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ポンコツ魔神 逃亡中!  作者: 鏑木ハルカ
番外章 キフォン編-2
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第63話 伝わらなかった知り合い

 カツヒトに庇われるように立ち上がったシノブ。

 その彼女に二階から声が掛かった。

 吹き抜けになっている食堂の二階部分、その手すりの向こうにリディアの姿があった。


「お姉ちゃん、これ!」


 彼女としては力一杯投げたのだろうが、それは手摺をようやく飛び越えた程度でしかない。

 ほとんど自由落下気味に落ちてくる二本の愛剣。その落下点に身体を滑りこませ、剣帯から外し鞘ごと構えた。


「ありがとう、リディア。今度ご飯をおごってあげよう」

「え、あ、うん……あれ、カツヒトお兄ちゃん?」

「やあ、リディアちゃん。元気そうで何よりだ」


 暢気に挨拶を返しながらも、カツヒトは戦闘を続けていた。カツヒトとリディアは以前キフォンを訪れた時に、一度顔を合わせている。数ヵ月ぶりの再会になった訳だ。

 振り返った隙に殴りかかってきた戦槌(メイス)使いの顔面に、槍の石突を叩き込み、突き放す。

 広い食堂とは言え、そこかしこに椅子やテーブルが散乱しているここでは、槍は有利な武器とは言い難い。


 いや、よく見ると彼は小さな魔法を使っていたのだ。

 微風(ブリーズ)の魔法だろうか? 開いた手で素早く魔法陣を描き、その風を相手の目に当て、攻撃を遅らせていた。

 他にも足元を掬うように風を動かしたり、髪を視界を塞ぐようにたなびかせたりと、実に多彩かつ狡猾に使用している。

 自在に槍を振るい、魔法を活用して敵を近付けない技量は、シノブから見ても感嘆すべき物があった。


「お前の戦いは初めて見るが……なかなかやるじゃないか」

「そういう君も。さすが噂になっていただけはある」

「ところでさっき、『腐』女子と言ったか?」

「そ、そんなこと言ったかな……?」


 カツヒトの視線が、急激に泳ぎ出す。その影響で攻撃がやや不安定になった。

 シノブはその背中を叩いて叱咤する。


「まぁ、その話は後で付けよう。今はこいつらを始末するぞ」

「任せろ」


 話しながらも、シノブは節棍(フレイル)を掻い潜り、男の一人に接近する。

 左手で持った剣を使いその膝を強打。バランスを崩したところへ、右の剣を首筋へ叩き込む。

 抜き身だったら確実に首が飛んでいた一撃を受け、節棍使いあっさりと意識を失った。

 その速さは、カツヒトをもってしても見切るのが難しいほど鋭く、そして疾い。


 瞬く間の形勢逆転。

 これに戦斧を持った男は狼狽するしかなかった。


 まだ自分達が優勢であるという意識が抜けず、撤退の判断を付けるのが遅れてしまった。

 そもそも、仲間を見捨てる事すら迷ってしまったのだ。

 この隙にカツヒトは回り込むように移動して入り口を塞いだ。これで男は逃げられなくなってしまった。


 シノブ達にしても男を逃がすつもりは毛頭ない。

 この店は乱闘騒ぎと逃げ出した客のおかげで、大きな損害を受けている。それをこの男には補填してもらわねばならない。


「降伏しろ。大人しく表に付いて来ていれば、ただのケンカで済んだのにな」

「くそっ、そこを退け!」

「だが断る。君達風に言えば、『言われて退く奴なんていねーよ』かな?」

「ふざけ――ヒッ!?」


 カツヒトに斧を向けようとした瞬間、彼は槍をくるりと回転させ、穂先を喉元に突き付けた。

 こうなればリーチの長い槍は強い。ましてや背後には、常人離れした敏捷さを持つシノブが控えているのだ。


「これ以上抵抗するなら――斬って捨てる」


 背後のシノブが剣を一振りした勢いを利用し、鞘から抜いた。

 鞘を外したのは片手半剣(バスタードソード)だけだが、その剣ですら生半可な得物ではない事が判る。

 その剣呑な光を見て、男の心は完全に折れた。


「わ、判った。俺の負けだ……」


 両手を上げ、斧を落としたところで街の衛視が食堂に飛び込んできたのだった。





 男達は衛視に拘束され、一晩拘置所に放り込まれる事になった。

 事件のあらましが明白になれば、しかるべき裁判を経て処罰が下される事になる。

 シノブとカツヒトも無罪放免とは行かなかったが、こちらは宿の主人とリディアの証言や、助けた少年の言葉もあって厳重注意で済ませてもらえたのだ。


 男達の言動にシノブもかなり短絡的な行動を取ってしまった自覚はあるので、これは受け入れるしかなかった。

 リディアを怖がらせた彼らに、かなり怒りを覚えていたようだ。


 結局、調書を取って解放されたのは、深夜を過ぎてからである。


「それにしても、カツヒトがこの街にいるとは思わなかった。輸送部隊の連中はどうした?」


 夜道を二人歩きながら、近況を話し合う。

 カツヒトはこの街に来たばかりらしく、宿を取っていなかったので、リディアの宿に厄介になる事にしたのだ。

 二人は知り合いらしいので、これは当然の流れと言える。


「ああ、七番輸送隊か……前線から流れてきた部隊に攻撃されて、ミチヒコは死んで、シンとははぐれた。あれから会っていない」

「そうか、そっちもそんな感じなのだな」

「シノブはどうだ? 確かアンサラの街で騎士団に入っていたのだろう?」


 これはアキラから入手した情報である。

 だが、カツヒトはアキラと自分の悪名を(かんが)み、自身がワラキア関連の関係者である事は伏せていた。

 シノブの話題は出たが、アキラが彼女に正体を明かしたとは聞いていなかったからだ。

 そしてこの配慮は、シノブもまた同じだった。


「ああ、この街には知人に手紙を渡しに来たんだ。それに一身上の都合で騎士団は辞めた」

「そりゃまたどうして? 俺みたいな根無し草よりはマシな生活をしていただろうに」

「会いたい人がいるんだ。命の恩人で……まぁ、それは急ぎじゃないけど」


 少し顔を赤らめた彼女に、カツヒトは無駄な配慮を見せる。

 これは『らしくもなく』色恋沙汰に陥っている顔だ、と。


「それなら……あまり深く尋ねるのは無粋かな?」

「そうしてもらえると助かる」

「カツヒトは最近一度街を出たのだろう? どうしてまた戻ってきたんだ?」


 リディアの話では、拠点にしている訳でもないのに、半年と経たずに戻ってきたらしい。

 徒歩の旅を続けているのなら、かなり早い帰還と言う事になる。


「あー、俺も人を探していてな。まぁ、こちらも詮索しないでくれると助かるよ」

「そうか……そうだな、そう言う事情もあるか」


 アキラとはぐれてからカツヒトが取った行動は、元来た道を引き返す事だった。

 まず彼はニブラスで一週間程度隠れて待機していたのだが、アキラが戻ってくる気配はなかった。

 仮にも『魔神』と呼ばれる存在が、あの程度の波に飲まれて死ぬとは思えない。

 かといって自分を置いて先に行くとも思えなかったので、当面ニブラスで待機していたのだが、一向に出会えなかったのだ。


 そこで『さらに来た道を戻ったのでは?』と判断し、人目を避けながらキフォンまで戻ってきたのである。

 それゆえに往路よりも遥かに時間が掛かってしまい、この時期の帰還となってしまったのだ。


 ちなみに実際はアキラはあっさりと先に進んでいたのだ。彼は男には薄情なのである。


「それにしてもいい槍だな、それ」


 シノブは剥き出しのまま肩に担いだカツヒトの槍を見て、しみじみとそう呟いた。

 ベースとなる槍は大したものではないが、施された付与レベルが半端なく高い。


「その程度の槍にそこまで高度な付与を掛けるとは、物好きも居たものだな」

「そういうシノブの剣こそ凄いじゃないか。+16くらいか?」

「ああ、アンサラには腕のいい鍛冶師と付与師が居たんだ」

「そ、そうか……」


 二人の装備はどちらもアキラの手によるものだが、カツヒトはシノブを『アキラの知人』としか知らなかったし、シノブに至ってはカツヒトがアキラと面識があった事すら知らない。

 互いに、世間に対して後ろめたい知り合いを嗅ぎ付けられたくなかったので、突っ込んだ話ができずにいたのだ。

 そうこうしている内に宿まで辿り着いてしまい、そのまま部屋に戻ってしまったのである。





 シノブが目を覚ましたのは昼前になってからだった。

 昨夜は深夜を回るまで衛視に拘束されていたので、睡眠時間が足りていなかったのだ。

 それに想像以上にベッドの寝心地が良かったのもある。

 豪勢なベッドではないのだが、清潔なシーツにくるまれて眠るというのは非常に気持ちがいい。

 その感触に、うっかり寝過ごしてしまったのだ。


 欠伸を噛み殺しながら一回に降りて裏庭の井戸に向かう。

 馬の毛を束ねた歯ブラシで歯を磨き、顔を洗ってから食堂に向かった。

 そこでは見知らぬ冒険者が3名、宿の修復を手伝っていた。主人と話をしながら作業しているところを見て、修繕依頼を受けた冒険者かと、シノブは判断する。


「おはようございます。夕べは済みませんでした」

「ああ、おはようございます、シノブさん。気になさらないでください。むしろ助かったくらいですから」


 主人に挨拶を送ると、にこやかに返事をしてくれる。

 どうやら、暴れた事のお咎めはなさそうだと判断して、シノブは軽く安堵の息を漏らした。


「それに、ある筋から支援も入りましたので、宿としては損害はありませんよ」

「ある筋?」

「彼等です。どうやら、あの冒険者達が暴れる前に、灸を据えた方達らしくて」

「ああ、それで……」


 男達が何者かにやり込められた事は、昨夜の会話にあった。それを思い出しながらシノブは席に着く。

 彼女の腹は忙しなく空腹を訴えていたのだ。まずは朝食である。


「まず、朝食をお願いします」

「朝食と言うには少し遅いですけどね。昨日のお礼ですのでサービスですよ」


 不器用にウインクしてから主人は厨房へ下がっていったのだった。


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