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ポンコツ魔神 逃亡中!  作者: 鏑木ハルカ
第7章 ルアダン編-2
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第75話 先輩の矜持と実用数値

 さて、森林火災は街道水没と言う避けようのない小さな被害で収める事が出来たが、これで俺の役目が終わった訳ではない。

 この後にはまだ『やらねばならない』事が残っている。

 それは湖に繋いだ穴――俺が山腹を抉って作った大穴の事だ。


 ただ穴を繋いだけなら放置しても問題ないのだが、現在あの坑道の壁は水圧で崩れないようにがっつり強化してある。

 水が引いた事で、あの穴は再び鉱山としての調査が入るだろう。その時、鉄より硬い岩盤が立ち塞がっていたら、怪しまれる事請け合いである。

 つまり、壁の強化を解かないといけないのだが、このまま解除すると少し困った事態が起きる。


 それは【土壁(アースウォール)】で塞いだ水圧である。


 俺の魔術で湖からの浸水を防いではいるが、そこにかかる圧力はおそらく数万トン単位に及ぶだろう。

 開いた穴は水面よりはるかに低い位置にあり、その向こうに広がる湖の直径は数十キロに及ぶ。

 その高低差にある水の質量が掛かっているのだから、生半可な壁では支えきれない。


 今強化を解除したら、【土壁】の部分はともかく、他の部分から崩落が始まり、最終的にはこの場所から堰が切れたように浸水が始まってしまう。

 そうなれば、このルアダン一帯は水没。町が滅んでしまう可能性が高い。


 そうならないためには反対側の壁を塞ぎ、そこを強化してこちらに水圧が掛からないようにしなければならない。


 俺は駆け足程度の速度で山を越え――それでもちょっとした自動車より早いのだが――山向こうの湖に飛び込んだ。

 ニブラスでのシーサーペント戦以降、俺は呼吸の重要性というモノを知っていた。

 あの時湖の中にめり込んで、窒息の危険を身をもって思い知ったのだ。

 だから現状、俺は『呼吸不要』とまではいかないが、1時間程度なら無呼吸でいられるように、心肺機能を改造してある。


 泳ぎはあまり上手い方ではないが、水中で活動するのに問題ないだけの、時間的余裕があるので焦りはない。

 現在は【土壁】で穴を塞いでいるので、流れ込む急流は発生していない。俺は岸壁に開いた大穴を程なくしてみ付ける事が出来た。


 撃ち出した【創水(クリエイトウォーター)】の太さはせいぜい1m程度だったはずだが、それが水圧で削られて10m近くまで広がっていた。

 おかげで見つけるのは容易かった。後はこの穴を塞ぎ、強化し、反対側の坑道の強化を解除して崩せば、作業完了である。


 穴を塞ぐくらいは【土壁】の魔法で充分なのだが、ここで俺は致命的な問題に直面する事になった。

 それは穴のそばに寄り、魔法陣を描き終わった時に訪れた。


「がぼぐぁぼぶぁ――!?」


 そう、水中では魔法の発動に必要な最後の(キー)、発声ができないのだ。

 このままでは魔法で穴を塞ぐ事は出来ない――!


 まぁ、そんな問題は【世界錬成】のスキルでフォローしてしまえばいいだけだったのだが。

 さいわい土を作るのに必要な『質量』は腐るほどある。

 周囲の土を盛り上げ、固め、強固な壁に仕上げてから俺は水から上がる。


 後は坑道の強化を解除し、穴を崩せば、不審な点を見つける事は難しくなるだろう。





 このルアダンのある山というか、斜面の高さは1000mを超える。数十kmの範囲をこれまた数百m抉り、その反動で盛り上がった縁なのだから、これくらいはあってもおかしくはないだろう。

 結構な山脈と言っていい高さなのだが、俺にとっては陸上ハードル程度の物である。

 軽くスキップを踏むような足取りであっさりと踏破し、坑道の真上に到着。

 そこから伝達のオプション能力で地上から強化を解除し、その場で足踏み一発。これで坑道は砂のように崩れ去る事となった。





 この森林火災による被害人数はゼロに抑えられ、地形的な被害もルアダンが街道への道を閉ざされただけで済んだ。

 俺的には万事上手くやったつもりだったのだが……


 なぜかギルドの控室で、俺はリニアの前で正座させられていた。


「ご主人。行動を起こすのは悪い事じゃありません。むしろ、人命救助を率先して行ったのは褒められてしかるべき事です」

「お、おう」


 正座している俺と、仁王立ちしているリニアの視線の高さはほぼ同じだ。

 腕組みして胸を反らし、仏頂面で説教するリニアは、それなりに年上の威厳が見えた。さすがロリババアである。


「ですが、できればわたしに一言くらい相談があっても良かったと思うのですよ? 特にわたしは水魔法のスペシャリストな訳ですから」

「う、うむ」


 リニアの得意属性は水だ。

 今回彼女が出ていけば、ひょっとしたらもっと穏便に事を収めた可能性も、無きにしも非ずだろう。


「例えばジャンプして、上空から【創水】をぶちまけるとか――」

「それ、結局10万トンを超える水が降り注ぐ訳だから、余計に危なくないか?」

「水は物質の結束力が弱いので、高度1000mくらいまで飛び上がれば、途中の空気抵抗で雨散霧消して霧雨みたいになると思います」

「エンゼルフォールみたいな光景になるのだな! それは見てみたいぞ」


 うきうきとした声でそこに割り込んできたのはシノブだ。彼女の説明によるとエンゼルフォールと言うのはギアナ高地にある滝で、高低差が900mを超える滝なのだそうだ。

 その高さゆえに流れ落ちる水は途中で霧散して消えてしまい、滝つぼの存在しない滝として有名なのだとか。


「確かエンゼルフォールの麓は、霧散した水と空気が混ざりあって常に暴風雨みたいになってるんじゃなかったか?」

「そうなのか?」


 更にはカツヒトまで口を出してくる。こいつら、なんでそんなに秘境について詳しいんだ?


「いや、大自然の奇跡のような光景とか、好きだったもので……」

「中二病のちょっとした嗜みだ」

「自分で言うなよ」


 顔を赤くして言い訳するシノブは可愛らしいと思えるが、堂々と自分を中二病と宣言するカツヒトよ……お前、人としてそれはどうなんだ?


「むぅ、それでは火の手の内側に入り込んで内側から【創水】で消火すれば……」

「それ、火の中に飛び込む時点で異常だから」

「ぐぬぬ……」


 悔しそうに地団駄踏むリニアの姿は、まるで幼児その物に成り果てている。先程までの毅然とした姿の方が雨散霧消してしまっていた。


「とにかく、今回の俺の行動があまり的外れではないと合意したところで、そろそろ家に戻るとしようか」


 いつまでも控室を借りたままにしておくのも問題がある。特にこの控室は、前回鍛冶の作業用に借り受けた特別な物で、半ば俺の個室みたいな扱いになっているのだ。

 ギルドの一室を私物化しているようで、少しばかりバツが悪い。

 それに戻ってやらねばならない事もあるのだ。


「それにしても、今回のこの騒動……」

「ああ、間違いなくあの兄妹の仕業だろう。砦を囲むように火を放たれていた事が、その証拠になる。あくまで状況証拠だが」

「まさか、あそこまで極端な事をするとは思わなかった……」


 怒りを抑えきれない様子のカツヒトに、信じられない物を見て驚いたような表情のシノブ。

 あの二人組がここまでやるとは、彼女も思っていなかったようだ。俺的にはあの短絡そうな性格なら充分有り得ると思うのだが……


「シノブは少し人を疑う事を知った方がいいな」

「むぅ……今回に関しては言葉も無いです」


 敵討ちの助っ人と言う依頼を言葉通りに受け取り、俺が見つかるまでという条件で引き受けたシノブは、いわば加害者でもあり被害者でもある。

 中学生でこの世界に訪れ、そこから軍の監視下に置かれ、最後は貴族の庇護下で過ごしていた。

 それ故に彼女の警戒心は、他の召喚者に比べてあまり発達していない。


「今度2人を見つけたら、キツく言っておかないと……」

「それでは済まされないでしょうね。今回は町を危機に陥れたのですから、最悪死刑すら有り得ます」

「まさか! いやでも、確かに……」


 一見厳しいようなリニアの意見だが、これはれっきとしたテロ行為である。

 この世界においても、無差別な破壊活動は忌むべきものとされている。だから俺も、こうもヒドイ風評被害に遭っているのだ。


「まぁ、それは見つかってからの話さ。まずはシノブとカツヒトの強化だな。二人とも、基礎値が高いから、+30程度でいいよな?」

「待て、リニアさんが+50だって聞いたのに、私は+30なのか?」

「そうだぞ、俺達の仲じゃないか。ドーンと行こう、ドーンと!」

「お前ら、強化しすぎるとどうなるか、俺を見て学んでないのか? お前らの能力で+50にしたら……えーと、シノブの筋力ですら4930になっちまうんだぞ。カツヒトなんて1万越えだ」

「なんだ、アンスウェラーの倍じゃないか」

「夢の1万越え、キタコレ!」

「喜ぶなよ!?」


 +50に強化した際のシノブの筋力値は4930、カツヒトに至っては10799になる。

 これはもう、災害と言って差し支えないレベルの強化だ。そこまで行くと、日常生活にすら支障が出る。多分。


「そーですよ! お二人は後輩なんですから、ここは控えめに+30で充分です」

「お前が言うと、なんだか下心を感じるよな?」

「そそそ、そんな事がある訳……」


 +30を主張するリニアが視線を泳がせながら抗弁する。

 こいつの場合、後発の人間に能力を追い越される事を危惧しているのだろうが……こいつもこいつで偏った能力をしているからな。


「そもそも、その強化の目的は私達の耐久力を上げるためなんだろう? だったら見るべきは筋力じゃなく生命力であるべきだ」

「ああ、それもそうだな……えーと、シノブは前のまま成長してないから生命力は現在72……意外とあるんだな」

「しぶとさが売りだからな!」

「胸囲もそれくらいに見えますね」

「リニアさんは少し黙っていただきたい」


 その数力+30にした場合は1256になる。+50で8452だ。

 カツヒトの元の生命力は98と非常に高い。これを+30にすれば1710、+50なら11504にも及ぶ。


「カツヒト……お前、本当に能力()()は恵まれてるのな」

「だけとか言うな!?」


 現在リニアの生命力は2582なので、+30では少しばかり物足りないのは確かだ。

 かと言って+50では高すぎると思う。


「ここはあいだを取って+40と言う事にしておくか」


 それでもシノブの生命力は3258になる。カツヒトも4435なので、妥当なところかもしれない。

 能力ではシノブ達が上回り、強化値ではリニアが上回る。これならリニアも先輩の面目を保てるだろう。


 双方、この辺りを落とし所にしてもらいたいと思う俺だった。

 

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