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ポンコツ魔神 逃亡中!  作者: 鏑木ハルカ
番外章 キフォン編-2
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第65話 デュエル

 シノブとガロア、二人は同時に飛び出したが、その行動は全く逆だった。

 ガロアは右肩に斧を担ぎ、攻撃を仕掛ける。対するシノブはガロアの左に回り込み、斧を避けつつ懐に潜り込んだ。


 斧から最も遠い位置。そこならば戦斧の最大の武器である遠心力が大きく減衰し、威力が削がれる。

 それを見越して、最初にその位置につく事を選んだのだ。


 それを見て、ガロアは舌打ちをしつつ左足を引く。

 この行為で半身がクルリと回転し、シノブを正面に捉えることができる。


 だがこれも彼女にとって、想定内の動きだ。

 正面を向くと言う事は、彼女に急所を晒す事でもある。振り下ろした斧はまだ次の攻撃には移れない。

 一瞬の無防備。この機を突かないほど、彼女の戦歴は浅くない。


 鞘に収めた剣を居合さながらに引き抜き、ガロアの脇腹に斬りかかる。

 斧を振るという行為に、腹筋と背筋の連携は不可欠。ここを傷付ければ、重傷を負わせる事なく彼女の勝利が確定する。

 戦斧は未だ振り下ろされた状態のまま。これを受ける事は難しいだろう。


 だがガロアもまた、歴戦の冒険者だった。

 特に正面切っての戦闘ではほとんど負けが無いほどに。


 疾る剣撃を左手の籠手で跳ね上げ、防ぐ。

 そのまま左足も連動させて、蹴りをシノブに叩き込んだのだ。

 そしてシノブもまた、この攻撃に対応する。

 右腰の剣――アンスウェラーを半ば引き抜き、刀身を盾にしつつ意図的に弾き飛ばされ、再び距離を取った。


 互いに距離を取り直し、大きく息を吐く。

 ほんの瞬き一つする間の、一瞬の攻防。この高度なやり取りに理解できた冒険者達は溜息を吐き、理解できなかった者は喝采を上げた。


「すげぇ、なんだ今の動き!?」

「あの女の子が近付いただろ、でガロアが斬ってあの子がこう斬り返して――蹴り飛ばされた?」

「それは反対の剣で防いでるよ!」

「それより、あの一瞬での駆け引きは凄いぞ。ガロアと互角……いや、あの子がやや押しているか」

「マジかよ、ガロアより上って事か?」


 そんな喧騒を耳にしつつ、シノブは頭をクールダウンさせた。

 ガロアの技量はカツヒトと同程度。シノブの方が一回りは上だろう。

 だがこちらの攻撃に対する理解力が早い。


 先の攻防で位置取りの意図を読む能力、攻撃の反応などを読み取る能力の高さが窺えた。

 彼女としてはアンスウェラーを抜く事無く、最初の斬撃で斬って捨てるつもりだったのだ。

 それを受けられ、反撃までされ、アンスウェラーを抜かされた。その事実に驚愕する。


「驚いた。初手で終わらせるつもりだったのに」

「そりゃあこっちのセリフだ。嫌らしい攻撃をしてくれるぜ」


 軽く言葉を交わし、今度はガロアだけが動く。

 先ほどと比べてやや緩い斬り上げ。これにシノブは違和感を覚えた。


 この一撃は牽制。それは判る。

 だがそれ以上に踏み込みが一歩、いや、半歩浅い。


 これを受けずに回避し、一歩後ろに下がる。

 すると跳ね上がった斧がクルリとか反転し、頭上から落ちてくる。

 左の肩口に衝突するコース。だが当たる瞬間、ガロアは脇を締め、軌道をずらした。


 本来ならギリギリ当たるコースに移動しつつ、シノブはその動きを見切る。

 ガロアが微妙に斧を引いた分、その攻撃は彼女に届かなかった。


 振り下ろした斧を持つ手首に刀身を当てて、止める。

 はた目にはシノブが一本取ったように見えるだろう。


「なるほど。手加減してくれる訳だ」

「殺すつもりは元から無いからな。お嬢ちゃんにはその必要はなさそうだが……」

「……一つ聞くが、昨日、三人組にもケンカを売ったのか?」

「ああ、おかげで宿が一つとばっちりを食ったようだな。済まない事をした」

「それが判っているなら――」

「あの宿には既に見舞金と部下を派遣して、後片付けをさせている。後で俺も謝罪に出向くつもりだ」


 そういえば朝、見知らぬ冒険者が三人、宿の修繕を行っていた。あれはガロアの部下だったのかと、シノブは納得する。

 この男は自分の行為が他人に迷惑を掛けている事を知っている。その上でなお、こうして力試しを行っているのだ。

 そうでなければ、被害を受けた宿のアフターケアなどするはずがない。


「なぜ、こんな真似をしている?」

「知りたけりゃ、俺に勝ってみな」

「では、そうしよう」


 すでにアンスウェラーを半ば抜かされたのだから、ここで手加減をする必要は、最早ない。

 ついでに全力と言うのなら慣れない小細工も試してみようと、心に決める。

 昨日カツヒトの戦い方を見て、勉強になったのだ。


「いくぞ……」


 一声かけ、初めてシノブから動いた。

 速さを活かした鋭い斬撃。その速度はガロアのそれを遥かに上回る。


「速いな――だが、軽い!」


 体重が軽く、腕力の無いシノブの斬撃はガロアのそれとは比較にならないほどに、軽い。

 手にしている剣がウォーケンの名剣でなければ、そこらの一般冒険者と大差ない程度だ。

 その程度の攻撃など、ガロアの頑強な籠手に弾き返されてしまう。


 そして反撃。直撃は回避したが、その一発でシノブはまた元の位置まで押し返される。

 だがこの状況こそ、狙っていた状況の一つだ。

 連撃で体勢を崩し、押し返した事で足を踏ん張っているガロア。

 あの体勢では大きく動くことはできない。


 ふわりと着地すると同時に腰の後ろに手をやり、そこに吊り下げられていた『モノ』を、ガロアの顔面に投げつける。

 それは口を開いた水袋だった。

 中身を振りまきながら、顔面に飛んでくるそれを、ガロアは斧の柄で受け止め、弾く。


 体勢が良ければ足を使って避ける事も可能だっただろう。

 口が開いてなければ、首を傾けて避けただろう。

 だが、中身をバラまきながら飛んでくるそれは、受け止めるしかできない。


 直後鼻に突く異臭に毒を疑うが、それはガロアがよく嗅ぐ臭いでもあった。


「――酒!?」


 一瞬虚を突かれるが改めてシノブの方に目をやる。

 彼女は目潰しを飛ばした隙に、魔法陣を描き出していた。

 水袋は目潰しを兼ねた時間稼ぎ。そう判断し、間合いを詰めるガロア。


 この程度では大きな魔法を唱える時間など、稼げはしない。勝利を確信し、間合いを詰めようとする。

 だが、シノブの魔法は彼が思っているよりも遥かに早く完成していた。


「詰みだ――【点火(ティンダー)】」


 ガロアは彼女の意図を、ここで察する。

 顔面に投げつけられた酒、それに【点火】すれば自分の顔は燃え上がっただろう、と。

 だがそれは柄で防いだ。酒は柄で弾き――


「しまった!」


 直後、ガロアの手は激しく燃え上がった。酒をたっぷりと浴びた柄と籠手に火が付いたのだ。

 反射的に斧を捨てるべきか、このまま攻撃を続行すべきか、迷う。

 だが自ら間合いを詰めた事が、その時間を奪い去っていた。


 右腰の剣を引き抜くシノブ。

 それは最初の剣撃同様、最短距離を最速で駆け抜ける。

 そして斧の柄を(したた)かに撃ち据え……斬り飛ばしたのだった。


「勝負あり、だ」


 ガロアに剣を突き付け、勝利を宣言するシノブ。

 ガロアはいまだ燃え上がる手をゆっくりと上げ、敗北を受け入れたのだった。





 手紙をガロアに渡し、話を聞こうと思ったシノブだが、なぜかガロアが宿に付いて来る事になった。

 彼としても、自身の行動が元で迷惑をかけたのだから、いつかは謝罪に出向かねばならないと思っていたらしい。


「で、お嬢ちゃんに話をするついでもあるしな」

「お嬢ちゃんはやめてくれ。シノブと言う名がある」

「ではシノブ。一つ聞くが……最後のアレ、狙ってやったのか?」

「ああ、そうだが?」

「俺が言うのもなんだが、危険だろう。間に合わなければどうするつもりだったんだ?」

「初期魔法なら充分な時間は稼げる自信があった。それに熟練者ならば顔に飛んできた液体は受け止めるし、魔術を使えば間合いを詰めてくる。経験があればあるほど、あの手はハマるだろう?」


 魔術師には間合いを詰める。これはこの世界の戦士の基本ではあるが、未熟な者ならその場に足を留めてしまう可能性もある。

 経験が豊富なガロアだからこそ、反射的に飛び込んでしまった訳だ。


「むしろ顔面にモロにかぶってしまったら、私の方がどうしていいか迷っていたかもな」


 さすがに試合程度で顔を焼くのは、躊躇いがあった。

 ガロアの手は、すぐさまもう1つの水袋に入っていた水で消し、軽い火傷はギルドに駐在している治癒術師に治してもらっている。


「都合よく酒なんて持ってたものだな。それもあんなにキツイ奴を」

「あれは気付け用の酒だ。後、消毒にも使うな。旅の必需品だぞ」

「水袋2つ下げていたのは、そういう理由があるからか」

「……まぁ、たまに、寝酒代わりに口にすることも……無きにしも非ずだが」


 元の世界では未成年のシノブが、きまり悪そうに自白した。

 こちらの世界では15歳で成人扱いだし、そもそも飲酒を規制する法律が無いので、何の問題も無いのだが、この辺りは実に生真面目な性向が出ている。

 ガロアはそんなシノブの肩をバンバン叩いて、豪快に笑った。


「そりゃいい、今度俺の酒にも付き合ってくれ」

「わたしに酌をしろと?」

「むしろ俺がしてやろう。敗者の義務だ」

「冗談言うな。それに私と酒が飲みたいという男は結構いるのだぞ。そう簡単にその席を譲ってやる訳には行かん」

「そりゃ競争率が高そうだ」


 ここまでの旅路で彼女に酒を奢ろうという男は数多くいた。もちろん下心があっての事だろうが。

 それに彼女は自分が酒にあまり強くない事も、この旅の間に自覚している。味方の居ない状況で前後不覚になる怖さは、すでに充分に理解していた。

 いまだ警戒心を緩めずに同行していると、ようやくリディアの宿が見えてくる。


「ここが私の泊まっている宿だ。主人にきちんと謝罪するように」

「へいへい。お嬢様の仰せの通りに」


 最初から謝罪はするつもりなのに、ガロアはおどけた様にそう言って見せたのだった。


連休中の連続更新はこれで終わりです。

明日からは週3回の更新に戻ります。ご了承ください。

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