第81話 塔バッチリ
後半で視点変更があります。ご注意ください。
その日の夕刻、俺とカツヒトはシノブの前で正座していた。なんか最近、いつも正座させられている気がする。
シノブは自分の視線より低くなった俺達を見て、悲しそうにこう呟いた。
「私としては、恩人であるアキラにこんな事言うのは非常に心苦しいのだが……」
やめてください、シノブさん。その泣きそうな顔で説教するのは本気で心に刺さります。
隣では、日頃から『過去を顧みない主義だ』と吹聴しているカツヒトでさえ、力なく項垂れている。
「今日、ルアダンの町でモンスターが降った。これはアキラのせいで間違いないんだな?」
「あ、ああ……多分……」
あの時俺は背後に向けて、不要なモンスター達をポイ捨てしていた。
町のそばからやってきた俺達の後方には、もちろん町がある訳で……
「大半のモンスターは着地の衝撃で潰れたり、致命傷を負ったりして大きな問題にはならなかったのだが、そうでない例ももちろん存在したんだ」
最初に投げ捨てた虎は、三人の冒険者の命を奪ったらしい。
最初の二人は下敷きになり圧死。残る一人は逃亡しようとした虎に首筋を噛み千切られて死亡。
「さいわいにも問題のある冒険者達だったらしく、言葉は悪いがそっちはあまり心が痛まない。だが、危うく子供達が巻き添えになる所だったんだ。これに関しては、アキラを責めない訳にはいかない」
「うん、それは俺も非常に悪かったと思っている」
冒険者はともかく、身を護る力すらない子供を巻き添えにしたとあっては、さすがの俺も罪の意識を感じる。
最近は大きな問題も無く過ごして……過ごし…………………………あー、まぁ、多少の問題はあったにしても、大して事件にはならずにやり過ごしてきたので、油断していた。
俺はもっと自分の力を意識しなければならない。
大体、闇影という力を抑制する武器を作ったというのに、なぜ抜いておかなかったのか。
闇影は『装備した』段階でその呪いの力を発生させる。
つまり、鞘に収めた状態でホイホイ歩いていたあの時は、呪いの力が発揮されておらず、いつもの無双状態になっていたのだ。
そして強化されて、素手で聖剣と同等の攻撃力を持つにいたったカツヒトもまた、自分の力を制御できていなかった。
しかも奴は、槍を使って遠心力で加速までしていたのである。
本来ならカツヒトに俺ほどの飛距離を出す事は出来ないが、道具を使った分その不利を補ってしまったのだ。
結果的に俺と同じだけの飛距離を出したため、町の被害はさらに加速してしまった。
「まぁ、わたしはずっと隠れてたので、気付くのが遅れましたけどねー」
「リニアさんは少し暢気なところがあるようだ。そこは反省するように」
「あなたが言いますか、それを」
なぜか胸を張るシノブと、頬を膨らませるリニア。
この2人は。今ではかなり打ち解けてきているのが、やり取りの中で見て取れる。
軽口を叩き合う美少女姉妹を見ているようで、実にいい目の保養になった。
「私がモンスターを退治して回り、リニアさんが壊れた建物を補修して回ったので、町の人からは随分感謝されたモノだが……これでは自作自演じゃないか?」
「結果としてそうなっただけで、ご主人の尻拭いをしてあげたと思えば、悪い話ではありませんよ」
「うう、いつもすまないねぇ」
「そう仰るならリアルな尻を触らせて――」
「台無しだ、お前!?」
「そうだ、私にも触らせろ」
「シノブも影響受けるな!」
なんというか、こう……腐った姉のせいで純粋な妹が染められて行く光景を見ているようで、気が休まらないのはなぜか?
こうして俺はおよそ1時間に渡って、女性陣の説教を受けたのである。
◇◆◇◆◇
時間は少し巻き戻り、その日の昼前。
ルアダンの麓の鬱蒼とした森の中、そこにある小さな洞窟の入り口付近で、複数の男達が二人組の男女を取り囲んでいた。
その男女の外見は一言で言うと――異形。
男女とも非常に整った容姿をしているのだが、男は頭の左半分が、女は右半分の毛髪がなく、頭皮が焼け爛れていたのだ。
反対側の髪が長く美しい艶を持っているだけに、この落差はすさまじい違和感を生み出していた。
アキラによって吹き飛ばされた兄妹。それが男女の正体だった。
その頭は、アキラの投石によって発生した衝撃波とその大気摩擦の熱によって、頭の半分が焼かれ、髪の生えない身体になってしまったのである。
その後近隣の町まで一度戻り、裏家業の治癒術師を頼って傷跡だけ直してもらい、一命を取り留めたのだ。
闇医師では皮膚を再生させる高位魔法【再生】の魔法を使う事が出来ず、現在の様な醜態で落ち着いてしまった。
この一件で彼らの復讐心は更に煽られ、砦とシノブ達に復讐すべく、『街道を行く商人』狙いの盗賊団と繋ぎを取っていたのである。
「で、俺達に話があるってのはお前らか?」
取り囲む男達の中で、最も体格のいい男がぞんざいな口調で男女に問いかけた。
その視線には、如何にも胡散臭いという感情が浮かんでいて、隠そうともしていない。
「ああ、君達がこの一帯で有数の力を持つ盗賊団と見込んでの話だ」
「違うな、『有数』じゃねぇ。『最強』だ」
ニタリと嘲笑うかのような感情を浮かべて表情を崩す男。そこに善意の欠片も存在しない。
「そうか、それは心強いね。では改めて……僕の名前はコーネロ。ではその『最強』の盗賊団である君たちに依頼がある」
「なんだよ?」
「ダリル傭兵団。もちろん知っているね?」
「ああ。あの鬱陶しい奴らか」
ルアダンは街道から少し逸れた所にある町だ。だがそこから生み出される富は計り知れない。
その富を換金するために、街道には頻繁に商人が往来している。不埒な輩にとって、これを狙わない手はない。
彼等もまた、その一員であった。
だがそんな彼らにとって、目の上のコブと言える存在がある。
それが商人の護衛を引き受けるダリル傭兵団だ。しかも定期的に町の周辺を巡回し、目ぼしい盗賊たちを討伐して回っているのだ。
そのおかげで彼らは大きなアジトを構える事が出来ず、森の洞窟に隠れ住むように暮らす羽目になっていた。
「そのダリル傭兵団を――倒したい」
「ハッ、なにを言うかと思えば。無理に決まってるだろう!」
ダリル傭兵団自体はそれほど強い組織とは言えない。
だが、団長のダリルは……ヤバイ。それがこの盗賊団の認識だった。
首領の男はダリルとは傭兵時代に顔を合わせた事がある。向こうはすでに覚えていないだろうが、戦場での悪鬼とも見紛うばかりの戦い振りは、いまだに記憶に残っていた。
その時の記憶によると、ダリルという男は周到で狡猾。そして敵に対しては非常に残忍な男だった。
そんなダリルが率いる武装組織は、戦闘力としては並程度なのに非常に効率よく敵を排除し、高い成果を上げている。
彼ら盗賊程度が、おいそれと手を出していい存在ではないのだ。
「果たしてそうかな?」
「なにぃ?」
「僕には奴らを討ち取る手がいくつかある。組んでくれるなら、その策を献上してもいい」
「それがテメェの取引って訳だ?」
シノブとカツヒトと言う、取って置きの戦力を失ってしまった現在、彼らは新たな『力』を欲している。
そこで目を付けたのが、ダリル傭兵団に追い立てられ、こうして燻っている盗賊達だった。
いくつかの盗賊団を統合し、ダリル傭兵団にぶつければ、充分な戦力になる。コーネロはそう見込んでいる。
「さらに連中は砦と言う防壁に守られている。だがこれは奴らにとって足枷にもなり得るんだ。この間の火事を覚えているかい?」
「ああ、結構な規模が焼けたようだが……」
「あれをやったのは僕達さ。砦を囲うように火を放って……結果的に連中は焼け死にかけた」
「砦と言う防壁があるからこそ、奴らはそこから動けない、と?」
「そういう事。前回は火計だけだったけど、次はそれを利用して動きを封じ、同時に盗賊団で襲撃を掛ける――」
「そうすりゃ、中のお宝を奪い放題になるって訳だ。連中、結構貯め込んでるみたいだしな」
「ダリルの話によると、町長の信任も厚いらしい。周辺の巡回もルアダンの町の依頼で動いている」
「つまり、それだけ美味しい獲物って訳だ」
予想外に察しのいい盗賊団の男に、コーネロは確かな手応えを感じた。
この男はいい部下になりそうだ、と。
「僕の目的は団長のダリルの首だ。報酬は……一割ももらえば充分かな?」
「おいおい、たった二人で一割も持って行く気かよ!」
「なにを言ってるんだい。話を持ってきたのは僕だよ? この話が無ければ今後も彼らに邪魔されて、君達は稼ぐ目処すら立たないはずだ」
「ここでテメェらを殺すって手もあるんだぜ?」
「その時は帰らぬ僕を不審に思い、宿の親父さんが『手筈通り』に僕達が『どこで誰と』話に行ったか、『ダリル傭兵団』に報告しに行くはずさ」
「なにっ!?」
「ついでに『ボク達の救出』も、依頼するかもしれないね」
これは明らかに脅迫である。
自分の話に乗らないと、このアジトの場所をダリル傭兵団に告げられる。そうなればこの洞窟が、傭兵団に逆に襲撃される事になる。
彼らに残された選択肢は、話に乗るか、ここから逃げ出すかの二択しかない。
「ハメやがったな……」
「僕は商人の子だよ? これくらいの駆け引きはできる。それくらいでなければ、手を組む価値も無いだろう?」
「……確かに言う通りかもしれねぇな」
「お頭!?」
「いいか? このままここで商人共を襲っていても、結果的にはジリ貧だ。いつかはあのダリル傭兵団に狩られちまう」
「そりゃぁ……そうですけど」
「ならここで大きく掛けに出るのも悪かねぇ。違うか?」
頭目の主張に盗賊たちはしばし考え、やがて納得の表情を浮かべ始める。
それを見て、頭目は右手をコーネロの方に差し出した。
「いいだろう。テメェの話に乗ってやる」
「交渉成立だね」
ニヤリと暗い笑顔を浮かべて、コーネロが頭目の手を握――ろうとした時、不意に空が陰った。
見上げると、そこには天高くそびえ立つ塔が、忽然と現れていた。
「な、なんだ、あれは!?」
「塔? にしては細い……しかしなんて高さだ!」
高さにして400mはあるだろうか?
細く、だが高く――土でできたその塔は……だが、ゆっくりと倒れ始めていた。
「倒れるぞ!」
「まずい、こっちに!?」
それも、コーネロたちに向かって。
「逃げろ! 早く!」
「だけど、どっちに!?」
「右でも左でもいい、とにかく――」
塔の傾斜は加速度的に勢いを増し――コーネロ達が逃げる間もなく……彼等を押し潰したのだった。
塔ばっちり(とばっちり)
なお、あの二人はまだ死んでません。