第86話 出発のち爆音
商隊は馬車2台での構成となる。
一台は商人のキオと娘のクリスが乗り、荷台には紫水晶が満載されていた。紫水晶はこわい棒の例でも判る通り、良質なマジックアイテムの素材になるので、その価値は日本よりも高い。
もう一台には非常用の水や食料、野営道具などが載せられ、さらに半数の冒険者が乗り込んで、夜に備えて体を休めている。
彼らは夜営を担当するので、昼は楽ができるのだ。
残った冒険者5人と俺達4人は、徒歩で馬車に追従する事になった。
夜番をしなくていい代わりに、日中は歩き通しになるのが難点だ。
「それにしても、道が間に合ってよかったな」
「わたし、頑張りましたよー」
「私も頑張ったぞ!」
リニアとシノブが褒めてと言わんばかりに詰め寄ってきた。尻尾があれば物凄い勢いで振りまくられていただろう。
リニアは土魔法がそれなりに使えるようになっていて、シノブは火魔法がかなりのレベルで使用できる。
彼女達は道の開通に駆り出されて、土魔法で道を拓き、火魔法で周辺を焼き固める事で泥濘と化していた沼地に道を切り拓いたのだ。
「うん、よくやった。偉いぞー」
俺は二人の頭をやや乱暴に撫でまわす。髪をクシャクシャにされた二人は、迷惑そうながらも嬉しそうな顔をしていた。
この二人が町での評判を上げてくれれば、連鎖的に俺の評判も上がり、魔神の悪評を払拭してくれるかもしれないのだ。
こういう細かな善行は推奨すべきだろう。
リニアの魔力によって作られた土の道は、非常に硬く頑丈だ。
600㎏程の荷物を載せた馬車が、ほとんど揺れずに進めるほど平坦でもある。
「こりゃ歩きやすくていいや。お嬢ちゃんには感謝しないとな」
先頭を行く、傭兵団のバーネットが手に持った槍の石突きで路面を叩きながら、そう感想を漏らした。
森の中を貫くように作られた道は樹木の影響であちこち曲がりくねっており、進行には時間が掛かる。
それでも左右から草が絡みついてきた以前の道よりは、遥かに歩きやすくなっていた。
順調に行程を進め、もうすぐ昼時と言う頃になってバーネットが一度全体の指揮を執る。
「もう少ししたら広場に出る。そこには川が流れていて、水の調達もできるだろう。そこで休憩を取ろう」
ルアダンの町の西側には、以前の坑道から湧き出した水が流れ落ちる大瀑布がある。
そこの水は東側の山腹に開けた穴と違って、一定の道筋をたどって流れ、滝壷から流れる川になっているのだ。
その水量は瀑布の名に相応しく豊富なので、この半分乾いてきた沼に埋まる事なく存在しているようだった。
馬に鞭を入れて馬車を急がせる。別に急ぐ理由はないのだが、やはりゴールが近いとスパートをかけてしまうのが人情なのだ。
だが、しばらく進むと馬の様子に異常が出てきた。
怪我という訳ではなく……落ち着きが無くなり、周囲をやたら警戒する素振りを見せるのだ。
忙しなく動く耳が、まるで怯えているようにも見える。
「なんだ……? おい、馬が警戒している。周囲の様子はどうだ?」
「いや、森の中には何もいない。と言うか、まだ足場が悪い森から襲撃してくるモンスターなんているのかね?」
「蜂とかの飛行系の昆虫ならあるかも知れん――空か!?」
傭兵達が周囲を警戒し、そして襲撃者を発見した。
それは天高くから来襲するハーピーの群れだった。
ハーピーとは腕が翼になった半獣半人の幻獣の一種で、メスしかいない種族だ。
彼女達は玲瓏たる歌声で男を魅了し、巣に連れ帰り、枯れ果てるまで種を搾り取って繁殖するのだ。男の多い傭兵団が護衛するこの商隊は、格好の獲物に見えただろう。
「ハーピーか! くそ、対空戦だ、用意しろ!」
悲鳴のような声を上げるバーネット。
それもそのはずで、ハーピーは単独の戦闘力はかなり低いが、特殊能力がすこぶる嫌らしい。
まず見かけで判るように、飛んでいるという事実。
これは地味なようでいて、多大なアドバンテージを与えてくれる。
続いてその歌声。
精神抵抗力が低ければあっという間に魅了され、反撃の意思をなくしてしまう。
それどころか、攻撃する味方の妨害すらしてしまうのだから、厄介極まりない。
傭兵達は装備していた剣や槍をしまい、弓や投石機を準備し始める。
そうこうしている内に、ハーピーはかなり近くまで接近してきていた。
「傭兵達の弓、少し心許ないですね」
リニアは弓を装備する傭兵を見て、そう評価した。
彼らが主に装備しているのは携帯性の高いショートボウだ。取り回しが楽で、扱いが簡単な分、威力が低い。
「ハーピーはそれほど頑丈じゃないからな。翼を傷付ければ落ちて来るだろ」
「それにそもそも倒す必要もあまりない。別に討伐を請け負ったわけじゃないから、追い払えばいいんだよ」
それに気楽な答えを返す、俺とカツヒト。楽観論という意味では、こいつは非常に相性がいい。
「それならですね……わたし達で始末しちゃうのはどうですか?」
「ん? 俺達も遠距離攻撃はそれほど得意じゃないだろ?」
俺はクロスボウを持っているし、他の3人は実用レベルの魔法がある。
とは言えシノブは発動が遅く、リニアとカツヒトは魔力が低かった。強化された現在では、ハーピーを撃退するには充分な火力があるはずだ。
だが、皆強化されて間もなく、対して実戦経験も積んでいない。
いきなり対空戦を魔法で行うのは、不安じゃないだろうか? そう俺は考えたのだ。
「魔法でもいいですけど、ここは――これの出番でしょう」
そう言って俺の尻をパンと叩く。
いや、腰に下げたこわい棒を叩いたのだ。ピンが抜けていないので爆発はしない。
「ここでコイツの威力を見せつければ、傭兵団ならまとめて買ってくれますよ?」
ニヒヒと悪い笑みを浮かべるリニア。
確かにこの手榴弾の実用性を、実戦で見せつければいい宣伝になるだろう。
「ふむ、悪くないな。お主も悪よのう?」
「いえいえ、ご主人様ほどではございませんとも」
「ニヒヒヒヒ……」
「グフフフフ……」
「ゴメン二人とも。その笑顔は少し気持ちが悪い」
怪しい笑顔で笑い合う俺達を、シノブが腰の引けた顔で注意する。
お約束のやり取りを終えて、もう少し遊びたい所だが……方針は決まったのだから、素早く行動せねばなるまい。ハーピーはすぐそばまで来ている。
舞い降りてくるハーピーは7匹程度。結構数が多い。
俺はバーネットに新アイテムの実用実験をしたい旨を告げ、了解を得た。
美味く行けば矢の消費を抑えられるのだから、彼らとしてもありがたい申し出だったのだ。
「よし、では俺達は近付いてきたハーピーの撃退を受け持つ。アキラ、頼んだぞ」
「任せなさい」
俺達4人は一列に並び、こわい棒を腰から引き抜いた。
俺も片手に闇影を抜いてから、こわい棒を引き抜いておく。この剣を抜いておけば、俺だって過剰な速度は出ないはずなのだ。
ハーピーは上空から森の中に舞い降りて来て、木々の合間を縫うように飛翔しながら迫る。
そして周辺に響き渡る、華麗な歌声。
傭兵達は耳栓をしているので、効果はないが、俺達は素で聞いてしまう事になる。
だが強化によって高い精神力を持つ俺達ならば容易く抵抗できるので、問題ない。
「投擲用意! 直接当てなくてもいいぞ、そばの樹木に当てれば爆風でダメージがあるはずだ!」
爆風の範囲は5mある。直撃させなくても飛散する水晶の破片が当たれば、大ダメージを負うはずだ。
それもまた、このアイテムの利点である。
俺達を攫うのが目的なのだから、森の中に入るのは当然の選択肢とは言え……それは悪手と言わざるを得ない。
森の中ならばぶつける的に事欠かない。
「放てー!」
「えい!」
「やー」
「くらえっ!」
俺の号令に、シノブとリニアがやや気の抜ける掛け声で投擲を開始する。
魔法を付与された紫水晶が、独特の光を発しながら、彗星のように森の中を飛び回った。
一瞬遅れてガラスの砕けるような、破砕音。そして――爆音。
「ギャアアアアア!?」
「クキュルルルル?」
「グゲゲゲ!」
ハーピー達は直撃しなかった紫水晶に、あざ笑うかのような表情を浮かべ、直後、側面から破片入りの爆発をモロに食らう事になった。
何が起こったのか理解できず、驚愕の悲鳴を上げるハーピー。その悲鳴は先ほどまでの歌声と違い、非常に醜い声音だった。
「よし、続けろ」
効果のほどを確認して、俺が投擲の継続を命ずる。それに反応して3人が微妙にタイミングをずらしつつ、爆撃を継続した。
最初の一投射でハーピーの大半は地に落ちている。
そこへさらに追撃の爆撃が舞い降りたのだ。
地に落ちたハーピーは、しょせん人並みの機動力しか持っていない。
しかも怪我の苦痛で動けず、爆発の驚愕と地に落ちた衝撃で立ち上がる事も出来ていない。
そこに更なる爆撃が加えられ、彼女達は接近する間もなく爆撃され続けたのだった。
「こ……これはヒドイ」
「でも、安全に撃退できただろう?」
俺達の所業に、バーネットは引きつった顔をして、感想を漏らした。まさにドン引きという奴である。
地に倒れ伏し、か弱く震える半人半鳥の少女達を情け容赦なく爆殺したのだから無理もない。これが元の世界ならば軍法会議物だ。いや、正確には知らないけど。
あまりにも一方的で圧倒的な虐殺劇。
本来ハーピー7匹と言うのは、10名の傭兵相手で追い払えるギリギリの戦力だ。それなりに傷を負う者も出ただろうし、攫われる者もいたかもしれない。
それを4人で鼻歌交じりに爆殺したのだから、彼の戦慄も理解できないではない。
俺は引きつった顔を浮かべたままのバーネットに近寄り、悪い笑顔でこう言った。
「で……お客さん、これ買わない? オ安クシトクネ?」
怪しい商人風イントネーションのセールストークに、バーネットは真剣に購入を検討したのだった。