが。

 それを思うと、あまり強くは出られないか。


「もー、ご主人は奥手なんですねぇ。じゃー、こちらからー」


 そう声を掛けると、リニアはシノブに抱き着き、その可憐な唇と熱い口づけ(べーゼ)を交わした。

 シノブも反射的にそれを躱そうとしたが、敏捷度が5桁に到達しているリニアの素早さがそれを許さない。

 あえなく唇を奪われ、シノブが硬直する。


「むー! むぐー!?」

「んー、ちゅ」

「むぎゃー!!」


 シノブが涙目で抵抗しているが、傍から見てると実に百合百合しくて悪くない。2人共薄手のパジャマを着ているのもまたそそる光景である。

 こういう光景も、ゲイバーでは得られる物ではないのだった。


今章は6話ほどで終わる予定ですので、その間集中してこちらを更新します。

目標は週4回更新です!

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