第8話 盗賊との遭遇
武器の強化に付いて説明、もう少し説明しよう。
武器には固有の攻撃値や耐久値が存在する。
耐久値は基本的に素材の強度と付与する魔力の強度に由来するのだが、攻撃値に関しては強化値、すなわちプラスで表される数値が影響してくる。
そして、強化値は+1ごとに10%の強化が成されるのだ。
例えば、ここに攻撃力10の短剣があったとしよう。
このダガーを+1に強化すると攻撃力は11に上昇する。
そしてそのまま強化を重ねて+2にすると、更に1.1倍になり、11×1.1=12.1……すなわち攻撃力12となる。
この調子で+1ごとに1.1倍していくと、ダガー+10になると攻撃力は25になる。
そして、俺とウォーケンのオッサンの合作の最大値+16になると攻撃力は45まで上がるのだ。
これはちょっとした両手剣に匹敵する威力であり、到底侮れない威力になる。
今回の依頼、ノーマルソードを+8にする場合を例に考えて見よう。
通常のノーマルソードの威力は14程度だ。
これをウォーケンが+4まで鍛え上げたので、現在14×1.1^4=20.49――攻撃力20にまで上がっている。
そして、俺がこれを更に強化して+8に引き上げると30.01……つまり攻撃力30になるのだ。
なんと+8ノーマルソードは+16ダガーに負けてしまう。
こうして数値に出すと、いかに高い強化値を出せる職人が重要か、理解できると思う。
ちなみに聖剣と呼ばれる類の武器は、攻撃力が200を遥かに超える。
そして『すでに完成された武器』であるこれらを強化するのは、鍛冶師ではなく付与師――つまり【物質練成】の能力を持つ、俺のような存在の出番になるのだ。
だがこれだけ重要な付与師だが、なぜ俺が不遇な目にあったかと言うと……これはもう、単純に数が多かったせいだ。
意外と【物質練成】を持っている付与師は数多く存在している。
もちろん、その能力の強化限界は個人差があるのだが、並の腕前でも+4程度は行えるのだ。
そのため俺は、その気になればこの世界の住人でも代用できる程度の存在と認識され、召喚の餌にされかけたと言う訳だ。
「こんな能力と知ってりゃ、今頃俺も城で雇われてたのかもな」
【アイテムボックス】から、能力を調べるために作った『やりすぎた作品』を取り出す。
鍬+50、攻撃力:586。
「確か伝説の聖剣『燭天使の剣』の基礎攻撃力が250くらいだっけ?」
この世界最強の聖剣、燭天使の剣。
しかもこの剣は+30の付与が施されており、総攻撃力は4400を超える。
その一撃は大地すら断ち斬ったと伝えられている。
もっともそれほど高位の付与も、武器製作技術も、すでに失われているらしい。
話を戻そう。本来なら木製に柄に金属部品を取り付けただけの鍬に、これほどの強化は施す事ができない。
だが俺は『強度強化』のオプションが最大まで上げられている。
これによって、本来低いレベルで限界に達する素材でも、非常識なほどの強化を施す事ができるようになってしまったのだ。
「ヤベェ……農具、ヤベェ……」
これがばれたら、えらい事になる。
この鍬はダイヤモンドの鉱床ですらさくさく掘り進む事ができてしまうのだから。
そんな事を呟きながら山道の帰路を歩いていると、頭に何かが飛んで来てぶち当たった。
スコンと小気味いい音を立てて、足元に『何か』が転がる?
「ん、なんだ?」
見ると、そこには一本の矢が転がっていた。
「バカやろう! 一発で仕留めねぇか!」
「いや、親分、あっしはきちんと当てやしたぜ!?」
見上げると崖の上に数人の人影。
おそらくは、これがサリーの言っていた野盗達だろう。
今の地形は左側に山の斜面。右側は崖となっていて、前か後ろに逃げるしかない。
待ち伏せするには絶好の地形と言えるかもしれない。
「しかたねぇ、オイお前等! さっさと出てきやがれ」
偉そうにしてる男の号令と共に、山道の先に4人の男が現れた。
案の定、待ち伏せしていたらしい。
俺が興味無くそいつ等の動静を眺めていると、崖の上の男は何を勘違いしたのか、得意げに語りだした。
「ハン、驚いて言葉も出ねぇか? お前、なかなか良さそうな荷を積んでるじゃねぇか。そいつをこっちに寄越しゃ、命は助けてやってもいいぜ?」
なんともテンプレートな宣言、乙。
どうせ助ける気なんて、さらさら無いくせに。
そういや、ノーマルソードって銀貨10枚程度の価値は有ったんだっけ?
それが20本で銀貨200枚。しかもそれぞれが+4相当まで鍛えてあるから、更に価値は上がる。
+4なら5割増し位で売れるだろうから、銀貨300枚か。
これは一般的な家庭が一ヶ月ほど食っていける……なんだ、やっぱりショボいじゃないか。
「これ売っても銀貨300枚程度にしかならないぞ?」
「うるせぇ! 俺達と行き会ったのが運の尽きだと思え」
なんとも身勝手な言い分だ。でもこれなら遠慮はいらんだろう。手加減はいるけど。
俺は足元から小石を一つ拾い上げ、足元の石を払うかのような仕草で、男の足元に向かって投げつけた。
小賢しい抵抗と鼻で笑っていた男だが、それが最期の表情になった。
ゴバンと、まるでミサイルの爆撃を受けたような轟音が響く。
崖の上にいた男も、男の周囲にいた部下達も、その一撃で跡形も無く吹き飛んでしまった。
俺が投げた小石は赤熱しながら音速の数十倍で飛来し、男達のいる崖を根こそぎ吹き飛ばしたのだ。
それだけでなく、山の頂上付近も一緒に吹っ飛んで、遠くの雲が円形にぶち抜かれてしまっている。
全部俺が投げた石の仕業だが、もちろんそんな速度で小石が飛べば、溶けてなくなってしまうだろう。
だが石を拾った時、【練成】の『強度強化』で+10まで耐久値を引き上げて、その程度では溶けない様にしておいたのだ。
強化付与を瞬間発動ができる俺だからこその芸当である。
あー、でも俺としては足場を崩す程度のつもりで投げたんだけどな……まぁいいや。
突然の天変地異に、我を忘れる前方の部下達。
「……多少手加減が狂っちまったが、まぁいっか。で、どうする? まだやる?」
「一体、なにが……ええい、親分の仇だ! いくぞ!」
男達は何が起こったのか、まったく理解していなかった。
だからこそ、俺が何かしたとは思わず、崖崩れか何かに親分が巻き込まれたとでも思ったのだろう。
別に男達の攻撃で、どうにかなる俺じゃない。
だが、おとなしく攻撃を受けてやる義理もない。
丁度手に持っていた鍬を横に振って、男達を薙ぎ払う。
ボッという破裂音が響いて、前方の山道ごと、男達が吹き飛ぶ。
+50と言う馬鹿げた強化を施された鍬は、そこらの聖剣を超える威力がある。
軽く振ったにも拘らず、激しい衝撃波を巻き起こし、男達をその余波で吹き飛ばしたのだ。
全てが終わって、残されたのは崩れた崖と、ぐずぐずに破壊された山道のみ。
あ、ひき肉になった盗賊の死体もあるか。
「って、これどうやって荷車運ぶんだよ……」
崩れた山道は、俺が踏み越える分には問題ないが、荷車を引いて行くにはちょっとつらい状態になってしまった。
俺はその状況を見て、深く溜息を吐いたのだった。