第58話 ニューウェポン
【土壁】の魔法は、基本的に地形を変化させるだけの魔法なので、その維持に魔力や集中などは必要ない。
これは【光明】の魔法と同じなのだが、起動時に込めた魔力によって硬さや大きさなどが変わるのだ。
今リニアが通路に建てた壁は、俺が流し込んだ1トン以上の水を内側に抱えてもビクともしない強度があった。
「そりゃそうか。中に巨大ゲジゲジを抱え込むんだから、脆くちゃ話にならんわな」
「そうですね、硬めに作っておきましたので。じゃ、そろそろ解除しますよ」
解除と言ってもこの場合は魔法が掛かり続けている訳ではないので、再度干渉して、壁を無かった状態に戻す作業の事を指す。
まずは通路の向こう側。手前を先に解除すると、俺たちに向かって水や死骸が流れ出してくるからだ。
次に手前。すると、明かりの向こうには一面泥だらけになった通路とそこに放置された死骸が現れた。
「なぁ、この死骸って売り物になる部位とかあるのか?」
「ぜーんぜん、ありません」
「食える場所も――」
「少なくともわたしは遠慮します」
つまりはゴミである。
こういう死骸は、それなりの迷宮ならば放っておいてもモンスターが食ったり迷宮が再利用したりなどの効果が及び、いずれは消えていく。
だがここは何の変哲もない坑道である。
死骸を放置すれば、そこに別の虫が集ったり病気が蔓延するかもしれない。
「放置する訳にも行かんのか……」
「冒険者達は気にしてないみたいですけどね。どうせ坑道の封鎖が解かれたら、処理するでしょうし」
道のど真ん中に虫の死骸が転がったまま、採掘を再開するような真似はさすがにしないだろう……いや、するかも?
毛皮を被ったバーバリアンのごとき町の冒険者の姿を思い出し、嫌な妄想に捕らわれた。
「一応こっちで処理しておくか」
俺はゲジゲジ――ジャイアントガレーの死骸を【アイテムボックス】に放り込み、後で処理しておくことにした。
クレーターの湖にでも放り込んでおけば、魚の餌になるだろう。
気が付けば通路の先で戦闘していた冒険者達も姿が無い。
こちらにモンスターを流しておいて挨拶も無しとは、無作法極まりない対応ではあるが、この町ならば他人の世話など焼く馬鹿は痛い目を見るのが相場だ。
顔も見られていないようなので、揉め事にならないうちにトンズラしたのだろう。
「くそっ、余計な時間取られたな……」
「そうですかね? 結構有意義でしたよ」
「お前、虫とか好きな性質だったのか?」
「そうじゃなくて! ご主人の今の装備では、あのレベルの敵には太刀打ちできないと判明したでしょう!」
「ああ、そうか……!」
俺のクロスボウは弓を錬成して発展させた物なのだが、一発限りの使い捨ての予定だったので、大して強化などはしていなかった。
その威力の無さが今回、露骨に出てしまったのだ。
「矢の装填もしておかなきゃならんし、ここでしばらく休憩だな」
これは戦い方を考えねばならない。
まずクロスボウの強化は急務だ。これはクロスボウの基礎火力が44と、一般的な武装程度しかなかったのが問題なのである。
モンスターの装甲を考えると、攻撃力で100程度は欲しい。そこまでの強化となると、+9は必要になる。
リニアの表向きの付与力は_+5だから……+4を作れる鍛冶師がいればいい訳になるから、充分現実的な数値だな。
いっそ切りよく+10にしてしまおう。そうすれば攻撃力は114になるので、モンスターにも効果は高くなるだろう。
続いて戦闘方針である。
リニアは回避力が高いので今まで問題にならなかったのだが、俺が後ろに下がると戦闘の汎用性が低くなる。
前で支える壁役がいれば、リニアも大きな魔法を使えたのだ。
もちろん、この程度の敵にダメージを負う俺ではないので、俺が弓を持ったまま前に出るという戦法も充分考えられる。
だが、弓は近接戦では圧倒的に不向きだ。
物質を叩きつけるだけの剣などの武器に対し、引いて狙って撃つという動作は、いかにも面倒が多い。
近接など関節技で――と思ってはいたが、実際戦ってみると関節技が有効な敵は意外と少ない。
あれはあくまで対人間を想定して発展した技術だ。
ゲジの様に足が馬鹿みたいに多いとか、関節が無い敵だっているかもしれない。
今考えてみれば、アースワームなんて言う名前からして、敵はミミズである可能性もある。と言うか恐らくそうだろう。
そうなれば関節技に頼ることなどできやしない。
前に出るにはやはり打撃、相応に武器を使わねばなるまい。素手でも充分凶悪な俺だが、そのままでは威力が高すぎる。
弓の様に、武器その物がクッションとなる得物を考えねばいけないだろう。
「…………呪いの武器か?」
ポツリと漏らしたのは、あるゲームを思い出したからだ。
呪われた武器を装備したキャラは、筋力にマイナス補正を受け、攻撃力や命中力が大きく下がるゲームがあった。
「なんか物騒なこと言ってません、ご主人?」
「いや、俺の武器をな」
俺が自身の強化値を下げたくない理由は、生命力が下がるからだ。
個別の能力を強化できない以上、筋力による暴走よりも、生命力による安心感を重視しているからである。
逆にいえば筋力を下げる付与効果を与えた武器ならば、バランスを取る事は可能になるかもしれない。
ここは坑道で、周囲は土。
つまり俺にとって、最適な武器開発所でもある。
俺の筋力は10、これに+99の強化を受け12万5278になっているのが現状。
これを一般的な攻撃力の範囲まで落とすとすれば……攻撃力400くらいが妥当になるか。
攻撃力が400を超えるのは+39。つまり武器-60と言うアイテムを作れば、俺の攻撃力はかなり抑制されることになる。
近接武器なのだから、取り回しが簡単な得物がいい。できればカッコいい武器がいいな。
つるはし系は遠慮したい。
やはり……ここは中二パワーを活かしてカタナか!?
「よしまずは何より、やってみる事が大事だな」
「ちょ、本当に大丈夫なんですか? 爆発とかしません?」
「自慢じゃないが、【錬成】中に爆発事故を起こしたことは一度もない!」
錬成後に爆発事故が起きる事は多々あるが。
それはともかく、まずは素材だ。どうせ俺に剣術なんて知識もスキルも存在しない訳だから、殴るだけになってしまう。
そんな稚拙な攻撃でも破壊されないよう、頑丈に作らねばならない。
「素材をチタンで……いっそグラフェンでも使うか?」
グラフェンとはダイヤモンドよりも固いとされる物質だ。
もちろん俺がそんな素材の分子構造やら知識を持っているはずもない。
だが【錬成】は俺の想像力で目の前の物質を再構成していく。俺が『ダイヤモンドより硬い』と想像したのなら、それは『ダイヤモンドよりも硬くなる』のである。
そのイメージの一助として、実在する物質の名前が重要になるのだ。
薄い皮膜状の組織を重ね、結合させ、折り曲げ、日本刀の形に【錬成】していく。
何度も何度も、数百に及ぶ重ね合わせを行い、粘性を高め、強靭さを併せ持たせる。
それをおよそ70㎝強の刀身に成型し、やがて『俺の剣』は完成した。
「おお、なんすかそれ! 綺麗な剣ですね」
「日本刀という類の武器だ。だがまだ完成じゃないから、ちょっと下がってろ」
グラフェンと言うだけあって、この武器の主成分は炭素だ。
なので燃える。それはもう、萌えるくらい、よく燃える。キュンキュン来る。
このままでは、うっかり火に翳した日には、よく斬れるたいまつが誕生してしまう。
そこで後付けで火属性無効の付与を施しておく。
さらに耐久力強化だの、伝導性強化だのを施してから、強化に取り掛かる。
最後には先の研ぎの作業だが……これはまぁ、省略しても構わないだろう。
俺が欲しいのは、よく切れる剣じゃない。
マイナス強化と言うのはやったことが無いのだが、それでも俺の【世界錬成】スキルは期待に応えてくれた。
完成したのは、黒い刃を持つ、一本の日本刀。
「いいぞー、中二心にビンビン来るぞー」
「ご主人、顔が怖いです」
作り出されたカタナのスペックはこれだ。
◇◆◇◆◇
日本刀(-60) 銘:闇影
攻撃力:104 重量:2 耐久値800
魔神ワラキアの作成した呪われた魔剣。手にした者は身動き一つとれなくなるほど衰弱する。筋力強化値を-60する呪い付与。
◇◆◇◆◇
「うわ、ひっど! これ犯罪に使えますよ?」
【看破】のスキルを持つリニアが、闇影のスペックを見抜き、ドン引きした声を上げる。
確かに、動きを封じたい相手に持たせるといいかもしれない。
だが危険すぎるので俺以外は使わない事にしよう。
「なんにせよ、俺の武器は出来上がった訳だ。これでようやく、アースワーム退治に向かえるな」
「普通はそういうの、現場で作ったりしないんですけどぉ?」
「うっさい、ほら行くぞ!」
新たな武器を携え、俺は立ち上がったのだった。
以前感想で提案されたマイナス強化武器です。
まぁ、素材やら設定やらの穴はスルーしちゃってくださいw
この章は後2話ほどで終わる予定ですので、その後はまたトップランナーの方の連載に戻ろうと思います。