第61話 シノブ、来訪
今章は短めの番外編となります。
シノブが主人公なので大きな騒動は起きず、大災害も起きません(ここ大事)
キフォンの街の門番がその少女の受付をしたのは、日の暮れる直前だった。
頭からすっぽりとマントを被った姿はあまりにも不審だったので、少し念入りに審査したのが始まりである。
少女の姿はマントの他に、左右の腰に2本の片手半長剣とロングソードを差しており、腰の後ろには長旅に備えた水袋が2つ。
長旅をしてきたと窺わせるというのに、その身形は小綺麗で、埃っぽさは感じさせても不潔さは感じさせない。
その少女の外見が、大人しめのでありながら、美しく成長する将来性を感じさせたのも大きかった。
つまり、悪い印象を持った訳ではなかったのだ。
「えっと……来たのはアンサラからか。結構な長旅だったね」
「ええ、まぁ」
「ここへは何をしに?」
「知人に養父の手紙を届けに来ました」
ハキハキとした口調で質問に答える少女。だが、その表情は硬い。まるで氷の彫像のような印象を抱かせる。
その度に腰で揺れる武骨な剣が、激しい違和感を醸し出していた。二本の剣を持つ者は珍しい事ではないが、それが華奢な少女では、あまりに似合わない。
「その……剣は?」
「ああ、これは……街に入るには預けるとかしないとダメなんですか?」
「いや、そう言う訳じゃないけど、似合わないなと思ってね」
まだ年若い門番は、ほんの少しの下心もあって、彼女との会話を長引かせようとする。
「これはどちらも恩人から送られたものなんです。少しばかり剣の心得があるもので」
そう言って鑑定用の水晶に手をかざす少女。そこには確かに剣のスキルが存在している。
しかもLv7と言う一流を示す数値が表示されていた。
「これは! いや、見かけによらないですね。その歳で……」
剣術Lv7、そして火属性魔術Lv5。
それはどちらも一流の証であり、卓越した戦闘力を持つ証明でもある。
「2年前まで戦場に出ていたので、それなりに」
「ああ、それは……申し訳ない事を聞きました」
当時の戦争は多くの者の心に、深く傷を残した。
一般市民にとって過去の争いは、すでに忘れたい出来事となりつつある。だが当事者であった兵士達は、いまだにそれを引きずる者もいた。それを聞き出してしまった事への謝罪だろう。
「いや、別に構わない。それより通っていいだろうか?」
「あ、はい。ええっと……水晶による審査も問題ないし、来市目的もはっきりしている。犯罪歴も無いし……大丈夫です。ようこそ、キフォンへ。シノブさん」
「ありがとう。だけど随分と厳重な審査なんだな」
「そりゃもう! ついこの間、魔神ワラキアが部下を引き連れて来襲しましたからね!」
「……部下?」
シノブはその言葉を聞いて首を傾げた。およそ1年前、アキラと出会った頃は彼に部下なんていなかったはずだ。
あれから1年も経つので、その間に仲間を増やしていても不思議ではないのではあるが、シノブにとって、それが妙に不快だった。
「むぅ?」
「あの……どうしました?」
「ああ、いや。なんでもない。少しばかり、仲間にするならどうして私を誘ってくれなかったのかと……いやいや、何でもないぞ!」
仮にもアキラは危険人物である。その人物の仲間になりたいなどとバレては、今後の行動に差支えが出るかもしれない。
首を傾げ、眉を顰め、ブンブンと首を振る。当初は氷のような、という印象を抱いていただけに、その情感豊かな言動に門番はしばし見惚れていた。
その呆けたような視線を、シノブは胡乱げな視線と捉え、慌てて言い訳する。
「いやこれは……そうだ、私はこの街は初めてなので、ギルドの位置とか教えてくれないか?」
「ギルドですか? それなら街の大通りから西に少し入ったところにあります。モンスターの解体所が隣接しているのですぐ判りますよ」
「了解した。それでは失礼する」
そそくさとその場を立ち去るシノブ。若い門番はその後ろ姿を、名残惜しそうに見送ったのだった。
冒険者ギルドに向かい、ガロアと言う冒険者に養父の手紙を渡すのが目的なのだが、すでに日が暮れ始め、辺りは薄暗くなってきていた。
シノブは、長い旅の習い性でこのくらいの明るさになると宿の心配をし始めてしまう。
「先に宿を探した方がいいかな……? 手紙は別に期限を切られている訳でもないし」
入市検閲でも感じた事だが、この街は今、復興の好景気に沸いている。
アキラが色々やらかしたことで莫大な損害を受けはしたが、人的な被害は全くなかった。
そのおかげで街の修復はスムーズに行われ、逆に公共工事の雇用まで生み出している様子だった。
「とは言え、私はこの街の宿について詳しく知らないんだよな」
宿選びと言うのは、旅人にとっては命にかかわる問題である。
ましてや、シノブのような年頃の少女にとっては、様々な面で心配は絶えない。
宿の主人はもちろんの事、そこに宿泊している客や、周囲の住人に至るまで、自身に害を与えようとする存在を見極めないといけない。
うっかりこれに失敗すると、旅人が『謎の失踪』を遂げたり、『正体不明の行き倒れ死体』になったり、『旅人から娼婦か奴隷へクラスチェンジ』する羽目になってしまうのだ。
「むぅ……やはりガロア氏に手紙を渡し、ついでに宿を紹介してもらう方がよかっただろうか?」
「それなら、わたしがいい宿を教えてあげる!」
不意に通りの向かい側から声を掛けられ、シノブはびくりと背筋を伸ばす。
警戒はしていたので、殺意ある者がいないのは判っていたが、まさか知り合いの居ない街で声を掛けられるとは思っていなかったからだ。
みるとそこには、買い物袋を抱えた10歳くらいの少女がいた。
袋一杯に詰め込まれたネギとバゲットが、少しばかり重そうである。
「君は?」
「わたし、リディア。うちは宿屋さんだから、うちに来てよ!」
宿屋さんと言う時、自信ありげに胸を張って見せる仕草が微笑ましかった。
こんな小さな子供がいる宿なら、少なくとも主人は不逞な輩ではないと判断できる。
それに子供を育てるならば、近隣の治安も悪くないはずだ。現にこうして、一人でお使いに出ている。
「うーん……」
「食堂もやってるから、料理もおいしいよ? おかーさんとおばーちゃんの料理が自慢なの」
悩む素振りを見せると、おろおろと売り込みのセリフを並べ立てる。
ぱたぱたと手を動かし、そのせいで買い物袋からバゲットがこぼれそうになり、慌てて抱えなおす。
その様子を見る限り、彼女は素直ないい子に見えた。
「いや、そんなに慌てなくていい。わたしも今夜の宿をどうしようか悩んでいた所だし、お嬢ちゃん――リディアの誘いに乗るとしよう」
「やった!」
それに彼女の言った、『料理がおいしい』という言葉が決め手でもあった。
シノブは実は料理が苦手だ。
この世界に飛ばされてきたのは小学校を卒業してすぐの頃。以来、剣を片手に戦場暮らしである。
料理など習う余裕はなかったのだ。
この長旅の間、彼女が口にした料理は、乾燥させた肉と野菜を、そのまま齧るようなものばかりなのだ。
美味く温かい料理の誘惑には、抗いきれなかった。
「それじゃ、こっちだよ!」
「ああ、少し待ってくれ」
捕まえた客を逃がすまいと、先を急ごうとするリディアに、シノブはおっとりと声を掛けた。
「え、なに?」
「その荷物だ。君には少し重いだろう。持ってあげよう」
「あ、でも……」
ひょいと買い物袋を取り上げるシノブに、リディアは何か言いた気な表情をして見せた。
人懐っこいリディアの言動で忘れていたが、初対面の相手に荷物を渡すというのは、さすがに不安なのだろう。
「む、ではこの剣を預けよう。恩人に譲られた大事な物だからしっかりと頼むぞ?」
「え……うん!」
信頼の証にアキラから預かった剣を渡す。
この剣を手放すのは勇気が要ったが、彼女に信頼してもらうならば、これくらいはせねばならないと判断したのだ。
軽量化の掛けられたこの剣は、見かけよりも遥かに軽い。リディアでも持つくらいなら何も問題はない。
預けるのならばウォーケンの剣でもよかったのだが、こちらは軽量化が掛けられていないため、彼女には少し重いだろうと判断したのである。
「わ、この剣、すっごく軽いんだね」
「軽量化の付与が掛かっているからな。凄いだろう、短剣並みの軽さなんだぞ」
「うん、すごい!」
「でもあまり大きな声で言わないようにな。危ない人が狙うかもしれないから」
シノブがそう口にすると、リディアは剣を小脇に抱えたまま、両手で口を押えて見せた。
その仕草があまりにも滑稽だったので、思わず笑い声を漏らす。
「あー、脅かしたのね! ひどい!」
「すまない。リディアが素直だから、ついね。でも言ったことは嘘じゃない。値段が付けられないほど凄い剣なんだ」
「うん、わかった……」
神妙な顔でしっかりと剣を抱え込むリディア。
それを見て再びシノブは笑顔を浮かべたのだった。
再開しました。
今回は8話くらいの短い章になる予定です。