第60話 自然災害
この章は大参事は発生しません。
残念、俺の冒険はここで終わってしまった!
いや、冗談抜きに。
だがそれだけで済ますには、状況は少し厳しい。パーティ1つ分の武器を修理するだけならともかく、これから毎日武器を10個程度整備する必要があるのだ。
さすがにこの作業を、宿の一室で行うのはまずい。
俺の【錬成】では鍛冶用の設備など必要はないのだが、何もない場所でそれを行い続けるとなると、さすがに怪しむ者も出てくるだろう。
専用の鍛冶場などを用意してもらって、表面を多少は取り繕っておかねばならない。
俺は禿げ頭の職員に、交換条件を出してみる事にした。
この職員は腰は低いが調停能力に長けている印象がある。ここで俺に無理を押し付ける不利くらいは理解してくれるはずだ。
「鍛冶をするのは構わないが、場所を用意してもらえないか? さすがにこの数を設備無しに行うのは無理だ。それに、秘伝の技術などもあるので人目に付かない場所で作業したい」
「それは……確かにギルドにも解体場や、製薬室などの設備はありますけど……そうですね。仰る通り仕事場は必要でしょうし、上の者に掛け合ってみます」
案の定、こちらの要求を飲んでくれる。
ここで俺の不興を買って逃げ出されでもしたら、ギルドにとっても大損である。
町の復興のため、アースワームは一刻も早く駆除せねばならないのだ。この鍛冶師不足の状況下で、腕のいい鍛冶師に逃げられるのは、冒険者1パーティを失うよりも痛い出来事のはずなのだ。
とにかく、これで少なくとも宿代は浮いた。いやケチるほどの物でもないんだけど。
その後、町の危機に役立つという振れ込みで組合に掛け合ってくれたのか、修繕施設の一角を俺に貸し出してくれる事になった。
専用の炉と水場、それに仮眠施設の付随した結構広い部屋だ。換気もしっかりしているし、外部からの視線も遮る工夫がなされている場所だ。
「元が薬剤調合用の部屋ですので、鍛冶用の打ち場はありません。ですがその分、換気はしっかりしていますし外部の視線は遮る造りになっています。ポーション作成はギルドの収入源の一つですから」
「なるほど、これなら問題なく作業できそうです。それでは現在受けてる……グランドドラゴンさん?」
「はい、グランドドラゴンパーティですね」
「では、そこの装備は明日の朝、ギルドの方に納品させていただきます」
「次の仕事はその時お渡しすると言う事でよろしいでしょうか?」
「お願いします」
ギルドとしても鍛冶屋をギルド内に閉じ込めておけば、武器の持ち逃げなどのトラブルにはなりにくいので、この扱いはむしろありがたいだろう。
俺はリニアと共にギルド内の作業場に閉じこもる事になったのだった。
それから3日。
俺は作業場に閉じ篭りっきりである。
本来なら槌の音も響かせねばならないのだが、これはリニアの風魔法で防音していると言い訳しているので、実質やる事が無いのだ。
【微風】の魔法程度ならリニアも使えるのだが、これはそよ風を起こすだけでなく、内部の音が発生させる空気の振動伝達をかき乱して阻害し、外部に伝えないという効果もある事を俺たちは発見していた。
元は換気のため起動していたのだが、思わぬ副産物もあったものである。
「はぁ、暇だなぁ」
「ご主人、修理は一瞬で終わらせちゃいますからね」
「世界滅ばないかなぁ」
「なんでそうなるんです!?」
仕事してる振りはしないといけないので、俺は作業場から出る事が出来ない。
リニアは俺のアシスタントとして、同様に作業場に籠ってはいるが、彼女に関しては水だの食料だのを調達しに外に出る事は頻繁にある。
俺だけがこの中に籠っていなければならないのである。
世界滅べと願っても致し方無いところであろう。
「今になって思ったのだが、俺がリニアに変装して外に出ればよかったのではあるまいか……?」
ゴロゴロと横になって転がりながら、そんなことを思う。
代わりにリニアを俺に変装させ、身代わりに置いておく。完璧じゃないか。
「しまったー、その手があったか!」
ちなみに今日の修理分は完成しているので、後で職員に手渡しておけばいいだけなのだ。修繕作業なんて手渡されて部屋に運んでいく最中に終わらせている。
ついでに未精錬武器を+1強化してやるサービス付きである。
本来金を取るところなのだが、暇に飽かせてそんな真似をしてしまったのだ。付与役を受け持っているリニアの手が空いているので、作業時間的なものは問題ないはず。
だがこれが予想外の評判を生み、次から次へ修繕依頼が飛び込むようになったのである。
修理に出して1割性能が上がって帰ってくるのだから、そりゃ申し込みもするだろう。俺のバカ!
まぁ、現在の状況を鑑みてのサービスなので、これも宣伝の内である。実際は+10まで強化できるので、お試しサービスとでも思っておこう。
ちなみに+10までの強化ではおよそ2.5倍の攻撃力増強が認められるのだ。これで強化武器の味を占めれば、仕事を申し込んでくるかもしれない。
事態が収束すればまた山の小屋に戻るので平穏も戻ってくるだろう。それまで、俺の腕を精々宣伝させてもらうとしよう。
アースワームが討伐されるまでの一週間、俺はこうやって日々を過ごしていたのであった。
一週間経って、俺の我慢は限界に達した。いまだにアースワームは討伐されていないのだ。
俺とリニアは夜を待ってギルドの部屋を抜け出し、坑道へと向かった。
「本当に行くんですか? このまま待ってても討伐されてお金も入ってくるのに」
「当たり前だ。俺の初めての冒険を、こんなケチの付いたまま終わらせてたまるか。それにいつまで経っても討伐されないじゃないか」
「それは坑道が広すぎるからだと思うんですけどね」
広域に広がった行動のどこかにいるアースワームを倒すのに、20程度の冒険者パーティではカバーしきれなかったようだ。
しかもアースワームが掘った穴がさらに坑道を広げている。
このままでは迷宮化してもおかしくなかった。
夜間は冒険者達も一旦町に上がってきているので、人目は少ない。
こっそり忍び込むにはもってこいの時間である。
そして坑道の中はどのみち光が届かないので、夜という時間は冒険の妨げにはならない。
「連中も24時間潜ればいいものを」
「ご主人みたいな規格外品と一緒にしないでください。彼らも人間ですから、休息は必要です」
俺は迫りくる巨大蜘蛛を闇影で一刀両断しつつ、愚痴をこぼす。
この新しい武器は、体長2mはある巨大蜘蛛の牙を受け止めても刃毀れ一つせず、その硬い外皮を紙のように切り裂いても、切れ味が鈍らなかった。
いや、この剣は本来、紙すら切れない剣なのだが、俺の腕力を程よく相殺してくれているのだ。
「それにしても、バカみたいに湧いてくるな。どこから来てるんだ、このモンスター達は?」
「ひょっとすると迷宮化しているのかもしれませんね、この坑道」
迷宮化。この世界で稀に存在する現象だそうだ。
こういった入り組んだ地形が迷宮化し、内部でモンスターを無限に生み出す装置と化す現象らしい。
そうなったら攻略は一筋縄ではいかない。
「そうなる前に倒せたらいいんだが――なんだ?」
まるでは虫を払うように快進撃を続けていた俺達は、不意に襲ってきた足元の揺れに、その歩みを止めた。
間断なく続くそれは地震とは違い、大きなうねりのようなものは感じさせない。
「これは……当たりを引いたかもしれません!」
距離を取って詠唱の待機状態を取るリニア。俺もまた、剣を構え敵襲に備える。
そして俺達の前に、アースワームがその姿を現した。
長さ10mを超える巨大なミミズ。それがアースワームだ。
厚く弾力がある外皮は生半可な攻撃を無効化してしまう。そして体の半分がちぎれても死なず、放っておけば再生すらしてしまう生命力。
正面にあるその口には、細かく強靭な牙がびっしりと、だが不規則に並んでいる。これが岩すら噛み砕いてしまうのだ。
関節なんて、もちろん存在しない。側面にはびっしりと気門があるため、絞め技も通用しないだろう。
うん、剣を用意しておいてよかった。
声もなく、ただ轟音だけを立てて、アースワームが襲い来る。
発声器官が存在しないからだ。
俺はその攻撃を正面から受け止め、跳ね返し、切り裂いていく。
だが剣の刃渡りが圧倒的に足りない。
内部の重要器官まで、刃が届かないのだ。斬っても斬っても、体液と思しき汁だけをまき散らし、有効打にならない。
リニアの魔法も、俺と同様、有効な手立てにはなっていなかった。
これはアースワームが地属性を持っていて、水属性の魔法に抵抗があるかららしい。
「やっぱり相性が悪いですね――」
「なにが効くんだ?」
「定石では風属性なんですが……」
「じゃあ、俺が【微風】の魔法で――」
「ご主人の魔法はやめてください!?」
そもそも【微風】の魔法は攻撃用ではない。換気や体温調整などに使う生活魔法の一種である。
そんなものでモンスターを倒せるはずもない――いや、生活魔法でも強力なモノはあるな。
【天火】と【創水】。俺が持つ魔法の中でも、周辺に甚大な被害を発揮した2種類である。
特に【天火】は未だに砂漠でその炎を発し続けているらしい。
そんな魔法をここで撃ったら俺達が丸焼きになってしまう。いや、リニアだけが丸焼きになる。俺は平気だ。
だが【創水】ならどうだ?
強力な水鉄砲のごときあの魔法ならば、アースワームを抹消面から貫いて串刺しにできるのではないか?
「リニア、【創水】でアースワームを串刺しにする」
「はぁ!? あ、いや、確かにご主人の威力なら可能かもしれませんが――」
「時間を稼げ!」
俺はリニアほどすんなりと、魔法の起動させられない。
だからリニアに時間を稼いでもらい、魔力を制御していく。
全力で魔力を籠める必要なんて欠片も無い。俺が最小で放てる700リットルの水。それを数ミリの射出口から撃ち出すだけで、充分な水の槍が出来上がるはず。
それに失敗しても700リットル程度ならば、この坑道に大きな被害は出さないはず。
必要なのは射出する勢いだ。
「――【創水!】」
俺の叫びと共に、細く鋭い水の槍がアースワームを縦に貫く。
軽く上下に動かす事でその身体を魚のひらきの様に切り裂き……
……背後の壁に穴を開けた。
坑道に大きな被害は存在していない。
「……やった?」
「みたいですね。大成功です!」
リニアがピョンと跳ねて、喜びを表現する。
背後に開いた穴からは今もなお、ちょろちょろと水が流れ出していた。これは俺の魔法の残滓だろう。
「よし、こいつを――どうやってギルドに持って帰るんだ?」
「ああ、それはここに鉱石を消化する消化腺が……あれ?」
「どうした?」
耳を澄ませる仕草をするリニアに、俺は疑問の言葉を掛ける。
いや、それはやがて俺の耳にも届くほど大きな地鳴りとなって響いてきた。
「なんだ、これ……」
「さ、さあ?」
首を傾げる俺とリニア。
そんな俺達を嘲笑うかのように、穴から漏れだす水の量が増えていく。
「おい、リニア……この方向って……」
「あ……湖?」
このルアダンの町は山の中腹にある。
そこからしばらく行った場所にあるこの坑道も、また中腹にある。
そして湖の水は縁一杯に溜まっている状態だった。すなわちこの町も坑道も、基本的に水面より低いのだ。
「まずい、このままじゃ……!」
「坑道が水没する!?」
その声と同時に、壁面が爆発した。
「うわあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「ご主人のバカアァァァァァァ!!」
壁が崩れ、地下で鉄砲水が発生する。
水面は同じ高さを保とうとするため、低い位置にあるこちらから水が噴き出してきたのだ。直径数十kmもある、巨大な湖の水量が。
その勢いに俺とリニアは押し流され、坑道の出口まで一息に流されていった。
崩落から流れ出した水はやがて坑道のすべてを満たし、出口から噴水の様に噴出した。
幸い町は水に流されずに済んだが、そのそばに凄まじい規模の大瀑布が誕生したのある。
なお、俺達は山のふもとまで流されたが、明け方までにこっそりギルドに戻って、何事もなかったかのように武器を提出し、しらばっくれる事にした。
坑道が一つ使用不能にはなったが、この近くは鉱脈の宝庫である。
別の場所を掘れば、きっとまた見つかるはずだ。
この一件は、アースワームが鉱脈を湖まで掘り抜いた事で発生した、一種の自然災害と言う事で収まったのだった。
めでたくなし、めでたくなし。
ルアダンのそばにナイアガラができた件。
大惨事が発生しないといったな。あれは嘘だ……
この話をもって、今章は終了になります。
また、次の章はシノブを主役に据えた番外編的な話になる予定です。
次からはトップランナーの方を更新しますので、またしばらくお休みになります。