表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ポンコツ魔神 逃亡中!  作者: 鏑木ハルカ
第5章 南方魔王編
44/178

第44話 出立

シリアスな上にちょっと長いです。



◇◆◇◆◇




 シノブは義父に呼ばれ、寝室に赴いた。

 部屋に入ると得も云われぬ悪臭が鼻を突く。

 これは死を間際にしたものがよく放つ、死臭だという事がシノブにはよく判っていた。

 戦場で何度も嗅いだ臭いだ。


「お呼びですか、お義父様」

「来たか、シノブ。まだワシを父と呼んでくれるのだな……」


 ベッドの中から響く、弱々しい男の声。すでに身体を起こす力がない事は、シノブにも理解できていた。

 だから無断で部屋の中に進み出て、ベッドの脇に立つ。


「そんな……見ず知らずの異界人である私を養子に迎えようと、お義父様が奔走した事はよく知ってます」

「お前が召還者という事で、結局かなわぬ夢だったが……な」


 上等な毛布の下から、干からびた枝のような腕が伸び、その腕をシノブの手が優しく包み込む。

 互いの温もりをゆっくりと確認し、男――レナレス=ヴァン=アンサラ伯爵はサイドテーブルを指差した。


「そこにな……書状が二通入っておる。うち一通をそれを……ある男に届けてほしい」

「書状ですか?」


 言われサイドテーブルの引き出しを開けてみると、そこには二通の書状が収まっていた。

 表書きによると、一通はキフォンの街のガロアという人物宛てだった。


「この人物は?」

「腕のよい冒険者じゃよ。ただ、少しばかり悪癖があるがな」


 昔を思い出し、くすくすと含み笑いを漏らす伯爵。

 その表情は、ここ数日で最も晴れ晴れとした顔だった。


「めぼしい新人を見つけては言い掛かりをふっ掛けてな。わざと揉め事を起こし力試しをしよるのだ。本人曰く『顔を売るなら喧嘩するのが一番早い』だそうだ」

「それは……確かに敵の顔はよく憶えますが――なんというか、力尽くですね」

「最初は争い、次に仲直りすれば、普通より早く友となれるのだそうだよ。そうやって、人脈を作っていくのだ、とね」

「なんとも……コメントし辛い人物のようですね」

「ハハハ。それでもう一通の書状だが――」


 そういわれて、シノブはもう一通の書状に目を通した。

 そちらは無地の封筒に入れられており、封もされていない。


「中を見てもよろしいのですか?」

「かまわんよ。元々お前宛だ」


 わざわざ自分に手紙を書くなど、なんと酔狂な……そう思ってはいたが素直に中を見る。

 伯爵のする事だ。何か意味があるに違いないと、そう考えていた。


 取り出した書状を見て、シノブは目を剥いた。

 その端正な顔に、ありありと驚愕と困惑が浮かんでいる。


「お義父様……これ、は……」


 掠れた声で疑問を呈する。

 それもそのはずで、書状の一番上、最も見やすいところには、こう書かれていたのだ。


「解任状だよ。お前の親衛隊長のな」

「なぜです!」


 叫ばずにいられなかった。自分は彼のため、身を粉にして働き尽くしてきたはずだ。

 それが、この命の危機に際し、解任されるなど――ありえぬ、と。


「ワシはな。お前を手元に引き取った事を後悔しているのだよ……」

「私に至らぬ所があったというなら、直します。ですから――」

「お前に至らぬ所など、ある訳も無かろう? ワシが後悔しているのは……お前を、この街に縛り付けてしまった事だ」


 一年半前のトーラス王国崩壊。

 その事件により、多くの召還者が死に、少数の召喚者は自由を得た。

 だが、アンサラ伯に仕えたシノブは、ほとんどこの街から出ていない。


「お前とて、帰る場所があったはずだ。追いたい男もできたのだろう?」

「そ、それは……」

「トーラスの術師が死に、無限に近い術式の中からお前達を送り返す術を見つけ出すのは、不可能に近い」

「ええ、知っています」


 召喚術には術者特有の癖がある。

 この癖により、接続する世界に個人差が出るのだという話だった。

 だがその術者が死んでしまったため、彼らは送り返す道標を失ってしまった。結果、トーラスの召喚者達は、元の世界に戻る術を失ってしまったのである。


 それでも、帰還を諦めず旅を続ける召喚者の話は、各地で耳にする。

 シノブであっても、本心は帰還の道を探したかったはずなのだ。それを伯爵は、常々心苦しく思っていたのだ。


「もっとも、その『追いたい男』があの魔神ワラキアとはなぁ……」

「お言葉ですが、アキラはそれほど悪い男では――」

「知っておるよ。お前の選んだ男だ。それに戦乱を終わらせてくれた。ワシにとっては、まさに英雄と呼んでいい」

「お義父様……」

「ワシには、妻と息子がおった。それをあの戦乱で失ってしまった……」


 唐突に、遠い目をして語りだす。

 否、彼は最近、昔を語ることが多くなっていた。それがシノブには死を覚悟したかのように思えて、不安で仕方ない。


「召喚者など、目の前におったら切り捨ててくれる……当時はそう思っておったものだ」

「それは……」


 言葉を失い、絶句する。

 シノブはまさに、その最前線にいたのだ。彼女が切り捨てた兵の中に、義父の息子がいたのかもしれない。

 そう考えると、身体の震えが止まらなくなった。


「だが実際、ワシの目の前に現れたのは、年端も行かぬ、隷属の首輪を付けられたお前だった。それを見てな。自分の過ちに気付いた……気がしておったのだろうな」

「私は……お義父様に救われたんです」

「そう思ってくれるのはありがたい。お前たちとて、戦いたくて戦った訳ではないと、その時ようやく悟ったのだよ」


 そこで彼は喉が渇いたのか、震える手を水差しに伸ばした。

 シノブがその意を汲み取り、すばやく口元へ水を運ぶ。伯爵は一口だけ口に含み、再び言葉を紡いだ。


「ありがとう。だが、お前を娘として迎え入れたのは失敗だったと思っておる。召喚者でも住み良い町を……そのためにはトップが召喚者であれば、事は進みやすい、そう思っておったのだ」

「お義父様は私のために、本当に尽くしてくださいました! 私はその恩を何一つ返せていない!」

「その結果、お前はこの街を離れる事ができなくなってしまったではないか。その書状は、お前をそのくびきから解き放つためのものだ」

「ですが……」


 なおも抗弁しようとするシノブを見て、伯爵は溜息を吐いた。この強情な娘はこの程度では納得しない事はよく知っている。

 だから事の次第を話そうと、決めた。


「ワシの死後、このアンサラは他の貴族の管轄になる」

「ええ……おそらくは、そうなると思っていました」


 伯爵には跡を継ぐものがいない。

 シノブをその座にと思っていたようだが、彼女は召喚者である。それを貴族位につける訳には行かない。その反発が、彼女の養子入りを妨げていたのだ。

 そして、跡継ぎがいないならば所領は国が召し上げることになり、代わりの貴族が管理することになる。

 それは当然の成り行きだった。


「後に来るのはグラッデン侯だ」


 その名を聞いて、シノブは顔をしかめずにいられなかった。

 戦場で何度も名を聞いた。制圧地を蹂躙する酷薄な人柄だ。そして純血主義により、召喚者を誰よりも憎んでいる。


「それで私を解任すると……」

「あやつは……グラッデン侯は良くも悪くも古い貴族だ。お前は真っ先に槍玉に上がるだろう」

「そ、それでも……私はこの街を離れたくありません」

「ワラキアを追え。あの者の元ならば、国とて迂闊には手が出せん。そう、してくれ……」


 侯爵に捕まった同郷の者がどうなったか、人伝(ひとづて)にだが耳にしていた。

 年齢性別を問わず拷問に掛けられ、責め殺される。男はまだいい。女ならば更に玩ばれ、心身を潰されるのだ。


「お義父様……ですが……」

「おそらくはこれが、ワシの遺言になる」

「そんな! きっと快復します」

「この身体はお前より付き合いが古いのだぞ。もうろくに言うことを聞かんのは、身を持って理解しておる。だから、ワシにこれ以上後悔させんでくれ」


 猛獣の下に彼女を残したとあっては、悔いが残る。そう伯爵は言っているのだ。

 それをシノブもよく理解していた。


「ですがキフォンまでとなると、かなり時間が掛かってしまいます。それまでお義父様の身体は――」

「ああ、おそらくは持たん。これが最後の面会になるだろう」

「……………………」


 最愛の義娘を解き放つため、彼は覚悟を決めたのだ。

 死の間際まで一緒にいてほしいはずなのに。


「わか、りました……」

「ガロアは冒険者として頼りになる男だ。お前も自由に生きてほしい」

「はい……きっと……」


 大粒の涙を浮かべ、嗚咽をこらえる愛娘を、力の入らぬ腕で掻き寄せ、抱きしめる。

 これが、ワラキア伯レナレスとシノブの、最期の面会となった。





 旅立ちの日、街門には見送りの数名が待っていた。

 鍛冶屋のウォーケン、八百屋のサリー、部下のラッセルと他数名。

 召喚者である忍は、貴族達よりも市井の者に人気があった。ここにいるのは、その代表格たちだ。


「よう、シノブ嬢ちゃん。こんなにゆっくりでいいのか?」

「かまわない。侯爵が来るのは、まだ数日後だ」


 引継ぎのため、侯爵のやってくる日取りが早まった。だがそれでも数日の猶予はある。


「そうか。ああ、これ――餞別だ。嬢ちゃんには要らないかも知れんけどな」


 そういって差し出したのは、やや長めの長剣。


「アキラと共に鍛え上げた奴だ。あの野郎、それでも手加減してやがったんだぜ」


 差し出されたのはバスタードソード+16。店の看板でもある名剣だった。

 今、シノブの腰には+30の付与を施されたアンスウェラーがある。これは見るものが見れば、とんでもない魔剣と気付くだろう。

 だからこそ、おいそれと抜く訳には行かない。それを危惧して、この剣を差し出してくれたのだ。


「そっちのより、そいつくらいの剣が必要になるかも知れんと思ってな」


 確かに人類の限界を超えた剣を振り回せば、目立って仕方ない。

 それに気付かなかった時点で、彼女も結構なうっかり者である。


「私はただの八百屋だからね。餞別ってもろくなモンが渡せないけど」


 サリーは、そういって保存食の入った袋を手渡してくれた。

 アキラが残していった野菜を干して、保存食に加工した物だ。


「とんでもない、食べ物は武器より大事だぞ」

「ありがと。でも、あなたがいなくなると、アキラを巡るライバルがいなくなっちゃったわね」

「い、いや。私はそんな……」


 顔を真っ赤にしている段階で、もうバレバレだ。


 続いて部下達。

 餞別や挨拶を交わし、最後に副官のラッセルが出てきた。

 シノブよりもかなり年上の二十歳半ばの青年だ。


「隊長……」

「街を頼んだぞ」

「任せてください。さすがに今まで通りとは言えませんが」

「後任がグラッデンのクズ野郎――おっと。まぁ、あの男だからな。しばらくはやり難いだろう」

「隊長が自由すぎたんですよ。普通の軍隊に戻るだけです。たった二年半でしたが……楽しかった」

「ここは……私の第二の故郷だよ。だから、頼む」

「はい。隊長もお幸せに」

「はは、アキラはまだ見つかってもいないぞ」


 軽く笑って、馬に跨る。

 後ろ髪を引かれる思いはまだある。それでも、義父が残してくれた自由だ。

 この街に残っては、それが台無しになってしまう。


 流れ落ちる涙を隠すように、シノブはキフォンへと旅立ったのだった。


メインヒロイン、起動。

でも再登場はもうチョイ後。次回、主人公がやっと出ます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ