第48話 帝国の煩悶
2話続けて主人公が出てきません……
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「これはどういう事だっ!!」
ファルネア帝国皇帝、ミューレン=ロス=ファルネアは肘掛を力の限り叩き、怒りを現した。
その手にはアロン共和国よりやってきた特使がもたらした親書がある。
その怒りを予想していたのか、使者は親書を渡すとそそくさと退出していった。
現在、謁見の間にはミューレン皇帝と、宰相。それに護衛の近衛が数名いるだけである。
その親書には、南方魔王ガルベス復活の報と自国の近況が書き示され、援軍を送れない旨が記されていたのだ。
怒り狂う皇帝に、他の臣下は声を上げることもできない。
元来、魔王は一国で相手できるような存在ではない。
ガルベスとて、最初に倒された魔王として最弱と噂されてはいるが、生前はその力でトーラスを完全に封じ込めていたのだ。
領土が増え、基本的に国力が増したとはいえ、相次ぐ小競り合いで兵力までは回復し切れていないファルネア一国では、どうしようもない程度には……強い。
「それはアロンとて理解しているはず……ここで魔王を砂漠に封じ込めねば、次は自分の番であろうに!」
床を蹴り付け立ち上がり、親書を叩き付けて全身を震わせる。
長年使えてきた宰相だが、ここまで激昂した皇帝を見た事がない。
親書には近年現れた魔神ワラキアによって、評議会議事堂が破壊され、評議員の半数が死亡した事。更にキフォン、ニブラスといった要衝にダメージを与えられたことが記されている。
地勢的に要所であるキフォンと、巫女の存在を抱えるニブラスはアロン共和国にとってまさに両腕といえる存在である。
そこへピンポイントでダメージを与えた魔神は、やはり自らの寝床であったアンサラを荒らされた事に怒りを覚えていたのだろう。
そう皇帝は判断していた。
更に両都市への支援や、魔神への対応で兵力を割かれ、『勇者』まで送りつけた。
この影響で、アロンには南に軍を送る余裕は無いと言い放ったのだ。
「まさか我が国内に魔神が巣食っていたとはな。だがそれは別の話だ……」
立ち上がって右往左往しつつ、考えをまとめに掛かる。
確かに国内の都市2つを荒らされては、国として支援せぬ訳にはいかないだろう。
ワラキアを警戒して、騎士団や最大戦力である『勇者』を派遣する理由もわかる。
だが、魔王の存在は魔神とは違うのだ。
魔神ワラキアは、少なくとも人類そのものに敵愾心を持っていない。こちらから手出ししなければ、奴はおとなしく冬眠してくれるのだ。
これはアンサラに潜伏中、ファルネア帝国に被害が無かったことからも理解できる。
対して魔王たちは明らかに人類に敵意を持ち、野心を露わにしている。
戦う危険度で言えば、明らかに魔神が高いだろう。
だが魔王たちはあまりにも好戦的だ。魔神はいわば山で冬眠する熊であり、魔王は人を襲う野犬と例える事ができる。
どちらがより有害かは、比べるべくも無い。
魔王を放置する訳には行かない。
そして今、トーラス王国はすでに滅び、その勢力を併呑したファルネアとアロンの二国で事に当たらねばならない。
その難局において、片方の勢力が参戦しないというのは、あまりにも致命的なのだ。
このままファルネア一国で事に当たっても、勝ち目など有ろうはずも無い。
ファルネアにも当時の戦乱を生き抜いた『勇者』が残っている。だか、彼一人でどうにかなるような相手ではないのだ。
だとしても……
「それでも、兵を送らぬ訳には行かぬ……か」
アロン共和国の思惑は、明らかにファルネアの国力を削ぐ事にある。
魔王に単独で対処させ、共に力を弱めたところで漁夫の利を攫おうという意図がありありと見える。
だがそれでも、魔王を人間の生活領域に招き入れる訳には行かないのだ。
「我が国だけで……足止めできるか? いや、無理でもそれを成さねばならん」
あまりにも絶望的な戦いに兵を送る。
その行為に胸のムカつきが禁じられないミューレン皇帝であった。
「近衛隊長、近衛以下第三軍までを南方砂漠へ差し向けろ。勇者シュルジー殿にこれを率いさせ、魔王ガルベスへの対処に当たる」
「陛下、畏れながら……我が国だけでは――」
「理解しておる。足止めだけで良いのだ。時間を稼ぎ何とかアロンの増援を引っ張り出し、事に当たらねば……」
「承知いたしました。ですがシュルジー殿は北方の戦線。王都まではいささか時間が掛かります」
「では……そうだな。確かグラッデン侯がアンサラに出向いていたな。彼を副長官に任命し、代理で軍を指揮させろ。シュルジー殿が到着したら指揮権を引き継がせれば良い」
「グラッデン侯!?」
狂将グラッデン。
そうとも呼ばれる血統至上主義の将軍である。召喚者達との戦いにおいて、誰よりも血を流し、そして殺した男だ。
その戦果ゆえに陞爵し、伯爵から侯爵へと位階を上げた。
だが、余りにも苛烈な性格であり、貴族達にも彼を嫌うものは多い。
戦乱が終局に向かう今、彼は持て余される人材となっているのだ。
「目には目を、毒には毒を、だ。魔王の狂気に対抗できるのはあの男くらいだろう」
「それは……確かに。ですが、あの者に大軍を任せると、また突撃しかねません」
皇帝の裁量に宰相が異を唱える。
仮にも貴族である侯爵を『あの者』呼ばわりする辺りに、宰相の侯への嫌悪が見て取れた。
「そのためのシュルジー殿だ。侯とて、『勇者殿』の軍を預けられて、むやみに突撃するほどのバカではあるまい」
「はっ、その通りでございます」
「とにかく目的はあくまで魔王の足止めだ。砂漠の手前で布陣させ、決してこちらから手を出さぬよう、きつく申しつけよ」
「心得ましてございます」
「更に、途中の行軍も人目につかぬよう工夫させよ。魔王復活などと知れ渡っては、人民がパニックを起こす」
「おお、そうでしたな。さすが陛下、民への心配りも細やかです」
「世辞は良い。速やかに事に当たれ」
「はっ!」
グラッデン侯爵へ命令書を出すべく、宰相が謁見の間を退出する。
近衛隊長もまた、これに続いた。これから数日内で第三軍までの編成を済ませねばならないのだ。
それを見送り、皇帝は再び玉座に着いて頭を抱えた。
「まったく……頭の痛い……そもそもはワラキアが街を破壊したせいなのか、これは? それともアロンの自業自得か? どちらにせよ、災厄が巡り巡ってこちらにやって来ようとはな」
あの魔神の所業がなければ、アロンは出兵を断る口実が無かっただろう。
だが、それとて元を辿ればアロンのちょっかいが原因である。
更に遡ればトーラスの召喚が――と、何もかもが悪く思えてくる。
「くそっ!」
下品に毒吐きながら、皇帝は煩悶とした日々を送るのであった。
魔王が死んだことは、まだ知られていません。