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ポンコツ魔神 逃亡中!  作者: 鏑木ハルカ
第7章 ルアダン編-2
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第78話 小さな店での大きな密談

 キフォンの裏ぶれた通りにある、少々怪しい店。

 そこに場違いな男達が席を取ったのは、まだ日も暮れぬ昼下がりの事だった。


 ようやく日が傾きだした時間だというのに、店内は酒を目当てに荒くれ共達がたむろしている。

 フロア全体に座り心地の良い椅子を配置してはいるが、各テーブル毎にパーティションで区切られ、店内には落ち着いた雰囲気の楽曲演奏されていた。それも隣の席の会話が聞こえないほどの大音量で。

 このパーティションとBGMによって、テーブル毎の会話が他所の席に届くことはない。

 大声で喚く客たちの声も合わさり、密談にはもってこいの場所。そんな酒場だった。


 その席にいたのは、鋭い視線をした40代くらいの男と二十歳前と見られる肉感的な女性。そして目の細い、飄々とした雰囲気を発する青年だった。

 席の前を通った荒くれ者が一人、席に座る女性に目をつけ、男達に絡むべく足を止める。


「おぅ――」

「おおっと。その辺にしとけよ、兄さん」


 だが彼が声を発し終わるより先に、その肩を巨大な手が掴んだ。

 振り返る荒くれ男が目にしたのは、身長2mにも届こうかと言う、禿頭の巨漢。

 その横には巨漢の半分ほどの背丈の、しかし肩幅や肉の圧力では決して引けを取らないドワーフが立っていた。


「悪いな、俺達はこれから大事な仕事があってよ。ちょーっと兄さんたちと遊んでる暇はないんだ。ここは大人しく席に戻ってくれると助かるんだが?」

「ぐ、ぐおっ!?」


 肩に置かれた手に軽く力が入る。それだけでメキメキと骨の軋む音が聞こえた気がした。

 男は巨漢の名を知っている。いや、この街に住む冒険者なら、知らぬ者はいない。


 ガロア――この街随一の戦士で、喧嘩好きの狂犬。


 その技量……いや戦闘力は、男では決して届かぬ高みにある。

 横に立つドワーフも、並々ならぬ迫力を醸し出していて、下手に手を出せば命すら危うい雰囲気を漂わせていた。


「それにそっちの兄ちゃんは俺よりも遥かに気が短くてな。もうちょい足を進めていたら、どうなっていたか……」


 その言葉に男はガロアから視線を放し、正面へ向き直る。

 きっちりした服装の男性は特に何も変化はない、だがキツネ目の男が軽く手を上げ、その手の中をこちらに示していた。

 そこには金属を極限まで細く鍛え上げた紐、いわゆるワイヤーの束が握られていたのだ。


「まさか……武器!?」


 男は枯れた声で、かろうじてそう漏らした。

 この店は荒くれ者が通うだけあって、入店時に武器を預ける決まりになっている。身体検査も行われるので、派手な武器の持ち込みは、ほぼ不可能だ。

 だがキツネ目の男が手にしているような物ならば、隠し持って入る事は可能だろう。もちろん、それを扱うにはとんでもない修練を必要とするだろうが。


「まったく、油断も隙も無い男だな、ダリル」

「なに、荒事になる前に止めてくれて助かったよ。コイツじゃさすがに心許ない」

「ウソつけ。お前、それで人の首を落とせるって噂聞いたことあるぜ」


 ガロアの言葉にダリルと呼ばれた男は、肩を竦めて応える。


「ウォーケンも席に戻っていいわよ。ここなら護衛の必要はなさそうだし」

「いやサリー、じゃがお主は今じゃアンサラの重要人物で――」

「いいから。席に戻って!」


 通路で機密を漏らし始めたウォーケンをサリーと呼ばれた女性が止める。

 そして、サリーが声を上げたタイミングで、最後の1人が来店した。

 いや、来客したのは2人だ。1人は護衛の騎士で、店に似合わぬ板金鎧に身を固めていた。


「お客様、当店では武器の持ち込みは――」


 腰に剣を下げたままの騎士に店員が声を掛けているのが聞こえてくる。

 そして彼が守る女性――いや、少女がガロアに目を止めた。


「いいわよ、アルフレッド。ガロアさんがいるなら滅多な事は起きないはず」

「しかしイリシア様……」

「ここで私に何かあれば、彼等もただ事じゃすまない事は理解しているわ。それこそ命に代えても守ってくれるわよ」


 軽く茶目っ気を出して、護衛騎士にウィンクを送るイリシア。

 そして彼らの元に足を運び、優雅に一礼して見せた。


「お待たせしました。ニブラス領主イリシア。只今参上いたしましたわ」


 こうして裏通りの店で、中部地域の重要人物達による密談が始まったのである。





 四人の男女が席に着き、緊迫した雰囲気が流れる。

 ガロアとウォーケン、それに護衛騎士のアルフレッドは通路の向かいの別の席に着いている。

 最初に口を開いたのは、目付きの鋭い中年だった。


「では始めましょうか。皆さんとは初めての方も数人いらっしゃいますので、まずは自己紹介から。私はこの街の町長をやっております、マテウスと申します。よろしく」

「そうね、私は先ほども申し上げました通り、ニブラスの領主のイリシアと申しますわ」

「私はサリー、アンサラの抵抗組織(レジスタンス)のリーダーをやらせてもらってるのよ」

「俺はダリル。ルアダンの傭兵団をまとめている。今日は町長の全権代理として来ている。よろしく頼む」


 ダリルの言葉を聞いて、マテウスが渋い顔をした。


「それはルアダンは今回の予定には参加しないと遠回しに言っているのでしょうか?」

「いや、そんな意思は全くない。単に町が大変な事になっているだけなんだ」

「大変な事?」

「坑道にアースワームが出没してな。それが湖まで掘り抜いて水没しちまったんだ」

「それは――!?」


 独立運動の為にはルアダンの資金は決して外せない要素だ。

 その収入源が水没したと聞いて、マテウスは肝を冷やした。


「いや、それに関しては沈静化していて、今は別の坑道を掘り進めている。そこに関しては安心してくれ。アースワームもあの水量なら溺れ死んだだろう」


 その言葉を聞いて、安堵の息を漏らす。

 どうやら計画を変更する必要が無いと判断できたからだ。


「それはともかく……その、サリーさんでしたか? あなたは本当に、その……」


 イリシアはサリーの肩書に不審を持っていた。

 彼女の外見は、見るからに町娘で、この場にふさわしい身分を持っているようには見えなかったのだ。


「そうよ? 一応お飾りだけどリーダー。軍務関係はウォーケンとラッセルが引き受けてくれてるの」

「ウォーケンと言うのはそちらの方ですわね。ラッセルと言うのは?」

「今はアンサラ騎士団に所属してるわね。私は八百屋の元看板娘」


 シノブの副官であったラッセルは、密偵の意味も込めて騎士団に籍を置いたままにしている。

 その甲斐あってか、彼は新領主グラッデンの副官として南の砂漠へ派遣されている。


「そんな方がなぜ……」

「それはワシから説明させてもらおう」


 そこへ向かいの席からウォーケンが声を掛けてきた。

 席を立ち、交渉のテーブルに改めて着く。マテウス達他の面々も、サリーが元町娘だけあって、彼女に関してはサポート役たるウォーケンの参入も大目に見ている。


「領主様では判らんだろうが、ワシらは正規軍と比べて圧倒的に数が足らん。それを補うには……兵士以外の戦力を集めねばならんのだ」

「確かにそうですけど……」

「市民、それに冒険者。そう言った連中がどうやったら力を貸してくれるか。それを考えた結果、お嬢ちゃんのような『権力者のお姫様がお願い』するのと、近所の娘が頑張ってる姿を見せるのと、どっちに加勢したくなる?」

「それは――後者でしょうか?」

「ワシらもそう考えた。その結果、冒険者や市民に最も近く、それでいてギルドなどの(しがらみ)に縛られない存在を探した。その結果がサリーになったという訳じゃ」


 八百屋の娘であったサリーは保存食の販売などもしていて、冒険者との接触が多い。

 そんな娘が反乱軍として先頭に立てば、冒険者や市民の支持も得やすい。

 そう考えて旗頭に持ち出されたのである。


「そんな無茶な……」

「ワシらもサリーには悪い事をしていると思っておるよ。だが、この反乱……いや、少なくともグラッデンだけはあの街から追い出さねばならんのだ」


 それはシノブの帰ってくる場所を守りたいという、彼らの想いからの決断だった。


「いいのよ。私もあの子の居場所を守ってあげたいもの」


 そんなサリーの言葉に、イリシアが微妙な顔をした。

 彼女も今回の反乱には、理由があって参加するべきか悩んでいる。

 だが自分にはサリーほどの覚悟があっただろうか? ついそう考えてしまうのだ。


 たった一人のために、命を懸ける女性。

 同じ女性として、彼女の域からは非常に眩しく見えたのだ。

 今回の会合、彼女の立場としたら、本来なら断るべき筋の話し合いだった。それどころか、公的機関への通報を行ってもおかしくない。だがガロアには彼女も一目置いている。それだけの実績が彼には有ったのだ。

 市民の事を想えば、断るべき。だが……


「私は……今回の一件にあまり乗り気ではありませんでした。これに参加すれば、再び市民が戦乱に巻き込まれてしまう。だから――」


 目を伏せて、初めて会った女性に本心を語る。

 彼女にとって、それは信じられない事だった。


 この決断をすれば、市民に負担を強いてしまう。

 だけど今のままでは、先行きは同じく暗いままになるかもしれない。余力のある今の内に、この戦乱を終結させる手を打つのは、間違いじゃないはず。

 その決心が、今までは付かなかった。だから今まで打診を引き延ばし、ついにはこのような場所まで足を運ぶ事になってしまったのだ。


 回り道も、今では無駄ではなかったとイリシアは思う。お陰でサリーと言う素晴らしい女性に出会えたからだ。

 もちろん失敗すれば、彼女も愚者として後世に伝えられるだろう。だがそれでも彼女の強い意思に自分は惹き付けられてしまったのだ。


「先ほどのサリーさんの話を聞いて、私も考えを改めました。本来なら考えるまでも無く、断るべき筋の話なのですが……」

「では……?」

「いえ、しばらく時間をください。考えてみます。」

「あまり時間はありませんよ。いつアンサラの遠征軍が戻るかもしれない」

「ええ、それまでには結論を出してみせます」


 遠見の巫女、イリシア。

 数日後、彼女がキフォンへ届けた手紙には、中部独立に協力する旨が明記されていた。

 これが、彼女がアロン共和国から離反した瞬間であった。


これで今章は終了となります。

本来ならこのあと1か月ほど間を空けトップランナーの連載に移るのですが、現在はネット小説大賞の応援期間なので、このまま続けようと思います。


ただ向こうもかなり空いてますので、両作品を週2回ずつ連載していくつもりです。

少し速度は落ちますが、よろしくお願いします。

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