第59話 事後処理
その後、俺たちは坑道の中をアースワーム求めて歩き回った。
その最中にリニアにアースワームについて、詳細を聞いておく。考えてみれば、事前に敵の生態を調べていないとか、俺にしては手落ちもいい所である。
「アースワームですか? 一言でいうとでっかいミミズですね。ただし肉食で岩ごと周囲の生物を飲み込んでしまいます」
リニアの説明によると、案の定ミミズだったようだ。
先に武器を作っておいてよかった。もし知らずに本番に突っ込んでいたら、為す術がなかったところだ。
「周囲の岩ごとか……ミミズのくせに凶悪なんだな」
「はい、強力な顎と牙、消化液を持っていて、問答無用で消化し、必要な栄養素のみを吸収してしまうのです。そのせいで鉱脈なども食い荒らされるため、こういう場所では害虫扱いされてますね」
「そりゃ迷惑な話だ」
アースワームにダイヤの鉱脈を食い荒らされるとか、この町の住民からしたら目も当てられない。
冒険者たちがエキサイトする訳である。
「もちろんダイヤなんかの鉱脈は噛み砕けないのですが、その代わり消化液を使って溶かしちゃうので、より被害が広がりますね。話によると、金以外は大抵溶かしちゃうとか?」
「……ちょっと待ってろ」
俺はそっと、ニューウェポン『闇影』に、酸耐性を付与した。
完成したばかりの武器が数日で壊れるとか、泣くに泣けない。
リニアはそんな俺の様子を見て、くすくす笑っていた。
「ご主人って、たまにかわいい事しますよね?」
「うっさい、先急ぐぞ」
しばらく進むと巨大な蜘蛛、ジャイアントスパイダーが現れる。
これは巣を張り毒を持つ、地味に強敵な相手だが、俺の剣の試し切りにはちょうどよかった。
万が一リニアが毒を食らうと危険なので、俺が前に出て攻撃を受け持つことにする。
俺の身体には毒無効が付与されているので、こいつらの毒は無いも同然だからだ。
試し切りが目的なので、リニアの援護魔法は最小限にしてもらい、最初はおっかなびっくり斬り掛かってみる。
すると、腰の引けた斬撃でも、蜘蛛を真っ二つにできた。
切れ味は上々、周囲の被害もほとんどない。どうやら攻撃力の抑制には成功した様子だったので、一安心だ。
現れた蜘蛛は5匹程度だったが、うち3匹を俺が斬り伏せた後は、リニアが残りを掃討していく。
蜘蛛の攻撃は普通だと躱せないほど鋭く早かったが、俺の敏捷値までは低下していないので、余裕をもって躱す事ができた。
俺の雑な体捌きでも対処できるのだから、この世界における能力値の効果は大きい。
むろん、それが戦いの全てではないのだが。
この坑道は山の中腹から蟻の巣の様に広がっていて、その広さは結構なモノがある。
鉱山として発展してまだ1年程度なのだが、この世界の冒険者たちの身体能力は並じゃない。
戦闘を繰り返し、能力値を一般人を遥かに超えるほどに成長させた彼らの掘削能力は、半端ないのであった。
そんな彼らが全力で無軌道に掘り進んだのだから、もはや迷宮と言っても過言ではない広さがある。
とてもじゃないが、戦闘をこなしながら一日で調べつくせる広さではない。
初日は計4度の戦闘をこなした後、いったん町に戻る事にしたのだった。
町に戻ると、他の冒険者達も一旦引き上げてきていた。
いつもならば各所に作った縦穴などを使って最奥まで一息にたどり着くのだが、各所にムカデや蜘蛛、ゲジ、トカゲなどの生物が氾濫しており、思うように進めなかったのだ。
「くっそ、なんでこんなに虫が沸いてんだよ」
「ああ、アースワームに付いて回る奴はいるが、ここまで多いのは初めてだ」
ギルドのロビーでは買い取り業務のため、すさまじい混雑になっていた。
その合間に聞こえてきた冒険者たちのボヤキに、俺は首を傾げる。
「なぁ、リニア。アースワームっていうのはあんなに他の虫を引き連れて移動するのか?」
「いえ? 基本的にアースワームは目が見えません。臭いと音で獲物を判別し、大雑把に食い付くだけです。そのため食べ残しが大量に発生するので、それを狙った虫が纏わり付くのはよくある事ですが、ここまで多いのはさすがに聞いた事がありませんね」
リニアの答えも、他の冒険者たちと同じくノーだった。これは他にも原因があるのかもしれない。
そんな考えに浸っていたら、俺たちの買い取りの順番が回ってきた。とにかく今日の所は回収したものを処分しよう。
ゲジの死骸は売るべき場所が見当たらないのだが、蜘蛛の毒腺や爪は薬や武器としてギルドに売る事ができる。
これはリニアに聞いていたので、解体して袋詰めにして持ち帰っていた。
他にもトカゲの肉や皮なども売れるそうだ。
あいにくゲジとムカデには売るべき場所は存在しないらしい。冒険者たちが逃げてこちらに来た2匹を無視して、先に進んでいたはずだ。
彼らにとって、あのゲジは美味しくない敵だったからだろう。
その時、俺たちに声を掛けてくるものがいた。
そこには6人の冒険者が立っていた。全員が男で、斧や戦槌を装備している。
見たところ、毛皮を纏った冒険者崩れではなく、まっとうな冒険者風の男たちだった。
「なあ、あんた達。この間、山に店を開いた鍛冶屋だろ?」
「ん? ああ、そうだが?」
「ああ、よかった。実は今日、結構武器を潰してしまってな。できれば明日までに手入れして欲しいんだ。頼めるか?」
そう言いながら、刃の掛けた斧や短槍をこちらに提示してくる。戦槌も柄が曲がっているな。
共通しているのは、全般的に短めの武器を利用している事だ。
「これくらいなら、明日までに何とかできそうだ。全部で銀貨30枚でどうだ?」
銀貨30枚はちょっとした武器が買える程度の額だ。
全部で6つの武器を修理して、1つ分程度の額ならば、標準的な価格のはずだ。
「え、ちょっと待て。俺達から切り出しといてあれだが、一晩で全部できるのか?」
「ああ、問題ないな」
というか【錬成】を使えば一瞬で直せる。
だが普通に削ったり叩いたりする修理ならば、それくらいはかかるだろう。
「本当か、助かる! ああ、その速さでできるなら、金は半額前払いさせてもらうよ」
「お、それはありがたいな」
別に困ってる訳じゃないが、前払いは信頼の証である。特急料金と考えれば、悪い提案ではない。と言うか人が良いな、こいつら。
「確か山の小屋を仕事場にしているんだったか。明日の朝取りに行くよ」
「いや、俺達もアースワームの討伐には参加しててな。今日は町で宿を取ろうと思ってる」
「それなら俺たちの宿に来ればいい。酒の一杯もおごらせてもらうぞ」
「いいのかよ。気前良すぎだろう?」
あまりの気安さに、俺は疑いの目を向けざるを得ない。だが男たちは、それでも普通の対応だというのだった。
あの武器を修理するとなると、普通なら3日はかかるという話だった。
その間、討伐に出れないとなると、収入は激減してしまうし、アースワームも取り逃すかもしれない。
アースワームの胃袋や腸は希少金属の残留物がある事が多く、高額な報酬が手に入る事が多いらしい。
鉱夫でなく冒険者としてこの町に滞在している彼らにとって、できれば逃したくない獲物だったのだ。
なので翌日までに修理を終え、連日攻略に掛かれるのは大きな意味がある。
その報酬として、俺に好待遇を提供するのは、それほど珍しい事ではないらしい。
その話を聞いていたそばの冒険者達も、それを聞いてすぐさま俺に修理を申し込む。
「マジか! じゃあ俺の鎧も修理してもらえるか?」
「待て、鎧なんて手間のかかる物着てる方が悪いだろ! 俺の盾を先に――」
「ざっけんな! 盾とか鎧とか、そんなものでモンスターが倒せるか! 俺のメイスを先に……」
「メイスなんて多少曲がってても敵を殴り殺せるだろう!?」
瞬く間に俺の周囲に人だかりができる。
その有様に、俺は思わず声を上げた。
「待て待て待て! いくらなんでも、その数は無理だ!? 順番にしてくれ。俺に修理できるのは一日に武器10個程度だ」
思わぬところで露呈した、この町の鍛冶師不足。それはこういった討伐の依頼などで顕著に現れている。
工具を修理したり、作って売る鍛冶師はこの町にも存在する。
だが武器防具となると、専門的な技術が必要になるので、生半可な腕の鍛冶師には頼めないのだ。
俺の場合、ギルドに貸し出していたつるはしが、腕の証明になっている。
「なら俺が先だ!」
「いや、俺の方が稼ぎが多かったぞ」
「討伐数なら俺の方が多いだろ、ダボが!」
「うっせぇな、俺の腹マイトが爆発するぞ?」
「てめーの武器に鍛冶師は必要ねぇ!」
そんな混乱が沸き起こり、もはや収集は不可能か……? そう諦めかけた時、ギルドから救いの手が差し伸べられた。
朝方話しかけた、禿げ頭の職員だった。
「では、一時的に彼の仕事のマネージメントを我々ギルドが引き受けるというのはどうでしょう? 修理の優先順位を付けるだけですけど」
「あ?」
これには男たちも黙り込むしかない。ギルドと言うのは、それだけ力を持つ存在なのだ。
これを敵に回すと、鉱石を買い取る商人の斡旋やモンスターの素材買い取りすらしてもらえなくなるのだ。
「そ、それなら……」
「では、最初に依頼を出したそちらの『グランドドラゴン』さんのパーティの6点を最優先に。それから買取査定順に、『ジャッカル』さんのパーティ。次が『ジード』さんのパーティと言う形で……」
「おい。それ、俺が討伐に出る時間が無くなっちまうんだが?」
「少人数の冒険者1パーティを送り込むより、多人数の2パーティを稼働させてもらえる方が効率がいいので。依頼のキャンセル料はこちらの都合と言う事で発生させませんので、お気になさらず」
「……マジで?」
「マジです」
こうして俺の冒険者初の依頼は中止となったのである。ちくしょう。
次の話で今章は終わる予定です。
次の章はシノブを主役に据えた番外編的な物になるので、コメディにはならない予定です。