第46話 魔法の実践
先ほど飛び出してった魔力の塊については無かったことにしつつ、続けて【創水】の魔法に取り掛かる。
リニアから魔法陣の語りを教わり、その図形を脳内に叩き込んだ。俺は記憶に関しても強化の影響で優秀な力を発揮できるのだ。
物の数秒で魔法陣を覚え込む。一般的には、この魔法陣を学ぶのに金が掛かるらしい。
【創水】程度でも金貨が必要になるほど、価値が高い。
「大体この魔法で銀貨100枚程度でしょうかね。世知辛い世の中です」
「まぁ、三日分程度の生活費程度で一生の水代を賄えるんだから、それ位はするだろ」
それに、これを憶えて発動できるようになるだけで、『歩く水樽』としての仕事が得られるようになるのだ。
むしろお買い得とすら言える。
魔法を発動するのに必要なのは、魔法陣を描く事と、発声。
後はここに込める魔力とイメージの差で効果の大きさが決まるらしい。
明確に呼び出す内容をイメージし、魔力を込めた指で素早く魔法陣を描き、使う魔法名を発声する。
この一連の流れを如何に迅速にこなせるかで、魔術師の腕は決まるといって過言ではない。
小人族のリニアは高い知性による的確なイメージと、種族特有の高い器用さを持っていて、かなりの熟練度を持っている。
問題なのは、これまた種族特有の魔力の低さなのだが、現在はこれを強化によって補強している。
つまり彼女は、名実共に一流の素質を持つ魔術師なのだ。
後は、冒険者ギルドや魔術学園などに金を支払い、魔法のバリエーションを増やせば、それこそ賢者と呼ばれてもおかしくないほどの実力者になれる。
リニアによって目にも留まらぬ速さで描き出される魔法陣を、俺は的確に記憶し、砂漠に向かって同じように陣を描く。
わざわざ砂漠までやってきたのは、魔法を試し撃ちする為である。
ここなら多少うっかりをやらかしても、被害は出ない。俺だって学習するのだ。
脳裏に浮かべるのは先ほどの光景。
リニアの手の先から溢れ出た、風呂桶を満たす事ができるほどの、豊富な水。
それが俺の手から迸る光景を想像しつつ、魔法陣に魔力を込める。
「おっと――」
だが、ここで俺は気が付いた。
普通の風呂桶だと大体500リットルほどの容量があるらしい。
リニアが先ほど放った水量はそれを軽く超える程あった。およそ700リットルほどだっただろうか?
ここから推測されるのは、魔力1につき1リットル程の水が作れるという法則だろう。
だとすれば、今の俺がこの魔法を使えばどうなるか……判るな?
そう、12万5000リットルを超える大放水だ。
水1リットルが1キログラムの重さを持つのはこの世界でも同じ。
それはつまり、俺の魔力を無分別に水に変換すると、125トンの水が生み出される事になる。もちろん気温などの変化で多少増減はするだろうが、これは俺達を押し流して余りある質量だ。
俺が今、無分別に魔力を水に変換すると、大洪水が発生して……溺れる可能性が高い。
「フフフ……俺だってバカではないのだよ……」
「うん、ちょっとだけバカ」
「なんだとぅ!?」
だが今はリニアの茶々入れに構っている暇は無い。
無いので砂を蹴って、仕返ししておく。
俺の指はそんな事を計算しながらも、的確に魔法陣を描き続けているのだ。
イメージを更に追加する。細く、勢いよく迸る、水道の蛇口のようなイメージだ。
こうしてイメージ、魔力を込め、魔法陣を描き終え、後は声を発するだけで発動という状態まで持っていく。
ちなみにこの魔法陣、中空に描くとその場から動くことはできない。これが魔法が近接攻撃に適さないという理由だ。
そして、この魔法陣は放っておくと1分ほどで空中に霧散し、消えていく。
つまり、どれだけ複雑な魔法陣でも1分以内に書ききらないといけないことになる。
「――【創水】」
満を持して、締めの魔法名を唱え、指先を前方へ伸ばす。
リニアのように手ではなく指で指したのは、細い放出口をイメージしての事だ。これだけ口が小さければ、125トンの水が噴出しても、俺達が押し流される心配は無いはず。
一瞬、俺の指先に光が灯り、そこから勢い良く……それはもう、凄まじい勢いで水が飛び出した。
「うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」
俺はその水圧で後方にすっ飛んでいく。
ウォーターカッターも斯くやという勢いで放出された水は、反動で俺を後方へ押し戻したのだ。
――そういや、ウォータージェット推進ってあったよなぁ……
凄まじい勢いで吹っ飛びながら、俺はそんな事を思い浮かべていた。
高速艇やパワーボート、果てはミサイル艦にまでで利用される、水を取り込み、高圧で噴出することで推進力を得る方式。
スクリューだと50ノット程度で限界に達してしまうため、それ以上の速度を得るために有効な手段の一つだ。
俺は魔力を絞らず、その出口のみを絞ってしまったため、12万トンを超える水が指先程度の噴出孔に殺到してしまったのである。
そして俺は以前にも言ったと思うが、身体の質量まで増えている訳ではない。
強大な水圧の反発力を受け、俺はクルクルと回りながら宙を舞った。
例えどれだけ強靭な筋力を持って、足を踏ん張ったとしても、下から上へ向かう力には逆らえないのだ。
指先から噴出する水は、俺の回転に従い向きを変え、四方八方へと撃ち出され続けた。
目の前の砂丘が爆発したように吹き飛び、遥か彼方へと飛んでいく。
その向こうに、なにやら城の様な物が見えた気がするが、こんな砂漠のど真ん中に城があろうはずも無い。おそらくは見間違えか、蜃気楼って奴だな。
反動で後ろへ吹っ飛び、転がり、地面を抉りながらようやく停止したのは、距離にして10キロ近く転がってからだった。
地面に大の字になって転がり、息を荒げていると、リニアがこちらに駆け寄ってくるのが見える。
その俊足は傍から見ても凄まじく、瞬く間に俺のそばまでやってきた。
「ご主人、無事ぃ?」
「おう、怪我は無い。そういう風に作ったからな」
「まずは込める魔力の調節から憶えないといけないね。普通はこんなバカな結果にはならないんだけど」
「うっさい、だまれ」
周囲10キロを超える範囲が、俺の撃ち出した水圧でずたぼろになっている。
こんな場面を他人に見られたら、また魔神の悪名が広まってしまう。
「とりあえずこの場を離れるぞ」
「りょーかい!」
そういう訳で、さっさとクジャタに逃げ帰ったのだった。