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ポンコツ魔神 逃亡中!  作者: 鏑木ハルカ
第5章 南方魔王編
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第45話 リニア先生の魔法講座

 軽くテンポのいい足音が廊下を走ってくる。

 その音の軽さや間隔から、足音の主は子供か、それに準ずる体格しかないことが把握できた。

 俺の周囲でそんな体格の奴なんて一人しかいない。だから放置しておいた。


 再びベッドの上で、ぬくぬくとした毛布に頭を埋め、まどろみの海に沈んでいく。

 今、俺はクジャタの町の宿屋で、思う存分睡眠をむさぼっているのだ。


 盗賊退治はリニアが冒険者の資格を持っていたので、代わりに報酬を受け取らせておいた。

 おかげで俺の懐は温まり、こうして惰眠を貪れるほどには余裕があるのだ。

 今は仕事も無いことだし昼まで寝ていようと心に決めた時、部屋のドアが勢いよく叩き開けられた。

 ……鍵を掛けていたはずなんだが?


「おはよーございます、ご主人! 朝です!」


 そう一声叫ぶと同時に、床を蹴る軽い踏み切り音。

 子供のように、俺に飛び乗って起こすつもりだろうが、そうは行かない。

 俺の生命力ならば、子供が飛び乗ったくらいでは、びくともしないのだ。


 リニアは空中でくるりと身体を翻し……かかとから俺の上に着地した。それも股間の上に。


「おぐふっ!?」

「おー、なかなかの手応え? いや足応え?」


 もちろん俺の生命力ならば、欠片たりともダメージは受けない。

 受けはしないが……俺の愛棒(マイ・サン)愛玉(マイ・ボール)に衝撃が走る事には違いないのだ。

 しかし、これは気持ちのいい物ではない。いや、一部特殊な嗜好の人にはご褒美かも知れないが!


 この程度ではダメージを受けない。その事実はリニアにとっても、周知の事実だ。

 そうでなければ『隷属の首輪』が主人への危害という項目に反応して、首を締め上げているはずなのだ。

 だがここで問題となるのは、主人に危害を加える意図があるかどうかなのだ。


 危害を加える気が無くとも主人を害する可能性だってある。逆に殺す気で殴っても危害を与えられないと自覚している者もある。

 例えば、窓掃除の最中にうっかりバケツを落として、その下を主人が通りがかった場合、危害を加える気が無くとも奴隷が主人を害するという事態が発生してしまう。

 だからといって、主人に危害を与える可能性をすべて排除するように設定した場合、奴隷はもはや何一つ行動できなくなってしまうのだ。

 そこで妥協案として、殺意の有無を行動制限の基準として設けているのが、このアイテムの特徴である。


 リニアは俺に対し何をどう足掻いた所で傷一つ負わせられないことは理解している。

 だから俺に拳を振り上げたとしても、『隷属の首輪』は反応することは無い。

 もし俺が一般市民だったとしたら……殺意を持って行動を起こした瞬間、首輪は彼女の首を捻り切る事になるだろう。


「リニアー! 貴様、やっていい事と悪い事があるぞ!」


 毛布を跳ね除け、リニアの片足をつかんで引っくり返し、その反動で起き上がる。


「だってご主人、もう日が昇ってるのに起きてこな――」


 リニアの言葉が途中で止まる。ぱちくりという擬音がしっくり来る表情で俺を――俺の一点を眺め――


「きゃあああああぁぁぁぁぁああああああ!?」


 そして絹を裂くような、全力の悲鳴。

 その声に近隣の部屋から、宿泊客が顔を覗かせた。


 開け放たれたドア。

 足を取られ、ベッドに引っくり返された幼女。

 そして、朝の生理現象。

 しかも強化した際に改造した、自慢の元気溌剌300mmキャノン砲である。


 状況を見て、なにかを察した客達は気まずそうに部屋へ戻っていった。

 中には可哀想なものを見る表情で――


「兄ちゃん、それはいくらなんでも無理だから許してやれよ?」


 と声を掛けてくるものすらいる。


「ごごごごご主人、そのサイズは――」

「うるっさい! 黙ってろ、こんちくしょおぉぉぉ!」


 俺は()(たま)れない気持ちになって、毛布を腰に巻いて逃げ出したのだった。





 昼を過ぎてから、俺達は町を出て南へと足を向けた。

 とはいっても翌日にはクジャタに戻る予定である。

 目的地は結構遠いが、俺もリニアも桁外れの俊足を持っている。

 リニアの敏捷度は基礎94に+50の強化を受けて1万1034に。俺の敏捷度にいたっては基礎15の+99強化で18万7917もあるのだ。

 この数値は二人して軽く音速を突破できる速度である。


 土煙を巻き上げながら南へ駆け抜け、一時間もしないうちに南方に広がる目的地へ着く。

 そこは延々と広がる砂漠地帯だった。


「しかし、何でこんな所まで来にゃならんのだ?」

「ご主人はあまりにも自覚が無さ過ぎですね。今回の目的は何ですか?」

「ん? お前から魔法を学ぶことだ」


 そう、魔法だ。

 俺は基礎魔力が低いので、魔法は使えないと思い込み、その努力を放棄していたが……よく考えれば、俺の能力値(パラメータ)は強化を受けている。

 それに魔力6のリニアですら魔法を使えたのだ。魔力10の俺だって使えるはずだ。


「わたしの魔力はご主人の強化を受けて威力が上がった訳だけど……ご主人の魔力で魔法を撃ったら、それこそどうなるか判ったもんじゃないでしょ」

「む……確かに」


 強化され、12万を軽く超える魔力で魔法を使えば、そこに待っているのはいつもの大惨事だっただろう。

 俺は魔力が10のつもりで軽くリニアに魔法を教えろといってみたが、危ないところだった。


「それもそうか。そこでこの砂漠地帯なのか……」

「ここなら多少魔法を暴発させても近隣に被害は出ません。それに水系の基礎魔法はあまり大きな被害を出さないのが特徴ですし」

「そのおかげで攻撃力が低いという難点があるんだったか」

「それは言わないで!?」


 しゃがみこみ、頭を抱えて見せるリニア。

 どうやら攻撃力不足は、彼女にとってトラウマになっているらしい。

 しばらくころころと転がって苦悶した後、やおら立ち上がって服についた砂埃を叩き落して見せた。


「コホン、それはそれとして、まず基礎魔法から行きますよ?」

「いきなり授業開始かよ。いいけど」

「まずは水系統の有用性をご主人に知ってもらいたいです」

「有用性?」


 このファンタジーな世界で、魔法を使える者は少なくない。

 特に有名なのは火や風といった攻撃魔法の花形属性だ。土魔法だって防御や汎用性に優れた特性がある。


 だが水はというと……これが大器晩成を地で行く属性なのだ。

 水は極めれば、火や風に勝るとも劣らない大威力攻撃が可能になる。

 だが、そこに到るには強大な魔力と高いスキルレベルが必要になってくるのだ。

 二次曲線的に凶悪になる属性。それが水属性である。


 レベルは高いが魔力の低かったリニアは、その領域に届くことは無かった。

 だが強化された彼女は、高位魔法を操る事ができるようになっていた。ただし、金を出してギルドなり学園なりで呪文を学べば、だが。


「かといって、低いレベルの水魔法に使い道が無いわけではありません。むしろ、低位において水魔法こそ実用的なのです」


 例えば【創水】クリエイト・ウォーターの魔法。

 最小の魔力で1リットルほどの水を生み出す魔法なのだが、これだけでは対して攻撃力がある訳ではない。

 この魔法の本領は、水を生み出すというところにある。


 つまり旅先において、水を随時生み出せる魔法なのだ。これは大きい。

 人間は一日に経口で2リットルは飲まないと、脱水症状を起こす危険すらあるらしい。

 【アイテムボックス】というスキルもあるが、これは召喚者は高確率で取得できるが、一般人で持っている者は数少ない希少なスキルだ。

 しかも容量が『筋力の五倍の重さまで』という制限がある以上、水を大量に持ち運べる訳ではない。


 馬などを連れていると、その消費は更に跳ね上がる。

 馬は一日に40リットルは必要と言われているのだ。食料などのことも考えれば、それだけの水を常時持ち運ぶのは非常に困難である。


 だがここで、水魔法の出番となる。

 水があれば、洗い物も存分にできるし身体も拭ける。身体の衛生が保全されれば、病気になる可能性も大幅に下がる。

 そして水不足になる可能性も無くなる。

 人間は、食べずとも一週間以上生きた例はあるが、水がないと三日で行動不能になる。

 その危険がなくなるだけでも、水魔法は存在価値が高いのだ。


「その分、水魔法は生活魔法なんて認識もある訳ですが……」

「なるほどなぁ。まぁ、俺なら小便でも真水に作れ変えてしまう訳だが、さすがに気持ちのいいものじゃないしな」

「でしょう。そういう特殊な趣味の人もいますけど。ではそろそろ実践に参りましょう。ご主人、魔力を感じたことは?」

「魔力って訳じゃないかも知れんが、【練成】をする時にこう身体の中の力を消費する感覚はあるな」

「ふむふむ、魔力を感じ取る基礎はできているという事ですね。では次にその魔力を指先から漏らすような感じで魔法陣を描くんです。こんな風に」


 リニアが慣れた手付きで中空に魔法陣を描き【創水】クリエイト・ウォーターと唱える。

 すると風呂桶一杯分くらいの水が魔方陣から撃ち出され、砂漠に吸い込まれていった。


「ふわぁ!? こんなにたくさん水が出たのは初めて!」

「お前が驚くのかよ。まぁ、魔力が大幅に強化された結果かもな」

「コホン、まぁ、わたしの事はいいです。ほら、次はご主人様がやる番ですよ?」

「お、おう」


 言われたように指を前方にかざし、魔力を少し漏らすように――したら、ズビシュンと音を立てて、魔力の塊がすっ飛んでいった。


「…………?」

「もう少し、蛇口を締めましょう。ご主人」

「お、おう」


 こうして俺とリニアの魔術授業は始まったのである。


リニアが驚いたのは、キャノン砲そのものではなく、その大きさです。

彼女は経験豊富なお姉さんなので、それだけでは驚きません。

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