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ポンコツ魔神 逃亡中!  作者: 鏑木ハルカ
第7章 ルアダン編-2
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第70話 仮宿

 俺に与えられた作業場は、砦の中にある城壁のそばの小屋の一つで、換気のための窓が二つ付いた倉庫のような形をしていた。

 小屋の隣には薪が積み上げられていて、水汲み用の井戸も併設されている。

 修繕用の設備も整って居るので、作業場としては問題なく行えるのだが……


「窓が……な」

「結構覗かれ放題ですねぇ。ご主人のお風呂みたいです」

「え、お前覗いてたの?」

「てへぺろ」


 とんでもないカミングアウトをかましたリニアの頭頂部に拳骨を落としながら、小屋の周囲を観察していく。

 砦の内部に部屋を作ってもらう事も考えたが、あちらは換気の問題があって、逆に怪しまれるらしい。

 更に作業音も妨害できないため、言い訳に苦労しそうだった。


「ここでやるしかないんだろうけど……監視がいるな」

「なんで鍛冶師の仕事に監視がいるんだ?」


 俺の発言に疑問を呈したのは、この砦における窓口役を担当するダーズだ。

 彼はこの砦で、交渉を始めとしたサポートを主に請け負っており、その発言力はダリルに次ぐとも言われているらしい。


 ともあれ、例の襲撃者によって大量の怪我人が出ているこの砦では、人の傷は魔法で塞げるのだが、彼らが装備していた防具や武器までは魔法で直せなかった。

 そこで俺のような外部の鍛冶師を呼び込み、修繕させようというのだが――


「俺の作業は一子相伝的な秘密が多く含まれている。だから、おいそれと人目に付く場所で仕事できないんだよ」

「リニア嬢ちゃんは良いのに?」


 こいつナカナカ鋭い所を付いて来るな……弟子とでも言っておこうか。


「リニアは弟子――」

「わたしはご主人の嫁候補兼肉奴隷なので、いいんです」

「おいィ!?」

「鍛冶は繊細な仕事ですから、ストレスが溜まるのです。それを乱暴に叩き付ける対象として、このわた――めきゃ!?」


 リニアのこめかみに膝を叩き込んで、妄言を止めさせる。もろに入った膝蹴りにリニアは螺旋を描きながらすっ飛んでいった。

 俺とリニアの間には、そのような接触は一切存在しないのだ。そもそもリニアたち小人族(リリパット)は見かけが人間の子供のように幼いのが特徴だ。

 その身長も1m程度しかないため、かなり特殊な嗜好を持たないと、興奮すらできないだろう。


「色ボケロリBBAの妄想は置いておくとして……」

「お、おう……」

「俺があの町で儲けているのは、手の速さが理由の一つでもある」


 一日に10個の装備を修繕するというのは、鍛冶師にとっても異例の速さらしい。

 それを俺は特殊な技術の使い手と言う事でごまかしている。


「その技術が漏洩しては、俺の今後の商売にも関わるんだ。ここまでは判るよな?」

「あ、ああ……」


 虚ろな視線で肯定するダーズだが、その注意は膝蹴りを受けてすっ飛び、薪の山に上半身を埋めてピクリとも動かないリニアに向いている。

 安心しろ、あいつはこの程度では死なないように『作って』おいた。

 いやまて、と言う事は『合体』できるように『作る』事も可能なのか……? いや、やめろ俺。これ以上は色々とイケない。


「とにかく、そういう訳で……ここに人が近寄らないように配慮してもらえると助かるんだが?」

「そうだな。監視……もよくないか。監視員に見られてしまうかもしれんからな。布令を出しておく事は出来るが……」

「リニアを監視に置くか。そちらとしても多少は気分が悪いだろうが、それくらいは許してくれよな?」

「判った、各員に通達しておこう」


 こうして俺は、砦内で秘密を確保する場を得たのである。




 とりあえず半日仕事と言う事で5つばかりの装備を修繕しておく。

 こういう殺伐とした集団はうまく繋ぎを取っておけば、今後もお得意様になってもらえるかもしれないので、未強化武器には+1を付けておくことも忘れない。

 これはあくまで、俺のサービスである。


 修繕の山にある武器を見る限り、強化武器というのはこの辺りではあまり普及しているようには見えない。

 アースワームの事件でも感じた事だが、この辺りは付与師の存在が少ないのかもしれない。それが粗末な武器の蔓延に拍車を掛けているのだろう。

 そこへ俺とリニアと言う……まぁ、正確には俺だけなのだが、付与術師がやってきた事により急速に強化武器が普及しているのが現状なのだ。


 この辺りは山と森に囲まれ、昆虫系モンスターや動物系モンスターが多い。

 硬い外骨格や骨に武器の消耗度も高いため、使い捨てみたいな使用法が一般的だ。

 だが強化武器ならば、その切れ味から消耗度を押さえる事ができ、結果的に経済的にもなる。それは立った+1の強化でも体感できるほど、大きな違いなのだ。


 俺が+1強化をサービスする理由、それはその経済的な面を経験してもらう事にある。

 強化武器を一度経験すれば、他の武器が物足りなく感じてしまう。そういう利用者が今度は正式な依頼人となって、更なる高レベル強化を求めてくるようになるのだ。


「くっくっく、ご主人も悪よのう……」

「いやいや、お代官様ほどでは……っていうか、きちんと見張ってろ」

「はーい」


 俺も5つ程度の修繕ならば、それこそ数分も掛からず終わらす事ができる。

 その過程において、気付いたことが一つあった。


「それにしても、これをやった奴はとんでもないな……」

「ん、どうしたんです?」


 窓の外からリニアが顔を覗かせてくる。

 俺のポツリと漏らした独り言を聞きつけてきたのだ。


「見ろよ、この切り口。鍛え込んだ鉄がバッサリだぜ? どんな腕だっての」

「おお、普通によく見る引き裂いたようなギザギザが無いですね?」

「切断面を見ると、磨いたみたいに平らになってる。よっぽどの剣速と切れ味のいい剣の両方が無いと、こうはならんな」


 一端の口を聞いてはいるが、俺だって剣に触れるようになったのはこの世界に来てからの話だ。それほど目利きがいい訳ではない。

 それでも、まるで最初からそう作られていたかのように鋭利な切断面を見ると、襲撃者の腕の程が思い知らされるというモノだった。


「ダーズの話じゃないが、ここまで綺麗に斬る事ができる奴か……一度見てみたいな」

「やめてくださいよ、物騒な」

「そうか? 闇影を改良するヒントがあるかもしれないじゃないか」

「あの剣、改良できるんですかね?」

「それは……」


 俺はその指摘に口を閉ざした。

 闇影は本来、攻撃力を下げるための呪い装備だ。切れ味を増すのは、本来の意図とは反する。


「くっ、こんな能力を持っていながら、名剣を作る事が出来ないなんて!」

「ご主人が使わないならば、使い道もありますよ? ほら、わたしとか、わたしとか!」

「お前、魔術師兼格闘士だろう?」

「魔術師ですよ、純粋な!?」


 まぁ、からかってはいるが、リニアの装備か……確かに現状、強化任せの肉体能力のみで近接戦闘を行っているから、何か持たせるのも悪くないかも知れない。

 口には出していないが、こいつの事はこれでいて、友人みたいに思っているのだ。


「魔術師用の軽装鎧とか、あったら譲ってもらうか……」

「ん、何か言いました?」

「いや、なんにも。それより、そろそろ飯の時間だろう? 修繕は一休みして……いや、終わってるけど、まぁ、飯でも食って来よう」

「こういう状況ですから、美味しいご飯は期待できそうにないですけどねぇ」

「そうか? こういう場所こそ、腕のいいコックがいるという話も聞くぞ?」


 戦時における娯楽と言えば飯と女だ。

 売春婦の存在は期待できそうにないが、飯は良いコックを囲い込んでいれば、安定的に供給してもらえる。

 砦を構えるほどの傭兵団ならば、その辺りは期待しても罰は当たるまい。


 リニアを従え、ダーズに聞いていた食堂にやってくると、そこはすでに傭兵達でごった返していた。


「おおぅ、これは凄いな。ある意味戦場じゃないか」

「お、もう来てたのか。ちょうど呼びに行こうと思っていた所だぞ」


 そこへ声を掛けてきたのが、窓口役のダーズだ。

 彼は手にトレイを3つ持っていて、そこには今日の料理が載せられていた。


「ああ、もう用意してくれていたのか」

「おう、こっちに来る余裕も無いかと思って、持って行こうと思っていた所だ。仕事の方はどうだ?」

「終わったのは3つと言う所だな。残り2つは飯を食ってからやるよ」

「もう3つか! 噂通りの早技だな。そうなると寝る部屋もそろそろ用意しておかないといけないか……」

「あの小屋で構わんよ。毛布と藁さえあれば、あの部屋でも構わんぞ」

「一応とはいえ、客人をあんな小屋に押し込めておけるか。こっちの沽券に関わる」


 ダーズと一緒に長机に座りトレイを受け取る。

 そこに乗っていたのは硬めの黒いパンと、刻み野菜のスープ。それに甘酢餡を掛けた肉団子が大量に。デザートは干したイチジクの実だった。


「悪いな。コックの腕はいいんだが、いい素材が入ってこなくてな。少し粗末な飯になってる」

「それでソースで肉の味をごまかしていると?」

「ハハ、そういう訳だ!」


 ダーズの話では、襲撃者が補給部隊も襲うため、食料の供給が滞っているらしい。

 釣り戦術や補給を叩く戦術と言い、戦いの嫌らしい所を実によく体現している。

 そこで食材の悪化を見て取ったコックが、野菜をスープで煮込んだり、甘酢餡を掛けてたりして味を濃くし、素材の悪さをごまかしているのだという。


「しかしあれだ……迷惑な襲撃者だな」

「いやまぁ、迷惑は迷惑なんだけどな。こういう仕事だ。恨みを買う事もあるし、そこは責められんというかなんと言うか……」


 歯切れ悪くダーズが頭を書いて相手を慮る。

 この男はそういう意味では、熱くならない。冷静に敵味方を分析するため、交渉役に任じられたのもよく判る。


「だが、あれだな。復讐に来るのは責められん。力不足で助っ人を頼むのも判る。だが部下を執拗に切り刻むのだけは、少し辟易しているな」

「ああ、それは確かにな」


 復讐の対象はこの砦のボスだけらしい。ならばボスを狙えばいいものを、出て来るまで部下をいたぶるのは、少々物申したい所だ。

 ここにいないのが信じられないからだろうが、それならば見張るなり何なり、手段は他にもあっただろうに。


「まぁ、そっちは治癒術師で何とかなってるし、食料も完全に途絶した訳じゃない。装備の劣化もお前さんが来てくれて何とかなる。これでボスが帰ってくるまで、持たせる事ができるってもんだ」

「そう言ってもらえると、やる気が出て来るな。なかなか人使いが上手いな、あんた」

「だろ?」


 そう言って俺とダーズは、安酒を注いだ杯を打ち合わせたのだった。


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