第50話 灼熱の砂漠
その日、ようやく砂漠へと試し撃ちに出かけることにした。
およそ一ヶ月ぶりの砂漠だ。
外縁部とはいえ周囲は強烈な日差しが降り注ぎ、まるで真夏の砂浜にいるかのような錯覚に襲われる。
足りないのは水分と言うところか。
前回ぶちまけた12万リットルの水はすでに蒸発して、水溜り一つ見当たらない。
砂漠なのだから、当然の事と言える。
「よし、まずは【創水】の試し打ちするぞ。制御できているかどうかだな。今日はいろいろ試したいことがあるから、ちゃっちゃと行こう」
「問題を起こして逃げ出さないといけない原因は、主にご主人のせいですよ?」
「そんな過去のことは忘れたな。俺は未来に生きるのだ」
ビッと南の方を指差し、話を逸らす。
そっちはかつて、大量の水鉄砲を発射した方角だ。
「まずは1リットルの【創水】だ。行くぞ――あ、リニア。お前は後ろで俺を支えていてくれ」
「ヤですよ! またすっごい勢いですっ飛ぶかも知れないじゃないですか! 巻き添えにはなりたくありません」
「言ってくれるな、このチミッ子……」
だが確かに、前回から実践無しでの試射なのだから、怖がるのも無理はない。
俺だったから10キロも突っ転がされて平気だったが、リニアの生命力程度では少々傷を負ってしまうだろう。
「まぁいいや。それじゃ……【創水】!」
空間にじゃじゃっと魔法陣を描く。
基礎級の魔法は、基本的に複雑な図案を使わない。円の中に三角とか四角を描いて、なんだか読めない文字を数個描くだけでいい。
【創水】も例に漏れず、円の中に四角を描き、文字を三つ描くだけだ。
それでも、これを魔力を込めながら行うとなると、結構な集中力を必要とされる。
この作業を戦闘の片手間に行っていたカツヒトは、実は大した奴だったのかも知れない。バカだったが。
ともあれ、俺の器用度ならばその速度は1秒未満で描ききる事ができる。
俺が魔法名を発声した瞬間、俺の手の先から大量の水が噴出した。
その量、およそ100リットルほどか……
「これが1リットルですか、ご主人?」
「……まぁ、まだLv1だしな。前回の千分の一まで制御できたんだから、これは大きな一歩だ」
リニアのように風呂桶とは言わないが、タライ一杯分程度の水をぶちまけて、魔法は終息した。
これでは室内での利用は、少々難しいかもしれない。だが、旅の水を補給する程度の役には立つはず。
これで今まで荷物持ちとしてしか仕事が受けられなかった状況からは、脱却できただろう。
「まぁ、わたしも練習しときますかぁ。【土壁】!」
こちらも凄まじい速さで魔法陣を描き一声掛けると、巨大な土壁が目前に現れた。
大きさは10m四方はあり、厚さも1m程度ある。
「リニア、これ全力か?」
「いえ、一割から二割くらいですかね」
「と言うと、全力だと70m位のが出せるのか……」
それはもう、結構な大きさの壁と言える。
単純計算で、魔力1につき10cmくらいの壁が作れると言うところか?
それからリニアはいくつかの魔法を続けざまに使用し、新しく覚えた魔法の使い勝手を確認していた。
そこはさすが本職と言うべきか、見事な制御を見せてみせる。
「ご主人、ここに水溜めてください!」
「風呂でも作る気か、お前は」
「そうですよ? 旅先とかで浸かれたら便利じゃないですか」
「む?」
リニアは【土壁】の魔法を組み合わせ、大雑把な風呂桶を作っていた。
そこに水を入れ、沸かせば簡易の風呂になるのは事実だ。魔法数回で風呂に入れると言うのならば、これは画期的な利用法である。
だが下が完全に地面と接しているため、火を熾すスペースが存在しない。
「下を空けないと湯は沸かせないぞ」
「そこまで精密な制御はまだできないんですよ。水に直接【点火】しちゃったらどうですかね?」
「なるほど」
【天火】の魔法は具体的に言うと物質を直接燃やす魔法ではない。
魔力1でライターほどの火を10秒程度発生させ、対象に着火する魔法なのだ。
だから薪に直接火をつけるほどになると、それなりの魔力を消費してしまう。そこまで消費するくらいなら、別の効率の良い魔法を使った方がいいとなってしまうのだ。
通常のならば、【天火】で湯を沸かすなんて問題外な発想だが、俺の魔力で行うとなると、話は別だ。
最悪床面を直接熱し、五右衛門風呂みたいにしてもいい。
「よし、やってみるか」
リニアのアイデアに乗っかり、俺は風呂桶に水を注いだ。
元々タライ単位でしか発生させられないので、十回も使用すると満杯になる。
そこへ新たに覚えた【天火】の魔法を撃ち込む。
「威力は……どれくらいが適正だろう?」
「わたしもやった事無いから知りません」
「だよな。まぁ対象は水だから、いきなり燃え尽きるとかは無いだろ。蒸発はするかも知れんが」
「ですよねー」
そうは言っても、いきなり魔力12万の【天火】では、水が蒸発しきってしまうだろう。
逆に発生するのはライター程度が基準なのだから、100程度では火力が足りない。炎の発生時間は10秒程度しかないのだ。
「1万くらいが適当かな?」
「それくらいっすかねー」
扱ったことの無い桁にリニアの返答もかなりいい加減な印象を受ける。
だが、俺もそれくらいと思っていたので、特に拒否感無く【天火】を水中に発生させた。
「【天火】!」
直後、風呂桶が爆発した。
「いや、水蒸気爆発って現象を忘れてたわ……ってか、こんなに危険な魔法だったんだな、【天火】って」
突然爆発した風呂桶の爆圧で、俺達は数十mはすっ飛んだ。
いまだに俺の隣では、リニアが地面にさかさまに突き刺さったまま気絶している。
逆さまなのでスカートがめくれてパンツ丸出しである。妙にアダルトなヤツ……
俺はそっと、服の乱れを直してやった。
だがこれは……ひょっとするといい機会なのかもしれない。
周囲をきょろきょろと見回し、リニア以外誰もいないことを確認。
誰もいない。そしてリニアは気を失っている。
つまり、今の俺に危害を与えることができる存在は――いない。
「これは……あの実験をやるには絶好の機会だな」
そして周囲は砂漠。何をやっても被害が他者に及ぶことは無い領域。
そこで俺は、自分の能力の上限を試すことにしてみた。
リニアによって謎の桁数が俺の【世界練成】に設定されているのは知ったが、それが実際どの数値まで引き上げれるのか、いまだ判明していないのだ。
正直、得体の知れないスキルは、持ってるだけでも気持ち悪い。ここいらで上限をはっきりさせておくのもいいだろう。
だが、それを実験するためには、まず現状掛けてある強化を解除しなければならない。
それは自身を無防備に晒すという事で、俺にとっては最も恐ろしい行為の一つに挙げられるのだ。
ここならば誰もいないので、解除しても問題はあるまい。
「まずは解除して……自身をサーチ――相変わらずひっくいなぁ」
続いて強化値の設定に入る。
ちなみにトーラスを滅ぼした時に強化した数値は255だった。この時の筋力を数値に直すと3590億3328万7183になる。
そりゃ核分裂とか核融合とか起きるはずである。
落ち着いた状態で強化値を設定して行くと、どんどん上がる。
その数値はなんと400まで行った。まだ上がある様子だ。だがこれ以上は危険である。
この段階ですでに桁数として京を超える。36京640兆1402億7525万6000だ。もう訳が判らない。
この状態だと指一つ動かすだけでも大惨事が起きそうな気がして、戦慄が走る。
「ヤバイ俺……マジで世界滅ぼせるわ」
自身の能力の際限の無さに、正直呆然とする。
実際12万の能力値でも持て余し気味なのだ。
とりあえず隣のリニアを引っ張り出して横に寝かせておく。
さすがに彼女は『酸素不要』な身体には作っていないので、埋まったままだと息苦しいだろう。
ぐったりと伸びている彼女の横に腰を下ろし、手を空にかざして思案する。
せっかく剣と魔法の世界に来たというのに、鍬で戦っていた俺は、『なにか違う』と思っていたのだ。
だが、当時は魔法を使うと言う発想すらなかった。
魔力10と言う一般市民並みの魔力では、使えるとも思わなかったからだ。
リニアのおかげで、この魔力でも魔法を覚えることができると判明した。
というか、魔力6でも使えるという事は、魔力の能力値が1でもあれば使えるのではなかろうか?
だとすれば、この世界の人間は基本的に魔法を使える事になる。
実際、基礎級と呼ばれる魔法は、魔力を1分だけ消費して使用することもできる。
「よし、試してみよう」
思いついたら即実行。
魔法陣を築き、魔力を絞っていく。
+99の強化値は12万5278なので、全力の12万5278分の1だけに魔力を絞り、声高く発動させる。
「【天火】!」
今度は、砂漠が燃えた。
前方数キロに渡って炎が巻き上がり、10秒で消えるはずの炎が延々と燃え盛り続ける。
やがて炎の壁は捩れ、合わさり、炎の柱となって天へと伸び上がっていく。
それは火災旋風と呼ばれる現象に等しかった。
「しまった――そういえば、強化値戻してなかったあぁぁぁ!?」
失敗に気付き、慌てて元の強化値に戻す。
込めた魔力が大きすぎたのか、魔法の炎が消える気配は、いまだに無い。
元に戻し忘れたことを計算して、単純に計算すると、魔力2兆8787億ちょっとの【天火】?
だが、判ったことはある。
この場に残っていたら、また悪名が轟いてしまうという事だ。
俺は隣で意識を失ったままのリニアを引きずって、そのまま街へ帰還したのだった。
「強化値の戻し忘れ、ダメ、絶対……」
◇◆◇◆◇
魔王の生息地たる南方砂漠で、突如砂漠が燃えるという現象が確認された。
世間では、これは魔王ガルベスが己を守るために張った防壁と推測され、これによって魔王復活は周知の事実となった。
周囲の住民達はパニックに陥り、多くの民衆が北部へ向かって逃亡を始めたという。
この炎の壁は1年の長きに渡って燃え盛り、砂漠を根こそぎ溶かし、まるでガラス谷のように変化させてようやく収まったのである。
自らの覚えた魔法陣が間違っていることを、彼はまだ知らない。
次の話でファルネアの派遣軍を書いて、今章は終了となります。