第56話 町の危機
山の中に居を構えてから一週間。
俺たちは想定通りの穏やかな日常を手に入れる事が出来た。
ギルドに置いてきたサンプルから、強化したつるはしの威力に味を占めた鉱夫達が徐々に訪れるようになり、生活も安定しつつある。
予想外だったのが、武器制作の依頼を頻繁に受ける事だった。
これはこの町が他所に比べて治安が悪い事に起因しているのだろう。
依頼した鉱夫は、掘り出した鉱石を奪われないよう身を護る術は必要だと主張していた。
リニアの付与術の限界は+5に設定してあるため、それほど強力な武器は作れないが、充分売り物にはなるレベルのものが作れる。
もちろんリニア本人には付与能力など存在しないが。
そんな訳で今日も今日とてギルドに納品に向かっている。
鉱夫たちは昼間は坑道に潜っているため、修理や注文を受けた道具はギルドに預けておくのだ。
すると仕事から帰ってきた鉱夫はギルドで道具を受け取ることができる。
そして俺の預金口座に代金が振り込まれるという仕組みである。
これならば直接顔を合わせることなくやり取りができる。
注文を受けるときには顔を合わせる必要があるが、これは看板娘のリニアに任せてあるので、俺は安心して引き篭もることができるのだ。
代金の受取額はリニアと半分ずつにしてある。
これはいずれ、リニアが自身を買い戻せるようにとの配慮なのだが……こいつは買い戻す気が全くないようなのだ。
まぁ、それはそれで、俺としてもありがたい限りではあるのだが。
その日、ギルドのホールはいつもと違い、喧騒に満ちていた。
いつもなら昼に近いこの時間は、鉱夫たちは坑道に向かっていて閑散とした物だ。
彼らは昼飯は大抵、干し肉を主食とした弁当を持っていく。町まで戻ってくることはないので、昼間は人が少ないのが普通だ。
だがこの日はロビーから溢れかえるほどの人が、ギルドを埋め尽くしていた。
「な、なんだぁ?」
「坑道で何かあったのでしょうかね?」
ロビーは殺気立った鉱夫たちで満ち溢れ、喧騒どころか怒号が飛び交う戦場と化していた。
俺は右往左往する職員を一人捕まえて、事情を聴くことにした。
「ちょっと、納品に来たんだが、これは何の騒ぎだ?」
「え、ああ、納品ですか? 少々お待ちください。えっと、これは坑道にモンスターが現れて、封鎖する事になっちゃったんですよ」
「坑道を封鎖? それって大事じゃないか」
この町は鉱山の採掘で回っている。
その坑道が封鎖されるとなると、収入源がいきなり絶たれることになってしまう。そうなると、この町の財政は破綻一直線だ。
もちろん採掘資源に頼ってやってきた鉱夫達も、タダでは済まないだろう。
「それでこの騒ぎか……」
「今、役所がギルドに討伐依頼を出すよう来ているのですが……代金で揉めてまして」
「で、その間、仕事を中断させられた鉱夫達がこの有様と」
「はい」
剥げた中年オヤジな職員は、頭をハンカチで拭きながらそう教えてくれた。
なぜ顔でなく頭を拭いているのか疑問ではあったが、それは本題とは関係ない。
坑道の封鎖は俺にとっても死活問題である。
採掘が行われなければ工具が売れず、生み出させる資源もないので、盗賊やゴロツキも現れなくなる。
そうなると護身用の武器も売れなくなってしまう。
人がいなくなれば、生活用具の修理も減るだろう。鋳掛けで糊口を凌ぐことすら難しいかもしれない。
せっかく安住の地を作ったのに一週間で台無しになるとか、勘弁してもらいたいところだ。
「よし、リニア。俺達も依頼を受けるぞ」
「えー、遠慮した方がいいですよ? ご主人が動くと結局大惨事になるんですから」
「生活が懸かっているんだ、そうも言ってられない。別に稼げなくてもどうにかなるが、このままでは町その物が消えかねない」
「別にいいんじゃないです?」
俺の【錬成】があれば、食料事情などどうにでもなるのは確かだ。
だがそれでは心が満たされない。
「栄養だけはあるそこらの雑草とか、食いたいか?」
「……う?」
「イチゴ味の木の根とか、食ってみたいか?」
「なんです、それ……?」
前に一度、食えない草や木の根を食えるように改造した事がある。アンサラに定住する前の事だ。
その時生み出されたのが、そう言った謎の食い物だった。
「あれは正直、二度と食いたくない。身体には何も問題ないが、美味しいのに美味しくないんだ……」
「ご主人、生態系を壊すような謎生物の【錬成】は勘弁してください」
「言われなくっても、もう二度としねーよ」
そんな訳で、俺としては食料くらいは普通に口にできるものが欲しいのである。
食は生活のモチベーションに繋がるのだ。
そのタイミングで、依頼用の掲示板にべたべたと討伐依頼が張り出された。
鉱夫兼冒険者達は、その依頼票を片っ端から毟り取り、カウンターへ駆け出していく。
まるで討伐レースが開かれたかのような有様だ。正直近付くのが怖い。
「だがあの騒ぎなら俺が出なくても大丈――あれ? リニア、どこだ?」
「ここですよー。おおっと、アースワームですか。なかなかの大物ですね」
「強いのか?」
「結構強いですよ。でかいですし、なんでも食べますし、坑道が崩れる危険性もある。何よりわたしとの魔法の相性も悪いです。封鎖する訳ですね」
「相性とかあるのか?」
魔法の相性……ゲームで言う属性的な物だろうか?
「わたしが主武器として使う水魔法は、火に強く地に弱い性質があります。アースワームはその名の通り地属性なので、苦手なんですよ」
「へぇ……」
坑道を崩すほどでかい敵か。これは血気に逸った冒険者では力不足かも知れないな。
リニアも苦手な敵だと言う事だし、やはり俺も参加した方がいいだろう。
「よし、俺達も行くぞ」
「本気ですか?」
「射撃と近接戦闘をマスターした俺に、敵はいない」
「そうだといいんですけどねぇ……」
半眼でこちらを見やるチビッ子。残念だが俺には、クールな視線でゾクゾクするような趣味は、ちょっとしかないのだ。
リニアは早速カウンターで受付を済ませ、俺たちは坑道へと向かったのである。
坑道は町から距離にして1時間程度の場所にあった。
採掘用の洞窟なんて聞くから、もっと狭い穴があるのかと思ったが、意外と幅が広い。
大人が5、6人並んで歩いていける程度には広々としている。
「意外と広いんだな」
「広い方が効率がいいんですよ。それに安全ですし」
狭い穴だと補強をしっかりするスペースもないため、逆に危険なのだとか。
広くしっかりと穴を支え、奥へ伸ばしていく方が結果的に効率がいい。
「これなら剣を振る余裕もあるって事か。すっげー数だな」
「生活が懸かってますからね。それに一獲千金の夢も」
周囲には同行した100人程度の冒険者達、およそ20組。彼らも坑道に出現したアースワームの討伐を受けた者たちだ。
冒険者の集団と言うと、軽装鎧に剣や盾を思い浮かべるが、ここにいる人間は鎧代わりに毛皮を纏って、つるはしを担いだむくつけきオッサンどもである。
中にはシャベルを担いでいるオッサンもいた。腹に細長い棒状の――おい、それは腹マイトって奴じゃないか!?
この世界にも爆薬は存在したのか……いや、それがあったとしても腹に巻くな。危ないだろう。
とにかく集った冒険者は約100人。その姿、まさにバーバリアン。
どこの世紀末だ、ここは、って様相である。
「行くぞ、野郎どもぉ!」
「うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
号令に対し、雄叫びを返し、坑道に雪崩れ込んでいく蛮族ども。そこに華麗さやスマートさは一切存在しない。
これは怖い。少しばかりアースワームとやらが可哀想になってきた。
気が付けば俺たちは物の見事に取り残されていた。
あんな集団を見せつけられたら、呆気に取られるのも無理はない話である。
「出遅れたが……俺達も行くか?」
「はーい」
相も変わらず気楽な返事を返すリニア。
魔法の相性が悪くても、彼女の身体能力があれば、この依頼は余裕で対処できるだろう。
と言うか、汎用性で考えれば、リニア一人に任せた方がマシかもしれない。
今更そんなことを考えながら、俺たちは坑道に足を踏み入れたのだった。