第72話 今日の宿
いきなり巻き起こった大惨事に、傭兵達が呆然と消え去った城門を見つめていた。
木っ端のようにすっ飛んで行った『依頼人』の姿はすでになく、シノブとカツヒト、それに傭兵達だけがその惨状を目にしていた。
「お、あ……アキラ? お前、あれ……」
「あ、いや……これは……」
ダーズが自分が目にした破壊力が一体何なのか、問いかけてくる。
俺は……これを説明すべく虹色の脳細胞を活発に回転させる。
「あー、これが俺の家系に伝わる秘伝のスキルの一つなんだ。その名も【過剰暴走】。こいつを利用して、【天火】の魔法を暴走させて普通より早く鉄を溶接する事が出来るんだな」
「なるほど、やたらと仕事が早い理由はその魔法か」
「もちろん攻撃にも転用できるのだが、軍事目的での利用があまりにも危険すぎてな。威力は見ての通りだから」
「それで内密に……お前の事情はよく判った」
「そうか、判ってくれたか!」
「……で、城門をどう直してくれるんだ?」
「ふぐぅ!?」
傭兵団である彼らは、あちこちに恨みを買う事が多い。これは職業柄仕方のない事なのだが、そうなると今度は身を護る術が問題になってくる。
シノブによって半ば崩壊していたとはいえ、その城門は非常に重要な意味があった。
その城門が周囲の城壁ごと消し飛んでいるのだ。これは問題にもなろう。
「も、元から門は半分壊れていたし……」
「それでもまだ修理すれば何とかなる範囲だったんだがな。今はもう跡形もねぇ……ああっ、ボスにどう説明すりゃいいんだぁ!」
頭を抱えて悶えるダース。
その気持ちは判らんでもない。俺の能力ならばすぐにでも元に戻せるのだが、それをやるとせっかく投石をごまかした意味がなくなってしまう。
「あ、アキラ。その……」
俺がそれをできる事を知る数少ない知人であるシノブが、言い難そうに袖を引いてくる。
彼女としては、依頼人のおかげで迷惑をかけた傭兵団に、これ以上負担を掛けたくない意図もあったのだろうが。
「ああ、そうだ。リニア、お前の【土壁】なら、城壁の代用くらいできるだろ!」
「えー」
城壁の高さは10m程度あったはずだが、リニアの【土壁】の魔法はその倍の高さの壁が作れる。
しかも込められる魔力が高いため、硬さも他の壁と遜色がない――むしろ他よりも硬い壁が作れるはずだ。
「門を取り付ける位置は、後で穴を開ければいいとして……な、これなら城壁は問題ない!」
「いや、城壁を【土壁】で代用って……できるのか?」
「ああ、リニアなら問題ない。充分以上の強度を保証できるはずだ」
というか、お詫びに強化も付与しておこう。ちょっとした投石器では傷もつかない位に。
それから俺はシノブ達に向きなおり、今後の予定を聞いた。
「お前たちはどうする? 俺はこの先のルアダンに居を構えているんだが」
「あの依頼者にはさすがに辟易していてな。元々アキラを見つけるまでって約束だったし、いい機会だからここまでにさせてもらおうと思う。宿は……しばらく厄介になっていいか?」
「ああ、別に構わないぞ」
「新婚家庭に転がり込むようで、心苦しいのはあるがな」
「俺とリニアは何の関係も無いからな!?」
カツヒトが火に油を注いだお陰で、シノブの視線がまた鋭くなった。
「その、私もアキラを見つけるために街を出たのだから、これで目的を果たしたとは言えるのだが……宿は決めてないんだ。厄介になっても……?」
「ああ、シノブなら大歓迎だ。カツヒトはお邪魔だが」
「おい!?」
「その……砦の人には申し訳ない事をしたと思って……」
シノブは俺とは別に、傭兵達に向けてゴニョゴニョと言い訳している。
散々痛めつけた相手に見逃してもらえるか、不安に思っているのだろう。もちろん彼女が本気ならば力尽くで突破する事も可能なのだろうが。
ダーズはそんなシノブを見て、渋い顔をしている。
彼らからすれば彼女は怨敵であるはずなのだが、彼女の事情も理解できる。
助っ人の依頼を受けたと言う事は、彼らと斬り合う立場に否応なくなってしまうのである。
それは敵味方が頻繁に入れ替わる傭兵ならば理解している事だ。
そして彼女自身、極力死者を出さないように腐心していた事も、ダーズは理解していた。
好感度は低いが、それでも彼女を敵視する理由は傭兵団には無くなったのだ。
「まぁ、昨日の敵が――てのは傭兵の習いだからな。あいつらと縁を切ったのならもう無関係って事にしておこう……これ以上、ここで暴れられたら堪らんし」
「こっそり本音が漏れてっぞ」
「いや、マジでもう勘弁してつかぁさい」
今まで5人、10人で掛かっても勝てなかった相手なのだ。今はしおらしい態度を取っているが、開き直られて暴れられたら手の付けようがない。
正直ダーズたちにとっては早々に立ち去ってほしい相手のはずである。
「じゃあ、俺の仕事もここで終わりって事かな?」
「今ある分を修繕してくれたらな」
小屋にはまだ50個程度の装備が転がっている。
うち20個程度が再利用不可と言う事にしてあるので、残り30個程度は修理しないといけない計算だ。
「それは俺の家の方でやっていいか? 30個程度ならばそっちでやっても問題ないだろう?」
というか、30個分となると3日は泊まりこまないといけない。正直、暇を持て余したあの時間をもう一度過ごすのは、勘弁願いたいのだ。
「そうだな……あいつらが生きていたとしても、新しい助っ人を用意するまでは時間が掛かるだろう。3日で修繕が終わるなら充分間に合うはずだ。装備はそっちに運び込ませておこう」
「ああ、そうしてくれると助かる」
そうして俺達は砦から逃げ出すように立ち去る事になったのである。
「おう、嬢ちゃん! 今度こそ負けねーからな!」
「また稽古付けてくれ。あんたくらい強い剣士は目にしたことが無いぞ!」
「む、歓迎してくれるなら、また来る」
「いや、来るなよ!?」
帰り際、傭兵団の連中はシノブに熱いエールを送っていたが、ダーズは面倒そうに拒否していた。
来るたびに大量の怪我人を出す彼女の鍛錬は、上司であるダーズにとって迷惑極まりない来訪なのだ。
「それで……その女は――」
「いや、それはもういいから」
「私にとっては割と重要事なんだが?」
2日ぶりの小屋に戻って、2人に茶を出しつつ寛ぐ。やはり自分の家というのは、ことさら開放感がある。
「わたしもご主人の女性遍歴に付いては興味があるところです」
「俺もアキラが幼女趣味だった事実に驚きだ」
カツヒトがとんでもない誤解をしているようなので、俺はそれを丁寧に修正しておく。
こいつらは強化してないので、半端なツッコミを入れると致命傷になりかねない。
「俺にそんな趣味はない。というか、巨乳派だし」
「そうなのか? シノブと言い、彼女と言い、どう見ても――」
「そりゃお前の方だろ。行く先々で幼女の依頼を受けやがって」
考えてみれば、カツヒトはキフォンでリディアに懐かれていたし、ニブラスでも漁師の娘トリスの頼みを聞いていた。
そしてシノブと一緒に旅をし、さっきの依頼者の女もやや幼げな印象だった。
「そんなつもりはないのだが……今回の依頼は本当に参った……」
シノブとカツヒトの話によると、『悪辣な傭兵団に殺された商人の父の敵を討つため、助力してくれ』という兄妹の依頼を受けたはいいが、彼らはシノブ達の力量を知るとあっさりと手の平を返した。
いわゆる虎の威を借る……という奴で、行く先々で問題を力尽くで解決しようとし、自分の悲劇に酔いしれ、その悲劇のおかげで何をしても許されるかのように振る舞いだしたのだ。
シノブは同情できる所もあると我慢していたようだが、カツヒトはあっさりと兄妹を見限っていた。
傭兵団に対して、シノブばかりが矢面に立っていたのは、その辺りが理由である。
今回、『俺を見つけるまで』という依頼時の条件が達成されたため、ギルドに対しても正式に依頼を破棄する体面が整った訳だが、もしこの項目が無ければ、彼女はいまだに彼らに縛られていた事になる。
「まぁ、それはもうどうでもいい事として……お前らはしばらくルアダンにいるのか? 長期滞在するなら宿は早めにとっておいた方がいいぞ。この街は今、好景気だからな。いつまでも俺の家ってのも居心地悪いだろ?」
「え、私はアキラと一緒にいるために旅をしてきたのだが……できるなら一緒に、その……暮らせればいいなとか思っていたり……」
珍しく歯切れ悪く、シノブがもごもごと言葉を発する。
それを聞いてリニアは冷たい視線を投げかけていた。
「この家は2人までが限界ですので、とっとと宿を取りに戻ってください」
「おい、別にいいだろ。つーか、お前はなぜそんなに刺々しいんだ?」
「わたしのヒエラルキーを脅かす存在に警戒心を剥き出しにしているんです」
リニアにとっての段階的階層構造とは、主人の寵愛の深さによって決まる物だ。
明らかに俺に気があるシノブの態度に、それが脅かされると思って警戒しているのだろう。
「まぁ、シノブはお前をないがしろにするような奴じゃないから、安心しろ。それより泊まる所を用意しないとな」
この家にあるのは俺の部屋とリニアの部屋、それに商業用の個室に地下の作業所だけだ。
2人分の部屋を追加で足さないと、今夜泊まる所がなくなってしまう。
こうして俺は我が家のリフォームに乗り出したのだった。