第79話 黒い悪魔の誘惑
あれからしばらくの時が経過した。
その間に変化があった事と言えば、孤立集落と化しつつあった町が自力で街道を通すため、火と土の術者を大量雇用して、どうにか復旧できたことだろう。
シノブとリニアもその作業に駆り出され、大きく活躍したらしい。
どちらにも適性が無いカツヒトと、参加すれば何かやらかすと思われている俺は、自宅で付与の作業である。
おかげで町の住人からは、すっかり『腕利き鍛冶屋だけど、ダメな男達』の印象が根付いてしまったようだ。
やはりコミュニケーション能力の高い美少女達の方が世間受けは良いらしい。
逃亡したコーネロとイライザ兄妹はその後、ルアダン近辺で噂を聞くことはなかった。
アンサラ方面に逃亡するのを見たという商人がいたらしいが、正直俺にとってはどうでもいい。
あの程度の連中なんて羽虫も同然で、視界に入りさえしなければ、気に掛ける価値も無い。まぁ、利用されたシノブとカツヒトは、また違う感想も持っているだろうが。
もう一つ大きな変化がある。
それは街道がなんとか開通してから起こった事だが、町に鍛冶屋が多くやってきたのだ。
これはやってきた半数は俺がボロ儲けしているという情報が広まったのもあるだろうが、残る半数はキフォンからの支援だそうだ。
道具の維持が採掘の維持に繋がる。
それを理解したキフォンの上層部が、ルアダンの採掘量安定化のために協力を申し出てくれたらしい。
もっともやってきたのは平均的な腕の鍛冶屋や付与師なので、ウォーケンほどの高度な品質や、俺のような手早さはないので、俺が完全に干上がると言う事はなさそうだ。
急ぎの仕事なら町外れのアキラ工房へ。そういうイメージがしっかり根付いているのが、大きなアドバンテージになっている。
「そんな訳で今日も元気に暇を持て余してる訳だが、シノブとリニアはどこへ行ったんだ?」
「ああ、あの二人なら町に行ったよ。どうもこの間の街道保守で活躍して、子供たちに懐かれたらしい。一緒に遊ぶんだと」
朝起きて新設した食堂へ顔を出すと、ちまちま木を削っていたカツヒトがこちらに顔も向けず返事をしてきた。こいつは小器用なので、こういう彫刻とかで暇を潰している事が多いのだ。
しかし子供達か……ようやくその歳から脱却したばかりのシノブならともかく、何をやっているんだ、あのロリババァ奴隷は。
「まぁ外見だけなら、リニアも混じってて違和感ないか」
「小人族なんだから、仕方ないさ」
「で、お前はお留守番か? やたらと子供に愛想のいいお前が」
「誤解を招きそうな発言はよしてもらおう。そういうのはアキラの管轄だ」
「俺のどこがロリコン野郎だ?」
「誰もそこまで言ってない!」
とはいえやる事が本当にないのは事実だ。
補修の仕事も稀に入ってくるが、一日に一件程度の物しかない。その程度、数分も掛からず終えてしまうのだ。
本来ならもっと仕事を取るべく色々するのだろうが、そもそも俺のこの仕事は働いているという偽装が目的。稼いでいるという事実さえあれば、生活費なんてどうにでもなる。
特にこのルアダンと言う町は、ちょっと坑道に行って穴を削ればザクザク宝石が出てくる可能性のある街である。
誰がどれくらい稼いでいるかなんて、正確に把握している者はどこにもいないのだ。
「それ、なに彫ってるんだ?」
「んー、暇だからリニアの人形でも掘ってみるかと思ってね」
「やっぱロリコンか」
「だからヤメロ。アキラは知らないだろうが、この店の受付をやっている看板娘として、彼女は結構な人気者なんだぞ?」
「へぇ、そうなのか?」
「だから彼女の人形なら売り物になるかと思ってね」
器用さの能力値が高いカツヒトは、こういう細かな作業が元から得意だった。
その器用さも、今では強化によって人外レベルまで上昇している。現に今彫っている人形だって、日本に持ち帰れば金が取れるレベルの精巧さで彫られていた。つーか、木で作っているとは思えない精巧さだ。
「地味にすげーな、それ。俺もやってみようかな……」
「アキラがやると変な力が入って道具を壊すのがオチになるんじゃないかな?」
「……あり得そうだから、やっぱやめとく」
カツヒトの向かいの席にどっかと座り、朝の残りであろうパンとチーズの入った籠から適当に取り出す。
妙なところで体育会系なカツヒトと、朝から落ち着きのないリニアは目を覚ますのが早い。
几帳面なシノブだが、彼女は実はやや寝坊助だ。今日はリニアに叩き起こされて町まで引き摺って行かれたらしいが、実にご愁傷様な事である。
そんな訳で四人の中で俺が最も起きるのが遅かったらしい。皆、食事は終えているようだった。
俺も食事を取るべく、パンを咥えながらカップに水を注ぐ。もちろんお湯なんてすでに冷めているので、水しかないのだ。
だが俺には【世界錬成】と言う超スキルがある。
このスキルの真髄は、接触した限定空間の『世界』そのものを作り替える事だ。
カップの水に指先を浸し、ちょっと中身を『水』から『熱いコーヒー』へ作り替えれば、できあがりである。
「いつ見てもデタラメだな。指を浸けないといけないのがアレだが……俺にもいっぱい入れてくれないか?」
「おう」
こちらにカップを差し出すカツヒト。その中にちょいと指を浸けて、中の水をコーヒーに作り替えてやる。
残念ながら、俺の想像力ではインスタントな味が精々である。美味いコーヒーとか、飲んだ事が無いのだ。結構、出不精だったので。
「ひょっとして炭酸飲料とか作れるのか?」
「む? そういえば出来そうだな、それ。ちょっとやってみるか」
炭酸飲料ならば、それこそ歯が溶けるほど飲んでいる。イメージするのも簡単だ。
まずはカップの中身を水に戻し、再び干渉を開始する。
思い浮かべるのは、黒い色で有名な炭酸飲料。それも赤い缶の方で、青と赤の丸いマークの方じゃない。
そういえば、過去一時期だけ、透明な炭酸を作ってたな、あそこ。
何度か飲んだ事があったが、あの味はしみじみと……まぁ、俺の趣味には合わなかった。
ふと視線を落とすと、黒い炭酸を作るつもりが、いつの間にか透明な炭酸ができていた。
思考が逸れた結果、そっちが完成してしまったようだ。
「お、サイダーか? 俺にも味見させてくれ」
「お、おう……」
正直俺の味覚には合わない代物だったが、カツヒトの舌には合うかもしれない。それに、不味かったらそれはそれで面白い。
俺は自分で味見することなく、カツヒトの前にカップを差し出す。
彼はこの世界にきて、すでに四年が経過している。この間まで未成年だったので、エールを始めとした微炭酸発泡酒程度しか飲んでいないのだ。
懐かしの味を期待してカツヒトは一息にカップを煽り――
「ぶっふぉ!!」
「うぉ、きったねぇ!?」
「な、なんだこの、薬臭い甘ったるさは!」
「ああ、お前らは知らないだろうが、昔そういうのがあってな」
発売時期からして、こいつは生まれて間もない頃だろう。俺も小学生くらいだった記憶がある。
当時の記憶は定かではないが……不味い炭酸の名を挙げさせたら、常にトップ争いする程度には不味かった。メーカーの名誉のために追記しておくと、あくまで個人的主観で。
そんな時期に不味いというイメージを刷り込まれたものを再現したのだから、そりゃもう……過去の悪イメージがさらに加速して、とんでもない味になっている事だろうとも。
「なんでよりにもよって、そんなものを……」
「いや、うっかりしててなぁ。つい思考が横に逸れて……」
「これは正直俺の味覚には合わないから……そうだ、シノブに飲ませよう」
その発言を聞き、俺は彼女の反応を予想した。
彼女だってこの世界はカツヒトと同じだけ経験している。つまり炭酸飲料は懐かしの味だ。
その目の前に、透明な炭酸飲料――一見サイダーにも見えるそれが差し出され、喜んで口に含む。そして……
「……越後屋、お主も悪よのぅ?」
「クックック、お代官様ほどではありませんとも」
些細な悪戯を思い描き、男二人でニヤニヤと企む。
結局改めて黒い方を作り直し、カツヒトと二人歓喜の涙を流したのである。
だが、あの黒い悪魔には別の誘惑も存在した。
つまり、肉類を食いたくなってしまうのだ。
俺の【アイテムボックス】には、一年前アンサラでアロンの部隊を撃退した時に回収した、馬の死骸が大量に収納されている。
これは折を見て食事などに出し、消費させてはいるのだが、まだまだ量は残っている。
それに、黒い炭酸に合うのは馬ではなく牛だ。
「という訳で、牛っぽいモンスターとか狩りに来た訳だが」
「コー○にステーキか。後ポテトが付けば完璧だな」
カツヒトもやる気満々で槍を振り回している。
その槍は以前使っていたアールシェピース+20という、『極めて珍しいが探せばある』レベルの武器ではない。
対魔獣特化した能力を持つ、ビーストベインと呼ばれる十字槍を俺が作ってやったのだ。今のカツヒトの力では、槍の方が筋力に負けてしまうので、新調したのである。
その能力は過去のアールシェピースを遥かに上回っている。
◇◆◇◆◇
魔槍ビーストベイン+30
攻撃力:1675 重量:8 耐久値300
魔神ワラキアの作成した魔槍。攻撃力ではやや劣る所が見られるが、その耐久力は剣のそれを遥かに凌ぐ。
◇◆◇◆◇
ビーストベインの元になった十字槍の攻撃力が96。それを+30まで強化したので、これまた聖剣並みの攻撃力になっている。
シノブの持つアンスウェラーよりは攻撃力がやや劣るが、その耐久性はアンスウェラーを上回っている。
そして使用するカツヒトの筋力がシノブよりも高いため、攻撃力的にはほぼ同等のモノがあるだろう。
これを作った時、リニアがまた拗ねて厄介な事になったのだが、これはまた別の機会に何か作ると言う事で納得してもらった。
「今宵のケモ○の槍は血に飢えておる……」
「やめろ。それは持ち主を食らう槍じゃないから。後、今はまだ昼前だ」
ニューウェポンの試し切りとあって、カツヒトのテンションは高い。
黒い炭酸を作ったせいか、肉が食いたくて仕方なくなった俺達は、牛肉探しのために麓の森までやってきていた。
森の中に牛がいるという話は聞いていないが、そこはそれ。ファンタジーな世界である。
牛はいないが牛っぽいモンスターならば探せばいるのだ。
「いる……はずなんだがなぁ?」
「アキラの能力で探索とかできないのか? ほら、アクティブソナー的な」
「そんな便利人間いねーよ。お前こそなんかないのか? 『風がささやいている……』とか言ったりしない?」
「それはさすがにイタイ人だろう!」
「中二病も大概イタイけどな」
「ファンタジーな世界でカタナを腰に差している人間がそれを言うのか……」
「お前は今、かなりの数の人間を敵に回したぞ、カツヒト」
そもそも俺のカタナは頑丈なだけで、タダの木の棒よりも劣る攻撃力しかない。
なにせ、装備したら衰弱して動けなくなるレベルなのだから。
そんな、無計画な狩りに出た俺たちの頭上から、何かが降りかかってきた。
黄色と黒の縞模様を持つそれは、いわゆるトラと言う動物である。
「おい、アキラ。虎に齧られてるぞ」
「見りゃ判んだろ! ってかなぜ接近に気付かなかった!」
「そんな事を言われても、森の中の待ち伏せで、野生動物に勝てる訳がないからなぁ。プロじゃないし」
そんな戯言を言っている間にも、虎は俺の頭に噛み付き、体を引っ掻き、押し倒そうとする。
だが俺からすれば、そんな攻撃は子猫がじゃれついているようなものだ。
「よかったな。今日の俺達の気分は牛だ。お前じゃない」
「そういう問題か?」
無益な殺生は好まないので、虎の首根っこを引っ掴み、ポイと投げ捨ててやった。
死なずに済んだのだから、あの虎も感謝する事だろう。
「結局あの距離を投げ捨てたら、死ぬと思うけどな」
空の彼方に消えていった虎を見つつ、カツヒトはポツリとそう呟いていた。
諸般の事情により、ここから文字の表記を少し変更させていただきます。
後の事を考えると、こっちの方が楽なのでw