第53話 平穏な旅路
翌日、俺はシノブの姿を借りて冒険者ギルドに向かっていた。
男の娘という条件にぴったりくるのが、彼女しか思い浮かばなかったからな。
『無い』と言っても過言ではない薄い胸とか、ショートボブに揃えた髪形とか、初めて会った時から、どこか少年っぽさを感じていたのだ。
別れ際に無い胸を揉んだのは、その確認である。他意はない――無いったら無いのだ。乳もなかった。いやそれはいい。
本人にとっては良くないだろうけど。
外見はシノブのままに、股間周りを現状維持して性別を男と判別できるように肉体改造しておく。
もちろん300mmキャノン砲はそのままだ。これは俺のロマンであり、こだわりである。
胸回りも平たくしておいたので、性別的には問題なく男性に分類されるはずだが、当事者としてはいまいち不安は拭えない。
いざと言う時はキャノン砲のご開陳で乗り切るつもりではあるが……
結果として、登録は多少こじれはしたが問題なく終える事が出来た。
どうしても性別を疑った受付のお姉さんの誤解を解くため、別室でご開陳する羽目になったが――あのお姉さん、ちょっと目が怖かったが大丈夫なのか?
とにかく、俺専用の冒険者カードを受け取ってリニアと合流する。
冒険者カードは個人のプライベート情報や能力値、討伐したモンスターなどがその表面に記載される。
これをスマートフォンの様に操作して表示を切り替えて利用するのだ。
俺の能力値は相変わらず10を基準にした最低値。その後ろに強化値が表示されているが、これが加算値なのか強化値なのかは表示されていないため、今まで通りの言い訳が通用しそうで安心した。
その他スキルに関しても同様である。
現在表示されているスキルは【過剰暴走】になっているが、実際は【世界錬成】である。
これは後で、別のスキルに偽装した場合、変化するのか実験しておかねばなるまい。
「よし、それじゃ町を出るぞ、リニア」
「なんかロリご主人は違和感がありますね」
「お前がしろって言ったんだろうが!」
「まさか戦場の有名人を引っ張り出してくるとは思いませんでしたけどね」
リニアの言い分はスルーしておく。どうせこの町は今日立ち去るのだ。
立つ鳥後を濁しまくっている俺としては、この程度は誤差の範疇である。
「でもご主人、そのまま出発という訳にはいかないですよ? 武器持ってないでしょ」
「お、そうだったな」
俺のメインウェポンのロングボウ+18はぽっきりと折れてしまっている。
これは俺の引き幅が弓の可動範囲を超えてしまったのが原因だ。ちなみに釣竿+99は行方不明である。あれは武器じゃないけど。
鍬+50を表立って利用する訳にはいかないので、ここは新たな武器を用意する必要があった。
先の問題を解決する方法はいくつかある。
一つは俺の引く範囲よりも大きな弓を用意する事。
俺の最大の弱点として、体格という物がある。
俺自身は小柄ではないが、それでも巨漢と言うほど大きくはない。体重の軽さや体格サイズが難点となる。
巨大な弓を用意し、その引く幅が俺の体格より大きければ、壊れる事はない。
もう一つは戦闘中に引かない事だ。
これはクロスボウと言う機械弓を用意し、引いた状態で固定して【アイテムボックス】に放り込んでおけばいいのだ。
クロスボウは銃のように利用できるので扱いは簡易なのだが、連射できないのが難点だ。
矢をセットするための行動が、弓より複雑なせいだ。
この難点はクロスボウを複数用意して引いた状態で【アイテムボックス】に放り込んでおけばいい。
内部の時間経過は存在しないので、反発力が緩むなどの弊害は発生しないはずである。
武器に関しては、この二点で問題を解決できるはずである。
そして柔軟思考を持つ俺はもう一つ、戦闘に対する対応法を考案していた。
それについてはリニアにも秘密である。
その時、奴は主人の威厳という物を知るだろう。
準備を済ませ、元の体に戻ってからそそくさと町を出る。
冒険者カードを取得した人間と、所持している今の俺が別の姿をしている事が、バレないうちに町を出るのである。
ルアダンに向かう街道を歩きながら、俺はリニアに町の情報を提示させていた。予習は大事である。
「それでルアダンの町ってどこにあるんだ?」
「ルアダンですか? ここから北西の方向に進んだ山脈地帯にありますね。と言っても、その山脈は魔神ワラキアによって作られたものですが」
「うっさい」
抉れた地面の端がその反動で盛り上がる、それによってできた山脈が今のルアダンのある場所である。
急激な地表隆起により、村は壊滅的な被害を受けたのだが、これによって村の近郊に鉱脈が移動。
この鉱脈が発見された事により、一躍ゴールドラッシュが巻き起こって人口爆発が起こったのだ。
今は町と呼ばれるほどに人口も増え、それに反比例するように治安は悪化した。冒険者の需要が最も伸びている町である。
「山脈自体はクレーター沿いに存在しているので、山向こうには湖があります。だから水には苦労しなさそうですね」
「食料は?」
「ゴールドラッシュで景気はいいですから、商人が沢山やってきているそうです。そういう鉱山町は食料と酒が生命線ですから問題ないかと」
「なら――」
そこまで口にしたところで、俺たちの進路上に複数の男たちが飛び出してきた。
タイミングを合わせて後方にも、逃げ道を塞ぐかのように3人の男が現れる。
「おおっと、ここは通さないぜ?」
「通りたけりゃ身包み置いてきな!」
ひげ面に鎖帷子、毛皮のマント。シミターと呼ばれる曲刀で肩を叩きながら、『いかにも』なセリフを吐いてくる。
見るからに山賊風の男だ。
「ああ、それと……こういう山賊紛いが多数出没する事でも有名です」
「先に言えよ」
「すみません、すっかり忘れてました。ご主人なら全然問題にならなさそうでしたから」
考えてみれば、ダイヤを始めとした宝石が大量に算出される街である。
そこに出入りする人間は、少なからず金銭もしくは貴金属を持っている訳で、盗賊どもとしてはこれを狙わない手はないだろう。
もちろん商人たちも冒険者を雇って護衛させているのだろうが、俺たちのような少人数を狙えば、充分な実入りを狙えるはずだ。
「ちっ、女はガキかよ」
「まぁ待て。あんなのが好きな金持ちもいるから、売り物にはなるぜ」
「こいつ隷属の首輪付けてんじゃねぇか。つー事は、その兄ちゃんもそういう趣味って事か?」
せっかく誤解から逃げるために町を出たというのに、失礼なことを言いやがる。
こいつらの風体だと先に手を出しても問題はなさそうだが……その辺りの説明はどうなのだろう? 余罪とかもありそうだから、大丈夫か?
「うっせー、お前らみたいな変態と一緒にするな。こいつを奴隷にしているのは一身上の都合だよ」
「さっきからわたし、すごく失礼なこと言われてません?」
「おう、よく吠えたな兄ちゃん……覚悟はできてんだろうな?」
「てめぇは別に生きてようが死んでようが構わねぇんだぜ?」
半ば中腰に近い姿勢になってこちらをねめつける様に近づいてくる。
顔を突き出し、ガニ股で歩く様はまるで撃ってくださいと言わんばかりだ。
だから遠慮なく撃った。
「だからよぅ、さっさと金目のモひゅっ!?」
俺は問答無用で【アイテムボックス】から装填済みのクロスボウを取り出し、太矢と言うクロスボウ専用の矢を顔面に叩き込んでやった。
クロスボウ自体の攻撃力が結構あるので、特に強化していない。だが、無強化でも、男の顔を撃ち抜くには充分な威力がある。
太矢は男の左目に突き刺さり、先端は後頭部から突き出すほど深く刺さっていた。即死である。
「て、てめぇ!」
「リニアさん。やっておしまいなさい」
「はぁい」
俺の先制攻撃を受け、背後の連中も斬りかかってくるが、これは完全に無視しておく。
逃げようとする奴だけ撃てばいい。
ガスガスと切れ味の悪い剣で殴られながら、二射目を射出。これもあっさりと命中し、胸を射抜かれた一人が事切れた。
前方に立ちふさがったのは5人。後方に3人いるので、山賊の人数は計8人。
これで2人が死亡した訳だが、山賊どもは未だ攻撃を続けている。
その攻撃をリニアはひょいひょいと避け、俺は無視して受け続ける。もちろんダメージは存在しない。
避けながら敵を誘導し、前方の3人を一か所にまとめたリニアが、【土壁】の魔法で囲い込んでしまった。
「ご主人、【創水】をよろしく」
突如土壁に囲まれ、逃げ場を失った山賊どもはガシガシ壁を殴っているが、リニアの壁はそう簡単に敗れるほど脆くない。胸部が絶壁なのは伊達ではないのだ。
俺は無駄な足掻きをする山賊どもに【創水】を叩き込み、土壁の中を水で満たしてやった。
鎖帷子を着ていた山賊どもが泳げるはずもなく、あっさりと水没していく。この近辺は水場も遠いので、泳げる者が少ないのも影響はあっただろう。
そこへリニアはさらに蓋を作ったので、溺死は確定だ。もがき苦しんでいるのか、土壁を叩く音が激しくなっている。
残った3人のうち2人はリニアが受け持ち、俺は残り1人を相手取る。
近接状態ではクロスボウの取り回しは難しいので、ここは考案していた必殺技の出番である。
斬りかかってきた男の剣を受け止め、足を払って地面に引き倒す。
払った際、足の関節が新たに一つ増えたような気がするが、これは気にしない。足払いで関節が増えるとか、器用な男だ。
増えた関節に男は歓喜の声を上げている……いや、違うか。
そのまま背後に回り、腕を絡め、首に手をまわしてゆっくりと締め上げていく。
俗にいう、チキンウィングフェイスロックと言う関節技である。
そう、俺が考案した攻撃法とは、つまるところ関節技だった。
打撃系に頼るから、甚大な被害が出てしまうのだ。関節技ならば、壊れるのは関節以外に存在しないのである。
地面すら打ち砕く俺の剛腕を振りほどけるはずもなく、男の首がゆっくりと締め上げられ、見る見る赤く……そして青白く変色していく。
男の肩と肘関節は技を決めた瞬間に砕けていたので、あまり意味はなかったのかもしれない。
とにかく、白目を剥き、泡を吹いて絶命した男を投げ捨て、リニアを相手にしている2人へと向かう。
これに恐れ慄いたのは男たちの方だ。
まるで絞首刑を受けたかのような有様の仲間に、戦慄を禁じ得ない。
いや、関節が無事なだけ、絞首刑の方がマシかもしれない。
眼球など、圧力で半ば飛び出しているのだ。
「ひぃ、来るな! 来るなぁ! そんな死に方……ひどすぎるだろう!?」
腰を抜かし、後ずさり、剣を振り回して狂乱する男。
俺はその男を取り押さえ、前から脇に頭を抱える様に極める。
フロントチョーク。対面姿勢から脇に首を挟んで、首と気道を締め上げる技だ。
少々力を入れすぎて、首がブチンと引っこ抜けてしまったのはご愛敬。
いつの間にか土壁の中も静かになっている。
「あ、悪魔……化け物ぉ!?」
生きた人間の首を引っこ抜くという行為はさすがにショッキングだったのか、最後の1人は尻に火が付いたように泣きながら逃げ出した。
その足取りは、がくがくと覚束ない。
「残念。悪魔ではなく魔神でした」
リニアはそんな男を、背後から【水刃】の魔法で切り捨てたのである。
意外と容赦ない女だ。
こういったトラブルが数回起こったが、俺は三日後にはルアダンの町に到着したのだった。
そう言えば前回書き忘れていましたが、今章と次章では大惨事は起きない予定です。
ちょっと勘違いしてたので、フロントフェイスロックをフロントチョークへ変更しました。