第9話 職務質問
あれから毎日芋を掘り野菜を収穫して日々を過ごす。
俺の畑は+30に強化してあるので、作物の育ちがとんでもなく早い。
通常数ヶ月掛かる野菜が一週間程度で収穫できてしまうのだ。
もちろんデメリットも存在する。
一度収穫する都度、畑の強化値が減少してしまう。
これは強化に使った魔力が野菜に吸収されてるからかどうか……とにかく、専門家じゃない俺にはよく判らない。
だがこれも、再度強化を施してやればいいだけの話だし、+30もあれば30週間――大方半年以上は再強化無しで育てられる事になる。
なので、適当にぬるーく、本業農家の人が見たら火を噴いて怒りそうな位の雑な栽培を行っている。
それでも美味しい野菜が出来る辺り、とてもありがたい。
「っと、そういや明日が5日目だっけか。そろそろウォーケンのオッサンに剣を渡しに行かないとな」
ノーマルソードの強化は、実は持ち帰ったその日の内に終わらせてある。
だが4日掛かってギリギリ完成できる程度の仕事量なのだから、即日収めに行っては怪しまれてしまう。
なにせ、俺は世界的な元賞金首。目立った行動はしたく無いのだ。
「そういや、道もまだ直してなかったっけ……いいや、少し早いけど今日運び込むか」
午前中は収穫をしていたので、すでに昼は回っている。
このまま一風呂浴びてから荷物を積み込んで、山道を舗装しなおしてから街に行けば、夕方くらいに着くだろう。
帰りは夜になってしまうが、今の俺が獣や野盗を恐れる理由もない。
「そうと決めたら、まずは風呂に入るか。サリーに会うのに汗臭いままとか失礼だしな」
別に彼女と結ばれるつもりはないが、俺はTPOを弁えた男なのだ。
それに不快な気分にさせたら、買値を下げられるかも知れないじゃないか。
風呂から上がって、野菜を積み込んでいたら、クマが出た。
「グルルル……」
「おう、悪いな。この野菜はお前のじゃねぇ。今日のところは諦めろ」
別にクマとか怖く無いので、積み込み作業を続ける。
全長3mもあろうかと言うヒグマは、俺が恐れないのが気に食わないのか、そのまま体当たりを敢行してきた。
ズシンと言う衝撃。
身体能力が強化されても体重は軽いままの俺は、その質量に弾き飛ばされてしまう。
転がったまま半身を起こし、クマを睨み付ける。
「ってぇな……いい加減にしろ、耕すぞ、コラ!」
【アイテムボックス】から鍬+50を取り出し、クマに近付いていく。
クマ一頭程度、鍬+50使わなくても余裕で殺せるけど、素手はまだ手加減が難しい。
意識的な問題もあって『武器でない』事が重要なのだ。
自分に強化付与を施した俺は、力加減という物が上手くできない。
この間だって、野盗の足場崩すつもりで投げた石が、崖を消し飛ばしちまったし。
クマが俺に向かって爪を振り下ろす。
さすがにこれからで掛けるのに服を破られては敵わないので、これは左手で受け止めた。
残った右手の鍬+50を、クマの腹に叩き付ける。
ゾグッっと言う手応えと共に、クマの腹の左半分が抉り取られ、吹き飛んで内臓をぶちまけて死んだ。
俺は返り血を浴びない様にすかさず飛び退る。風呂に入ったばかりなのに汚されるのは勘弁だ。
「これで良し。クマ肉はクセがあるから、いまいちなんだけどな……処理は帰ってからするか」
【アイテムボックス】にクマの死骸と鍬を放り込んで、俺は小屋を出る事にした。
いつものように荷車を引いて、崩れた山道に到着した。
頂上の欠けた山の形も5日前のままだ。
あの時、うっかり音速で鍬を振り回したせいで、山道は木端微塵に崩れさり、荷車が通れるような状態ではない。
さいわい鍬+50はあるので、わしわし土砂を掻き退け、突き固めて、道を開通させる。
ついでに側面が崩れやすいままなので、これは【練成】で強化を掛けて、土壁+5にしておいた。
「何でも強化できるってすばらしい。うん」
ちょっとした城砦並の強度になった崖をパンパン叩いて悦に入る。
叩き過ぎてヒビが入ってしまったのはご愛嬌。
ここでの作業は、結局1時間程度で済ますことができた。
鍬+50と身体強化様々である。
夕方近くにアンサラの街に到着したのだが、街に入るまでに今日に限ってかなり厳しい検閲があった。
いつもは野菜を見て『そうか、通れ』で済むのだが、今回は剣を20本も持ち込んでいる。
しかもそれなりの強化が掛かったノーマルソード+8だ。
これを見て、検問をしていた兵士がどよめき、大きく足止めを喰らってしまったのだ。
「……で、この剣はなんだ?」
「だから、ウォーケンさんの頼まれ物ですって。俺、付与術が使えるので」
「嘘を吐くな、お前みたいな農民が!」
街門脇の詰め所に押し込まれて、俺は兵士の一人に尋問を受けている。
こいつのいう通り、+4の付与ができると言う事は一人前と言っても差し支えない腕の証拠だ。
単独で店を開いてもおかしくない。
それを見た目農民の俺がやったと言うのだから、信じられないらしい。
それと――
「大体そのマフラーはなんだ! お前、俺を馬鹿にしてるのか!?」
「いや、これは……」
顔を隠すため、なんて言ったら余計怪しまれる。
「俺、対人恐怖症なんすよ。素顔で面と向かって会話すると緊張しちゃって」
これは半分嘘じゃない。
この世界の人間に、俺は潜在的に恐怖を抱いている。
信用できない、寝首を掻かれる、そんな思いが張り付いて離れないのだ。
「貴様……ふざけるな!」
兵士が俺のマフラーを毟り取ろうと手を伸ばしてくる。
俺はその手を逃れながら、兵士に叫んだ。
「本当だって、ウォーケンさんに聞いてくれれば判るから!」
「そんな与太話を誰が信じるか!」
「お前、そんな事してたら、後で面倒な事になるぞ、マジで!」
「貴様、俺を脅すつもりか!」
俺に手を出したら、この街でもっとも腕の言い鍛冶屋を敵に回す事になる。
ウォーケンさんは兵舎に武器を供給しているので、それが途絶えると困った事になるのだ。
そもそもこの剣は、そういった経緯で間接的にコイツにも回るかも知れない。
兵士は俺のマフラーを取ろうと執拗に手を伸ばしてくるが、俺も敏捷力は強化してある。
そこらの兵士では触れる事すら出来やしない。
狭い詰所内を逃げ回っていると、兵士はついに頭に血が昇ったのか、剣を抜いた。
「こいつ、ちょこまかと逃げ回りおって!」
「待て待て! 無実の一般人に剣を抜くとか、それこそ大問題だぞ」
今さら強化もされていないゴミのような剣なんて、怖くもなんとも無い。
生命力もアホほど強化した結果、俺には物理攻撃なんてほとんど通じないのだ。
だが『斬れない』と言う事実が広まったら、無駄に目立ってしまうではないか。
真剣にこの兵士をブチのめして逃げるべきか考慮し始めた時、甲高い怒声が詰所に響き渡った。