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ポンコツ魔神 逃亡中!  作者: 鏑木ハルカ
第7章 ルアダン編-2
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第74話 火災を素早く消す方法


 詰問時の言い訳の準備は整えておいて、本来の目的の家具を探しに店に入った。

 そこはこの町でも有名な木工店で、寝具やタンスと言った家具も多く取り揃えている。

 当面必要なのは、机、ベッド、カーテン、クローゼットなどの一般家具だが、ここでは机といす、それにベッドを見てもらう事になる。


 旅慣れた2人なので、装飾などの少ない物を手早く選び、あっさりと購入。

 これには俺も、少し驚いた。


「なんと言うか……女の買い物って、もっとダラダラしたモンかと思ってたんだが、即決で決めたな?」

「確かに言われてみれば、昔は長かった気がするけど、今は寝れれば文句はないし」


 シノブは眉根にしわを寄せて昔を思い出していた。ここでも彼女の兵士暮らしの影響が出ているのか。

 彼女の買い物は即断即決で素早かった。むしろカツヒトの方が長引いたくらいである。


「シノブは男らしさが増しているというのに、お前と来たら……」


 いまだサイドテーブルを決めあぐんでいるカツヒトに向けて、俺は皮肉気な視線を浴びせた。

 実をいうと、別段カツヒトの買い物が遅い訳ではないのだ。シノブが早すぎるだけで。


「別にいいだろ。今日の予定は特にないんだ。それにできるなら良い品を長く使いたいじゃないか」

「ご主人がいれば、いつでも直してもらえると思いますけどねー」

「う、そう言えばそうか……」


 リニアの言う通り、俺は大抵の品は【錬成】によって元通りに戻す事ができる。

 むしろ不満点があれば改良する事も可能だし、強化して頑丈にすることだってできる。

 ここで頭を悩ませても、実の所意味は無いのかもしれない。


「まあ、デザインの問題もあるし、気にいった物を買えばいいさ。だが手早くしてくれ」


 麓を派手に抉ってしまって、そこが新たな坑道と認知されつつあり、通りは人で賑わっている。

 原因を作った身としては、あまり大っぴらに出歩きたくないのは事実だ。

 結局それから十数分後、カツヒトはようやくサイドテーブルを決めたのである。


「それじゃ、会計は一括で。荷物はこっちで運ぶからいいよ」

「え、結構な量なんですが、よろしいんですか?」

「ああ、彼らは【アイテムボックス】のスキルを持ってるからな」

「それはそれは……うらやましい限りですな」


 家具店の人間にとって、荷物の運搬は常に頭を悩ませる問題である。

 そこに【アイテムボックス】と言う、筋力の5倍までを自在に運べる能力持ちがいてくれれば、その効率は大幅に上がる事になるだろう。

 だがこの能力、召喚者はほぼ所持している技能なのだが、なぜか現地人では所持している者が少ない希少能力でもある。

 大抵は大手の商人や冒険者に確保されるか、軍などの公的機関で従事しているのが現状なのだ。

 こういう中堅どころの町の個人商店では、雇うのは難しいだろう。


「そうだな、俺はツイてる。これで装備を運ぶのは楽になったよ」

「今度、私共の仕事も手伝ってくださいよ」

「暇な時があればな」

「しばらく先になりそうですねぇ」


 俺もこの街で徐々に顔が広がりつつある。新鋭の鍛冶師として、この店の店員とも顔見知りになっていた。

 俺の冗談に、わりと冗談でない口調で返してくる店員と軽口を叩き合う。


 シノブはともかくとして、カツヒトの【アイテムボックス】はかなりの容量がある。

 知力を除いた全能力値がバランスよく高いこいつは、こういった面でも役に立つのだ。輸送部隊に配属されていたのは、この容量の大きさもあるのだろう。

 もちろん、すべて持ち運べる訳ではないので、俺も多少は手伝っておく。


 荷物をすべて収納し、再び通りに出た所で、俺は騒ぎに気が付いた。


「なんだ……?」

「どうやら南門の方で騒ぎがあったようですね。見てきます?」

「いや、どうせなら一緒に行こう。人手が多い方が便利な事もあるだろう」

「そう言えば、何か焦げ臭いような臭いもするな」


 物見高い小人族のリニアが、騒ぎと聞いてウキウキしだす。シノブもその小鼻を引く突かせて異臭を嗅ぎ付けていた。

 門からこちらに掛けてくるギルドの職員を見かけ、俺はそれを引っ捕まえて話を聞き出す事に成功した。


「どうかしたのか? この騒ぎは一体何があった?」

「え? ああ、アキラさんでしたか。実は山の麓で森林火災が起きまして……火の回りの速さから、何者かが火を放った可能性があるんです」

「え……」


 このルアダンの町は山の中腹にあり、山の麓には森が広がっている。

 そして森の中にはダリル傭兵団の砦が見えていた。ちょうどルアダンからも見下ろせる地形にあるため、昨日刻んだ地割れが、その砦から延びている事が良く見える。


「この火事……あまりに不自然だな」

「地割れも不自然ですけどね」

「それは目をつぶれ!」


 茶化しに掛かるリニアの後頭部を叩いておいてから、周囲の火の回り具合を見るべく高所を探す。

 この辺りで一番高いのは、やはりギルドの建物だったので、俺達も冒険者ギルドへ駆け戻ったのだった。





 ギルドではすでに消火のための緊急依頼がいくつも出されていて、それを目当てに数多くの冒険者が殺到していた。

 混雑の中、通常のパーティだけでは手が足らず、臨時の人員を募集している声が交錯していた。


「水魔法を使える方、緊急で募集しています!」

「土魔法でもいいぞ、井戸から水路引いてくれ!」

「森を切り拓いて、延焼を防ぐ! 木を切るための斧使い募集!」


 これがこの町のギルド、最大の特徴だ。

 誰もが一獲千金を目指して生き馬の目を抜く様な生活を送ってはいるが、その源泉たる坑道を守るために冒険者が即座に一致団結する。

 このチームワークの良さは、俺にとって少しばかり、心地いい。だが今は、現状を確認するのが先だ。


 俺は職員に許可を貰って、ギルドの屋根へ登らせてもらう。

 平屋根式の建物なので、屋上には多くの人間を乗せる事ができる。俺達と同じ目的で屋根に上っている冒険者も、数多くいた。


「これは……酷いな」


 屋根から見た森の様子は、散々なモノだった。

 炎はまるで砦を囲むように、四方から等間隔で火が燃え盛り、更にはそれが延焼し、砦は完全に孤立している状態にある。


「砦が!? 私はまだ、彼らに謝ってもいないのに!」

「あれでは逃げ場がないな。せめてどこか一方でも火の手が切れれば……」


 こういう場面では火属性魔法の使い手であるシノブは無力だ。

 そして、同じく風魔法で延焼させた実績のあるカツヒトもまた、手を出しかねている。


「だが、このままではあの砦の人間は蒸し焼きだ。しかも麓の森が燃え広がれば、この町にも火の手が及びかねないな」

「そして町の冒険者達は、ここに迫ってくる火勢の対処で精いっぱいと言う所か」


 俺とカツヒトが状況を冷静に観測し、結論付ける。

 このままでは砦の傭兵達は絶望的だ。おそらく火を放ったのはシノブ達の依頼人だった兄妹に違いないだろう。


「何か手は……アキラ、どうにかできないのか?」


 シノブにできる事と言えば、アンスウェラーを使って周囲の森を切り拓き、街への延焼を防ぐ事くらいだろう。

 カツヒトに至っては、手を出せる要素がほとんどない。


「とは言え、俺も下手に手を出す事は難しいんだよな」

「そんな……」


 俺の剛腕をもってすれば、火勢を根こそぎ吹き飛ばす事くらいは朝飯前だ。

 だがそんな真似をすれば、砦も一緒に吹っ飛んでしまう。

 火に強い特性を活かして砦の内部まで到達する事も可能だが……辿り着いた所でどうすればいいのか、見当もつかない。


 そうこうしている内に、砦の屋上に数人の傭兵達が出て来ているのが見て取れた。

 消火に当たっていた傭兵も続々と砦内部に戻ってきているようだ。


 最大12万リットルを超える水を産み出せる俺の水魔法だが、それは目の前にぶちまけるか、ウォータージェットのように一点放射するしかできない。

 すでに水魔法の使い手が消火に当たっているため、俺が火を消しに出るとその光景が人目についてしまう。

 さすがに人前で大量の水をぶちまけるのは、今後の生活を考えて控えたい。

 俺が表に出ず、どうにか火を消す方法はないか、煩悶する。


「要は火の回りが早すぎるのが問題で、それを押さえる事ができれば……そうか!」

「アキラ?」

「今ならまだ間に合う。ちょっと行ってくる!」


 閃いたアイデアは本来なら途方も無いものだったが、俺ならできる。そのアイデアを実行すべく、屋根から飛び降りたのだった。





 麓の山腹に開いた大穴。それは昨日、俺が投石で開けてしまった物だ。

 俺は直径10mを超える大穴に潜り込み、壁に手を触れて内壁を強化した。これでちょっとやそっとでは崩れない。


 続いて、奥の壁に向かって、全力で【創水クリエイト・ウォーター】をぶっ放す。

 放射された水の槍は、最奥部の岩壁を削り……そのまま山の反対側まで突き抜けた。

 前にも述べたと思うが、この山は湖の外縁部でもあり、基本的に水面がこちら側よりも高い。

 そこに穴を開けた結果、水はそこが抜けたようにこちら側に噴き出していくのである。


 俺は流れに巻き込まれないよう、急いで洞窟を出て、その出口の上に向かった。

 最初は少量だった水が、やがて先の坑道の大瀑布のような勢いになり、森の中へ流れ込んでいく。


 ――それはまるで洪水だった。


 坑道よりもさらに低い位置にある穴は、より高い水圧でこちら側に流れ出してくる。

 その勢いは、数十キロを超える広さを持つ湖の表面部分の質量とほぼ同じ。湖の広さと山の高さの質量を持つ水量。

 水は勢いを殺さず森に辿り着き、木々を薙ぎ倒し、火勢を駆逐して砦へとたどり着く。


 消火に当たっていた傭兵達はすでに砦内部に避難していたため、恐らく人的被害は出ないはず。

 堅牢な造りの砦は、俺が昨日強化した外壁と相まって、水の圧力に耐え抜いていた。


 完全に火が押し流された頃合いを見計らって、俺は【土壁】の魔法を洞窟内へ放つ。

 これで湖への通路を塞いでしまえば、放水は止まるという寸法だ。


 こうして、兄妹が企んだ森の放火による砦攻略という(くわだ)ては、一瞬にして崩壊したのだった。





 放水の結果、麓全体が泥で埋まってしまい、森を抜ける道が埋まってしまったのは……まぁ、ご愛敬と言う事で。


あと3話+間章1話で今章は終了する予定です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] テンポ良く進んで楽しいです [気になる点] 文中の水の勢い(流量)は、湖水全体の質量には依存しません。湖水面から穴までの高さ(圧力)と、穴の面積、水の比重(水温で多少変わる)で決まります。…
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