第47話 魔王復活
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大陸南方に広がる砂漠地帯。
その中央に位置する場所に、魔王ガルベスの居城は存在していた。
もしアキラがこの居城を目にしていたら、『寂れたシ○デレラ城』イメージを抱いていたかも知れない。
それほどに大きく、荘厳で、しかし寂れていたのだ。
魔王はおよそ百年ほど前に誕生し、そこから十二年前まで人類を苦しめ続けた存在である。
勇者と呼ばれるものが現れるまで、トーラス、アロン、ファルネアの中央三国を含め、全人類が対抗してようやく互角に戦えていたと言うほどの強者だったのだ。
しかも、魔王は一人ではなかった。
魔人族と呼ばれる種族の中で極々少数だけずば抜けた能力を持って生まれてくるものがいる。彼らを特に魔王と称し、畏れているのだ。
さらに彼らは特に攻撃性が高いことで知られ、同種族であろうとも、手加減せず破壊を振りまいた。
十二年前の戦乱では、いわゆる魔王と呼ばれる存在は五名確認されており、それぞれが人類の生存圏の四方、東西南北に居城を構え、包囲していた。残る一人は、いまだ居城が判明していない。
別にこれは、連携を取った結果ではない。彼らは縄張り意識が強かったため、自然とお互いに干渉しあわない距離を取った結果、そうなっただけなのだ。
人々を苦しめてきた魔王だが、十二年前、勇者と呼ばれる存在にようやく討ち果たされる事になる。
敗色濃厚だった中央三国は、自国から大量の生贄を用意し、最後の賭けとして召喚を行った。
結果、勇者と呼ぶにふさわしい潜在能力を秘めた者達が呼び出され、これを鍛え上げ、遊撃の任に当たらせたのである。
最初の召喚者達はお互いに力を合わせ、仲間を募り、協力し、苦難の果てに四方の魔王たちを倒して行った。
この戦いが終結したのが十二年前である。
この戦いの後、ある者は国に仕え、ある者は戦いの中で命を落とし、ある者は家族を得て、腰を落ち着けた。
そしてその後、トーラス王国は召喚者を戦力として利用する事を思い付いたのだ。
南方の魔王ガルベスは、その中でも真っ先に倒された一人だ。
それは不運でも有り、幸運でもあった。
つまり、勇者と呼ばれる者たちが最も未熟な段階で戦い、敗北したが故に、傷が浅く済んだのだ。
ガルベスは敗北した際、自らの魂を核石と呼ばれる魔石に封じ込め、復活の機会を窺っていた。
「どうだ、陛下の様子は?」
「依然、お変わりありませんゲコ」
当時魔王軍の参謀を勤めていた男は、核石を監視していた蛙を直立させたようなモンスターにそう問いかけた。
核石は当時一〇センチ程度の小さな石だったが、現在では二メートルを超えるほど巨大になっている。
周囲の魔力を吸収し、その体積を増し、魔王の身体を内部で構築しているのだ。
「やはり復活まではまだ時間が掛かるのか……」
「今のペースですと、千年……は掛かりませんが、五百年くらい掛かりそうですゲコ」
「それだけ魔王様の秘めたる力が強大だったという事なのだ。まぁ仕方ない。その程度の時間が経過すれば、あの勇者どもも寿命を迎えよう。直接雪辱を果たせぬのは痛恨の極みだが……安全を期するためならば、それもまた一つの手だ」
魔力を収集する魔法陣の中央に配置された核石を眺め、男は恭しく頭を下げた。
その頭部には捩れた二本の角が生えている。人ではなく、魔人と呼ばれる種族の特徴だ。
「陛下がお戻りになるまで、我らは力を貯えておきます故、ご安心なされてください。次こそ我らの手で、覇権を掴みましょうぞ」
そして頭を上げた時、奇妙な振動に気付いた。
「なんだ……まさか、敵襲か?」
そう口にした瞬間、強大な魔力が城に降りかかった。
城門を粉砕し、一直線に突き進む謎の魔力塊。それは城の中央部に安置された核石を目掛けて飛来していた。
「クッ、陛下をお守りし――」
「ゲコォ!?」
口にできたのは、そこまでだった。
再生の間の扉が粉砕され、魔力は更に突き進む。その先には魔王ガルベスの核石が存在していた。
参謀はその身を挺して攻撃を防ぐべく、身を投げ出そうとしたが、それすら間に合わない。
絶望の表情を浮かべ核石に視線を向ける。
男の視界は、すべてが色を失い、スローモーションで再生されていた。極度の集中によって巻き起こされる状況だ。
だが身体の動きまで早くなる訳ではない。粉砕された壁や扉の破片が宙を舞い、地を抉りながら突き進む魔力塊。
その余波だけで蛙男は蒸発している。
そんな光景を、男はなす術も無く見続け――やがて核石に魔力が衝突した。
直後、凄まじい光が室内を満たす。その光は核石より発せられていた。
圧力を感じるほどの光量に、目を閉ざす男。
「お、おおぉ……」
知らず、嗚咽のような声が喉から漏れ出していた。
それは驚愕であり、畏怖であり、歓喜であった。
この光こそ、魔王復活の燭光なのだ。
パキパキと何かが割れ、剥がれ落ちるような音。
それはやがて、カシャンと言うガラスの砕ける音へと変化し……そして、湿った足音が室内に響いた。
「――ふむ、ご苦労だったな」
十二年前まで散々耳にした、懐かしい主君の声に、参謀は涙する。
「へ、陛下……」
「良くぞ核石を守り通した。褒めてやろう」
「ありがたき、お言葉――」
そこに降臨していたのは、間違いなく魔王ガルベスその人だった。
背の半ばまで伸びたしなやかな髪も、細く、それでいて筋肉のしっかりと乗ったシャープな体格も、鋭く怜悧な表情も……全ては記憶にあるままの姿だった。
同じ魔人族でありながら、こうまで纏うオーラが違うものか。参謀はそう感嘆せずにはいられなかった。
魔王は自らの身体の具合を確かめるように、手足を動かす。その行為に参謀は不安を覚えた。
もしや、復活の儀式に至らぬ点があったのか、と。
「何か、不都合でもございましたでしょうか?」
「逆だ。素晴らしい力が漲っておる。この身体ならば、あの忌々しい勇者共すら一蹴できよう。良くぞこれほどの魔力を掻き集めたものだ」
「ハッ、お褒めいただき光栄なれど……」
「どうした?」
「陛下が取り込まれた魔力、我々が集めたものではございません」
「なに?」
「はい、何者かが魔力塊にて城を攻撃。陛下はその魔力を取り込んで、ご復活なされたのでございます」
参謀の言葉に魔王は顎に手を当て、思案する。
この魔力は結果的に自身を復活させる糧となったが、元は城を攻撃したものだったのだ。
何者が、それを為したのか?
どこからこれほどの魔力を集めたのか?
何が目的だったのか?
幾度考えども理解できぬ攻撃の意図に、やがて魔王は思考を放棄した。
「まぁ良い。我にトドメを刺すべく攻撃したのかも知れんが、以前より力を増して復活できたのだ。結果的には良しとするべきであろう」
「ハッ!」
「ところで我はいつまで裸でいればよいのだ?」
魔王は復活してから、一歩もその場を動いていない。
つまり、一糸纏わぬ姿だったのだ。
「これは……申し訳ございません。感動のあまり、思い至らず――」
「良い。お前の忠義はよく知っておるからな」
軽く手を上げ、部下の言葉を封じてから部屋を出るべく、破壊された扉へ向かう。
「ふん、好き放題破壊してくれたものだ。この礼は返してやらんとな」
「すぐさま調査いたしましょう」
「任せる」
魔王の後ろに付き従い、部屋を出ようとした時、今度は猛烈な勢いで、大量の水が飛来してきた。
これに対応し瞬時に障壁を張る魔王。
そして、彼を守るべく前に出ようとする参謀。
だがやはり、彼はまたも間に合わなかったのだ。
魔王の張った障壁は紙のように易々と破られ、押し寄せた水に、力に満ち溢れていたその身体は一瞬にして打ち砕かれた。
散弾のように飛来する水滴が、砕けた身体を更に細かく磨り潰し、魔王は膝から下を残して、この世から消え去ってしまったのである。
「へ、陛下ぁ!?」
絶望の声を上げる参謀。その手はかろうじて残された魔王の足に触れる。
だが、正体不明の攻撃はこれに留まらなかった。
押し寄せた放水は上下左右にうごめき、城を完膚なきまで粉砕していく。
その勢いは石造りの上、魔力で補強したはずの魔王城を砂のごとく溶かし、砕き、磨り潰し、蹂躙する。
参謀もまた、破壊を済ませ勢いを失った水に押し流され、一瞬にして意識を失ったのであった。
意識を取り戻した参謀は、瓦礫に埋もれていた。
彼が生き延びたのは幸運に幸運を重ねた結果だろう。
自らの懐に、魔王の足が残っていることに安堵しつつ、瓦礫を掻き分け、外へ出る。
そこで彼が目にしたのは、土台しか残らぬほどに破壊し尽くされた魔王城の姿だったのだ。
周囲には、まるで抉り取られたかのように、砂漠を割った痕跡が残されている。
それは魔力塊の攻撃痕であり、謎の水の攻撃の跡だろう。
その痕跡は一直線に北へ向かい、やがて視界の向こうに消えていた。
「それほど遠くから……城ごと陛下を吹き飛ばしたと言うのか……」
呆然とつぶやく、参謀。
そのような真似は、同格である他の魔王だってできるはずがない。
それほどの化け物が――その先にいるというのだ。
魔王だけではない。城ごと……いや、地形ごと吹き飛ばしたのだ。
その事実に、参謀は身を震わせ、絶望した。心が折れたのだ、完膚無きまでに。
「……………………もう、やめよう。魔王軍とか」
魔王を復活するべく魔力を貯めていたのを察知されたのかどうか、判らない。
だが、そこにいるのは魔王すら歯牙にも掛けぬ、神にも等しき存在だ。
そんなものに目を付けられたら、生きて行けるはずがない。
「田舎に帰って、畑耕すか……」
ポツリとつぶやいた参謀。
これが後に千年を生き、市井に叡智をもたらし続けた謎の賢者、隠遁の大賢者が誕生した瞬間なのだが……それはまた、別の話である。
魔王退場。
【ダウジング】は嘘をついていません。復活はしました。
すぐに死んだだけです。
あと、魔王編はもう少し続きます。