第66話 すり合わせ
「げぇ、ガロア!?」
「よぅ、久しぶりだな兄ちゃん」
「なんだ、その猛将に出会ってしまった雑魚のようなセリフは?」
宿に入ってガロアの姿を目にした途端、カツヒトは狼狽の声を上げた。彼にしてみれば、もっとも出会いたくないこの街の冒険者の一人だ。
この街を焼いてしまった時も、ここにいた冒険者なのだから。
「い、いや。なんでもないぞ。本当に何でもないんだ」
「どう見ても何かあったようにしか思えないんだが……」
「こいつとは前に一度立ち会った経験があってな。お嬢――シノブほどではないが、いい腕をしていたよ」
「ああ、それで」
シノブはカツヒトの狼狽を、強敵と再会してしまったモノと勘違いした。
ここでまた騒ぎを起こすかもしれないから、慌てたのだろうと考えたのだ。
「それじゃ俺はちょっと主人に挨拶してくる。まったく、あの馬鹿共のおかげでいい迷惑だ」
「元凶ではあるのだろう? これに懲りたら腕試しは程々にな」
「あの性格じゃ、いつかどこかで騒ぎを起こしてたさ。シノブがいる宿で助かったよ」
ひらひらと手を振ってから、主人の元に歩み寄っていく。
その後、主人に頭を下げて謝罪をしていたが、その表情は真摯な物だった。本当に悪いとは思っていたのだろう。
食堂はいつも通り、昼食の客で混雑していた。昨夜の騒動の影響は、あまりないようなのが救いだ。
コックも兼ねている両親は昼時に食事を取る事が出来ないので、リディアがカツヒトと共に食事を取っている。
だがシノブは、悪いとは思いながらも、彼女には少し席を外してもらう事にした。
ガロアに渡した手紙の事もあるが、子供には聞かせたくない話も出るかもしれないからだ。今後のアンサラの事を考えれば、黒い話も出て来るかも知れない。
やがて謝罪を終えたガロアがテーブルにやってきて、どっかと席に着く。
「待たせて済まなかった。代わりに今日の昼食は俺に持たせてくれ。お前らにも謝らんとイカンからな」
「そりゃ済まないな。ではいつも頼めないような高級な料理を――」
「シノブ、お前ちょっとは遠慮してくれ。と言うかついでに注文は済ませてきたから、追加はそれを食ってからにしてくれよ」
そう言いつつ懐に仕舞った手紙を取り出し、封を切る。
レナレスがガロアに宛てた手紙。場合によっては養父の望みと言えど、それを断らねばならないかも知れない。そんな可能性にシノブは姿勢を正す。
状況が判らないカツヒトは食事を続行していた。
「ハッハ、いい手回しをしてくれる……」
一通り目を通したガロアは、小さくそう呟いた。その目には感嘆と感謝、そして哀惜が浮かんでいた。
「なにが書いてあったんだ?」
「それはちょっとな……それよりお前達はこれからどうする? 手紙にはシノブの後見を任されてはいるんだが?」
「探し人がいるんだ。できれば彼の後を追いたい」
「彼……ああ、そういえば一人足りないな。それでカツヒトも一緒なのか」
「一人?」
「ん? 違うのか?」
ぐるりと首を巡らせ、2人を見やるガロア。
そしてカツヒトが止める間もなく、口を開いた。
「カツヒトはもう一人仲間がいただろ。確か、アキラっていう荷物持ちが」
「あ、こら!」
「なん……だと……!?」
身を乗り出し、ガロアの口を押えようとするカツヒト、それをひらりと躱すガロア。
そして、驚愕に目を見開くシノブ。
彼女は直後、カツヒトの襟首を掴んでテーブルに叩き付けた。
「貴様、アキラを知っているのか? なぜ黙っていた!」
血相を変えてカツヒトを締め上げるシノブ。
その形相を見てカツヒトはシノブがアキラに例の『とばっちり』を受けたと判断し、彼の擁護に回った。
「待て待て! いや、確かに知り合いではあるんだが……あいつはそんなに悪い奴じゃない。まずは話を聞け」
「そんな事は知っている!」
「……は?」
シノブの狼狽振りから、彼女がアキラに何か害を加えられたのかと推測したカツヒトだったが、真逆のその反応に目をぱちくりと瞬かせた。
どうやら彼女はアキラに被害を受けていないらしいと、ようやく理解した。
「確認するが、アキラに報復するために旅をしているとかじゃ……ないんだな?」
「彼は私の命の恩人だ。しかもこんな大層な贈り物までもらってしまって……私は、返しきれないほどの恩を受けているんだ」
ポンと右腰に下げた剣を叩くシノブ。そこには魔剣アンスウェラーが下げられていた。
「そういや、その剣、ちょっとしか目にできなかったんだが、かなりのワザ物に見えたな?」
「ああ、済まないが人目に晒すのは極力避けたいレベルの品だ。お前との手合わせでは反射的に抜かされてしまったが……」
「へぇ? ぜひ見せてもらいたいもんだ」
「人目を避けたいと言っただろう。こんな食堂のど真ん中で晒せるものか」
「そりゃ残念だ。また機会があれば、頼めるか? で、アキラが何をしたんだよ?」
「そっ、それは……」
ここでシノブが再び口篭る。押し倒していたカツヒトを解放し、席に着いて、テーブルをトントンと叩いて思案していた。
この街は、魔神ワラキアとその眷属によって被害を受けた街だ。彼にアキラの素性を話す訳には行かない。
カツヒトが最初、ガロアを見て狼狽したのもそのせいだろうと、今では推測できる。
つまり、彼に魔神ワラキアの正体を明かす事はできない。ここは正直に話せない場面だ。
気を静めるために一口水を含んでから、冷静に言葉を紡ぐ。
「い、いや。よく考えれば『何もしていない』な。うん、私の早とちり――」
「なんだ、魔神ワラキアがまた何かやらかしたのかと思ったぞ」
「ぶっふぉ!?」
何気ないガロアの言葉にカツヒトが料理を噴き出した。
ついでにシノブも水を噴出させている。
「なななななぜそれを――!?」
「そりゃお前、あの事件の前日に町にやってきて、あの混乱の最中にこっそり街を出たんだぞ。しかもギルドでは依頼を半日で放棄してる。怪しまない方がおかしいだろう、眷属カーツ君?」
「その名はやめろって!?」
「カツヒトが……眷属?」
「アキラと同行していたんだ。その眷属とやらの正体はおのずと説明が付くだろ」
カツヒトがアキラの仲間と言う事で混乱してしまったが、確かに仲間ならばその眷属と言われる事も納得がいく。
だが、彼にはそれほどの実力はなかったはずだ。卓越した戦士であるのは認めるところだが、その強さは一般常識の範疇内である。
これ以上は一般客の居る食堂では話せないと判断し、シノブはカウンターにいる主人に声を掛けた。
「主人、少し個室を借りていいだろうか?」
「え、はい? ああ、いいですよ。こちらに応接室がありますので、どうぞお使いください」
この宿にも商談をまとめるための個室などが用意されている。
この先は人に聞かせられる話ではないため、個室に移動する事を提案したのだ。
3人とも断る理由も無いので、大人しくシノブについていく。
質素な個室に料理を運んでもらい、食事しながら話の続きを行う。
「さて、まずは……」
「シノブの剣を見せてもらう事から、だな」
「おい……いや、いいけど。勝手に見てろ」
アンスウェラーを引き抜き、ガロアに手渡す。この部屋は逃げ場がないので、安心して渡す事ができる。
「こりゃすげぇ……神剣レベルじゃねぇか」
「アキラが作ったんだ。普通の剣のはずがないだろう」
「俺にも一本欲しくなってきたな」
「やらんぞ。欲しければ命を掛けろ」
死んでも渡さない。そういう意味を込めて、ガロアに警告する。
まずは虫と炎の悪魔カーツの真相について確かめるべきだ。そう考え、シノブはカツヒトに言葉を掛けた。
「それでカツヒト。お前の実力は昨日見せてもらったが、それでも眷属呼ばわりされるほどの惨事を起こせるとは思えない。一体何があった?」
「ああ、あれはアキラが見間違われたんだ。ジャイアントビーに集られてるせいで虫の悪魔と――」
「そういや、そんな仕事受けてたっけな」
「炎っていうのは何だ?」
「あいつが自分に火を着けたら延焼した」
「なにをやっているんだ……」
思わず頭を抱えるシノブ。だが今にして思えば、彼女の故郷でも山の頂上が吹き飛んだりして騒動は絶えなかった。
あれは全てアキラが起こしていた惨事なのだろうと、思い当たった。
「だが、人ひとりの火種が森を半分近く焼くなんて――」
「燃えた蜂が四方八方に飛び回ってな。しかも火を消そうと俺が風魔法を使ったから――」
「うん、もういい」
「で、それを知られたからには、ガロアには生きてここを出てもらう訳には行かないんだが?」
目に剣呑な光を湛え、ガロアを見やるカツヒト。その手は愛槍をしっかりと握っている。
「今はやめておけ。その剣を持っている相手は、そう簡単に倒せないぞ」
「あ? 俺もそこまでは浅ましくないぞ。それに俺も後ろめたい事はある。無闇に口外しない事は誓うさ」
「そう言えばガロアもなぜ、あんな迷惑な腕試しをしているんだ?」
「それに関しては、少し面倒な事になるんだが……お前達、秘密は守れるか?」
これに対し、ガロアは真剣な表情を向けてくる。
「ああ、お前同様、誓ってもいい」
「魔剣を手にしたまま誓えってか? 信用できない」
素直に応じるシノブと、魔剣の圧力を指摘するカツヒト。ここは旅慣れたカツヒトの方が慎重だった。
それを指摘され、ガロアはシノブに剣を返す。
「これでお前たちは俺をいつでも斬れるようになった訳だ。もちろん、ただで斬られてやるつもりはないが」
「そっちも命懸けって訳か。いいだろう、誓おう」
カツヒトが手を上げて宣誓したのを見て、ガロアはさらに声を低め、宣言した。
「俺たちは今、アロンから独立する計画を画策している」